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聖ルーシャン-02-

「――まぁ!では、司祭様はこちらの教会でバイロン司教様に育てられたのですね!」

「はい。聖職者として必要な知識だけでなく、読み書きや計算、マナー等も叩き込まれました。あれは厳しかったですね…」


 応接室では、アガサとモーリスのやり取りが続いていた。過去の出来事を思い出したのだろう、モーリスの目が若干哀愁を帯びて遠くを眺めだした。俺は五十を超えて尚溌溂とした顔で動き回る司教の顔を思い出す。確かに、彼は教育に関しては人一倍厳しかったな。流石教育の聖人だ。俺なら絶対教えを請いたくないね。『それでは』とアガサが更に問いかけた。


「司教様は、貴方を聖人に育てようとなさったのですか?」


 ティーカップに手を伸ばしながら、『それは無いだろうな』と心で呟く。聖人や聖女といった立場は、なろうと思ってなれるものでは無い。血筋や魔力の強弱、身分によって選ばれるわけではないからだ。視界の端でモーリスが首を横に振るのが見えた。


「いえ、それは難しいかと。バイロン司教がおっしゃるには、それらは結果なのだそうです。そう呼ばれる為に何をするのかではなく、願いがあってそれを果たすために知恵や力を行使した結果が、聖人あるいは聖女を作り出すのだと教わりました」

「…強い願いが天上の神々に届いたとき」


 モーリスに続くように口を開く。隣に座るアガサがそっと俺を見上げた気配がしたが、俺は目の前の紅茶から視線を外す事なく話し続ける。


「その強く純粋な願いに手を伸ばした神が権能の一部を分け与えるそうです。俺達が『神の祝福』と呼ぶ力の事はご存じでしょう?つまりはそれの事なのですが…その祝福を与えられ行使することが出来る人間を、聖人・聖女と呼んでいるんです」


 神代の終わりと共に天上へと姿を消した神々は、極めて稀にだが人間に力を分け与える。神にとってはほんの僅かな力はしかし人間にとっては非常に強力で、人知を超えた神秘(祝福)は一歩間違えればその者に破滅を招く諸刃の剣だ。世間が羨む程有難い事だとはとても思えなかった。アガサがモーリスの方へ顔を向ける。彼が穏やかな表情で頷くと、彼女は再び俺を見上げた。


「お詳しいのですね。私、恥ずかしながら宗教の事はあまり詳しくありませんの…。学校でも、何処の国が何の神様を信仰しているかくらいしか習わなかったので…」

「ああ、まぁ…知らなくても大体は問題ありません。宗教と政治は切り離して考えるのが我が国ですので。基本的な作法を知っていればうるさく言われることは無いですよ」

「そうですね。神への冒涜とか聖書を踏みつけるとかのレベルでなければ、僕達も多少の無作法には目を瞑ります。あまり気負わないでください」


 そう言ったモーリスが壁にかかっている時計に一瞬視線を向けたと思ったら、おもむろに立ち上がった。扉に手のひらを向けて俺達を促す。浮かべている笑みはどこか楽しげだった。


「そろそろ教会内をご案内いたしますよ。さぁ、どうぞ」




 そうして、モーリス直々の案内で俺達二人はルクリア=ネスェノール教会内部を歩いて回った。とは言え俺は此処の構造は知っているので、俺達というよりはアガサを案内したものになっている。当のアガサはというと、余程珍しいのか終始目を輝かせてモーリスの話を聞き視線をあちこちへと向けている。王都の貴族は地方の貴族より宗教に無関心だと常々思っていたけれど、どうやら一部はそうでもないらしい。軽く見て回り、最初にモーリスと会った聖堂に戻ってきた。祭壇の前で足を止めて三人で女神ラモーナの像を見上げる。長い布を体に巻き付けた女神の像はまるで空でも飛んでいるかの様な体勢で右腕を天に差し伸べており、その足元には一頭の巨大な獅子が伏せていた。


「こちらが我が国の主神。最高神ヴォルフラムの子にして天の女主人と名高い豊穣の女神ラモーナの像です。左側にある扉は祭服や聖遺物を保管するための聖具室です。教会でも一部の者以外は立ち入り禁止なので、中をお見せすることは出来ませんが…。保管されているのは、女神ラモーナが冥界下りをした際に身に着けたといわれる金の指輪、聖杯、聖人の遺骸等があります。行事の際に見ることが出来ますよ」


 丁寧にアガサに説明している青年の横顔を眺める。彼も、亡くなった後は聖遺物として遺体を保管されるのだろうか。ふとそんな考えが頭の中に過った。全身なのか一部なのかは分からないが…もしそうならば、彼はその事を知っているのか。知っていて今微笑んでいるのだろうか。領主といえど教会内部への影響力など無い。もし教会の上層部がそのつもりでいるのならそうなるだろう。その時俺は『彼だったもの』を前に今までの様に神に祈れるだろうか。


「…会った事も無い聖人の遺骸の前でならいくらでも崇敬できるのになぁ。我ながら勝手なもんだ」


 年の近い二人がほのぼのと会話をしているのを眺めながら小さく呟いた時だった。教会の扉が勢いよく開かれ、数人の男女が血相を変えて駆け込んできた。


「司祭様!司祭様はいらっしゃいますか!?聖ルーシャンは!?」

「「「!!!」」」


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