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7話

 筋トレと読書の時間にリアが私の部屋に入り浸るようになって一月が経った。一月も経てば慣れてしまうもので、もはや部屋に来たリアは私にとっては置物同然と化していた。今日もその存在を無視して筋トレに励む。

 いや今でこそ無視してるけど、最初は結構気にしてたのよ?だって筋トレしてるときの私って、もうそれこそお嫁に行けないような形相とうめき声上げてるから、そんなの聞いたら百年の恋も冷めそう。始まってすらいないけど。だから、読書と違って筋トレの時は出入り禁止にした…したかった…そう望んだんです。……それが叶わなかったから今に至るわけなんだけど。ええ、華麗にスルーされました。おかしくない?私一応いいとこのお嬢様なんだけど。なんで言うこと聞いてくれないの?いやもうそれは分かってたけど、ここまで無視されると私って何なんだろうって結構本気で落ち込むのよ… それが分かってるのか、さらっとご飯の希望聞いてくるし、答えたらその通りの料理用意してくれるし。これって胃袋掴まれる的な?

 もう自由過ぎて何も言えないのよ。そういうわけで今日もリアは自由気ままに私の部屋に滞在しております。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「お疲れ様」


 そう言ってリアが差し出してくれたハーブ水を遠慮なくごくごく飲み干す。あ~、火照った身体に冷たいハーブ水が染みわたるわぁ~…

 屋敷に来てから2か月強が経過した。毎日の筋トレと病人食のような食事メニューのおかげで、溜まりに溜まった贅肉が少しずつ落ちてる気がする。筋トレの回数も増えてるし。


「ずいぶん痩せてきたんじゃないかい?お腹周りなんか特に」

「えっ?そ、そうね、よくわかったわね!」


 まさかのリアの言葉につい嬉しくなってしまった。それと同時にちゃんと見ているんだという気恥ずかしさから、よくわからない上から目線スタイルになってしまう。いや上から目線でもいいはずだし!だって相手使用人だもん!

 そうは思っているんだけど、そのイケメンの微笑みと同時に放たれる謎オーラが、謎の罪悪感を生み出してくるもんだからたちが悪い。なんかものすごく立場が上の人に精一杯虚勢を張るワンコみたいな。罪悪感っていうかただの虚栄心からくるみっともなさ?よくわからないけど、とにかくなんか悪いことしてる感半端ない。

 そんな私の心の動揺を見透かしてか、リアの微笑みはそれはもうまぶしいくらいに輝いてる。まぶしすぎて直視できない。誰か、誰か色眼鏡ください!


「お嬢様は、日に日に綺麗になっていってるよね。それって、婚約者のためかい?」

「えっ、違う」


 リアの言葉に真顔で即答してしまった。

 いやそりゃそうでしょ?断罪イベント婚約破棄御家追放を前に、今更王子に気に入られようなんてそんなことあるわけないじゃん?まぁ綺麗になっていってるって言われたのは嬉しいけど、それでも王子を慕う令嬢たちと比べれば月とスッポンである。そもそも私が痩せてるのは日常的な家事を速やかに行えるようになることと、働くことができる体になるためだ。綺麗になれるに越したことは無いけど、家事をするのも働くのも綺麗なのはあまり関係ない。綺麗になってお金持ちの目に留まって働かなくても済むようにと考える女性はいるみたいだけど、今の私にその考えは無い。ちゃんと自分で家事をして自分で稼ぐ。それが今の目標だ。そこに王子の存在などかすりもしない。

 そんな私の返答に、今度はリアが真顔になった。

 えっなにその反応?そんなに意外?というかリアって、私の婚約者が誰か知ってるってこと?


「リアは、私の婚約者が誰なのか知ってるのよね?」

「…うん」


 リアにしてはなんだか歯切れの悪い回答。

 なんだろう?何がそんなに驚きなの?あ、もしかして、私が婚約者以外の男性を好きになって綺麗になろうとしてるって思われた?それはまずい!いずれ断罪されるとしてもまだこの身は王子の婚約者。それなのに、実は他に好きな人がいるんだなんて噂が立って罪状追加はまずい。ダメ絶対。


「えっと、綺麗になってるって言ってもらえたのはうれしいけど、それはあくまでも副産物よ?私はただ健康になりたいだけだから」

「そう……なのかい?」

「ええ。医者からもその体型が病気の要因だって言われてるから、痩せようとしてるだけ。おう…婚約者は関係ないわ」


 リアは私の婚約者が王子だということは知っている。なのに、なぜかここで明言してしまうことは憚られた。

 いや、言ってしまってもいい。というかはっきり宣言して「あなたは未来の王妃の部屋に無許可で入るなんて何様なの!?」と言ってやればいい。いや、未来の王妃にならないけど。なれないけど。でも今ならまだ言ってもいい…はず。

 そして今更…本当に今更だけど、真顔になったリアの顔が、誰かを彷彿とさせた。その誰かが出てこないんだけど、大事な人…というよりは重要人物という方がしっくりくる相手。


(誰だったかしら……)


 無意識にリアの顔をじっと見つめてしまった。一方のリアも、私の関係ない発言が相当意外だったようで、こちらをじっと見ている。その目は何か私の心を探ろうとしているようで…それでいて黄金の瞳は私自身を見つめているようで…


「ちょっと!もうハーブ水無いわよ!おかわり作ってきて頂戴!」


 その目になんだか気恥ずかしくなってしまい、私は誤魔化すようにそっぽを向き、さらにリアを部屋から追い出したくて要らない注文まで付けてしまった。


「あ、うん、わかった…」


 私の注文をリアは少し訝しげな目で見ていたけど、素直にピッチャーを持って部屋を出ていった。もちろん退出の挨拶は無し。そこはいつものリアらしかった。


(あ、危なかったわ…)


 今日はなんだか危なかった。何が危ないか分からないけれど、何か危なかった!あんなに真摯に見つめられたことなんて未だかつてない。いつもは優し気な微笑みか、もしくはいたずらっ子のような面白がってる目なのに、あんな真剣に見詰められて心が落ち着かなかった。何故だか、顔まで熱い…


「~~~~~~っ!!」


 私はまだコップに少し残っていたハーブ水を頭から思いっきりぶっかけた!ハーブ水が床に飛び散り、髪を濡らし、滴る水が顔を、服を濡らしていく。濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪くなり、ハーブ水も少し温かったせいで顔の火照りは冷めてない。

 私自身の状態がよく分からなかった。なんで顔が熱いの?なんで熱くなったの?なんで…顔が赤いの?

 鏡に映った私の顔は、真っ赤なバラもかくやというほどに色づいていた。ここまで赤くなっては温い水を被った程度じゃ意味がないわね。そんな風に頭の片隅で思いながら、私は顔を両手で覆い隠し、項垂れた。

 よくわからないことばかり。リアの反応も、私の反応も……


 あらたなハーブ水を作り直して部屋に戻ってきたリアは、髪からぽたぽたと雫を垂らし続ける私を見て一言。


「…何やってるの?」


 呆れたように呟かれた。

 はいその通りです、すみません。




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