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96:加藤優子

 「すごいじゃないか、この分なら志望校、高くできるんじゃないか?」

 「うん、頑張るよ。」

 「せっかくなんだし、お祝いに外食にしない?」

 「ほんと!?」

 幸せそうに見える家族。

 そこに自分はいなかった。

 平凡だった自分、けっして、人より何かが劣っていたわけでは無かった。

 問題だったのは、2歳年下の弟が出来過ぎだったことだ。

 小学校に上がる前から町で噂になるほどの才能を発揮し始めた弟に、両親の期待は高まり、英才教育ともいえる熱の入れようだった。

 父方の祖父は医師だったが、父は医師にはなれなかった。

 人並み以上には出世したようだが、それでも劣等感を感じてきていたようで、弟を医者にするべくかなり無理をして、小学生の頃から一流の塾や家庭教師をつけた。

 そのしわ寄せは、全て平凡だった長女に。

 いつのころからか、食事が用意されなくなった。

 時間になっても呼ばれず、リビングへ行くと3人が食事をとっていた。

 自分がいたはずの席は、何も置かれていなかった。

 勉強のできない自分が悪いんだと、必死に勉強して、テストで初めて85点を取った時、少しでも認めてもらいたくて父親に見せた。

 かえってきたのは、

 「この程度でいちいち時間を取らせるな。」

 という、興味のかけらもないような冷淡な言葉だった。

 朝食は無かった。

 昼食は、唯一温かい食事のできる給食があった。

 夜中、台所で一人、あまりものを食べる生活。

 常に両親や弟の顔色を窺って生活していた。

 すこしでも機嫌を損ねれば、ただでさえ少ない食事を抜かれた。

 高校受験の直前には、

 「お前は県立以外にはいくな。落ちたら家を出て自立しろ。」

 そう言い放った顔は、すでに父親の物では無かった。

 高校に上がってからは給食が無くなり、唯一の楽しみだった温かい食事もできなくなった。

 友達と呼べる存在は一人もいなかった。

 いじめられていたわけではない。

 ただ、気が付くと誰からも声をかけられず、まるで存在していないかのような扱いを受けていた。

 家にいる時のクセで、周りの顔色を窺っては当たり障りなく、息をひそめるように生活していたからかもしれない。

 ただ時間を消費していくだけの生活が半年ほどたったころ、帰り道に、ふと見つけたコンビニのアルバイト募集。

 意を決して飛び込んでいなければ、栄養失調で倒れていたかもしれない。

 そこで出会った同じアルバイトの少女は、彼女のすべてを覆してくれた。

 彼女の明るさと人懐っこさが、ただ時間を消費するだけだった人生に楽しさを、希望を与えてくれた。

 人生で初めての、唯一の親友。

 彼女に勧められて買った、昔のゲーム機をコンパクトにしたリニューアル機。

 当時流行ったいくつものゲームが、小さな躯体一つで楽しめた。

 初めてのゲームを、夜部屋でこっそりとプレイした。

 フラッシュランナーは一番のお気に入りで、今まで感じたことの無いそうな爽快感で夢中になった。

 高校3年の夏、アルバイトで貯めた資金を元手に、一人暮らしを決意した。

 震える体で父の前に。

 同じ家にいても、一年以上会っていない。

 言葉を出そうとした時、目の前の父親と呼ばれる男から、思いもかけない言葉がでた。

 「なんだ、まだいたのか。」

 

 目を覚ました自分の体が汗ばんでいるのを感じた。

 暑いわけではない。

 直前に見たアレのせいだ。

 夢を見ていた感覚は無い。

 なのに、あの言葉だけがはっきりと、今目の前で告げられたように思い出された。

 この世界に来て、猫の姿になってからは一度も思い出すことの無かったあの顔と言葉。

 もう、二度と思い出したくはなかったのに。

 薄暗い部屋だ。

 知っている。

 よく来ていた部屋だ。

 このソファーで、この部屋の主とプチメタのライブ動画を見るのが好きだった。

 この世界に来た時、自分は人ではなかった。

 かろうじて二足歩行ができたけれど、どこからどう見てもヤマアラシだった。

 最悪な状態ではあるけれど、不思議と、過去の自分を無かったことにしてもいいんだと感じら、安心感を覚えた。

 不思議な鏡台で姿が変えられる時も、迷わず人であることを捨てた。

 そうすることで、加藤祐子と言う存在を無かったことにできると思った。

 本当はユーコと言う名前も捨てたかった。

 親友のアオイが一緒でなければ、そうしただろう。

 今更あの男のことを思い出したのは、姿が戻ってしまったからかもしれない。

 結局自分は、加藤祐子を捨てることはできなかった。

 あの薄暗い部屋で、仮面をかぶった男にすべてを暴かれてしまった。

 記憶がぼんやりとして、何があったのかはっきりとは思い出せない。

 確か、村の入り口付近で、ヒノモトのイェンにシンの従魔が不審な動きをしていると聞かされた。

 シンがコンと呼んでいる狐の従魔が、森の奥でハンターをつけ狙っていると。

 以前にも、自分の従魔の様子がおかしいから注意した方がいいとシンに忠告したが、従魔を信頼している彼からは全く相手にされなかったと。

 確かに、訓練のためイェン達が村に滞在した時に従魔の様子がおかしいと話しているのを聞いた気がする。

 「移籍手続きのために来たのですが、ハンターの後をつけるヤミを見つけたんです。今はリタが見張っていますが、私とリタでは相性が悪すぎます、至急どなたかの手をお借りしたいんですが。」

 必死なイェンの態度に、ユーコは即決した。

 「私がいくぅ。耳も鼻もいいからぁ、時間稼ぎくらいはできると思う。イェン君はぁ、案内してくれたら引き返して他の人を探してぇ。」

 そういうとイェンと共に駆け出した。

 5分も走ると、突然目が見えなくなった。

 そのあとの記憶が飛んでいる。

 気が付いたのは、薄暗い部屋。

 一緒に捕まったのだろう、イェンが、真っ黒な何かに引きずられてゆくところだった。

 必死に何か叫んだ気がするが、はっきりと思い出せない。

 部屋に一人取り残されたユーコは、状況を確認しようと周囲を警戒するが、所々記憶が飛んでいることに気が付いて恐怖した。

 たぶん、いきなり目が見えなくなったのはヤミの能力だ。

 でも、そのあとのことが分からない。

 気が付いてから、おそらく数時間たっただろうか。

 薄暗い部屋に一人だったユーコは、思いつく限りあらゆる手段で拘束を解こうと試みたが、何一つうまくはいかなかった。

 自分の無力さをまざまざと思い知らされた。

 不安と恐怖が心を支配する。

 自分はどうされるのだろう。

 シンやアオイは無事だろうか。

 連れ去られたイェンは・・・。

 従魔がコントロールを外れるということは、村は危険な状態ではないのか。

 突然、微かな衣擦れの音と共に、目が見えなくなった。

 何も見えない。

 やっぱりこれは、ヤミの能力によるものなのか?

 「ヤミなの? シンさんは知ってるの!? なんでこんなことするの!」

 恐怖を振り払うように、声が枯れるまで呼びかけ続けたが、何一つ反応は無かった。

 目が見えるようになると、部屋の様子が全く違う。

 動かされた感覚は無い。

 それとも、また記憶が飛んでいるのだろうか。

 数時間?毎に訪れる暗闇と、ガラリと変わる部屋の様子。

 ジワジワと、真綿で絞めつけられるような不安と恐怖に、ユーコの心は削られてゆく。

 何度繰り返したか分からない。

 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、すすり泣くことしかできなくなると、これまでにないほど長い闇が続き、再び見えるようになった。

 そこは薄暗い部屋のはずなのに、見えた瞬間眩しく感じるほど長い時間黒い世界に捕らわれていたようだ。

 ビクリと体が反応した。

 白い、のっぺらぼうが目の前にいた。

 いや、目も鼻も口も無い、白い仮面だ。

 黒いフードを目深にかぶり、体も黒いローブのような服を着ている。

 のっぺらぼうはユーコの顔を覗き込む。

 その異様さに恐怖したユーコの表情を見て満足したのかゆっくりと離れると、壁際に立てかけてあった上半身がすっぽり隠れるほど大きな板を持ち上げて、ユーコのそばまで持ってくきた。

 そして、それをユーコに向けるように立てた。

 鏡だ。

 豪華な装飾を施された鏡はユーコに向けられていたが、そこに写っていたのは、猫獣人ユーコではなかった。

 そこにいたのは、黒髪黒目の少女。

 地味な顔、自分で切るしかなかった前髪は、目にかかるギリギリでまっすぐ一文字に切られている。痩せ過ぎなほど細い体も、一重で細い目も大嫌いだった。

 捨てたはずの自分が写っている。

 「どれほど誤魔化そうとも、全て無駄ですよ、加藤優子さん。」

 男の声で、忘れたかった名を告げられた。

 男の声は途切れること無く、捨てたはずの過去を揶揄するように、時には卑下するように暴かれてゆく。

 一言ごとにフラッシュバックのように思い出される、親友すら知らない過去の自分。

 すでに心をすり減らしていたユーコには、弱々しく否定することしかできなかった。

 「これからは嘘偽り無く、本当のあなたで生きてゆくことをお勧めします。」

 男がそう言うと、再び目が見えなくなった。

 気がつくと、雨の中佇んでいた。

 また記憶が飛んでいる。

 でも、もうそんなことはどうでも良かった。

 何も考えたくない。

 あの人達を思い出すくらいなら。

 このまま、消えてなくなりたかった。

 「ユーコ?」

 その声で我に返った。

 声の主に、涙が溢れそうになった。

 同時に恐怖を感じた。

 今の自分を見られたくない。

 気がついたら、逃げ出していた。

 

 ユーコが目を覚ます前に、アオイへ連絡を入れさせることにした。

 「保護してるから安心しろって伝えて。今はまだ精神的に不安定そうだから、落ち着くまではこっちで見るから、静かにしてろって。」

 「・・・本当にそうお伝えしてよろしいのですか?」

 「・・・まかす。」

 うん、聞かれてよく考えたら、なんかまずそうな気がしたからクロウに丸投げした。

 後はよろしく。

 しかし、なんでこの娘がユーコだと分かったんだろう。

 自分でも不思議でならない。

 とりあえず、貯蔵庫から精神系強化のバフが付いた軽めの食事をピックアップ、ユーコが目覚めるのを待つ。

 どこまで効果があるかは分からないけれど、普通の食事よりはマシだろう。

 目を覚ますまで待って、一緒に朝食を。

 うん、黙って食べるだけ。

 こんな時どうしたらいいのか分からない。

 できることは、余計なことはせず近くにいることくらい。

 無力だな。

 昼食を取り、夕食を取る頃、ようやくバフの効果があったのか、ポツリ、ポツリと話し出した。

 明け方近くまでかかったけど、ようやく彼女に起こったことの全貌が分かってきた。

 疲れて眠りについたユーコを見ながら、これまで感じたことの無い怒りに拳を握りしめる。

 間違いなく奴だ。

 探らせていた悪魔たちの報告からも確信できた。

 さらに腹立たしいのは、間違いなく目的は彼女じゃない。

 挑発のつもりか。

 実験のつもりか。

 許せない。

 許さない。

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