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夢日記

蛇帝の代替わり

作者: 鶏野玉子

蛇の帝は代替わりを控えている。

今帝はまだまだ健在だが、次帝は今帝の元で施政の経験を積み、慣例に倣って既に代替わりの準備に入った。


蛇の帝の代替わりには、次の帝の捕らえた大地への供物が必要だ。

供物は動物の剥製である。

歴代の帝の中には、供物の収集に十年を費やした者もいる。

収集期間が長くとも、臣民に不安はない。

蛇の次帝が供物の収集に時間を費やせるのは、今帝の治世が安定している証である。

治世の安定により、次帝は急くことなく存分に供物を集め、次代の足掛かりをより盤石なものと出来る。

特に今代の帝と次帝の関係は良好で、今帝の壮健ぶり、次帝の明敏ぶりを見ては、この二帝がもう少し間をあけて生まれていれば、安定した治世をより長く享受できたと残念がられるほどだった。


今代の次帝が収集に費やした時間は十年に達しようとしている。

臣民は今代の安定と次代への期待を胸に代替わりの儀式を心待ちにしている。


供物の収集は次帝が直々に行う。

施政とは直接関係のない能力であっても、蛇の習性として、獲物を捕る能力は問われるのである。

今帝は近代の帝には珍しく、直接狩をした武人であるが、狩自体は次帝が直接行うとは限らない。

良い狩人を集め差配し、見事な供物を収集させることも、帝の狩の能力と見なされる。


次帝は沢山の狩人を集め、津々浦々の獲物を集めている。

この国のすべての種を集めるつもりだろうと市井の話題である。

最も大きな種である熊でさえも何頭か狩っているものの、主たる供物とするには大きさが足りぬと今も収集中である。


ある日、狩に向かった帝が内裏に見事な羆を持ち帰った。

次帝の供物とするためである。


次帝は喜び供物として受け取った。

しかし、供物集めを止めることはなかった。

儀式の供物の中心が引退する帝からの贈り物では申し訳ないと、狩人たちに今帝の羆より大きな羆を求めた。


狩人たちは困惑した。

今帝の持ち帰った羆は森の主と呼ばれる大羆。

これを越える羆は二番手が成長する時を待たねば存在しない。

困り果てた狩人たちは次帝に平伏し、ゆるしを乞うた。


次帝は狩人たちをゆるした。


いまだ今帝の供物を越える羆がおらぬのは、私の即位が時期尚早である証。

既にこの国のすべての種を供物として集め終えたが、さらなる鞭撻を大地が求めているのだろう。

この国のすべての種を番とし、供物としよう。

雄には雌を、雌には雄が必要だ。

これからも私の新たなる供物を集めてくれるように。


叱責を覚悟していた狩人たちは感激し、奮起した。

雄には雌を、雌には雄を、すべての種に伴侶を。

それは素晴らしい供物に思えた。

次帝は歴代一の帝となる。

話を伝え聞いた臣民も今帝の治世の延長を喜び、次代のさらなる繁栄を夢見た。



やがて、すべての供物が番となり、過去のすべての帝の供物すら凌駕する、壮大な供物が出来上がった。

いまだ今帝の治世は盤石だが、次代への代替わりによる祭の到来を民は喜び、同時に悲しんだ。

蛇の代替わりの儀式の終わりは今帝の死である。

帝は二人いらず。

それが蛇の掟だった。


次帝は言った。

供物のすべての種が伴侶を持った。

だがそこには仔がおらぬ。

我が供物は次代を加えてこそ完全となると。


大人たちは納得した。

次帝への代替わりは待ち遠しいが、今帝の安定した治世は惜しい。

引き延ばせるなら延ばしてもよいではないかと。


子どもたちは残念がった。

国を挙げての祭など初めてだ。

乱世など知らない。

代替わりによる混乱も知らない。

今帝の死は遠い世界の話だ。

早く祭がしたいと嘆いた。


次帝は言った。

今帝の在位を記念して祭をしようと。

これほどの安定した治世、記念するにふさわしいと。


大人たちも子どもたちも喜んだ。

代替わりの混乱もなく、ただ楽しめる祭だ。

国を挙げての祭は三日三晩続き、民はふたたび元の生活に戻った。



やがて供物は仔まで揃い、万全となった。

今帝は次帝を呼び、儀式の日取りを決めるよう言った。


次帝は言った。

家族には孫が必要だと。



蛇の今帝の治世は、今帝が病に伏すまで末永く続いた。



2021/11/10

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