モンスターとは何だ?-14
襲い掛かる他の触手を避けながら同じ場所を斬り裂いた。そして剣の先端に毒の塊そのものを突き刺すとそのまま剣ごと触手の中に押し込む。これだけ巨大だと剣に塗った毒の量程度では時間がかかる。試し切りで一回目を切り裂いて有効だと判断したので毒そのものを体内に入れたのだ。
次の瞬間あたりに凄まじい金切り声のような音が響いた。悲鳴だ、アイビーの。触手が出鱈目な動きで暴れ始める。もはや狙いをスノウやサウザンドには定めていない、苦しくてもがき暴れているのだ。その不規則な動きが逆に先読みできずに攻撃が当たりそうになる。加えて丸い塊である本体のほうも転がるようにして暴れ始める。
アイビーの力と真正面から二度ぶつかり合っているスノウは疲労困憊のはずだ、とにかくスノウを逃さなくてはとサウザンドが駆け寄ろうとした時。毛の中から、ギョロリと大きな目が見えた。
(目があった!? いや違う、今作ったのか!)
次々とモンスターを倒し、体を変えていったアイビー。この形が敵を倒しやすいと学習し触手が生えた。それと同じで今「目が必要だ」と判断したのだ。急ピッチで作り上げたらしいその目は獣のように瞳孔が細くまっすぐサウザンドを睨みつけている。
まずい、捉えられた。そう思った時にはすでにアイビーは動いている。スノウが動くが、間に合わない。致命傷にならないように急所を庇おうとしたが、四本の触手は正確にサウザンドの頭、心臓、両足、腕を狙っている。
死ぬのか、ここで。どこか冷静にそんなことを思う。死にたくはないが、どうしようもない。
血が飛び散る。
肉片が舞う。
バラバラになった体が、ボトボト音を立てて地面に落ちた。その体はサウザンドではない。
先ほどまで戦っていたモンスターだ。全ての触手が攻撃に集中したことで今完全に反撃まで時間がかかる。サウザンドは腰につけていたモンスターの骨を加工した武器を掴むと一気に距離を詰め目玉に突き刺した。
そしてそのまま勢いをつけて腕を肘まで奥に押し込む。目玉ができた時見られたという思いから弱点ができたという考えに切り替わった。目は柔らかい、だったらそこを攻撃するだけだ。攻撃を弾く壁が壊せたのは大きい、体内にまでサウザンドの腕が突き刺さっている。
触手が動くがその反撃が到達するまでにはコンマ数秒かかるとわかっている、その到達時間までにサウザンドは突っ込んだ腕を大きく掻き回して中にあった肉を掴むと思いっきり引きちぎるように引っこ抜いた。体と触手がびくん! と大きく痙攣して先ほどよりも無茶苦茶な動きで暴れ始める。しばらく暴れていたが致命的な怪我を負ったことと、毒が体にまわったらしく、やがてアイビーは動かなくなった。
サウザンドが引きちぎったであろうものを見てみると臓器の一つのようだ。目に突き刺した時目ではなさそうな感触だったので引き抜いた。なんの臓器なのか正確にはわからないが、いずれにせよ臓器を引き抜かれて無事であるはずがない。死んだふりをしている可能性もあるのでしばらく観察したが、やがてスノウが大きくため息をついた。
「気配が消えた。死んだよ、今」
その言葉にサウザンドもようやく肩の力を抜く。そしてバラバラになったモンスターを……自分を攻撃からかばって死んだモンスターを改めて見つめる。触手の前に飛び出してきたのだ、どう考えてもサウザンドを守ったとしか思えない。
何故、どうして。そんな疑問が頭の中に溢れる。ありえない、モンスターが人間をかばうなど。ましてさっきまで戦っていたのに。
モンスターはもう既に死んでいる。感謝すればいいのだろうか。それとも悲しめばいいのだろうか? 複雑な心境であるサウザンドのもとにスノウが歩み寄った。
「変なこと聞くけど、お前このモンスターの事は前から知ってたって事はないか」
「あり得ません。何故そんなことを聞くのですか」
「さっき戦ってた時、お前に向けて鳴いただろ」
あの甘えたような切ない鳴き声。なぜあれは甘えて切ない声だとわかるのか。
「獣である俺から言わせると。あれは心を許した奴にしか発しない鳴き方だ」
「心当たりありません」
「お前昔の記憶がねえって言ってたじゃねえか」
「あ……」
言われてみればそうだ。つまりスノウはこう言っているのだ。記憶をなくす前のサウザンドと仲が良かったのではないかと。
「もしそうだとしても、モンスターと仲良くする人間なんていませんよ」
「昔はモンスターじゃなかったかもしれないだろ」
「え?」