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さらば独身生活

 この世界では、どの領地にも最低一カ所は教会がある。かく言うこのレッドフィールド領にも、崩れかけ…とまでは行かないが『ああ、金銭的に苦労してるんだね』と、一目で分かる様相の教会が一軒だけ建っている。そこから発行される婚姻届に必要事項を記入し提出すれば、婚姻が成立するという仕組みだ。また結婚式を行う場合は別料金となる。『領民の方の気質なのか畏まった行事は好まれなくて、滅多に行いませんけどね』とは若き司祭の言。


「……そういう訳で、無事受理されたので俺は仕事に戻ります。長旅で疲れたでしょうから、今日はもう休んでください。───ミス・ハミルトン」


 俺は目の前に佇む意志の強そうな美少女、アガサ・ハミルトン…じゃなかった。アガサ・レッドフィールドを見やる。


 化粧の上からでも僅かに疲労が覗える白い肌。腰まで伸びた青みがかったまっすぐな黒髪は綺麗に一つに束ねられ、赤紫の双眸はあまりにもあっさりとした婚姻に戸惑い揺れている。馬車での移動だが動きやすさを重視したのだろう、公爵家のご令嬢の割りには服装の色味が暗く地味だった。暫くしてふっくらとした赤い唇から、気品漂う声が紡がれた。


「もう『ミス・ハミルトン』ではなく、『ミセス・レッドフィールド』ですわ。レッドフィールド子爵」

「あー…そうだった、失礼…」

「いえ…」

「…………」

「…………」


 …きっっっっまずいなぁこの空気!なんだよ、この令嬢。さぞかし高慢ちきな小娘だろうと思っていたのに、いざ会ってみたらこれだよ。見た目は気が強そうなのに、振る舞いとか発言内容は控えめなんだよな。肩すかし食らった気分。間が持たず、救いを求めて後ろに控えている双子に視線をやれば…。


「何という事でしょう、ここでキース様の対女性スキルの低さが露呈してしまうとは…」

「あはは。メッチャたじろいでんじゃん。おもしろ~」


 この愉快犯共め!聞こえているぞ!二人を横目で睨んでいると、この空気に耐えられなかったらしいアガサが口を開いた。


「えっと…では、お言葉に甘えさせて頂きます」

「あ、はい。ヴィルマ、部屋まで案内を頼む」

「はい」


 静かに控えていたメイドがすっと進み出る。この国では珍しい銀髪蒼目のこの女性は、数年前に他国から態々この地に越してきた、訳ありらしいメイドだ。経歴はどうあれメイドとしての能力は確かなので、しっかりとこき使っている。


 ヴィルマの案内に従って俺の部屋から退室しようとしていたアガサが、不意に扉の前で立ち止まってから体ごと此方に向き直る。訝しんで彼女の顔を見つめていると、彼女はそれは美しいカーテシーをみせた。俺はそれから目を離せなくなる。


「改めて、これからよろしくお願いしますわ子爵様。私、この地に骨を埋める覚悟で参りましたのよ」

「……っ」


 それはつまり、アガサはこの結婚を受け入れていて、貧しい田舎だからと実家に帰る気は無いと言う事か。それでは俺の人生設計が狂ってしまう。だと言うのに。


「…キースで結構です。此方こそよろしく…」


 気が付けば、そんな言葉を口走っていた。声も無くアガサが微笑む。その顔には、初めて安堵の色が浮かんでいた。





 ひょっとすると、彼女は王都の貴族令嬢とは一味違くて、おまけにこの結婚に前向きなのかも知れない。ふと、そんな事を考えてしまった。


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