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8話

8話


 あの見つめ合い珍事件から半年、別荘にきてから8か月が経過した。以降は穏やかな日々が続いている。正確には穏やかというより何もない日が続いた。つくづくここが僻地であることを実感する。

何も情報が来ないのだ。これが王都にいれば新聞屋の流した情報、茶会での陰湿な噂話、ひそひそと囁かれる陰口に事欠かないけど、この場所はそれが一切ない。

 最初は何故こんな僻地の別荘に、わざわざロベルトたちが管理人として雇われたのか不思議でならなかったけど、なるほどこれは納得。ここはほぼ外界から切り離された陸の孤島。避けられるのは暑さだけでなく、余計なストレスとも無縁の世界。ああ、なんて素晴らしい!


「平和だわ……」

「……ウンソウダネ」


 天気が良く、風も比較的落ち着いてる今日は大木の日陰でのんびり涼んでいた。その隣には当然のごとくリアがいる。ちなみにリアは、最初の二か月はずっと住み込みだったけれど、それ以降から時たま屋敷を離れる日があった。私にはこの穏やかさは何事にも代えがたく、ずっと屋敷にいてもいいのだけれど、リアには我慢ならないのかもしれない。

 そのリアは、昨日までまた出掛けていて、今日戻ってきた。が、そのリアの様子はいつもと違う。普段は謎のオーラと微笑みの爆弾を投げかけてくるのに(もちろん爆弾はかわすのが常識)、今日はそのオーラは大人しく、表情もどこかここにあらず、だ。

 リアの様子は気になるけれど、だからといって無理に聞き出そうとも思わなかった。彼にだって何かしらの事情があるだろう。そもそも自分のことを不義の子といってその出自は素直に歓迎できるものじゃない。当主である父親にその存在を無下に扱われてるわけじゃないし、たまたま今は何かしらの問題を抱えているだけ。そうに違いない。

 しかしここで私の脳内にまさかの疑問が起こる。


(まさか…こんな僻地のシェフが嫌になったとかそういうことじゃないんでしょうね!?)


 それは困る。大いに困る。リアの料理はとても美味しい。その味に満足し、慣れ切った私が今更他の料理人の料理では満足するはずがない。

 でも一方でと思う。私向けやここの高齢の使用人向けの料理は、いわゆる豪勢な食事とは程遠い、どちらかと言えば質素に近い料理。リアがこれまでどんな料理を作ってきたのかは知らないけど、リアからすれば腕の振るい甲斐が無いと思っているのかもしれない。

 なら、その機会を作る?だけど、病人(仮)の私はそんな豪勢な料理は食べられないし、使用人の皆だって味が濃かったり脂ぎってたり、そもそも量だって食べられない。作ったのに食べられないのは一番最悪。リアに存分に腕を振るってもらったって、結果が残飯扱いじゃ余計にやる気を削いでしまうかも。

 じゃあどうする?どうすればリアをこの僻地のシェフとして留めて置ける!?働け、私の脳細胞!今一度千載一遇の知恵を!


「…ところでアリスは、なんでさっきから一人百面相してるの?」

「へっ?」


 いきなりリアに声を掛けられて、間抜けな声が出てしまった。百面相?そんなに顔変わってた?自分の顔をぺたぺた触ってみる。うん、今日も脂ぎってない。ってそうじゃなくて!


「いきなり俯いて落ち込んだのかと思ったら、顔を上げて何か決心したようにも見えるし。と思えば今度は頭を抱え始めるし。君ってほんと面白いよね」


 そう言って笑うリアは、心ここにあらずだったさっきと違い、普段の微笑みともなんか違う…そう、言ってしまえば自然な笑みを浮かべていた。普段の完璧な貴公子然とした微笑みとは違うその笑みに、私は何故か頬が熱くなるのを感じていた。


「今度は顔が赤い」


 分かっているのに改めて指摘されると尚赤くなっていくのが分かった。

 なんだかわからない感情が渦巻いて、どうにもできない。普段ならどんなに微笑まれても何も感じないのに、どうして今日に限ってこんな反応してしまうのよ!?ああもうまた前みたいに頭から水被ってやろうかしら!いや、さすがに室内じゃないしそれをするのには躊躇われる。でも一度赤くなった顔はなかなか収まらず、リアとは反対側の明後日の方向を向いて誤魔化すしかなかった。


「きょ今日はちょっと暑いわね!」

「大丈夫?もしかして何か病状が悪化したんじゃ?」


 私の言葉を無視し、いぶかしむ様子のリアがわざわざ回り込んで顔をのぞき込んでくる。

 いやいや近い近い!いくらリアが(心は)乙女でも、この距離はダメよ!結構まつげ長いとか、明らかに私より肌綺麗よね?とか、毛穴見えないんだけどこの野郎!とか、黄金の瞳に今私の姿が映ってる~とか、もう近すぎていろいろ気づくんだけど、っていうかさっきから顔にかかる吐息がやばい!顔の赤の染まり具合とか火照り具合とかもやばいんだけど、心臓がマジやばい。もう激しすぎて心臓が口から飛び出そうってこういうことを言うの?なんか違う?いや違くてもいいから、早く収まれ私の心臓!このままだと、この心臓の鼓動すらリアに気付かれるんじゃないかって。


「え、あ、う………」


 今にもオーバーヒートしそうな頭は、語彙力を放棄した。離れろ!とか近すぎ!とか言えばいいのに、その言葉を発するはずの喉が全然動かない。0歳赤ん坊並みに低下した語彙力は何も伝えられない。鼓動は激しいし頭は真っ白だしで、もうどうしたらいいのかわからなかった。


「…部屋に戻ろう。これから医者を手配して診てもらわないと」


 そう言うとリアは私の背中と膝裏に腕を回してさっと抱き上げてしまった。

 あれ?これって世に言う『お姫様抱っこ』?リアってばこんなデブでも軽々と持ち上げるなんて大層な力持ち。これなら今度から本の持ち運びはリアにお願いしようかしら。……な~んて頭の片隅で現実逃避しているが、身体の方は一層深刻化している。持ち上げた腕の逞しさと服越しとはいえ伝わる体温。抱き上げられているんだから、自然とその胸板に押し付けられる形。なんだかちょっと爽やかな香りが鼻をくすぐり、その香りがリアから香るものだと分かるとなおさら体温が上がってしまう。

 あ、これもうダメかも。もう何もかもが私の許容範囲を完全にぶっちぎってる。イケメン耐性…というか、もはやイケメン無効化すら持ってるんじゃないかと思うぐらいにリアのイケメン具合に心揺れ動かない私でございますが、ええ、もうね……はっきり言いましょう、男性に対する免疫がございません!

 えっ、あんなにご執心だった王子とはどうだったんだ?いや別に王子に興味ないんですよ?興味というか執着してたのは、未来の王妃としての椅子なので、王子とは何もございませんでした。仲を深める?御冗談を。私が王妃となるための踏み台と仲良くなんかする気ございませんことよ?舞踏会のパートナー?ダンス嫌いでしたし、挨拶済ませて速攻料理暴食いでした。つまり、王子は王子であって『男性』という括りにすら入っておりませんでした……というのが記憶を思い出すまでの私。

 で、今。おかしいですね。目の前にいるリアは『乙女』なのに、何故私はこうも動揺しているんでしょう?わかりますよ、もうこれ異性にドキドキしてるって。それくらいわかります。わからないのはなんでリア相手にってことですよ。身体が異性でも、心は同性。なら、ドキドキしちゃあかんわけですよ。…などと頭では理解しても身体はそういきません。いや頭も9割がた真っ白ですけどね?残り1割、普段なら蚊帳の外にされてる部分がたまたま目立ってるだけで。

 というか医者!?医者はあかんです!医者呼ばれて仮病とかバレたらあかんです!それだけは断固阻止!なんとしてでもそれだけは阻止せねばと私はリアの腕の中で暴れまくりです!


「は、離して!私は大丈夫!」

「ほら暴れないで。そんなに顔が赤いなんて、何かの症状じゃないのか?」

「こ、これは病気とかじゃなくて、その…!」

「その……?」


 リアが顔をのぞき込んでくる。ギャアアアアーー!!顔が!顔が近い!もうちょっと顔を突き出したらマウストゥマウスになっちゃうじゃないですか!いやもしくは人工呼吸!いやだからなんでそんな色気のない方向に例えちゃうかなぁ私!しょうがないんです!このお年頃まで虚栄心で男女の関係をぶっちぎってきた私が、き、き、キ……あぁ心の中でも口にするのは憚られるってどんな初心な娘です!?はい、私のことです!いやいやもう今はそんなんどうでもいいから、このリアの腕の中に抱きかかえられてる状況から早く脱出しないと私がやばい!もういろいろやばい!さっきからずっとやばいけど、本当にまずいですぅー!!


「と、と、ととにかく病気じゃないから大丈夫なの!そもそも私病気じゃないし!健康体だし!大丈夫だって医者のお墨付きだし!」

「……………へぇ?」

「……………っ!!!」


 咄嗟に口を押さえてももう遅いでございます…

 とにかくこの状況を脱したい私。やらかしました。言っちゃいました。病気じゃないって言っちゃいました。健康体って言っちゃいました。医者もお墨付きだってとどめの余計なこと言いました。

 赤かったはずの顔が急速に青く変化していきます。いや白い?ああでもほどよく日に焼けてるし、ちょっと誤魔化せたりしない?無理ですよねー。いやそんな場合じゃなく。

 絶対に言ってはならないことを言った私。変な汗掻き始めました。さっきも掻いてたんですよ?もう体中体温上がってやばかったし。でももう違う汗かいてます。冷や汗です。上がりまくった体温はとっとと下がって、寒くも無いのに身体ガタガタ震えております。もう終わった、私?病気と偽って逃げたことが罪状に加わって、断罪される光景が処刑される光景に見え始めました。舞踏会で糾弾される光景?もうぶっちぎっております。


「病気じゃないって………本当?」


 頭の上から降ってくるリアの声が………低いです。いつもは心地よい『低音』ボイスが、『低温』ボイスになっております。ああ、そんな声も出せるのねー演技俳優目指してみない?って言えたらどんなに楽か… もうその声だけで心臓握りつぶされそうです。この後どんな展開になってしまうのか、予想できるようで予想したくなくて怖くて怖くて仕方がない。

 いや断罪されることの覚悟は決めてる。でもまだその時じゃないし、準備もできてない。今のデブのままじゃすぐにのたれ死ぬ未来しか見えない。せめて生きる未来が欲しい。だからまだここにいたい。いたいし……今まで病人だとだましていた使用人たち…リアの顔を見るのが、今は一番怖い。


「……………はい」


 聞こえてほしくなくて、やっと絞り出した声は蚊の鳴くような声。なのに、ちょうど風が収まって完全に無音になったタイミングで発したものだから、それはリアの耳にしっかり届いてしまった。


「…私たちを、だましてたんだ?」

「っ!」


 だましてた。その言葉が想像以上に心に突き刺さる。最初は気にもしてなかった。だって病人と偽らなければ断罪されてしまうから。自分のためだからと何も感じていなかった。でも、ここにきてみんなが私を病人だと信じ、懇切丁寧に接してくれる。ただお嬢様というだけじゃなく、病人でもあるのだからとことさら心を砕いてくれている。そんなみんなの心に付け込むような真似をしていることに気付いたのは、つい最近。それでも、私が断罪されないためには必要なことだと目を逸らしていた。けど………今、それは私に突き立てられた。


「……まっ、私も人のことは言えないけどね」


 何かリアが呟いたようだったけど、私の耳には届かなかった。

 でも何を呟いたとしても私には関係ない。相変わらず私はリアに抱きかかえられたままで、完全に逃げ出すことはできない。このまま、だましてた罪への断罪の刃が振り下ろされるのを、私は絶望を抱えた気持ちで待つしかなかった。


「…病気じゃないのならいいか」


 そう言うと、リアはあっさり私を下した。柔らかな草の上におしりが乗った感触に、私はぽけっとしてしまった。あれ、お咎めなし?そのまま私の隣に腰を下したリアは、しばらく空を見つめていた。その横顔がなんだか呆けているように見えて、それが不思議。


「……怒らないの?」

「うーん……そう、だね。確かに怒りたい気持ちはあるんだけど」


 そう言ってリアはこちらを見た。黄金色の瞳が、まっすぐ私を見ている。


「事情があるんでしょう?嘘をついてでも病人にならなくちゃいけない理由が。それに、薄々気づいていたしね」

「えっ!?」


 まさかの気づいてました発言に私がびっくりなんだけど!ど、どこに気付かれる要素が!?


「いや、えっ!?って……あんな死にそうな顔して筋肉を鍛えようとする病人がどこにいるの?」

「あ…………」


 そりゃそうですわ。病人は寝るのが仕事なのに、私とってもハードに頑張ってましたね。そりゃあおかしいと思いますね。


「使用人のみんなも勘づいているよ?」

「…………」


 ですよねーリアも気づいてるなら他の人も気づいてるよねー、あはは……日々必死に病人のふりをしていた私の苦労は一体…

 がっくり項垂れる私の頭を、リアが当然のように撫でる。


「そもそも、ここに来るのを手配したのがお嬢様自身なんでしょう?その時点でおかしいって気づくものだよ。あとは医者の手配をしようとして断ったり」


 もう気づかれる要素満載じゃないですかーヤダー……はぁ。

 心の中で盛大にため息を吐くと、されるがままの髪が乱れてきた。


「いい加減乱れるんでやめて」

「じゃあ整えてあげる」


 どこから取り出したその櫛。ちくしょう、さすがは乙女ってか?そういった品は常備というわけですね?


「さすが、乙女は準備がいいですこと」

「………ちょっと待って、乙女ってどういうこと?」


 ぽつりと呟いたらしっかりリアの耳は拾ったようだ。私の髪を整えていたリアの動きが止まる。しかしこの反応は想定外です。


「どういうことって……乙女は準備がいいと」

「だから誰が?」

「リアが」

「……………………………………ああ、うん、ようやく納得いった。今までの君の奇行が」


 なんですか奇行とは失礼な。というか納得いったって何ですか?

 どういうことか尋ねようとすると、リアはまたもや私を抱きかかえる。そして今度は自分の膝の上に私を乗せてきた!


「なっ!?」


今度は一体なんなの!?近い、近いっての!いくら心が乙女でも身体は男性だから、お尻の下に感じる筋肉質の太ももとかそれ以外とか、そういう男らしさがわかるとどうしようもなく反応しちゃうのよ!


「赤くなって、可愛いね」


 うぎゃーーー!耳元で囁くな!しかもわざと、わざとだよね!?普段より声を低音にして耳に、っていうか脳に響く!やめて!やめてくれないと私、おかしくなる!


「ねぇアリス?」


 待てーーーーい!ここで…ここで名前を呼ぶ!?そりゃ反則でしょう!もう脳に響くってか脳が溶ける!ほんとおかしくなるからやめて!なんか反応しちゃいけないとこ反応しそうで怖いから!


「私は…『男』だよ?」

「そ、そりゃあ身体は……」

「身体だなんて…いやらしい言い方だね」


 いやいや、いやらしくなんかないでしょう!むしろいやらしいのはあなたの声でしてよ!っていうか耳元で囁くの禁止ぃ!耳に吐息があたってこそばゆいのよ!


「でも残念…私は、心も『男』だよ?」


 そのセリフに、私硬直。えっ、あれ?おかしいなぁ?なんだか幻聴が聞こえた気がする。リア=乙女。その図式が崩れると、色々まっずいことがあるんですけど?


「私が好きになるのも、欲情するのも『女の子』だけだよ?」


 欲情。その言葉に顔がボンっとますます赤くなっちゃう!えっ、あれ、じゃあこの状況まずくない?私、膝の上、乗せられてる、相手、お・と・こ!?


「やっ、ちょ、え、あ、あああああああアウトー!!」


 現在の状況に危機感を覚えた私は、腕立て伏せ10回はできるようになった腕の力でもって思いっきりリアを突き飛ばした!が!


「いたっ」

「ぶぎゃ!!」


 何故か突き飛ばしたはずの私の方が押し負けてしまい、リアの膝の上から転がるように草の絨毯の上に顔面からダイブしてしまった。


「……なにしてるの?」


 潰れた草から漂う青臭さが鼻にツンとくる。その匂いを堪能していると、リアから呆れたような声が出る。

 ダメです、今はリアの顔見れません、見れるわけがありません。もうしばらく冷たい草に顔の熱を奪ってもらわないと顔上げれないのです。もう色んな事ありすぎて私、限界です。何も言わない草になりたい。ああ、風が気持ちいい……


「そうしてるとスカートまくれ上がって見えそうだよ?」

「っっ!!!!」


 ガバッと起き上がり、すぐさまスカートを手で押さえる。すかさず後退して距離を取る。私が顔を上げたことに満足したのか、ニコニコ顔のリア。してやられました。今の私の心は、悔しさでいっぱいです。その元凶を精一杯睨みつけるけど、全然効果はないのが余計に腹立ちます。


「そんな目で睨まれても可愛いだけだよ?」

「か、か、かぁ!?」


 挙句、とんでもないことを言いだしてきやがります。今までは同じ乙女だからそんな響いたことはないのに、これが異性からの言葉だと思うと途端に響き方が違ってきてやばい!


「ふ、ふ、ふん!こんなデブ相手にか、か、かわいいだなんてリアってばとんだ変人ね!」


 自分で言うのが恥ずかしくて何度もどもってしまったけど、私はおかしくない!そんなことを言うリアの方がおかしい!そうに決まってるわ!火照ったままの顔は収まることを知らないけど、やっとリアの奇行にも慣れてきたわね。


「ああうん、君の言動の奇行さが分かってきた」


 誰が奇行よ誰が!?

 納得顔のリアがなんだかすごく気に食わないけど、これ以上やりとりを続けたらこっちが持ちそうにない。私は屋敷に戻ることにした。そう、これは戦略的撤退!逃亡では断じてないわ。


「あれ、帰るの?」

「帰るわよ!」


 さっと立ち上がり、そのまま歩き始めようとしたらいきなり腕を掴まれてしまった。


「な、何を…」

「ほら、こんなに草がついてるよ」


 腕を掴んだままのリアが、器用に私の髪や顔、服に付いている草を払っていく。それがまた気恥ずかしさを生み、赤いままの顔は赤いまま、私は黙って払われていた。


「じゃ、帰ろうか」


 草を払い終えたリアが、今度は腕を掴んでた手を私の手に絡めてくる。えっ?なんでさらっと手繋いでるの?私の疑問を無視して、リアはさっさと歩き始めた。繋がれた手に引っ張られないよう、私は急いでリアの隣に並んだ。


「ちょ、ちょっとリア!」

「なんだい?」


 こちらを向いたリアの笑顔は、それはもうまぶしかった。今の状況に何の疑いも抱いていない、純粋無垢の笑顔。…リアって、笑顔のバリエーション多すぎない?なぜかその笑顔を見ていると、逆に鼓動が落ち着き、顔の火照りが収まっていくように感じた。なんで?その笑顔を前にしていると、手を繋いでいることくらい、どうでもよくなってきた。


「なんでもない」

「そう?」


(…私、婚約者いるのに)


 まだ王子から断罪イベントが起きていない以上、私には婚約者がいる。それなのに、ただの使用人の男性と、並んで手を繋いでいる。とんでもない醜聞事なのに、それすらどうでもよくなっていた。どうせ周りには誰もいない辺境の地だし。


(今だけ…そう、今だけよ)


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