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103:時代遅れの傭兵

 30年。

 剣一筋で生きてきた。

 いくつもの傭兵団を渡り歩き、数え切れぬ程の戦を戦い抜いてきた。

 魔獣を相手にすることも少なくは無かったが、人間相手の方が性に合っていた。

 今でも、剣なら誰にも負けない自負はある。

 小規模国家が生まれては消えてゆく戦乱の世、仕事はいくらでもあった。

 敗戦も、数多く経験した。

 本当の脅威は無能な雇用主だと痛感させられてきた人生でもあった。

 傭兵は使い捨ての駒でしかない。

 替えはいくらでもいるし、術式杖だったか、光る矢を放つ道具から騎士様方を守る肉の盾代わりにされることも少なくない。

 幾人もの大将首を落とし、騎士たちが束でかかってもかなわない魔獣を切り裂き、光る矢すら打ち落とした。

 粗末な鉄鎧と剣を相棒に、地獄を生き抜いてきた。

 しかし、時代は変わる。

 俺の剣は、初陣と思わしいガチガチの小僧を切れなかった。

 それどころか、へっぴり腰のまま振り回された剣で足に深手を負った。

 もし、小僧が一回でも戦を経験していたら、俺の右足は膝から下を失っていただろう。

 時代遅れの鉄の鎧と、鍛え抜いた骨と筋肉が、かろうじて小僧の剣を止めてくれた。

 実はその小僧が凄腕の剣士だった、なんてことは無い。

 なんせ、こちら側の新兵にあっさり切られたからな。

 優れた治癒士にかかれば、元通り治るんだろうけどな、俺みたいに身元も不確かな傭兵など、まず相手にされない。運良く見てもらえても、一生かかっても払えないような料金を請求されて奴隷落ちがいいところ。

 金のかからないヤブでいい加減な戦場医では、なんとか日常生活くらいは不自由しない程度の治療で満足するしか無い。

 漠然と、戦場で死ぬんだろうと思ってきた俺は、こうして思いもかけず傭兵を廃業することになった。

 

 言い訳がましいが、俺の剣が切れなかった理由は、俺が鈍ったからじゃない。

 ある天才によって広められた、魔力で体を覆い尽くして高い防御力をもつ防具を形成する魔導甲冑という技法のせいだ。

 魔導甲冑を使えれば、重くうるさい金属製の鎧ではなく、動きを阻害しない革鎧で十分以上に事足りた。

 ベテラン程度の腕では切ることもできず、矢も、光る矢(魔法と言うらしい)もはじく技法は、騎士たちの間で広がり、すぐに若い傭兵たちも会得し始めた。

 俺も一応手ほどきは受けたけど、結局理解できなかったな。

 講師役の若造の態度が気に入らなかったからかもしれないが。

 まぁ、それでも俺は切った。

 分厚い鎧を着こもうが、わけのわからん超能力で強化しようが、鍛え上げ、磨きぬいた技があれば切れる。

 魔導甲冑が広まれば、当然それを切るための技術も広まる。

 ただ、俺みたいに技を磨くのではなく、体を覆っていたもので剣も覆っただけ。

 まがい物の力で振出しに戻っただけ、俺も、多少苦労はしつつも戦場で生き抜いていけた。

 時代は流れ、今では傭兵を鍛えるための学校まであるらしい。

 朝から晩まで魔導甲冑を効率よく使うためのお勉強をしているんだと。

 ばかばかしいと思っていた。

 負傷兵として運ばれる荷馬車の上で、今では剣の腕を磨くより、魔力の質を高める訓練が騎士や傭兵の鍛錬なんだと、若い傭兵が御託を並べている。自分も腹をザックリいかれているくせに。

 俺の剣は、もう時代遅れ、と言うことなんだろう。

 切れず、防げず、走れずではもう、肉の盾にも慣れないだろう。

 俺にはもう何もない。

 胸にぽっかりと穴が開いたように、荷馬車の上でただ空を見上げていた。

 

 

 10歳の誕生日を迎える少し前、故郷の村は炎に包まれた。

 国境くにざかいに近い寒村は、国同士の小競り合いで簡単に犠牲になる。

 そんな場所に暮らさなければならないほど貧しかったらしい。

 着の身着のまま、母親と逃げ延びた先の町で物乞いをして暮らしたが、程なく母親が流行り病にかかって、あっけなく死んだ。

 一人残された俺を気にかける者など誰もいなかった。

 スラムに住む者にとって、他人を気にかける余裕などあるはずもない。

 物乞いで得た僅かな金で、カビの生えた食べかけのパンを得る。

 それも、おそらくゴミを漁って得たのであろう。

 そんなパンだけが命をつないだ。

 たまに稼げると、よってたかって奪われた。

 銅貨一枚のために命を奪い合うのがスラムだ。

 最低限だけ稼ぐと、欲をかかずにいつものパンを買って時間をつぶす。

 目つきの悪いやせ細ったガキ。

 それが俺だった。

 やがて、そんなどん底の俺にも転機が訪れた。

 傭兵団が人員の募集にやってきたのだ。

 スラムでの募集など、普通はしない。

 栄養状態の悪い、痩せた浮浪者など役にはたたないからだ。

 それでもやってきたのは、多くの捨て駒を必要とするほどひっぱくしていたから、と、今ならわかるが、当時は想像すらできなかった。

 まともな食事ができる。

 たったそれだけの報酬に群がった中に俺もいた。

 たぶん、当時13歳くらいだったか。

 発育不良で10歳以上に見られたことはなかったが、そんな俺でも入れたのだから、よほど切羽詰まっていたんだろう。

 入団して3日後には戦場へ。

 俺を含めて、スラムで入団した殆どが、粗末な木製の盾と刃こぼれの激しい、錆の浮いた剣を支給されただけで最前列に立たされた。

 訳も分からないまま、開戦の怒号と同時に正面からまばゆく光る無数の矢が、真っ直ぐに迫る。

 俺たちは、これを防ぐための肉の盾として集められたのだ。

 光の矢は、木の盾どころか剣さえも貫通して、死体の山を築いてゆく。

 俺の目の前で、ガタガタと震えだしたデカブツの頭が弾け飛んだ。

 避けることもできず倒れてくるデカブツだった物に押しつぶされた。

 痩せ細った体では抜け出すこともできず、もがくうちに戦は終わっていた。

 

 後に知ったことだが、俺たちが戦わされた相手は、野盗まがいの傭兵団だった。

 敵対する国の騎士団へと納品される予定だった物資を強奪し、その国から多額の懸賞金が懸けられていた。

 その物資が、大量の術式杖だったわけだ。

 当時はまだ存在自体知る者がいなかったほどの超兵器。

 盾も鎧も紙のように貫く光の矢は、意外にも肉の体は貫通しなかった。

 貫通しないというだけで、一発貰えば即死と言えたが。

 俺たちは、光る矢を抑えるための肉の盾だったわけだ。

 肉の盾が光る矢に貫かれている間に、味方の弓兵が俺たちの頭上を越えるように放った矢で敵兵、できれば術式杖を持つ兵を削りつつ肉薄し、乱戦に持ち込む作戦だった。

 肉の盾が3倍ほどあれば成功していただろう。

 無情にも目論見はかなわず、僅か1時間ほどで潰走することになった。

 幸運にも俺は生き残った。

 デカブツだった物の下敷きになったことで。

 さらに幸運だったのは、敵に見つかり捕虜となり、奴隷として売られた先が傭兵団だったことだ。

 皮肉にも、一日2食、まともな食事をとることができた。

 粗末でもちゃんとした装備と、訓練も受けることができた。

 死に物狂いで戦い抜き、5年後には傭兵団が壊滅、それも生き延びた俺は晴れて自由の身となった。

 その後も、結局傭兵以外にできることも無かった俺は、人生を剣にささげてきた。

 

 

 人生を共に過ごしてきた相棒は、数日分の食費にしかならなかった。

 売れただけ鎧はいい方だった。

 剣は、あまりにも使いこみ過ぎて買い取ってくれなかった。

 処分するだけなら無料でいいと言われたが断った。

 金がない。

 根無し草の傭兵に貯金などあるはずもない。

 町でできる仕事など想像もつかないし、今更乞食もできん。

 辺境にでも行けば、魔獣を狩って稼げるかもしれない。

 それが無理でも、森や川が近くにあれば食い物を自力で採れるだろう。

 そんな、気軽な思いで町を出ることにした。

 売れなかった剣一本と、わずかな野営道具を背負っての旅立ち。

 普通に歩く分には問題ない、とお思っていたが、流石に2時間も歩くと疼いてきた。

 脇にそれて、ドッカリト腰を下ろす。

 長い道のりだ、無理をするのはよそうと決めていた。

 まだ町が近いからか、人通りもそれなりに多い。

 行きかう人や馬車を眺めながら、火照った傷跡を投げ出して休める。

 目的地の無い旅は初めてかもしれない。

 落ち着ける場所が見つかればいいが。

 携帯食をかじって無理やり胃に送り込む。

 塩辛く、エグみの強い食事は生きるための苦行だ。

 遥か昔は、食べ物にはエグみが無かったらしい。

 どこかの馬鹿が神とやらに天罰を食らった名残だと言っていた貴族がいたな。

 海を渡った先の大陸には、最近になってエグみを無くす方法が見つかったらしいなんてホラ話まで聞こえてきたが、俺には縁のない話だ。

 食事なんぞは腹が膨れればいい。

 

 足の様子を見ながらの旅は、思っていた以上に時間がかかる。

 無理をして痛みが出ると、どうしてもかばいながらの歩きになってしまう。そうなると、傷跡だけではなく膝や腰にも悪影響が出てくるもんだ。

 期限のない旅は足と相談しながらののんびり旅になった。

 夜は街道沿いに設置された、防御用の壁で囲まれたキャンプ地で、と言うのが常識だが、2~3時間歩いては休憩を繰り返す俺ではたどり着けない。

 アレは、健常者か馬車での旅に合わせて配置されているからな。

 手ごろな場所に腰を下ろして、少し長めに休憩を取って歩き出す。

 睡眠は日中に仮眠をとるか、キャンプ地につくまでお預けだ。

 夜は魔物や強盗が動き出す。

 仮眠でも危険だからしかたない。

 傭兵時代は数日不眠での強行軍も少なからず経験しているのでどうということも無い。

 郊外に近づくほどトラブルも増える。

 人の往来が減ることで魔物と遭遇することが増えてくるのだ。

 とはいっても、たいていがウサギ系や犬系といった弱い魔物なので一般人でも対処できる。

 これが、餌の少ない冬になると一変する。

 弱い魔物も死に物狂いで襲い掛かって来るし、その魔物を捕食する上位の魔物まで徘徊しだす。

 まぁ、この時期は餌も豊富で魔物も比較的穏やか、俺なら睨み一発で追い払える。

 金がない以上、剣の手入れも自分でするしかないからできるだけ使いたくないしな。

 なんなことをしながら旅を続けると、行商人から声がかかった。

 馬車に同乗する代わりに魔物を追い払う、ちょっとした用心棒の打診だ。

 まだこの辺りは人通りが多い分魔物も野盗も少なく、護衛を伴わずに移動している商人が多いので、こういったお誘いがたまにある。

 歩かなくていいのは願っても無い。

 いくつかの馬車を乗り継いで、いよいよ人通りのない郊外の街道へ。

 ここから先は、護衛隊に守られながらでなければ移動もままならなくなる。

 遭遇する魔物も強くなり、野盗の規模も大きくなる。

 郊外の寒村を巡る行商隊は、効率化のため多くの物資を運ぶ。いくつもの村や集落を巡るためだ。

 その物資を狙う野盗も増え、それから守るため護衛が必須となり、護衛を打ち破るため野盗も規模が大きくなり・・・といった具合で、双方ともにどんどん大規模になっていってしまうのだ。

 本来なら、どこかの護衛隊に参加するわけだけど、護衛は基本、馬車の周囲を囲むようにして徒歩で移動するわけだが、この足では行商隊の移動には耐えられそうもない。

 ということで、単身徒歩でののんびり旅だ。

 周りからすれば自殺行為に見えただろう、門を出ようとする俺を慌てて止めに来てくれるお人好しまでいたが、もとより承知の上だ、丁重に礼を言って門を出た。

 日に二、三度は剣を振るわなければならなくなったが、魔導甲冑が無いぶん人間相手よりやりやすい。

 魔石が手に入るんだから金を稼ぐのにちょうどよい。

 周囲の状況が良ければ、肉も確保できる。

 ただ焼いただけの肉など、スラム時代を経験していなければとても食えなかっただろう。

 傭兵時代もだいぶ助かったものだ。

 兵糧を奪われた時なども、魔物を狩って火を通しただけで食えた。

 もちろん、決死の覚悟は必要だけどな。

 ほとんどの仲間は、敵に囲まれ補給もままならない中、俺が敵の目をかいくぐり、苦労して狩って持ち込んだ魔物の肉。

 しかし、口はつけても飲み込むことはできず、みるみる痩せ細っていった。

 無理やり口の中に突っ込んでも吐き戻してしまい、多くの戦友を失ったものだ。

 長時間煮込めば多少良くなることは知ってはいたが、当時は水も貴重だったからな。

 炙った肉を胃に押し込みながら、懐かしく思い出す。

 悲しくはない。

 傭兵とは死ぬものだ。

 

 いくつか集落を渡り歩いた。

 残念ながら落ち着けそうな場所はまだ見つからない。

 傭兵くずれのジジィなど、不審感しか感じないようだ。

 魔石を売った金で携帯食を買い、飢える心配はなくなったが、魔石の売価は安く、携帯食は高い。

 ボッタクられているわけじゃないと分かっているから文句も言えない。

 辺境では、魔石を使うような魔道具は殆どない。

 需要がないから安い。

 過酷な環境では自分たちの食料を手に入れるのが精一杯で余裕はないから高い。

 ただそれだけのことだ。

 にしても、予想以上に魔石が安い。

 そして携帯食が高い。

 そろそろ鍛冶屋にでも剣の手入れを頼みたいのだが、諦めるしかなかった。

 長年愛用してきた携帯用の砥石も限界が近い。

 危険でも、魔石ではなく毛皮を取るべきかな。

 そんな事を考えながら、獣道と言ったほうがしっくり来るほどになってきた街道を歩く。

 時折行き会う荷馬車ももういない。

 こんな場所を通るのは辺境を渡り歩く商隊くらいなものだ。護衛にガッチリガードされていて、俺が入り込む隙は無い。

 旅は遅々として進まないが、稀に遭遇する魔物が食を支えてくれるし、傭兵時代の経験のおかげで食べられる木の実や雑草が分かるから困ることは無い。

 

 いくつかの集落を通り過ぎたが、落ち着けそうな場所はいまだ見つからない。

 考えてみれば、どこの馬の骨とも知れない流れ者など歓迎するはずも無い。

 とはいえ、何をするにも金がいる町では生きていけそうもない、地道に探すしかなさそうだ。

 一人で生きていけないことは分かっている。

 肉や木の実、草だけでは体を壊してしまうし、衣服や道具を作る技術も知識もない。

 本当に、剣だけの人生だったな。

 せめて何か一つ、剣以外の何かを身に着けておくべきだった。

 「ダメだな、そんなことをしていたら今まで生き残れはしなかった。」

 意識もせずにつぶやいていた。

 そんな旅にも、思わぬ同行者が現れた。

 足の痛みが出始めたので未知の脇に腰を下ろして休んでいると、後方から近づいて来る一台の馬車。

 古びた荷馬車を引く年老いたロバ、手綱を握るのは頼りなさげな男だ。

 荷台には、つぎはぎだらけの服を身にまとった少女が見える。

 (ワケありか。)

 荷台には幌も無くロクな装備も見当たらないのに、こんな場所を護衛も無しに通るなんて自殺行為だ。

 集落にいられなくなって仕方なく、と言った感じに見えた。

 「こんにちは~。」

 無邪気に声をかけてくる少女と、軽く会釈した男、父親か?

 「どうも。」

 軽く挨拶を返した。

 馬車が通り過ぎてゆく。

 無事次の集落に付けるといいが。

 そう思っていると、少し先で馬車が止まった。

 男が馬車を降りて走ってくる?

 何事か、と構えていると、

 「あの・・・お困りではないですか?ここは危ないと思うんですけど、もしかしてお怪我をされたんじゃぁ・・・あんなボロ馬車ですが、よろしければ乗って行かれませんか?」

 意を決したようにまくしたてた男。

 驚いた。

 自分たちのことでいっぱいいっぱいだろうに。

 こんなみすぼらしい他人のために、わざわざ戻って来るとは。

 「あぁ、古傷が傷むんで休憩していただけさ。心配かけたね。少しすればまた歩けるから大丈夫だよ。」

 乗せてもらえるならありがたいが、無一文なので何も返せない。護衛を当てにして、なんて考えは無さそうだし、親切心で言っているだけなのは間違いなさそうだが。

 「だったらなおさらだよ。休み休みじゃ大変だろう。別にお礼をなんて思ってないからさ、乗っていってください。」

 (長生きできないな)

 辺境でよそ者を受け入れる集落はまずない。

 それはこれまでの旅で思い知らされてきた。

 この親子なら、居住を許可されることはありそうだが、よそ者はあくまでもよそ者だ。

 こんなお人好しでは、いいように利用されて使いつぶされてしまうだろう。

 いや、野盗にでも騙されて売られるか殺されるか・・・。

 (まぁ、この足でも時間稼ぎくらいはできるか。)

 こうして、思いもかけず同行者ができた。

 いくつかの集落を超え、偶に遭遇する魔物を始末しては次の集落へ。

 やはり、受け入れてくれるような集落は見つからない。

 隣国との戦争が近いというウワサが流れているようで、普段以上に余裕がない。

 見たこともない白い化け物が現れて壊滅した集落があるなど、おかしな噂までささやかれ始めている。

 おそらくは野盗化した兵士に襲われただけだろうが、緊張が高まるとこういったデマが流れだす。

 「しばらくは見つからんかもしれないなぁ。」

 ポツリとつぶやいてしまった。

 「いいよ!楽しいもん。」

 にかッと笑顔で少女が答えた。

 こんな旅も悪くない。

 そう思える自分に驚かされる日々だ。

 

 

 いっそのこと、中央方面に向かった方が良いのではないか。

 そんな話をし始めていた。

 辺境ではついに徴兵が始まりだしたと戦々恐々だ。

 そんな時、遭遇してしまった。

 突然感じた危機感。

 長年の傭兵生活で身についた感を信じて、少女と父親を抱えて飛び出した。

 瞬間、荷馬車が吹き飛ぶ。

 間一髪難を逃れたが、デマだと思っていた白い化け物が目の前にいた。

 咄嗟に、親子から離れて化け物の正面に。

 巨大な白い化け物は、真っ白で細長い体に逆三角形の頭、腕の先は巨大な大鎌が1対。

 4本の足は細長く、太く長い尾(?)のようなものもある。

 ワタリビトであれば、即座にカマキリを連想する容姿だが、この世界で生まれた傭兵には、見たことも聞いたこともない異様な姿に映った。

 人に近い形状の相手ならば、初見であっても経験で動きの予測はできる。

 しかしこの相手は、まるで予想がつかない。

 全身真っ白な姿も、余計動きの把握を困難にさせる。

 白い化け物は、微動だにせずこちらを見て・・・いるのか?正直、目がどれかも確定できていない。

 傭兵として戦場で出くわしたなら、ためらわずに逃げ出す場面だ。

 じっとりと手に汗が滲む。

 なぜ、こんな無謀な行為に及んでいるのだろう?

 報酬が出るわけでもない。

 ただ、数日前から馬車の片隅に便乗させてもらっていただけの他人だ、命を賭けるほどの恩があるわけじゃないのに。

 逃げろ、なんて無責任なことも言えない。

 馬車も馬も無い、魔物よけもこいつには通じない。

 俺が死ぬか逃げるかすれば、この親子は間違いなく死ぬ。

 死ぬ訳にはいかない。

 少なくとも、こいつを追い払わない限りは。

 瞬間、俺は全力で後ろへ飛んでいた。

 意識してではない、反射的に体が動いていた。

 着地するより早く、俺がいた場所が大きな鎌でえぐられていた。

 全身から汗が吹き出す。

 下半身に疲労感を感じる。

 たった一撃かわすだけで感じるような疲労感じゃない。

 戦場で培われてきた危機察知能力とでも言うべきか、脳で感じるより速く、それも全力を超える力を出して命を拾ったのだろう。

 白い化け物は、ゆっくりと元の姿勢に戻ると、ゆらゆらと体を前後に動かし始めた。

 化け物を中心に横に動く。

 攻撃のスピードに比べて、戻る時の遅い動きが気にはなったが、とにかく攻撃させてはいけない、先程の奇跡はもう二度と起こるまい。

 前後の動きも、こちらのなにかを観察しているのだろう。

 素早く真横へ回り込む。

 顔らしき部分は動かない。

 (視えていないのか?)

 剣を振り上げる。

 と、即座に反応して上半身をこちらへ向けた。

 (視えないんじゃない、顔を動かす必要がないのか。)

 無意識に舌打ちが出た。

 このぶんだと、たとえ真後ろに回り込めても対応されてしまいそうだ。

 剣を軽く突き出す。

 足の関節に狙いを定めて。

 狙った足が素早く動き、弾かれた。

 硬い。

 軽く突いたからとっさに剣を引けたが、もし本気で突いていたら、剣は折れていただろう。

 世の中には、人の身では決してかなうことのない化け物がいくらでもいる。

 討伐隊の話や誘いがあったこともあるし、実際に参加したこともある。

 しかし、まさかこんな田舎道で、しかも今まで見聞きした魔物とは全く違う化け物と遭遇することになろうとは。

 (ここが俺の死に場所か。これまで金のために殺し続けてきた俺が、最後は他人のために死ぬとは、なんとも皮肉なもんだな。)

 覚悟を決めると、短く、強く息を吐く。

 上段に構えたまま、ジリジリと、にじり寄るように近づいてゆく。

 (動くなよ。)

 短い観察ではあるが、ゆっくりした動きへの反応は鈍かった。

 賭けるにしてはひどく不安だ。

 間合いに入る。

 振り下ろせば届く距離。

 それでも動けない。

 覚悟は決めた。

 だからこそ、一撃を打ち込む”機”を見極めることに全神経を集中する。

 刹那。

 踏み込むと同時に打ち下ろす。

 人生の中でも、最高の一撃。

 石に切りつけたような、強烈な衝撃が剣を持つ両手を襲う。

 それでも、緩めることなく振り抜いた。

 キィン

 甲高い金属音とともに、折れた剣先が地面で跳ね返った。

 メキィ

 外殻一枚まで切り裂いた化け物の腕が、鎌の重さに耐えきれずに砕け落ちる。

 一歩も動かず、再び剣を上段に構える。

 腹が熱い。

 パタパタと、地面に水滴が落ちる音。

 全霊で構えた剣を振り下ろすことは、もうできないだろう。

 (逃げてくれ。)

 腕一本失ったのだ、捕食を諦めて逃げ出してもおかしくはない。

 それでも剣を構えたのは、化け物が今まで出会ったどんな生き物とも、存在が違うと感じていたからだ。

 せめて、自分が捕食されている間に気の良い親子が逃げてくれるか、俺一人で満足してくれれば。

 動かない所を見ると、警戒はしているだろう。

 「おじちゃん!」

 その声に、化け物の意識が子供の方へ。

 まずい!

 そう思った瞬間、目の前にいた化け物の姿が視界から消えた。

 振り返ろうとして、意識が遠のいた。

 そのまま視界が黒に染まった。

 絶望的な無力感を感じながら。

 

 

 「メ、オキタダガ?」

 「なにっ!」

 死んでいなかっただけでも驚きなのに、目の前にデカい顔があったことで思わず声を上げてしまった。

 しかも、ごつい上額には角が・・・オーグルだ。

 視線を外さず、手の感触だけで剣を探す。

 無い。

 「ウゴク、マダ、ワルイ。」

 言葉まで話すのか。

 「ガーテナ!」

 女の声が何かまくしたててきた。

 少女がこちらにやって来る。

 (何がどうなってる?)

 周りには、オーグルたちの中に不釣り合いな少女や人・・・話に聞いたことがあるエルフと思わしき者たちがいる。

 「ごめんなさいね、凶悪顔がのぞき込んだりして。ここの言葉もちゃんと覚えてないんだから離れてなさいって言ってあったのに。」

 そう言った少女は、おなかの傷は治ってるけどまだ無理しないでね、と言うと、パタパタと離れていった。

 ここは戦場の救護所か何かか?

 俺以外にも、結構な数の負傷者が寝かされている。

 人にオーグル・・・訳が分からん。

 あ!

 「あの親子はどうなった!だれか教えてくれ。」

 そう言って上半身を起こそうとすると、ひどいめまいが襲ってきて断念した。

 「無事だ。落ち着くまで保護している。」

 ひときわ大きな男がやって来た。

 「またオーグルか、いったいどうなってるんだ。」

 「オーグル?この大陸では、俺たちのことをオーグルと呼ぶのか。」

 流暢にしゃべるオーグルは、コクエンと名乗った。

 別の大陸の軍に所属していて、近年増加している特異魔獣、ナレハテの対策としてこの地域に派遣されてきたのだという。

 「あの白い化け物のことか。」

 思い出してもゾッとする。

 「あぁ、あれもその一種だな。しかし大したものだ。」

 嫌味か?

 俺は命がけで腕一本しか落とせなかった。

 「あの剣でアレを切れるなんて、俺では無理だろう。」

 俺よりはるかにデカい男が何を言うのか。

 「まさか、あんたなら腕力だけでも落とせるだろう。」

 さすがに、俺とオーグルでは膂力が違いすぎる。

 「そうだな、素手でもアレを砕くことはできるだろう。だが、俺の技ではあの剣で切ることはできん。せいぜい剣が砕けて終わりだろう。アレをあの剣とその足で切れる技術は素晴らしいと思う。」

 足の古傷を見抜かれたことにも驚いたが、それ以上に、素直な賞賛に恥ずかしさを感じた。嫌味だなんて、うがって捉えてしまった自分自身に。

 「長く生き残っちまっただけさ。戦場で死にきれずにさ迷ってるだけのおいぼれだよ。」

 また死に損なってしまった。

 つくづく死神から嫌われているらしい。

 「その足、治るかもしれない。」

 ボソリとつぶやいた言葉を聞き逃さなかった。

 「俺たちの街に来れば、だがな。」

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