討伐開始ー6
立ち上がってガルルと唸れば、サウザンドはちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「あーそれです、その感じでずっと来てたので何かそれじゃないと落ち着かなくて。キャラ的にうるせえ俺に付いて来いとか言うのかなって思ってたから、素直に謝られて一瞬ちょっと引きました」
「戦いにおいては冷静に判断して次の行動をしろって耳がもげそうになるほど言われたからな施設の連中に……今なんか最後にものすごく引っかかること言わなかったか」
「気のせいだと思います」
ぐっと親指を立てられなんだか非常にモヤモヤするが、改めて自分の能力を認識できた事はスノウにとってはとても嬉しいことだった。何度テストしても他の獣達と違って何の能力もなかったスノウ。人類に貢献するために生まれたというのにその貢献さえできないのかと落ち込んだ時期もあった。
他の動物たちからはもしかしたらこの運命から抜け出せて犬として生きていくことができるかもしれないよと温かい言葉をもらっていたが、スノウは定められた生き方で精一杯生きたいと思っていたので素直にその言葉を喜べなかった。それがやっと身を結ぶ。自分の身を案じてくれているサウザンドには悪いが、戦いを続け結晶化を成功させて命を終わりにすることをスノウは強く望んでいた。
「俺のこともそうだがお前の動きもちょっと考えようや。あれだけ動けるんだったら棒じゃないの使えばめちゃくちゃ強いんじゃねえのか」
「意外と手に馴染んでいるので僕はこのままでいいです。ついでにナイフありますし」
言いたい事は山ほどあるが本人がいいと言っているのならまあいいかとスノウも諦めた。モンスターの強さはピンからキリまで。体が大きいからといって強いとは限らないし、大人しそうだからといって弱いとは限らない。群れで行動するものもいれば個体で行動するものもいる。
スノウに相手を弱体化させる力があるのならやはりトドメ寸前をスノウがやるべきだ。ゴタゴタの中で行われた先程の戦闘、実は一番理に適ったやり方だったのかなと思う。相手が弱体化するスピードが遅くスノウに攻撃を仕掛けられてしまっては命が危うい。弱体化させたら一気にトドメが理想だ。その話をすればスノウはしばらく考え込んだようだがよし、顔を上げた。
「つまりボッコボコにすればいいんだよな」
「ええまあそうなんですけど」
難しいことを考えずシンプルにわかりやすく一言で言ってしまえば、要するにそういうことになる。
「じゃあ当初の予定通り、とにかくモンスターを狩りまくればいいんじゃねえか解りやすい。結晶化が行われるまでこの小屋に住む勢いで過ごしていいと思うが」
「そうですね、最低限必要なものは集めましょう」
「お前家族は? ここに住むことを伝えておかなきゃいけない奴はいないのか」
「いませんね。子供のころに大きな事故に巻き込まれたとかで昔の記憶がないし、ずっと養成所の施設で育ちました」
「ふーん」
人間だったらここで変に気を使うのかもしれないが、スノウは全く気にした様子は無い。いないのならいない、事実だけわかればそれで良いようだ。サウザンドとしてもそちらのほうがありがたい。
「よっしゃ、もう夜になるから今日はやらないが明日からバリバリに働くぞ、眠いし」
「寝てください」
自分が起きていて、いろいろな準備を済ませておくからと言おうとした時にはすでにスノウは眠っていた。念の為つんつんと突いてみたが何も反応しないので本当に眠っているようだ。おそらく眠る事は体力の回復などに大きく貢献しているのだろう。おかしな道具をつけられて無理矢理精霊の血を体に巡らされているのだ。表立って知られてはいないがおそらく体への負担が数倍かかっているはずだ。
これといって特に衝突もなく素直にモンスター討伐に行けるのは喜ばしいことではある。ふかふかの毛並みを撫でながら、それにしてもと思う。考えなければいけないことが数多く残っている。
モンスターがもともとは動物だったとして、それを国が隠す理由は一体何だろうか。非人道的と思われる実験をして動物が変化してしまったのなら、別にそれは隠すことでは無いような気がする。人類発展のためだ、必要な犠牲だと国がそういえば文句をいう奴はいないはずだ。いやそもそも、そのモンスターの不可解な事は。
(実験目的の動物だったなら蹄鉄をつける必要がない。檻に閉じ込めて大量に実験をすれば済む話だ。という事は飼育されていた馬がモンスターになったのは、実験ではないということか)
偶発的に起きた。それ以外考えられない。自分たちでコントロールできなくなってしまうほどの実験。
(そもそも、何をそんなに一生懸命実験する必要がある? そんなに精霊との力は必要なのか? 精霊自体、僕も誰も見たことがない。どんなものなんだ)
モンスターがいるからそれを倒すための力が必要? 違う気がする、そもそも精霊の力は戦う力ではなく自然などを整える力のはず。この国も、世界もそれほど自然災害が多いと思えない。
世の中の常識は、自分たちが当たり前だと思っている事は、もしかしたら致命的な勘違いをしているのではないか。スノウを撫でていた手を止めた。
それなら自分の主は一体何のために生まれこんなことをやらされているのか。他の生きる道は主にとって本当に幸せなのか、それを探そうとするのは果てしなく大きなお世話だ。押し付ける気はないが、まっすぐ突き進んできた自分の目的の道。弱者の立場を覆したいというその目的には実験動物たちというまた違う分かれ道ができてしまった。
戦うたび、強くなるたびに、自分はどんどん主の命を縮めていくことになる。それだけはどうしても回避したい。
傍に置いてある棒、目を潰すことしか出来なかった。主人を守るためには、やはりある程度の武器は必要だ。金はないが、調達できる手段が一つだけある。