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虎穴に入りたいわけではない、本当に。

 ゾサの街には領主の屋敷以外にも重要な場所が三つある。一つは行政事務を取り扱う役所の市庁舎、二つ目は収入の要のギルド、三つ目は我が国の主神女神ラモーナへの信仰と教義を広め、礼拝するための教会。重要そうな場所といえばこの三か所だろう、そう判断して最初にアガサを連れてきたのは、屋敷から比較的近い場所に建つオンボロ教会――。


「それがこれから向かう、ルクリア=ネスェノール教会です。レッドフィールドでは一番大きい教会ですよ」


 ガタゴトと揺られながらさらに詳しく説明する。外からは度々音程の外れた鼻歌が微かに聞こえてくる。サイラスだ。


「教会自体は()()()向けの観光地ですが、毎年それなりの数の信者が礼拝に訪れます。もっとも、彼らのお目当ては女神への信仰を示すためではないかもしれませんが」

「どういう意味ですか?教会へ足を運ぶのですから、やはり敬虔な信者の方なのでしょう?」


 含みのある物言いに、アガサが首を傾げた。シャラ、とイヤリングが涼やかな音を立てた。…関係ないけどその仕草似合うな、関係ないけど。


「ラモーナ教が認める聖人が、この時代にも何人かいるのはご存じですよね?その内の一人、聖ルーシャンはルクリア=ネスェノール教会に在籍しています。つまり、若い聖人目当てです」


 過去には王都の教会に移動させようとする動きが教会内で見られたが、当人がきっぱり断っていた。彼の名前を聞いて、アガサが驚きに目を見開いて口元に手を当てた。


「まぁ!聖ルーシャン!?弱冠十三歳で治癒と狩猟の守護聖人に選ばれた、あの!?覚えておりますわ、あの時は社交界でも大騒ぎでしたから!『辺境の教会の平民の司祭が治療法の無い難病の末期患者を一瞬で平癒させた』、と!」

「はい、その奇跡をおこした聖ルーシャンです。本名はモーリス・ペイン。信心深い、気性の穏やかな、うちで評判のいい人物ですよ。…――。」


 そして、この白い結婚を承認した司祭です――とは、言えなかった。言葉を飲み込み、勝手に気まずくなって横目で外を見やれば、そろそろ件の教会が見えてくる頃だった。それを確認して、俺はぐっと出そうになったため息をこらえる。教会に行くのなら、『彼女』の事も話しておかねばならないだろう。きっとアガサは『彼女』と面識はないだろうから。そう思って憂鬱になっていると、気づいたアガサに大丈夫かと心配そうに声をかけられた。


「大丈夫です。…その、教会につく前に、一つ、注意事項があります」

「は、はい、なんでしょう?」

「たとえ今日出会わなかったとしても、いずれは顔を合わせることになるでしょう。その時では遅い。アガサ、レッドフィールドには、ルクリア=ネスェノール教会には…かの有名な灰色の魔術師が住み着いています…」

「――っな、……っ!?」


 息をのんだアガサは、顔を真っ青にさせて唇を震わせて絶句した。それもそのはずで、この世界のすべての魔術師は魔塔によって登録されており、功績や思想、魔術系統など様々な観点からランク付けされ全世界に公開されている。そのランクを魔術師達は冠位と呼び、以下の七つの色で分けられている。


・紫:英雄、賢者。己の魔術の極致に至った者

・青:預言者、聖人、聖女。自らの慈悲によって国や民を助ける者

・赤:極めて高い攻撃性の魔術を扱う者

・黄:治癒(ヒール)味方の補助(バフ)敵の妨害(デバフ)を得意とする者

・白:功績はないが罪もない者

・灰:無法者。理性、倫理観、凡そ善と呼ばれるもの総てを自ら外した狂人、異常者

・黒:罪人


 紫から黄までは複数の冠位を与えられることもある。白は一般的な魔術師で、一番数が多い。灰と黒は当人たちがどれほど優秀で唯一無二の存在であろうと、他の冠位を与えられることはない。あった場合は剥奪される。『彼女』の様に。


 紫や青の冠位の魔術師たちは当然だが数は多くない。その為世界的にも有名で人々の羨望の的だ。…しかし、何事にも例外はある。いるのだ、彼らと同等――場合によっては、それ以上に有名な魔術師が。


「かつて、当時の魔塔の主によって冠位灰を与えられた人物。彼は彼女をこう表現しました。『最も無垢で最も邪悪』、――…」


 『最も無窮の空に近づいた者』――灰色の魔術師(レディ・グレイ)


「グレイには充分気をつけてください。魔術師としてはこれ以上はいない程頼もしいですが、あれには常識や倫理観と言った縛りがありません。何というか…人間で在りながら人間の外側に存在している…そんな人物です。何かあれば、モーリス司祭か俺を頼ってほしい。…大丈夫、なんとかします」

「………っ」


 その言葉は、二人の間に横たわる凍り付いた空気を溶かすには力不足であった。

2024.10.8 誤字報告ありがとうございます。修正いたしました。

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― 新着の感想 ―
しつこくブックマークを外さずに待った甲斐がありました。続きを楽しみにしています。
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