表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/25

9話

「で、何で病人の振りなんかしてるの?」


 その日の夜。そう、夜である。リアは当然のように私の部屋にいて、私とテーブルを挟んで対面のソファに座っている。おかしくない?未婚の男女が夜に、同じ部屋に一緒にいるのってかなりまずい状況なんですけど?

 というかそもそもの発端は、リアがいきなり押しかけてきた。今までは心は乙女だと思っていたから部屋に入るのを許していたが、心も男だと分かった以上はもう許せない。そう思って拒否しようとしたら…


「王子の婚約者が病気と偽って別荘にいるって社交界に広めようか?」


 …と言われたら入れるしかなかった。仮病だとばれてはかなりまずい。病気という体があるから、王子誕生会をドタキャンし、以降も式典含めて全て欠席できている。それが全て仮病だとばれたら断罪イベントにどれだけ罪状が追加されるかわかったものじゃない。…たとえそうだとしても、だからといって夜の私室に男を入れるほうがずっとまずい。まずいんだけど……それを諦めている、いや……だめ、これは認めたくない、認めちゃいけない…

 そうして脅しに屈した私が嫌々部屋に招き入れれば、リアは断られることなど考えていなかったように、温かいお湯が入ったポットと紅茶一式を乗せたカートを押して入ってきた。…すぐに帰るつもりは全く無いんですね。

 そうして互いの前に紅茶が入ったカップを置き、互いに一口口に含んだところでリアが言ったのが冒頭の言葉だ。


「それ、は……」


 昼に病人のふりをしていることは暴露してしまった。だから、リアの疑問は当然ともいえる。だけど、私のほうにも疑問が出てくる。


(なんでリアは知りたがるの?)


 リアはシェフであり、使用人。本来、使用人が主人のプライベートに首を突っ込むことなど許されない。それに、さっきの脅し文句を考えれば、仮病であることがバレるということがどういうことになるのかを、リアは分かっている。つまり、万が一ばれればタダでは済まない事態になるその原因を、何故こうもあっさり聞きに来るのか。

 …リアが知りたい理由が知りたい。少し考えれば、リアはとてつもなく怪しい存在だ。貴族よりも貴族らしい風格、態度、謎のオーラ。一応貴族令嬢である私に対する態度も、フランクを通り越して図々しいレベルですらある。この屋敷にいる誰もが聞きたくて聞けない疑問。彼は何者なのか?と。彼が何者か、それ次第で私の答えは私自身の命運を分けることになる。そんなリスクある行為を、簡単にはとれない。

 言葉を詰まらせた私に、リアはカップを置き、手を組んで私を見据えた。


「…安心していい。ここで聞いたことを誰かに話す真似はしない」


 リアの私を見据える眼には、今まで見たことの無いような真剣さを秘めていた。リアがあまりにも真剣に見つめてくるものだから、知らず緊張していた私はごくりとつばを飲み込んだ。


「ああ、ごめんね。驚かすつもりじゃなかったんだけど」


 そう言ってリアはさっきまでの真剣な雰囲気を消し飛ばした。けれど、あの真剣な瞳に見入ってしまった私は、その変わりようについていけず、唖然とするしかなかった。…だから、リアが対面のソファから隣に移動していることに気付かなかった。


「大丈夫、安心していいよ?」


 隣に、というかもう密着しているレベルで隣に座ったリアが耳元でそう囁く。

 いやいや近い近い!吐息が耳にかかってくすぐったい!もうなんかいろいろこそばゆい!再起動したはずの私なのに、突然隣に、それもなんかいろいろな部分が触れ合って恋人同士でもなければあり得ない密着具合にフリーズ寸前なんだけど!?


「り、りりり、リア!ちょっと近すぎない!?」

「そう?このくらい普通だよ?」


 絶っっ対普通じゃない!ありえない!っていうかまずい!やばい!こんな場面誰かに見られたらもう通常の断罪に浮気まで加わって数え役満です本当にありがとう…って言ってる場合じゃなーい!


「と、とにかく離れひゃあ!?」


 いつの間にか回されていた私の腰を掴んでいた腕が、そのまま私をリアの胸元へと引き寄せる。

 


(あ、意外とたくましい)


 細身に見えたけど、服越しに鍛えた胸板がわかった。いや、それが分かるほど密着しているのはまずいって言いたいのにそれを言わせないようにしているのか、リアは空いていた筈の反対の腕まで私の身体に回してくる。

 えっ、何で私抱きしめられてるの?意味わかんないんですけど?この状況、誰か説明してくれない?リアの言動を解説できる人プリーズ!

 いろいろ言いたいし、色々動いて離れたいのにそれを一切許してくれないリアの行動の意味が分からない。何故?どうして?ここまで男性と密着したことが過去あっただろうか?いや、ない。王子とすら、手をつなぐのが精々だった。抱きしめられたこともない。分からないことだらけで、初めてだらけで、恥ずかしいやら不安やら困惑やら怒りやらもうありとあらゆる感情がごっちゃになって…私もうフリーズしていいですか?


「大丈夫、安心して」


 頭の上からリアの言葉が降ってくる。いやこんな状況で安心してとか意味不明なんですけど!感情ぐるぐる心臓どきどきで全く心休まらないんですが!


「話す!話すから離して!」

「別にこのままでも良くない?」

「良くない!!さっさと離しなさい!」

「残念」


(残念?何が残念なのよ!?)


 しぶしぶといった感じでようやくリアは身体を放した。ああもう心臓が全然落ち着かないったらありゃしないわ。

 とにかく紅茶を一口飲んで落ち着きましょ… そう思ってカップへと手を伸ばすと、その手に添えられる別の人の手。驚いてその手の持ち主を見やれば、心配そうな瞳の色に染めたリアと目が合った。


「手が震えてる。その手でカップを持つのは危ないよ」

「…そ、そうね……」


 震えてるのは誰のせいよ!と言ってやりたかったけど、その瞳があまりにも心配そうに見つめてくるものだからそれ以上何も言えなかった。

 

 紅茶を飲むのは諦めて手を引っ込めると、リアも手を自分の方へと戻した。


「すぅー………はぁー………」


 震える手、早いままの鼓動の心臓を落ち着けるために深呼吸。それを数回繰り返せば、手の震えも鼓動も落ち着いてきた。


「落ち着いた?」

「ええ…」


 確かに落ち着いた。けど……どうしよう?仮病を使った理由。そのまま口に出すのはあまりにも憚られる内容だ。前世の記憶を思い出したから、なんて荒唐無稽もいいところ。


「………う~ん………」

「そうやって考え込む姿も可愛いよ」

「黙りなさい!」

「うぐっ!」


 リアの茶化す言動に思わず手が出た。握りしめた拳が油断していたリアの腹部に突き刺さる。決して照れ隠しじゃない。断じて。『可愛い』と言われて落ち着いたはずの顔がまた熱い気がするけど気のせい。そう、これは人を殴るという慣れてない行為をしたことによる副作用だ。そうに決まってる。

 思いのほかお腹に突き刺さったようで、リアは身体を曲げて苦悶の表情を浮かべていた。いい気味である、茶化すような言動をした罰だ…と思いつつ、なんか殴ったらそれはそれでスッキリした気がする。どうせ、ろくに人には信じてもらえない内容だ。言ったら言ったで医者を呼ばれるかもしれないけど、その時はその時。

 …むしろ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。前世を思い出し、それによって自分の未来の結末を知ってしまった苦悩を。

 リアが本当は何者なのか、それはまだ分からない。でも、リアはきっと言いふらさない…と思う。もはやなんとなくの感覚でしかないけど、8か月も同じ屋敷で過ごしてきた。ちょっとくらいの信頼感は芽生えているのかもしれない。


「…リア、聞いてくれる?」


 覚悟を決め、リアに問いかけた私の声は思ったよりも落ち着いていた。その声音で察したのか、お腹から手は離れないけど顔を上げたリアは、私の顔を真剣な表情で見つめた。


「うん、聞かせてほしい」


 その声が、とても真剣なものだったから。聞いてくれる?と問いかけたはずの私の心は、聞いてほしいに変わっていた。


「リア、あのね……」





「…ということなの」


 前世を思い出したこと、前世でプレイしたゲームの内容がこの世界に酷似していること、そして……このままでは私が王子に断罪されるということ。私が隠してきたこと、全てを語ってしまった。彼は…リアはどう思うだろうか?呆れた?それとも本気で頭の病気だと心配する?不安になって彼の様子が気になり横目で見やると、顎に手を当て考え込んでいた。


「…リア?」


 その顔があまりにも真剣だったから、つい声を掛けてしまった。


「……リスも…なじことを言って……なら兄………いうことか?…なら……」


 リアは考え込んでいるだけじゃなく、小声で何かぶつぶつと呟いていた。何を言っているのかはよく聞こえない。でも、その顔からは真剣に私の話を聞いてくれたことが分かる。それだけでも嬉しかった。


「リア。………リア?」

「…だとすれ………偶然と…………だからといっ……」


 何度声を掛けても完全に自分の世界に入り込んでしまっている。真剣に聞いてくれたのは嬉しいけど、だからといって放置されてる状況は許しがたい。無視しつづけられてる状況にイライラし始めた私は強硬手段にでることにした。身体を寄せて口をリアの耳元に寄せる。そして大きく息を吸い込んだ。


「リアーーー!!!!」

「うおおぉ!?」


 思いっきり耳元で叫んでやったらようやくリアは反応した。驚いた顔が私へと向けられる。目を見開き、口を半開きにしている様は普段だとなかなか見れない貴重な顔だ。うむ、私は満足である。


「な、な、な………」


 一方でリアはまだ驚きから立ち直れてない様子。あのいつも余裕綽々なリアがここまで動揺するところはなかなか見れるものじゃない。面白いものがみれたとニヤニヤする私にリアはムッとした表情に変わった。


「……いきなり何?」

「何度呼んでも無視してくれたお返しでーす」


 そう言うとリアはようやくさっきまでの自分を思い出したのか、少し罰が悪そうに目を逸らした。


「えと、それはごめん」

「よろしい」


 余は大満足である。余って誰だ。それはともかく。


「…で、何を考えてたのよ?」


 リアは一体何を考えていたのか。あそこまで真剣に考えこんでいたんだから、何かよほど重大なことでも考えていたに違いない。……どこかに頭の医者がいたか検討していたとは思いたくない。


「ああ、うん………内緒」


 人差し指を唇に当て、片目をウインク。その仕草で卒倒するだろう令嬢多数いるだろう。だが生憎私にそんな誤魔化しは効きませんことよ!


「……………」

「……………」


 ジトーっと見つめる私。ウインクのまま固まるリア。それでごまかせると本気で思っていたことにご立腹ですことよ私。


「…君って私の事、格好いいとは思ってないよね?」

「格好いいとは思ってるわよ。好みじゃないし、イケメン好きでもないし。で、話そらすな」


 顔でごまかせる自覚があったことに驚きだよこっちは。しかもイケメンであることもちゃんとわかってることとか。ということは、今までこうやって誤魔化してきた実績があるということですわね?ああ、誤魔化されてきたご令嬢の方々、ご愁傷さまです。この男、腹の中真っ黒でございましてよ。自覚系イケメンとか厄介なことこの上ないということが、このリアという男を通じてよ~~~く理解できました。


「…ごめん。まだ話せない。推測の領域を出ないし、下手に君に教えると厄介なことになる気しかしない」

「…………」


 申し訳なさそうな顔を浮かべながら、それでも言わないリア。それを聞いてしばし考え込む私。

 うん、なんかもういろいろツッコミどころがあるわね。聞いておきながら自分は答えないってのは卑怯だと思うけど、でもそれが…私のため、っていうなら納得するしかないかもしれない。だけど……


「…あなた、『何を』知ってるの?」


 私が話したのは私の前世の話でしかない。『私に』関すること、それだけのはず。なのに、リアはそれを聞いて厄介事の何かを想像している。それはつまり、リアは前世の話とつながる『何か』を知っているということ。


「ねぇ……あなたは、何者なの?」


 さらに言えば、私が話したこの世界での関係者は、私と王子、そしていじめてきたご令嬢くらい。少なくとも、リアのような貴族でもない存在には一切触れることはない。にもかかわらず、『何か』を知るリアは、一体何者なの?


「…………」


 私の問いに、リアは答えない。けど、これだけ情報が揃えばある程度答えは出てくる。例えば……王子に近い人物とか。王子に近いなら、王子が関係する私の前世の話に繋がる何かを知っていてもおかしくはない。

 ただ、それだと厄介になる理由が分からない。だって、あのゲームに置いて断罪されるのは私、そして王子は愛しのご令嬢とハッピーエンドを迎えるから。今はその状況から逃げてはいるけれど、その運命から逃れられるとは思っていない。受け入れたからこそ、今はこうしてダイエットに励んで、一人でも生きていける力を身に着けようとしているんだから。厄介になるのは確かに私だけど、それ自体はもう決定事項のようなもの。それなのに、『言ったら』厄介ごとになるとはどういうこと?

 …今更ながら、リアに話してしまったことは失敗だったかもしれない。もしこの情報を王子にもたらされれば、私が仮病であることがバレてすぐに連れ戻され、断罪される。少しずつ体は痩せてきてるけど、生きる力はまだこれからなの。今はまだ断罪されては困る。

 知らず、身体がリアから距離を取った。しかし、その私の手をリアが握った。


「っ」

「不安にさせて本当にすまない。ただ……今は私を信じてほしい」


 手を掴まれ、息を呑んだ私にリアは懇願するように呟いた。

 信じて?何も言わないあなたを信じろと?ふざけるにもほどがあると思わないかしら?自分の素性一つまともに明かさず、こちらの秘密を聞き出しておきながらそれでも何も語らない。そんな人間をどうやって信じろと?

 私の顔が嫌悪で歪む。それに気づいたリアは、ソファを降りて跪き、握った私の手に口づけをした。


「っ!」


 息が止まった。

 舞踏会で行われるような手袋越しの口づけじゃない。…そもそも、デブで醜い私に、いくら王子の婚約者といえども口づけをしてくる人間はほとんどいなかった。してきたとしても、触れたように見せかけて実際には触れていないのが実情だった。

 それが今、手袋もしていない素肌に、リアの唇が直に触れた。触れたのは一瞬なのに、触れられた個所だけが火傷したかのように熱い。さらにその熱が体中に伝わっていく。

 なにこれ?こんなの知らない。唇にされたわけじゃない、ただ手の甲に口づけされただけなのになんで?

 呆然とする私に、見上げる形になったリアはその瞳に真剣な炎を灯す。


「私の名誉に懸けて誓う。アリス、君に信じてほしい。決して君を裏切ることはしない。絶対に守り抜く」


 …言っている意味は半分も分からなかった。信じるとか、裏切ることはしないとか、守るとか。何故そうなるの?と思ったけど、ただただその真剣な瞳に見入ってしまった私。握られ、口づけされたところからの熱がついに顔にまで広まり、頬が熱くなる。


「っ~~~!!」


 限界。その瞳に見続けられることに耐えきれなくなり、私は握られたままの手を振り払い、片方の手で守るように握る。顔もリアの瞳から外し、けれどその視線はさきほどリアに口づけされた手の甲に向いた。そこに何かの痕跡は無い。けれど、確かにそこに口づけされた感覚と記憶は残っている。その箇所が何か神聖な個所にされてしまったようで、何も無いはずのただの手の甲を、私はじっと見つめていた。

 手を振り払われたリアは驚き、しかしすぐに悲し気に目を伏せた。誓いを受け取ってもらえなかったと彼は思ったのかもしれない。

 私は、目はそのままリアの方は見ず、口を開いた。


「……わかったわ」

「…えっ?」

「あなたの誓い、確かに受け取りました。…信じるわ」

「アリス……」


 顔を上げたリアはその顔に喜色の笑みを浮かべていた。いつの間にかお嬢様呼びせず、『アリス』と呼んでくる。その声が、何故か耳に心地いい。けれどやっぱどこか気恥ずかしくて、むず痒くて、それを振り払いたくて私はリアにビシッと指さした。


「ただし!」

「ん?」

「もうあなたは私の秘密を知ったのですから、私がここにいることから何から全部共犯者!共同体!逃げることは許さないですからね!私が王子に断罪された暁にはリアにもしっかり責任取っていただきますからね!」


 我ながら言ってることはもうめちゃくちゃだ。断罪されるのはわたしのせいなのに、ちゃっかりリアに責任を取らせようとしてしまっている。とはいえ、王子を相手に知ってて黙ってたことがバレれば、リアだって何かしらの責任は取らされるかもしれない。なら、ついでに私の責任も取ってもらえばいいのだ!それでいい。反論は許さない!

 リアの方は私の言っていることをしっかり理解したようで、苦笑しながらもしっかりと頷いた。


「わかったよ、アリス。あなたの責任もしっかり取ろう。いや、取らせてくれ」


 あらまぁ男らしい。言質は取ったとばかりに私はニヤリと笑みを浮かべる。けれど、顔が赤いままなので、リアの方はどちらかというと『仕方ないなぁ』というような困った笑みになった。


 ソファに座り直したリアは、まるで当然かのように人の肩に手を回すと、遠慮なしに自分の方に引き寄せた。


「ちょっ!?」


 強制的にリアの肩にもたれかかる形になってしまった。いや誓いは受け取ったけど、こういうことしていい関係ではございませんことよ!?いきなり何のつもり!?っていうかあなた私が王子の婚約者だってこと忘れてるんじゃないの!?混乱する私に、頭の上から振ってきたリアの声はとてもやさしかった。


「…今まで、ずっと気を張ってきたんだろう?誰にも言えなかったんだろう?」

「っ!」


 誰かになんて、言えるわけがない。当たり前だ。前世のことで、しかもここはゲームの世界と同じだなんて。だから、そこから逃げようとした私の行動は周りには奇特にしか思われない。そう思われても逃げるしかできない私は、ずっと待っていたんだ。誰かに聞いてほしかった。頭がおかしくなったと思われてもいいから、自分にこんな辛い運命が待ち受けていると、決まっているんだと。それが自業自得だと言われても、分かってしまってそれを受け入れるしかない状況。受け入れるしかないと諦めても、それでも…どこかで抗いたい、いや…


(誰かに…助けてほしかったの…)


 私の状況を知って、それでもなお助けてくれる人が。独りで受けいれ、独りで諦めるには……あまりにも重いから。

 視界が滲む。気を張っていたと言われてもその自覚は無い。けど、そう言われてその瞬間初めて何かが緩んだ気がした。緩んだそれは、もう張ることはできなかった。

 いつの間にかもう片方の手まで回され、またも抱きしめられる形になっていた。けど、もうそれに抗う気は無く、むしろ押し付けられる胸板に私は緩んだそれを思い切りぶつけた。


「うっ……ふぐっ……ぐすっ……」


 嗚咽を漏らす私を、リアはやさしくあやしてくれた。リアの手がやさしく頭を撫でてくれる。こんな風に誰かに甘えたのはいつ以来だろう?ただただ傲慢に、周りを従わせることしかしてこなかった過去の私は、甘えるなどと弱みを見せることはできなかった。弱みを見せれば王妃の地位を奪われる。その強迫観念だけで生きてきた。

 そうして生きてきたすべてが、今この瞬間だけは許されている…そう思い、ただぞんぶんに甘えることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ