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 かつては立派な教会だったんだよ。


 村人に聞いていた評価は正確にこの教会を現していた。しかしかつての栄光は見る影もなく、荒れ果てた山奥の教会は、異国の旅人である私を拒むように不吉な音を立てていた。


 しかし、拒まれようとも、私はこの教会に用があるのだ。


 重く閉ざされた扉に手をかけると、錆びかそれとも他の類か。とりあえず不快な感触がしたが、それを無視して私は扉を開け放った。


「思ったより内は綺麗にしてあるか…」


 思わず感嘆の声をあげてしまうほど、意外や意外。

 埃は積もっているが、雨漏りしたあともなく教会らしい厳格な空気に満ちている。


「これなら一晩、泊まっても問題無さそうだな」


 気分よくそう言葉を転がすと、適当な場所に荷を下ろし、久方ぶりの休息を楽しんだ。

 やはり、屋根があるのとないのでは、安心感が異なる。だからといって、安全というわけではないが。


 のんびりとした時間はあっという間に過ぎ去るものだ。

 日が沈むと、教会の中は闇に包まれた。

 夜目がきく私とて、このような暗闇では行動する気力とてない。


 早々に寝る体勢になった私は、そのまま意識を闇に溶け込ませていった。


 ◇◆◇◆


 静まり返った夜の教会に招かざる客が訪れたのは、月がちょうど地平の彼方に帰ろうと傾きかけたころだった。

 雨が降り始めた頃をに計らっていたのか、客の足音は雨音に紛れてほとんど聞こえない。

 私がその足音に気が付けたのは、半分は運によるものだ。


 客の狙いはわからないが、盗賊にしてはやけに訓練された動きである。


 瞳は閉じたまま気配でその人数を探る。

 まあ、目を開いたところで一寸先も見えない闇では何の意味もないだろう。

 それに、かすかな足音は私に十分なほど、客について語ってくれた。


 男が5人。いずれも武装している。しかし、武装している割に身軽そうであるから、主な武器は短剣だろう。暗殺者のような雰囲気であるが、統率の取れた盗賊という可能性も無きにしも非ず。


 対して、私の相棒は太刀。間合いは私に理があるが、この長椅子が空間を埋め尽くしている教会では、業物の太刀とて本領が発揮できないだろう。


 さて、どうしたものか。

 特にこの国についてから何かをした訳ではない。さらに、私は使い古した装備ゆえ、金目のものを持っているようには見えないだろう。と、すると本当の狙い︎は私ではないだろう。


 私が思考を巡らせているうちに、客たちは私を間合いにとらえたようだ。大きく振りかぶられた短剣が、わずかな光を反射する。

 私が寝ていると思って油断しているのだろうが、そのような大振りだと隙だらけですと言っているようなものだ。


 私は、そのがら空きの腹に柄を叩き込んだ。


「がっ…」


 低い呻き声をあげ、客の1人が崩れ落ちる。

 思わぬ奇襲に一瞬固まった客の1人をさらに沈める。

 あと一人、欲張ろうと思ったが、さすがに甘い考えらしい。

 私の横薙ぎの一撃は易々と避けられ、体勢を立て直されてしまった。


 客はあと3人。ただ、足元に転がっている2人もいつ目を覚ましてもおかしくはないだろう。柄で殴っただけでは人は死なない。


 つまり、戦力的には先ほどと何ら変わらず、私が体力を消費しただけだ。


「私はしがない旅人故、金目のものは一切持っておらぬ。見逃してはもらえないか」


 今しがた、2人を容赦なく沈めてしまったが、ここで力の差を感じて引くなら見逃すし、逆に戦うというならば、今度こそ本当の命のやり取りとなる。

 この国の基準からみれば小柄で細い体ではあるが、男らしく筋肉がついている。しかも腰に刃を携え、顔の頬には傷がある。素人が見ても、戦闘経験はあるとみなしてくれるだろう。

 ただ、人数の差は歴然としているが。


 客は何も答えない。


 私はゆっくりと太刀の鍔を切った。その金属特有の高い音が戦闘の引き金になった。

 短剣の切っ先を私に向けて襲い掛かってきた客に対し、私は動かない。


 やはり、人数の差を見て、分があると判断したのだろう。このような状況の場合、目撃者は消しておくのが定石だ。


 練度もなかなか、実力もなかなか、連携は文句なし。

 しかし、それで私に立ち向かおうなど、百年ははやい。


 三振りそれで充分。


 ビチャリと汚い音をたて、体から切り離された部位が紅い水溜まりに沈む。


「ああ、教会を血で穢すつもりは無かったのだが…」


 私がそう嘆いていると、足元で気配が動いた。ふと視線を下に転じると、先に気絶させた筈の2人がいなくなっていた。逃げたか。彼らにとっては賢明な判断であるが、私にとっては痛手だ。


 これで私に追っ手がかかるのは大変面倒だ。


 気を取り直して、私はずっとこちらを伺っていた者たちへ視線をなげた。


「こんばんは、無粋な真似をしてしまって申し訳ない。あなたたちの寝床を汚すつもりはなかったのだが」


 なるべく警戒心を抱かれないように、にこやかに話しかけたつもりだったのだが、かえって逆効果だったらしい。敵意や殺気はないもの、警戒心を纏ったまま、彼らは姿を現した。


 らんたんというこの国の提灯の明かりに照らされて浮かび上がったのは、私と同じ年くらいの女性が1人と、甲冑を着込んだ男が2人、そして10歳程であろう少年の姿だった。


 見るからに訳ありの集団だ。

 いや、私が言えたことではないが。


 特に、少年。汚れてはいるが質がよさそうな服に、女性も騎士も少年を守るような動きをしているところをみると、どこかの貴族なのだろうか。

 だが、よそ者の私がこの国について知っている情報は格段に少ない。上層部のことになればなおさら。


「相当腕が立つようだが、何者だ」


 挨拶もなく、いきなり固い声でそう質問され、私は思わず苦笑した。

 これは下手に曖昧なことを言おうものなら、切り捨てられてしまいそうだ。


「私はヤマトの国から旅をしているものだ。今夜、麓の町で宿が空いておらんかったので、親切な者が、この教会なら雨風がしのげると教えてくれたので、一夜明かそうと思って参った」


 澱みなく答えた私に対して、警戒の視線は増々強くなった。何故だ。


「ヤマトの国はこの大陸よりもさらに東にある島国の名だと覚えているが、なぜこの国へ」

「この国にたどり着いたのは、偶々だ」


 なるほど。今はどこの国とも交流を持たぬヤマトの国。そこに住む者たちについて、尾びれや背びれ、挙句の果てに羽までついた噂が飛び交っているのは知っていたが、それのお陰で、私は今最大限に警戒されているのか。

 しかし、ヤマトの国(こきょう)を出て、私が目的地を定めることなく、歩き続けたのは事実である。ただひたすら、東に背を向け、西へ西へと。

 その道中にこの国があったことは否定しようもない事だ。


 とまあ、そのような主旨のことを彼らが納得するまで、体感で10分ほど主張したところで、漸く警戒が少し和らいだようだ。

 とりあえず、無粋な客の後始末を手伝ってもらって、彼らが寝床にしているという教会の地下に招いてもらえることになった。


「いやはや、有難い…」


 久方ぶりのしっかりとした寝具を貸してもらい、改めて一息ついた私に、ジョンと名乗った騎士が苦笑した。


「ベットもないのに大袈裟だな」


 他の者に接するよりも砕けた物言いのジョンに、私も気取らない口調で答えることにした。


「いや、ヤマトの国ではベットはなく、こういった床の上に布団を広げるのが、一般的だからな。こちらの方が慣れている」


 異国の文化に興味あるのか、ジョンの瞳が好奇心を含ませて瞬いた。幼かったころの息子の瞳とそれが重なり、思わず笑みがこぼれた。


「今夜はもう遅い。日が昇ってからゆっくりと話そうではないか」

「だが…」

「どうせ、明日は嵐だ。どのみち、この教会から身動きはとれんよ」


 私の言葉に、首を傾げるジョンだったが、私が寝の体制に入ったからか、そのまま諦めて彼の布団の中に潜っていった。


 ◇◆◇◆


 私の言葉通り、天候は朝餉を食べてから増々悪くなり、昼間だというのに教会の中は薄暗いままだった。


「すごい、本当に嵐だ」


 風が吹き付けるため時折がたがたと震える教会を見ながら、ジョンは感嘆の声を上げた。

 おばばと比べれば、的中率は落ちるが、それでも空気の状態や流れから天候を予測することはさほど難しくはない。


「さて、こんなものか」


 私たちが何をしているのかというと、昨晩私を襲った客の持ち物を改めていた。

 遺体はすでに土の下だが、持ち物から正体がつかめるかもしれないと残しておいたのだ。

 結論を言うと、闇ぎるどという暗殺を生業にしている者であることは分かったが、だれからの差し金なのかということは手掛かりすらなかった。


 ジョンによると、昨晩の襲撃はジョン達の一行を狙ったものだったが、目撃者をなくそうとして私に先に手をだしたのだろうと。とんだ巻き込まれ事故だ。

 そして、襲撃者を撃退してしまった私は、生き残った2人によって組織に報告され、標的になるだろうと。再び言うが、とんだ巻き込まれ事故だ。それなら、私が去った後にしてくれ。

 まあ、今更嘆いたところで仕方がない。


「しかし、其の歳で命を狙われるとは、災難だな少年」


 昨晩、騎士2人と女性は名乗ってくれたが、唯一名乗ってもらえなかった少年を、私は何の捻りもなく少年と呼んでいる。

 大まかな事情は話してくれて、やはり少年は貴族らしく、後継争いで追いやられこの教会に身を隠しているという。

 証拠は何一つ出てきていないが、襲撃者も後継者争いの対向者である少年の兄の差し金だろうというのが、一行全員の見解であった。


「仕方がないから」


 大人びた口調とは裏腹に、青い瞳が不安げに揺れている。

 国の上層部は、なぜこうも身内で争うのか。それも命を懸けてまで。


 遠いところに置いてきてしまった、黒髪の少年の背中が瞳の奥によぎる。あの子も、血縁から居場所を追いやらされしまっていた。

 あの少年も傘を差しだした私に不安そうに眼を向けていたものだ。いや、あの子はもう私が傘を差しのべた時の、少年ではない。今は、しっかりと自分の足で歩いているはずだ。

 遠くの故郷に残してきてしまった顔をかき消すように、私は少年の頭に手を置いた。


「少年は強いな」


 息子にしていた時のようにわしゃわしゃと頭をなでると、少年ではなく、この場の紅一点のダリヤに睨まれた。


「コテツ様、あまり気軽に…」

「ダリヤ、良い」


 少年に窘められ、ダリヤは口を噤んだが、それでも不満そうに私を見てくる。見た目から彼女は20代後半とみていたが、所作を見るともう少し若いのかもしれない。


「さて、これ以上は何もわかりませんし、地下へ戻りましょうか」


 もう一人の騎士、ヘンリーがそう少年を促して、一行は地下へと足を向けた。

 しかし、私はこの際だからと、暫くここに残ることにした。

 どかりと遠慮なく地べたに座った私は、腰に佩いていた相棒を鞘から抜いた。

 旅の道中であっても手入れを欠かさなかったからか、その表面は国にいた時と同じように綺麗に輝いている。

 いろいろな国を見て回って知ったのだが、刀はヤマトの国独自の武器であったらしい。

 相棒ともいえるこの刀を折らすつもりはないが、替えがきかないことは分かったから、より大切に使っていくつもりだ。


 黙々と作業を続けていると、地下から少年がひょこりと顔を覗かせた。

 地べたに座る私の手元を見ながら少年は、おずおずと口を開いた。


「隣よいか」

「ああ、構わない」


 私が了承すると、少年は隣にペタリと座りこんだ。


「ダリヤはどうした」

「お花を摘みに行っている間に、抜け出してきた」


 はて、あのような地下に花が咲いている場所があるのか。

 怪訝そうな私の顔を見て、少年も首を傾げた。

 どうやら、この国では一般的な言い回しのようだが、そこまでの知識は私にはない。


「お手洗いまたは厠のことですよ」


 結局補足してくれたのは、少年を追ってきたであろうヘンリーだった。


「なるほど、気の利いた言い回しだな」

「と言うより、ただの貴族の見栄ですよ」


 嘲笑を浮かべたヘンリーに、少年が困ったような表情をした。

 はて、私は知らない内に彼の地雷とやらを踏んでしまったのか。

 まあ、深く知った仲でもない。

 地雷を踏み抜いても仕方ないだろうと、頭を切り替え、私は相棒の太刀を鞘に戻した。


「して、何の用だったのかな少年」


 わざわざ私に近づいたということは、何らかの用事があってのものだろう。そうでなければ、この不審者のような立場の人間に近づこうとは思わない。


「この国について、どう思う」


 抽象的な質問だった。

 率直にいい国か悪い国かなんて白黒はっきりするものでもない。

 どんな物事には良き部分もあれば悪しき部分もあるもんだ。


 私はうんと頭を捻った。


「静かな国だと思う」


 ただの平和な国のようだが、私はこの独特な静けさを知っている。そう、戦が始まる前の空気によく似ているのだ。


 張り詰めた静けさを湛えたこの国の火蓋は、どこで切られるかわからぬが、その頃にはこの国を出ていたいものだ。


 私の返答が予想外であったのか、少年はぱちくりとそのまあるい瞳を瞬かせた。


「変なの」

「失礼だな少年」


 私は至って真面目に答えたのだが。

 だが、思わず口をついたであろその言葉は、今までで1番少年らしかった。

 それを皮切りに少年とたわいもない会話を楽しんだ。

 ヤマトの国のこと、この国のこと、言葉の違いや文化の違い。

 良き先達者がいたのだろうか。

 少年は幅広い知識だけではなく、それを踏まえて物を考える思考力の高さを備えていた。


 大人と話している感覚。いや、そこらの大人では太刀打ちできないだろう。

 立場を持ったものの発想に私は内心で舌を巻いていた。


「さて、そろそろ戻らんと、ダリヤが心配するぞ」


 楽しい時間はあっという間だ。

 少しだけ花を咲かせるつもりだったのだが、かなりの時間が経過してしまったようだ。

 よっこいしょと立ち上がった私を、少年はじっと観察するように見ていた。いや、実際観察されているのだろうが。


「コテツ、その頬の傷は旅の道中でできたのか」


 どうやら私の左頬に刻まれた傷痕が気になるようだ。

 平行につけられた長さはバラバラの傷痕は、別々のタイミングで別の者からつけられたものである。

 痛みはとうの昔になくなり、今や鏡を見て思い出すだけの存在であるが、これは間違いなく私の若気の至りの跡である。

 思わず苦笑を零すと少年は、バツが悪そうな顔をした。


「すまない、聞いてはいけないことだったか」

「いや、そうでな無いのだが…。なんと言うか、若い時の無鉄砲を、ひけらかすようでな」


 つまるところ、恥ずかしい。

 あの頃は、強い奴が正義と言わんばかりの振る舞いをしていたからな。


 私の雰囲気を察してか、少年はそれ以上深くは聞いて来なかった。


 あれから少年は、私の後ろをちょこちょこと着いてきて、ヤマトの国のこと、旅路の話をもっと聞きたがった。

 私も話すのは嫌いではない性分なので、少年にせがまれるまま話した。

 息子が2人いること、妻は既に他界していること、オババという郷で1番の老女が何でも知っていること、服装がこちらとは全然違うこと等々。

 少年が特に目を輝かせたのは、食についての話を聞く時だった。

 食べ盛りの少年らしい。


「ヤマトの国は面白い食べ物がたくさんあるな。この国で作れるものはあるのだろうか」

「醤油や味噌は見かけたことはないが、それ以外でならなんとか揃えられるだろう」


 身を乗り出して私の話を聞く少年に警戒心はもはや無い。

 私の言葉に、話を聞いていたダリヤが頷いた。


「この国から少しばかり遠いが、機会があればぜひ来てくれ。色々な料理を馳走しよう。特に神事の際に食べる食べ物は、健やかな成長を祈願する意味がある」


 我が家の者達は、少年たちを歓迎するだろう。

 そう私が告げると、少年は嬉しそうに頷いた。

 随分リラックスした表情の少年に対し、ダリヤが始終苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 まあ、大人の者たちはまだ警戒心を無くすには早いと判断しているのだろう。賢明なことだ。

 私が彼らの立場であれば、同じことをする。


「さて、そろそろ夕暮れ時か。私は一度外の様子を確認してくるか」

「俺も行こう」


 よっこらしょと腰をあげた私に続いて、少年も身軽に立ち上がる。

 それに慌てたのは、少年に対して過保護気味なダリヤだ。


「お待ちください。外は危険です」

「何故だ。コテツもついている」


 私の何が少年の琴線に触れたのか。

 予想以上に高い評価に驚いたのは、私とて同じだ。


「いけません」

「その通りだ、少年。我々が懐を分かち合うには少々時間と信頼が足りん」

「いや、あなたが言うことでも無いでしょ…」


 ダリヤに同意を示す私に、呆れた表情を見せるヘンリー。場は混沌とした空気を湛え始めた。

 そんな我々を少年は可笑しそうに見ていた。


「ほら、彼なら大丈夫だ。ダリヤ」


 それ以上は何を言っても無駄だと思ったのか、ダリヤは観念したように肩を落とした。

 彼女は、少年の身に何かあったら容赦しないぞと遠回しに私に釘を刺して、ヘンリーを同行させることで、少年が私と共に行動することを妥協した。


 嵐は少し弱まってはいるが、外はまだ雨風が喚いていた。

 私は教会で祀られている女性の像をしげしげと見つめた。

 国を跨ぐと、様々な面で違うことがある。食であったり、衣類であったり、思想であったり。

 思想に大きな影響を及ぼす宗教もそれに伴って、大きく違っている。


 衣類であったり言葉であったりは見様見真似でどうにかなるが、宗教の面ではいくら話を聞いても、理解はできるが共感はできないことが多い。

 それがこの大地に多様な性質の人間が住んでいる証拠のようで、面白いと私が素直に思うところであった。


 まあ、考え方が異なっても、人間が追い求める過程でとる手段は、どこの国もあまり変わらないようだが。


 あの時差し伸べた鮮やかな赤い傘が瞼の裏にちらついたのを振り払って、私は少年を見た。

 少年はまっすぐな瞳で私を見返した。

 他の子供と比べたら、人の穢れた部分を知っているだろうに、私に向ける視線は濁りもなく。きれいなものだった。


 この子の未来がよきものであればいいのに。私は素直にそう願った。


 この国のものではない私であっても、この女神は願いを聞き届けてくれるだろうか。

 いや、神頼みせずとも私には動ける体があり、想いがある。


 知り合ってしまったものは仕方がない。

 元より私は自他ともに認めるお節介な性分なのだ。情が移ってしまった相手なら尚更である。

 未来ある少年が命の危機にさらされているというのに、黙って素通りはできない。


「さて、そうと決まれば早々に片を付けるべきだな」


 ふとこぼした私の言葉を理解できなかった少年とヘンリーは、揃って首を傾げた。


 ◇◆◇◆


 ちらついていた雨もすっかり上がった頃、私は教会から出る準備をしていた。


「いってしまうのか」


 悲しそうに眉を下げる少年に後ろ髪をひかれながらも、私はうなずいた。

 ここでじっとしていても、埒が明かないのは明白だ。

 それに、私も抹殺対象に入っているとはいえ、独り身の方が戦闘時に気を使わなくてすむ。


「では、十日程であったが、世話になったな」

「道中お気をつけて」


 別れの言葉を告げると、大人の面々は深刻そうな顔をして私を見ていた。

 大方、私が囮のような役割を担うことを薄々感づいているのだろう。

 私の未来を思うなら、さほど暗いものではないのだが。


 軽い足取りで、彼らと別れた私が暫く歩いていると、殺気と共に道を阻まれた。

 数は両手の指の数と同じである。

 たった1人を殺すには贅沢な人数である。


 久しぶりの危機的な状況に血が沸き立つ。

 知らずに笑みを浮かべてしまったのであろう私を、襲撃者たちが不気味そうに見ている。

 いかんいかん。戦闘を楽しんでしまう私の欠点が出てしまっている。


「手を引いてはくれぬか。そうすれば、無駄な血を流す必要はないと思うのだか」


 あまり説得する気のない声音になってしまったが、どうやら挑発されたと受け取ったらしい。

 無言で剣を抜き放つ襲撃者たちに、私も説得をやめ、刀を抜いた。


 ここからは、殺戮の時間だ。

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