教会にて、二人だけで(side グレイ&???)
深夜、微かな月明かりしか光源の無い寂れた礼拝堂の扉が外側から開かれた。ステンドグラスを背にして祭壇の上に設置されている女神像の前で跪いて祈りを捧げていた一人の人物が、ゆっくり立ち上がって祭壇に背を向けないように此方を振り向いた。
裾の長い白い祭服は腰の部分を金色の紐で緩く結んである。肩にかけたストラが、ゆらりと一つ揺れた。毛先に軽く癖のある金髪に穏やかに細められた双眸は淡い桃色、全身から人の良さが溢れ出している青年は、この教会の司祭だ。
「何だ、まだ起きていたのか。こんな時間まで祈っていられるなんて、相変わらず熱心な事だな」
『女神もさぞお喜びだろう』と心にも無い軽口を叩くも、彼は優しく微笑むばかり。
「お帰りなさいグレイさん。お帰りをお待ちしていましたよ」
「はぁ……」
予想通りの返事に、グレイはため息が出た。すたすた歩を進めて適当な長椅子に座る。祭壇に続く階段を降りた青年がその隣に腰を下ろした。
「そう言えば、領主様のご結婚のお祝いには結局何を渡したんですか?」
「ん?媚薬。速攻弓使いに取り上げられたケド」
けろっとした顔で答えると、純真な青年があっという間に赤面した。
「そっ…それは、流石に…どうかと…」
「こういうのは何を贈るかじゃ無くて、贈られた物にどんな思いが込められているかだと思うんだよなぁ…」
「どんな思いがあれば、媚薬を贈ろう等と思い至るのですか…」
「んふふ。そうね」
ちらりと横目で見たグレイはやけに上機嫌だった。数時間前に領主から婚姻届を受け取った際に相談を持ちかけられて彼女の名前を出してしまったのだが、この様子だと交渉は上手くいったらしい。果たして領主は対価に何を差しだしたのか…恐ろしいので考えるのは止めた方がいいのだろう、きっと。
神話が描かれたステンドグラスをじっと眺める幼馴染みに、そっと問いかけた。
「そろそろ飲み込めそうですか?」
青年の意味深長な言葉に視線を下げたグレイだったが、すぐに首を横に振る。その時、青年は二つの美しい虹がぐにゃりと歪むのを見た。
「……。いいや、まさか。そう簡単に飲み干せるならとうにそうしているわ。出来るわけ無い。『私』は…『私達』は、それだけの苦痛を味わわされたのだから」
目に、脳裏に、今でも強烈に焼き付いて消えない光景がある。昨日のように鮮明に思い出せる『あの時』の記憶があふれ出てくるだけで、精神を狂わされるのだ。息を詰め、グレイは記憶に強引に蓋をして押し込めた。同時に一瞬だけ彼女の全身に青白い輝きを放ちながら魔術式が浮かび上がって、まるで体内に吸収されるように消えていく。
「………すみません。失言でした」
魔術には明るくない。けれど彼は、『それ』が何なのかおおよその察しはついていた。好き勝手振る舞う裏側で、彼女が必死に『それ』で殺し続けている物を知っているからの謝罪だった。
が、悄然とした青年とは逆にグレイは小さく楽しげな笑声を上げて、彼の肩に頭を預ける。そうして目を閉じながら懇願した。逃げる様に。縋る様に。
旋毛に彼の視線がじっと向けられている。
「とても眠いの。肩を貸してちょうだいモーリス」
「はい。どうぞ。──お休みなさい、■■■■さん」
最後に密やかな声で囁かれた音は何だったか。グレイにはもう、分からなかった。
睡魔に誘われる意識の中、触れた箇所からじんわりと広がる体温だけを、ただ感じていたのだった。




