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the DOLLS

Farewell

作者: 内藤晴人

previous "VICTIMS"

 初めてこの星に降りたって感じたのは、どことなく落ち着かない居心地の悪さだった。

 いや、どこへ行っても本来的な意味で居心地の良い場所などあるはずがない。

 黄暁龍ファン・シャオロン……No.18は、そう分析し、癖のある暗い色合いの髪をかきあげた。

 

 そもそも彼がここに来たのは、楽しい理由が有ってではない。

 先だってのルナ惑連支局占領事件に於いて、I.(イレギュラー)B.(ブレイン)のメンバーが逃走した先がどうやらこの場所……ユピテル衛星政府管内らしいとの情報を確認するためだった。

 

 このユピテル衛星政府というのは、ガス惑星ユピテルの周囲を回る、イオ・ガニメデ・エウロプの三衛星からなる連合国家である。

 連合、という言葉から察しがつくように、はっきり言ってこの政府はまとまりがない。

 首長トップが代わるたび主張もかわる。

 そしてガス採掘や工場の建設等、出入りの激しい国民性もそれに拍車をかけていた。

 その二つの理由から、この国家の治安は必ずしも良いとは言えなかった。

 更に悪いことに、ユピテルの周囲には大型艦船の航行が不可能な小惑星帯がある。

 いわゆるお尋ね者達の格好の隠れ家になっているのだが、まとまりがない政府はそれを抑える術を持たなかった。

 正直、暁龍は『気が重かった』。

 いや、『ヒト』であれば、胃に穴の一つや二つ開いても良いくらいだろう。

 ドライ……サードの一件は、彼に新たなるトラウマを残してしまったようである。

 にもかかわらず、事の顛末を知る同僚の楊香ヤン・シャンは彼の『心境を察する』ことなく笑い飛ばすや否や、彼の背中を力強くひっぱたいて送り出した。

 

 そんなに面白いと思うならば、代わってくれても良いじゃないか。

 

 だが、それを口にすることなく、彼は埃っぽい街をエウロプ支局本部へ向けて、足を踏み出した。

 

    ※

 

 エウロプ支局本部の職員は、街の雰囲気と同様、どこかくたびれているようだった。

 遠く離れたテラの命令に振り回され続けているのだから、くたびれるのも無理はない。

 羽根を伸ばすには、この場所はいささか遠く、そして危険過ぎる。

 そんなことをぼんやりと分析しながらロビーでたたずむ小龍の前に現れたのは、飄々とした風体の男だった。

 

「やあ、まさか君が来るとは思わなかったよ。エリートさんには、この星の状況、びっくりしたんじゃないか?」

 

「……ご無沙汰しています、大尉」

 

 努めて暁龍は礼儀正しく一礼した。

 彼にしては珍しい事である。

 だがそれを受けた側は、まったく気にするでもなく、ひらひらと手を振って見せた。

 

「そんなに他人行儀になるなよ。……それにしてもすっかり立派になったじゃないか。初めて見た時とは大違いだ」

 

 感慨深げにうなずいてから、男はここでは何だから、と言って外を指さした。

 断る理由は、暁龍にはない。

 かくして両者はひなびたと言うよりは寂れたという表現がしっくりくる喫茶店で、テーブルを挟んで向かい合うこととなった。

 

    ※

 

「……ここ数ヵ月の公認非公認の航行記録なら、二、三日の内に出ると思う。まあ、ここでの仕事と言ったらそれくらいしか無いからな」

 

 ウエイターがコーヒーを並べ終え机から離れるや否や、男は暁龍がもっとも気にしていた答を口にした。

 あわてて頭を下げる暁龍に、男は再び手を振って答えた。

 

「そりゃそうだろう。わざわざエリートさんがこんなとこくんだりまで足を運ぶなんてさ」

 

 あらかじめ手を回しておいたよ、と笑うと、男は一口コーヒーを飲んだ。

 何を言って良いか解らずに黙りこむ暁龍をよそに、男はおもむろに口を開いた。

 

「実は、来月一杯でリタイアすることが決ったんだ。ここが俺の最後の任地と言うわけさ」

 

 突然のことに、暁龍は持ち上げかけたカップを再び戻した。

 カチリ、と高い音が店内に響く。

 

「同じ二桁ナンバーでも、俺はどちらかというと一桁に近いからな。上もそろそろ限界と判断したらしいよ」

 

「では……」

 

「そうだなあ、良くて資料として解剖される、悪くて廃棄処分、そんなところだろ。お情けで二階級特進するかもしるないが、上にとっては痛くもかゆくも無いからね」

 

 それが、彼らの現実である。

 

 ヒトの気まぐれによって造られ、都合によって酷使され、不要となれば処分される。

 忘れていたかった現実が今、暁龍の前に同じ道を歩んでいた『先輩』という姿をとって、前触れもなく現れた。

 それを察してか、男は、これも定めさ、とつぶやいて短く口笛を吹いた。

 

「……サード……No.3大佐に、会ったのか?」

 

 再び暁龍の手が止まる。

 答えが無いのを肯定と受け取ると、男はさらに続けた。

 

「俺も一度しか見たことはないが、あの人は特別だ。そう、なんて言うか……恐ろしい人だ。君の原型さん……No.5少佐とは別の意味で」

 

 また嫌なことを一つ思い出して、暁龍は深々とため息をつく。

 どうしてこの先輩は、狙いすましたように嫌な現実を突いてくるのだろうか。

 これが経験の差、というものなのだろうか。

 

「で、何がおっしゃりたいんですか?」

 

 いらだったような暁龍に、男は笑って見せた。

 

「いや、別に……。ただ、これ以上君に上……ᒍ達と衝突しないでほしいと願っているだけさ」

 

「それは『特務』の先輩としての忠告ですか?」

 

「どうだか……試験監督官からの忠告ととってもらった方がいいかな」

 

「……貴方が小官の実務試験時に合格の判定を下していなければ、どうなっていたかは理解しているつもりです」

 

 男はゆっくりと首を横に振った。

 

「確かに俺は、君に対して合格の判定を下したよ。でも最終決定をしたのはᒍだ。彼が首を縦に振らなければ、俺が何を言っても無駄だったろうな」

 

 わずかに顔をしかめる暁龍に、男は笑う。

 

「そんな顔をしなさんな……。不本意かもしれないが、ᒍはおそらく我々の唯一の理解者だ。君がどんなに否定しようとも」

 

 そう。解っているから癪なのだ。

 

 無言のままの暁龍に、男は笑いながら言った。

 残念ながら俺のような旧型には、君のような複雑な思考回路は理解できないよ、と。

 

     ※

 

 別れ際、男は報告は出来上がり次第送付する、と言い、楊香は元気か、と聞いてきた。

 嫌なくらい元気だと暁龍が答えると、男は寂しげに笑いながらこう告げた。

 

「じゃ、よろしく伝えておいてくれ。……もう会うこともないけどね」

 

 

 一週間後、ルナに戻った暁龍のもとに、二通の文書が送られてきた。

 一通はユピテルからの、これ以上ないと言うぐらい完璧な渡航記録報告。

 もう一通はテラからの『No.10』現役引退を告げる機密文書だった……。

 

 

  Farewell end

 

 next "Reunification"

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