舞踏会への準備
領内にある唯一営業中の仕立屋の名前は『仕立屋ユーイング』。ドナ・ユーイングとヴィンス・ユーイング夫妻が経営している店だ。屋敷からだと少々距離がある為にあまり利用したことが無いが、使用人達曰く夫婦喧嘩が頻繁に起きるのが玉に瑕だけれど、仕事の評判は良いらしい。…辺境の仕立屋としては、だが。とは言え現在我が領内で営業している仕立屋は其処だけなので、俺は勿論アガサも其方で服を仕立てるつもりだった。
『つもりだった』というのは、今日の昼過ぎ頃にハミルトン公爵家から使者と共に公爵家御用達の仕立屋がやって来たからだ。どうやら、ハミルトン公爵は家を出たとは言え娘が辺境で仕立てた三流ドレスを着て社交に出るのが我慢ならないらしい。アガサがみすぼらしい服装だと、家名に傷が付く可能性を考慮したのだろう。一応親心だよ、多分。
そんなわけで、俺とアガサはそれぞれ別室へ連行され採寸されまくった。凄いな公爵家。うちなら採寸して既製品の中から適当に選びアレンジは丸投げし『出来たらお届けしますね~』で終わりなのに、当然の様にオーダーメイドだ。先に採寸が終わって長椅子にぐったり腰を下ろしていると、漸く計り終えたらしいアガサがよろよろとやって来て俺の隣に倒れるように、しかし優雅さを失わない動きで座る。手早く彼女の分の紅茶を入れて出すノエル。
「有り難いが…態々俺の分まで仕立ててくれる必要は無かったのに…」
「お父様が無理を言ってすみません。私も此方で仕立てると手紙で伝えたのですが、『それでは他家に侮られるから』と…」
「……そうですか」
その他家に侮られる様な服で出席していた俺への嫌味なんだろうか。これが婿いびり?虚ろな目で天井を見上げながらぼんやり考えていると、デザイナーがアガサにドレスの色を何色にするか聞いていた。
「あ…それなら、出来れば深紅がいいわ」
「深紅ですか?『赤系は悪目立ちするから絶対に嫌』とあれだけ拒否していらっしゃいましたのに、どうされたのですか?」
「そ、それは、そのぅ……」
不思議そうに首を傾げる女性デザイナーの言葉に、恥ずかしそうに僅かに俯いたアガサが、ちらちらと此方を見やる。つられる様に俺を見たデザイナーが、納得した表情で一つ頷いた。
「ああ、そう言うことでしたか。いやぁ、お嬢様も乙女な部分があったのですねぇ」
「うっ…うぐぐ……っ」
ニヨニヨと俺とアガサを見つめるデザイナーの視線を受け、さっと赤面するアガサ。意味が全く分からない。目を瞬かせていると、視界の隅で顔を見合わせた従者の双子が、にやりと笑んで静かにアガサの背後に移動した。…何だろう、嫌な予感しかしない。警戒して見つめていると、前屈みになった双子がそれぞれアガサに囁く。
「奥様。キース様はああ見えてオフショルダーがお好きです。特にレースフリルの」
「──へ?」
「あとぉ~、名前は分んないけど、スカートの部分が薄い布で覆われているデザインも好きそうだったよぉ?」
「ふえ?」
「っ!!!!」
とんでもない発言に、どきりとして息を呑んだ。
「ええ。すぐ逸らしますけど、よく目で追ってましたねぇ」
「な、なるほど…」
「~~~っ、おっ…お前達……っ!!」
た、確かに一瞬目を向けていた様な気がしなくも無いですけど!だからって好みのデザインという訳では…っつーか何を吹き込んでくれているんだ、こいつ等は!良く分らない羞恥心が全身を襲う。じっとしていられずに勢い良く立ち上がって怒ると、全く反省の色が見えない笑顔と口調で謝りながら、双子はそそくさと退室していった。まさかとは思うがあいつら、まさかこの為だけに此処に居たわけじゃ無いよな?
スケッチブックに先程の情報を書き留めドレスのデザインをしていくデザイナー。正直、服装の話なんてさっぱり分らないぞ。王都の流行もある程度は知っているが、それだってこことの距離を考えると些か古い可能性も否めない。
「お色は深紅で、レースフリルのオフショルダー。スカート部分には透け感のあるオーガンジーを重ねて、エレガントに致しましょう」
「そうね。可愛い系は、私には似合わないもの…」
「アガサ様はフリルを贅沢に使うよりも、ドレープやレースで優雅に仕上げた方がお似合いになりますからね。──では、お次はドレスの生地ですが…」
「オーガンジーを重ねるなら、シルクやサテンみたいな光沢と厚みのあるものでも良さげね…」
「…………」
何やら急にノリノリになったらしいデザイナーと、そわそわと何やら落ち着かない様子のアガサが、顔をつきあわせて熱心に話し合っている。俺にはもう何が何だかさっぱりだ。シルクとサテンの違いなんて分らんよ。
なんとなく据わりが悪くなった俺は、仕事を口実に逃げるように部屋を後にしたのだった。急ぎ足で執務室に向かっていた時、あっと思い立ち止まる。
「やば…アガサのドレスに合わせた装飾品も用意しないといけないんだ…」
ドレスは公爵家持ちなんだ。流石に、それくらいは…自力で用意しないと…一応書類上は夫な訳だし。
「グレイ…いや、奴は駄目だ。ウィリアム君、そうだ、ウィリアム君に良さげな宝石か魔石の持ち合わせが無いか連絡してみよう」




