98:きっかけは能天気
目下の最優先事項はユーコの安定だ。
頼みの綱は精神科医療を勉強中の悪魔、ケルペイオだ。
悪魔たちの知能の高さは折り紙付きだけど、中でも医療関係に従事するため選ばれた悪魔たちは、人の知能を遥かに凌駕している。
買い揃えた医学書も片っ端から瞬く間に吸収してゆく。
わずか一週間ほどで処置を開始したのにはさすがに驚いてしまった。
テレビで見たような、一対一で話し合うスタイルのカウンセリングではなく、日常の中で、執事役の一人として入り込んで、自然に話しかけたりしながら引き出してゆく。
日常の中でのやり取りの方が、警戒されにくいんだそうだ。
悪魔の能力も併用してのことなんだろうけど、日に日に明るさを取り戻すユーコの姿に、感動してしまったほどだよ。
日中は我が家のプチメタマニアの幼女(?)3人と一緒に仲良くライブ動画を鑑賞している。
最近は、結構頻繁にライブを配信してくれるのでありがたい。
もう、大丈夫なんじゃないかなと思ってしまうけど、ケルペイオ先生によるとまだまだらしい。
「まだまだ表面上明るさを取り戻しているように見えますが、闇を払拭できたとは言えません。もう一つ、なにかきっかけがあれば大きく変わる可能性もありますが、一つ間違えればこれまでの処置が無駄になってしまうこともありますので、慎重にあたろうと思います。」
はい、先生のご指示に従いますです。
しかしながら、とりあえずはもうしばらく慎重に対処してゆくという先生の治療方針は、おもいもかけない核弾頭によってあっけなく崩壊したのだった。
一応拠点内で保護していたけど、ぶっちゃけ忘れていた元米男リョータ。
ほったらかしにしていた報いか、事情を説明していなかったせいなのか、ちょっと目を離したスキに、能天気に彼女たちの輪に入り込んでいきやがった。
「へぇ、この子たちって、海外ですごい人気なんですよね? ライブ動画見られるなんてすごいなぁ。」
すべてが台無しになるかもしれないという緊張感が走る。
いっそ、監禁しておけばよかった。
今すぐにあいつを処分・・・と、先生が待ったをかけた。
「こうなっては仕方ありません、無理に排除して違和感を与えるよりも、彼が良い方向へ進むきっかけになることを期待して注意深く観察しましょう。幸い、彼の性格的にポジティブな方へ導いてくれるかもしれません。」
彼のように明るく物怖じしない性格なら、かつて優子を救い出した葵のように、良い方向へ向かう可能性は少なくないと言う。
マジか?・・・スンゲェ不安なんですけど。
先生の指示にしたが・・・います。
シンさんの家に居候させてもらってから、少しずつ心が楽になってゆくのを感じる。
執事の一人、ケルペイオさん、たぶんシンさんの配下の人との会話も楽しくなってきた。
不思議と、いろいろなことを話せてしまう。
話すことで、不思議と落ち着けるし、不安に思ってしまうことが少なくなってゆく気がする。
最近では、プチメタのライブ動画を双子のレンとユイに、従魔のマガちゃんと一緒に楽しめるようになってきた。
皆が気を使ってくれているのが分かる。
うれしく思いつつも、焦りも感じている。
早く忘れなきゃ。
これ以上迷惑をかけたくない。
それでも、自分の姿を見るたびに思い出してしまう。
まだ鏡は見れない。
ガラス窓や磨かれた大理石にふと映る姿ですら、あの人を思い出してしまう。
猫の姿になれば、もう思い出さないかもしれない。
シンさんからも、鏡台を使うかと聞かれたが、あの時は自分に余裕が無かった。
今聞かれたら、たぶん使うだろうな。
でも、自分から使いたいとは言えない。
一度断っておいて、今更使いたいだなんて言えない。
猫のユーコなら言えたのかな。
そんなモヤモヤした気持ちが次第に大きくなってきたときだった。
「へぇ、この子たちって、海外ですごい人気なんですよね? ライブ動画見られるなんてすごいなぁ。」
見知らぬ男性だった。
「あ、すいません、僕のこと知らないですよね? リョータって言います。つい先日まで米粒サイズだったんですけどね、シンさんのおかげでやっと人間らしくなれまして。」
そう言って頭をかく青年は、人懐っこい笑顔のままモニターを見いっている。
「米男だー。」 「スパイの人だー。」
双子が青年を指さすと、
「え? 僕のこと分かるんですか?」
なんて言ってうれしそうに再び頭をかいた。
(スパイの人?)
とんでもない発言が出た気がするけど、シンさんが許可しているんだから大丈夫なんだろう。
とにかく彼は、普通に話せることがうれしくて仕方がないようだ。
止まることの無いマシンガントークに付き合い、その夜は疲れ果てて眠りに落ちた。
初めて、あの時の夢を見ることなく目覚めたことに、自分でも驚いた。
その日は、リョータが好きだったというお笑い番組のネット動画を見た。
すごく懐かしがっていたので、それならばと双子にマガちゃんと一緒に見たのだが、声をあげて笑うことができた。
「もう大丈夫そうですね。」
ケルペイオ先生のお墨付きが出た。
彼の能力によってユーコの精神状況を知覚しての判断なので、もう心配する必要は無さそうだ。
2~3日したらアオイたちとも面会させよう。
しかしな・・・釈然とせん。
まさかリョータがきっかけになるとは。
タイミングよくあらわれて、能天気にユーコをひっかきまわしてくれたのが功を奏したようだ。
「ところで、僕を操っていたのって誰なんでしょう?」
夜、ユーコが寝た後でフラリと現れてつぶやいたリョータ。
いや、見当つくだろうが!
と、思ったけど無視した。
せっかくユーコが良くなったというのに、敵の正体を知ってこいつまで不安定になったらめんどくさい。
うるさいリョーとをほったらかしにしてとっとと寝るのだった。
後日大きくなったリョータの能力を検証したけど、パワーとジャンプ力、頑丈さが飛びぬけているけど、それ意外は全く普通だった。
米粒のままの方が有能だったかな。
待ちに待った敵についての一報は、意外なことにエルフたちからもたらされた。
彼らが狩りで良く行くポイントの一つで、数人の人間が狩りをしている姿を見かけたというのだ。
村からにしては遠すぎるし、今までも見かけたことは無かった。しかも、その周辺は強力な魔獣の縄張りも多く、周辺を熟知したエルフたちでなければ安心して狩りをすることなどできない場所だった。
不審に思い尾行すると、人間たちはハンターとは思えぬほど手際が悪く、結局少量の木の実だけで狩りを済ませて移動を開始した。
移動した先は、エルフたちも危険な場所として決して近づかないほど危険な場所。
ろくに狩りもできないような者が近づける場所ではない。
得体の知れない不安を感じた彼らは、狩りを中断してエルフの集落にある支店へ報告してくれたのだ。
「伝えてくれたエルフたちに感謝と、後はこちらで調査するから安心してくれと伝えて。あ、そうそう、この間貰った牛肉のブロック、狩りを中断してくれた穴埋めに進呈しておいて。」
伝えられた場所は、ここからはあまりにも遠すぎる。
しかも、村でも進入禁止に指定している危険区域の一つだ。
「シャドウデーモンを送りますか?」
「う~ん、それが一番だろうね、ただ、相手はシャドウデーモンの存在を知っているから慎重にね。」
クロウの問いかけに答えはしたけれど、報告を待つ気は無い。
「ここは任せる。」
そう言って獣舎へ、フブキにまたがると、現地へと走り出した。
「数は五千弱、しかし個々の能力は微々たるもの、おそらく民兵でしょう。」
先行して偵察していたシャドウデーモンからの報告を受けた。
残念ながら、目当ての元凶は不在のようだ。
眼下には、木々が伐採され、外周に簡単なバリケードまで作られた大きな広場が。
中は粗末なテントが雑多に建てられていて、統一感が無い。
兵士たちの士気も練度も明らかに低い。
当然か、こんな場所では恐怖で生きた心地がしないだろう。
森の中には、スポット的に魔素が濃いすり鉢状の地形がいくつかあり、当然そこには強力な魔獣が生息しているため、みどり村では禁止区域に指定して、ギルド会員も含めた全住人や渡航者に立ち入りを禁止している。
村に近い禁止区域はシャドウデーモンに定期巡回させていたが、影響のない離れた場所は放置してきた。
シャドウデーモンも数は多くない。
そのせいで、まさか、これほど大規模に入り込まれていることに気が付かなかったとは。
疑問なのは、いったいどうやってここまで来たのかだ。
訓練もまともに受けていないような民兵がたどり着けるような場所ではない。これだけの大人数がやってくれば魔獣たちは大騒ぎ、ご飯の群れがやって来たと喜び勇んで乱食い大会が始まるはずだ。
「攻め落としますか?」
冷淡としたシャドウデーモンの声が、思考の沼に落ちそうになっていた俺を現実に引き戻した。
「いや、本命がいない。少し様子を見よう。」
おそらくここに集まった兵士たちは、奴の能力で集められただけの一般人だろう。
訓練もしていない現状で殲滅するのはたやすいが、目的に警戒されて雲隠れでもされたら意味が無い。
一度にぞろぞろとやって来たなら、さすがに気が付かないはずがない。
ってことは、少数ずつ増やしてきたんだろう。
体格や生気、と言うか、精神状態にバラツキがあるように見えるから、かなり長期間この地にいる者もいそうだ。
たしか、奴のゲームは古いバージョンをプレイしたことがあるけど、別売りのオプションパッケージがあったはずだ。
それを導入すれば、領主と言う立場以外で始められる在野武将モードがあったり、公式でチートが使えたりと言ったことが可能になる。
キャラのステータスにスキル、領地の発展度から資金、兵士の練度まで・・・あれ?兵士数も自由に変更できたはず・・・だけど、この世界ではさすがに無理か。
指定数までの募兵はできるけど、集まる兵はこの世界で実在する人々、一瞬で集められるわけじゃないんだろう。
在野武将で指揮できる最大数は5千名だから、もうじき規定数に達するって段階、後1~2階の調達で終わるな。
チートを使って練度と士気を一気に最大値まで上げて行動を開始する気か。
つまり、この兵たちもただ操られ巻き込まれただけの一般人ってことだよな。
・・・うん、そのあとのことも考えなきゃならんのか。
「5千に達したら連絡してくれ。俺はいったん戻って準備する。」
兵士をできるだけ殺さずに無力化しなければならない。
編成に悩むことになりそうだ。




