死刑判決を受けた勇者は、裁判前夜に無限ループしますが、どうでも良くなったので人類滅ぼします
「勇者アラン。お前を、国王暗殺未遂の罪で死刑とする!」
王宮裁判で俺に下された判決は、全く身に覚えのないものだった。大勢が見守る裁判所の真ん中で、俺はがっくりと崩れ落ちた。
「あんまりですわ! アラン様は国王様の命で、死ぬ思いで魔王を倒したのですよ?!」
「そうだぜ! それにアランはそんなことをするような奴じゃねぇ!」
一緒に魔王討伐のために旅をした、仲間の僧侶やナイトたちは俺を必死に庇ってくれたが、その声も虚しく俺は鎖をかけられ、連行されてゆく。
その後ろで、醜く太った宰相たちが笑っていた。ああそうか、コイツらが俺を嵌めたんだな。黙って見ている国王だって同罪だ。隣のお姫様だって、知らん顔してるけど俺と婚約するんじゃなかったのかよ。
国を救うために、命がけで魔王を倒したのに、こんな結末受け入れられるか。
ああどうか、時間よ戻ってくれーー
心の底からそう願った瞬間、俺の視界はブラックアウトした。
そして、気がつくと俺は裁判前日の夜に戻っていた。
何か特殊な魔法だろうか? 戸惑ったが、今まで攻略したダンジョンのどこかで、時間巻き戻しとか、そういうスキルを手に入れていたのかもしれない。
これは渡りに船だ。明日の裁判ではもっとしっかりと証言して、名誉挽回しなくては。
しかし、証言を一晩中考えて次の日に臨んだものの、結果は虚しく処刑判決だった。
そしてまた俺が強く望むと、時間は裁判の前日に戻ったのだった。
それから俺は何度も試行錯誤して裁判に臨んだ。仲間たちに証言を頼んだり、国王に直談判したり、裁判官に賄賂を渡したりもしてみた。しかし、判決は決まって死刑。
試しに悪徳宰相たちに直接詰め寄ってみたこともあったが、その時の結末はもっとひどくて、裁判を迎えないままその場で処刑されそうになった。
繰り返す事、約30回。
俺はもう、判決を覆すのを諦めかけていた。
「どうすればいいっていうんだ……」
魔王を倒す旅でもこんなに悩んだ事はなかった。俺は、裁判を受ける前に国外逃亡する事に決めた。
名誉の挽回なんかより、とにかく生きることを最優先にしよう。
厳重な警備が張られていることは知っていたが、ループの力があればなんとでもなるだろう。
俺は部屋を飛び出した。
初めの数回は、すぐに手練れの兵士に見つかり、捕まってしまった。
何度か繰り返すうちに兵士の警備ルートを覚え、俺は建物の外に逃げ出す事に成功した。
途中で誰かに見つかっては巻き戻し、ルートを変えながら少しずつ進み、ついに国境を越えるところまできた。
当然、俺の鍛えた体と勇者の力があれば警備を全て倒して出て行くことも可能だったが、これは人に向けるための力じゃない。
警備の兵士は自分の仕事をしているだけなのだし……俺は腐っても勇者。
自分が処刑を逃れるかわりに、罪のない誰かが傷つくのは本意じゃないのだ。
こうして俺は指名手配される事になったが、ひっそりと隣国に亡命することができた。
亡命先の国でも、俺は身分を隠し、町から町へと渡り歩いた。この国でも俺の顔はそれなりに有名で、見る人が見れば指名手配の勇者、アランだとわかってしまう。
放浪の旅を続けて数年、俺は田舎の小さな漁村でハンナという娘と出会い、恋に落ちた。
都の噂も届かない、田舎の小さな集落だったことが幸いし、そこには俺を知る者は誰もいなかった。
俺はハンナと子供を作り、男女の双子が生まれた。子供には、ロビンとマリアと名付けた。二人がすくすくと育って行く姿を見ることが、俺の生きがいになった。
家族のために、漁師の仕事をして暮らした。自分が指名手配の身だと忘れそうになるくらい、幸せな暮らしだった。
俺はそれからループする事もなく、勇者としての力も一切使わず、ゆっくりと老いていった。
しかし、ロビンとマリアが10歳になった時、悲劇は起こった。
「いたぞ、勇者アランだ!」
大勢の兵士たちが、俺たち家族の住む小さな家になだれ込んできた。
結婚の記念に買った思い出の花瓶は壊され、手織りの絨毯は土足のまま踏み荒らされた。双子と妻は怯えて、俺の後ろに隠れている。
「何のことですか? お帰りください」
俺はとりあえず、知らないフリをした。
「お前がここに居ると確かな筋の通報があったのだ。お前を捕えて、裁判の続きをせよと宰相殿からの命令だ!」
やれ!
リーダーの男の号令で、兵士たちは俺と家族に襲い掛かって来た。
人を傷付けることを今まで避けて来た俺だったが、家族のためにはそうも言ってられない。家にろくな武器はなかったが、椅子を投げ、テーブルをひっくり返して、なまった体に鞭打って戦った。
ブランクがあっても勇者の肩書は伊達じゃない。俺はまとめて手練れの兵士たちをなぎ倒して行く。
「動くな!」
兵士の声と、子供たちの泣き声に、俺はピタリと動きを止めた。
兵士は、俺の家族に槍の刃を突きつけて、下卑た笑みを浮かべていた。
「パパ、助けて……」
ロビンとマリアが泣いている。
俺はゆっくりとその場に膝をついて、手を挙げて抵抗の意思がないことを示した。
「家族の命が惜しけりゃ、大人しくしろ!」
「わかった。俺は逮捕で構わないから、家族に危害を加えるのはやめてくれ」
そう言うと、兵士の蹴りが俺の顔面に飛んできた。鋭い痛みと同時に、歯が何本か折れて飛んだ。間髪入れずに、腹を何度も蹴り上げられ、背中を踏まれる。
魔王討伐の旅以来の、久々の激しい痛みだった。
「あなたーーっ!」
妻のハンナが泣いている。
いいんだ俺は、お前が無事なら。
「うるせえっ!」
兵士がハンナの頬をはたいた。
「お前は後でたっぷり可愛がってやるから大人しくしてろ!」
その言葉に血の気が引く。
それだけはやめてくれ、俺がいくらでも殴られるからーー
口に出そうとしたが、うまく発声ができない。肋骨が折れて、肺に刺さっているようだ。
「子供はどうしますかい?」
「ああ、うるさいから殺しておけ」
やめて、パパ、ママ、助けて。
そう言って泣くロビンとマリアを、兵士は無慈悲に切り捨てた。
モノを言わなくなった双子は床に投げ捨てられ、血溜まりがゆっくりと広がっていく。
ああ、なんてむごい。
「いやああぁぁぁああ!! やめてえぇぇぇええ!!」
ハンナの、耳をつんざくような絶叫が響く。その声に反応して、兵士はもう一度ハンナの顔を強く殴った。するとハンナは気を失って、そのままガックリと動かなくなった。
「ど……ぅ……し………て」
猛烈な怒りと憎しみが俺を支配する。それに呼応するように俺の手から炎がにじみ出して、ものすごい速さで燃え広がっていく。
これも、久しく使っていなかった勇者の力の一部だった。使い方を忘れていたが、無くなったわけではないようだ。
「まずい、家が炎で焼け落ちるぞ! 逃げろ!」
兵士たちは火に怯えて、蜘蛛の子を散らすように家から出て行った。
痛みに耐えながら炎の床を這って、横たわって動かない我が子と、妻を抱きしめる。必死に回復魔法を唱えたが、双子はもう事切れて動かない。
燃え盛る炎が、徐々に俺と家族の体を蝕んでいく。
ーー呪ってやる。
ーー俺が何をしたって言うんだ。
ーー世界の全てを呪ってやる!
俺は潰れた喉で呪詛の言葉を吐きながら、いつかの日にまた巻き戻ることを願った。
すると俺の視界はブラックアウトし、ループの感覚が俺を襲った。
目を開くとそこは、懐かしい景色。
何百回も巻き戻った、あの裁判の前日だ。何もかもが記憶のまま、変わらない。だけどそこには、愛する妻も、可愛い双子もいないのだ。
「はは……はははははは!!」
俺は何か、人として大事な部分が壊れていくように感じた。
訳もわからずひとしきり笑った後、俺はその身ひとつで部屋を出た。
「アラン殿? なにやら笑い声が聞こえましたが、どうされましたか?」
「うるさい」
不審がって声をかけて来た、見張りの兵士を、炎で焼き殺した。
ここの兵士たちの配置は全て知っている。誰も残らないように全員殺さないと。それが終わったらすぐに、国王と宰相も殺しに行こう。
何度もループして確かめたから、誰がどこに居るかなんて全て覚えている。
俺の子供を殺した兵士たちはどこにいるだろう? 若かったから、この時代ではまだ子供かもしれない。早く見つけ出して駆除しないと。
ハハハ。ハハハハハ。
神様、俺にループの力を与えてくれてありがとう。
時空を超えた復讐が始まると思うと、俺は笑いが止まらなかった。
それは、勇者アランが死に、伝説の魔王アランが生まれた瞬間だった。
アランが倒した魔王も、ループで精神崩壊した元勇者だったりして……。
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