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従者の提案

「「お早うございます。旦那様」」

「お早う…」


 空が白み始めた頃、キース・レッドフィールドは目を覚ます。のそりと上半身を起こし、サディアスがサイドテーブルの上の装置に微量の魔力を流して魔道具のシャンデリアが室内を明るく照らすのを、横目でぼんやり眺める。カーペットの上に足を降ろせば、サイラスが素早く旬の果物や野菜を漬け込んで風味付けしたデトックスウォーターを注いだグラスをサイドテーブルに置いた。俺のアーリーモーニングティーは専ら、このデトックスウォーターか白湯だ。


 グラスの横には乳白色の錠剤が入った薬瓶が置かれている。寝起きのよく働かない頭のまま、のろのろと手を持ち上げて明りを反射する髪を梳いた。


「一日しか保たないのは面倒だな。毎朝『これ』を飲まないといけない」


 掠れた声でぼやく。徐々に室内が日の光で明るくなってくると、俺がアガサと白い結婚を貫かなければいけない原因が、その輝きを増した。


「致し方ないですよ。グレイさんも仰っていましたが、長期にわたり継続的に服用するなら人体への負担も考えないといけません」

「分ってはいるんだけどなぁ…」


 眉間に皺を寄せたまま錠剤を紅茶で流し込み、着替えるために立ち上がった。




 レッドフィールド家の朝食は余裕があればライ麦パンに卵とベーコン、スープと言った品数だが、大体はケジャリーという、簡単に言うと豆と米の料理で済ませる。席について食べていると、ノエルが銀のお盆に手紙を一通載せて差しだしてくる。受け取って確認すれば、何と差出人はウィリアム君だった。急いで目を通す。


『拝啓キース兄ちゃん

俺です。ウィリアムです。お元気ですか?俺は元気です。


遅くなっちゃったけど、結婚おめでとう!俺も領地の皆も一安心だよ。魔石ならグレイ姉ちゃんの方が凄いの作れるから、俺からは仕事の報酬でもらった宝石を送るね。…あれ?でも、魔術師の人って宝石を通貨代わりにしている人も多いし、姉ちゃんも持っているのかな?まぁいっか!


兄ちゃんのお嫁さんに挨拶もしたいし、近いうちに一度領地に帰るよ。またお土産持って行くね!

ウィリアムより』


 感激のあまり天を仰いで手で目を覆う。


「良い子すぎる」

「うちじゃ珍しいくらいの圧倒的光属性だねぇ」

「ノエルさんの情報によると、彼は今帝国で依頼をこなしている最中のようですよ」

「旦那様。ご依頼の品は、後程執務室にお持ち致します」

「頼んだ」


 しかし帝国…ヴィルマの故郷か。あの国は何時の時代も何かと物騒だよな。手紙を見つめて考えていると、気になったのだろうアガサが控えめに問う。


「どなたからだったんですか?」

「ああ、隣の家のウィリアム君からです。最年少のS級冒険者なんですよ。おそらく近いうちに会うことになると思いますが…裏表の無い、純粋な子供ですよ」


 あまりにも良い子すぎてどの言葉も適切では無い様な気がして、結果そんな当たり障りの無い表現になってしまう。と、アガサが息を呑み、目を瞠って愕然とした様子で呟いた。


「え?ウィリアムさん…最年少のS級冒険者…もしかして、『赤い死神』さん……!?」

「ああ、はい、そのウィリアムで合ってますよ」


 どんな獲物であろうと視界におさめたなら確実に射抜く、『一撃必殺』の天才狙撃手。出身地から取って、『赤い死神』の異名で呼ばれる人物だ。銃と弓の違いはあるが、一撃で仕留めることに重きを置いているあたり、うちのサディアスとはまた戦いの方向性が異なる。サディアスはずば抜けた視力で何処までも敵を捕捉・追尾してゆっくり弱らせるタイプだから。


「あ、そうだ!」

「?」


 何かを思い出した様に声を上げてぽんと手の平に握り拳を載せたサイラスが、良い笑顔で俺を見た。嫌な予感しかしない。


「今朝サディアスとノエルと話し合って決めたんだけどさ~、キース様、今日は午後から奥様とデートしてきなよぉ~」

「ぇえっ!」

「はぁ?何言ってんだお前。そんな暇あるかよ」


 驚くアガサとじっとりと睨み付ける俺の視線など意にも介さず、兄に倣ってサディアスはにこにこと言い放つ。


「ぼっちで社交の場に出ていた頃ならいざ知らず、ご結婚なさった今、奥様が領内の現状を書類上でしかご存じないというのは問題があるかと。そういう訳ですので、視察…もとい、逢い引きに行きやがれという気遣いですよ」

「っ余計な気を回さんでいい!!!!」


 自身の抱える問題によりこれまでずっと女っ気ゼロだった俺に、どうやってエスコートしろというのか。背後で赤面するアガサに気が付かないまま、同じ顔で笑う双子に堪らず叫ぶのだった。

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