デートでは無い。視察だ。
お久しぶりです。生きてます。
昔からあまり作物が育たず、不本意ながら不毛の大地と呼ばれるレッドフィールドにも、当然ながら村は幾つか存在する。飢えることは無いが贅沢も出来ない程度の細々とした暮らしをしている彼等はしかし、やはりというかレッドフィールド領の人間なのである。領の南側に位置するラシグの村もその一つ。報告書に寄れば、彼の村は一月前に鉄砲水による川の氾濫で村の唯一の出入り口である橋が流された。で、俺は今その報告書を読みながら橋の再建に必要な見積もりを出そうとしていたのだが、報告書の最後の一文に目が点にならざるを得なかった。
『泳いで渡れる程度の川なので再建の必要無しと村人の意見一致』……?固まっていると、気付いたサイラスが『そう言えば』と声を上げた。
「三日三晩話し合った結果、『橋が無いなら泳げば良いじゃない』って結論に至ったらしいよ?」
「あぁー…そこに気付いちゃったんだ?大人達が集まって三日三晩も考え抜いて、橋の再建という発想にならなかったんだ??」
「一応案としては出たみたい。けど、時間とお金がかかるからやっぱ泳げばよくない?ってなったんだってさ」
「うちの領民が逞しすぎる……。が、橋は再建するぞ。村人達がそれで良くても領主として許可できない」
「ま、そうだよね~」
へらっと笑うサイラスに指示を出しながら、次々と仕事を片付ける。日々黙々と仕事をして、それでもこの領主の館が有るレッドフィールド領の中心街ゾサの街の復興は半分ほどしか進んでいない。問題を一つ片付けたらもう一つ問題が増える(大体は領民による人災)のだ。元々の財政が苦しいのもあって、復興は遅々として進まない。
その事実に、俺は重いため息をついた。今日の午後には、そんなゾサの街へアガサを連れて行かねばならないのだから。最近、彼女は模範的な公爵令嬢像とはかけ離れているのではと思い始めているのだが、それでもゾサの街の荒れっぷりをじっくり見させられるのは堪えるんじゃなかろうか。
「ああ…憂鬱だ」
どれだけ嘆こうと時間というものは流れるもので、気付けばアガサとの約束の時間になっていた。未練がましくデスクにしがみつく俺を双子が本当に楽しそうに引っぺがす。
「往生際が悪いですよ、キース様。ささ、お支度をどうぞ」
「どうぞどうぞ~」
双子とノエルによって身なりを整えさせられ、玄関ホールでアガサを待つこと数分。二階に続く螺旋階段を人が降りてくる音に気付いて、何か思うより先に顔を上げた。ゆっくりと姿を現したその人に、柄にもなく息をのむ。
「お、お待たせしてしまいましたか…?」
「い、いや、さほど…」
青みがかった美しい黒髪は結い上げてルビーとダイヤが輝くバレッタで纏めてある。襟の詰まったワインレッドのドレスは七分丈で、袖には白いフリルレースに金糸で花の模様が刺繍された、実に貴婦人らしい楚々とした気品を感じるものだった。よく見ると、ドレスの首元と裾にも同じ花の模様が刺繍されている。また、小ぶりではあるがルビーのイヤリングが彼女の両耳を飾り、揺れるたびに光をはじいている。控えめに表現しても、とても似合っていて綺麗だ。何だかこのボロ屋敷が途端に豪邸に思えてきたな。
本当にすごい。決して地味ではないが、華美とも言い難い服装なのに何故か後光がさしているように錯覚してしまい、改めて彼女の見目の良さを痛感する。そうしていると、アガサの後ろに静かに控えていたヴィルマと俺の横に立っているノエルに小さく咳払いをされた。はっと周囲を見渡すと、生暖かい視線を向ける使用人たちが柱の陰からこちらをジト目で見ているではないか!まずい、思わず年下の女の子を凝視していた!
俺の前では、そわそわと所在なさげなアガサが、両手を胸の前で組んで不安げに視線をさまよわせていた。何だか顔が赤く、目もぐるぐると回っている気がする。
「あ、あの、その…一緒に街に出るということで、でも、視察を兼ねて街をご案内していただくだけで決して遊びに行くわけではないことは、重々承知しておりますのよ。ですから、あの、ヴィルマには装飾などは控えてもらうようにお願いをして…えっと…やっぱり、まだ派手、でしょうか……?」
「いえ、そんな事は全く…すみません何でもありません。では、手をどうぞ…」
「あ――…はい、ありがとうございます」
衆人観衆という羞恥プレイに耐えられなくなり、顔をそらして手を差し出す。手のひらに乗せられた華奢な手の感触を極力意識しないように、無心で少々ボロい馬車までエスコートしていく。
屋敷の扉がしまる直前、中からたくさんのため息が聞こえてきたのは、きっと気のせいだ。一緒に馬車に乗ると、ノエルが静かに扉を閉め、御者兼護衛役のサイラスに頷いた。それを受けて、サイラスが陽気に――しかし気の抜ける声を上げる。
「じゃぁ――いざゾサの街でデートへしゅっぱぁ~つ!!」
「だから違う!!!」
デートじゃなくて視察だって言ってるだろうが!!!




