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5話

「う~ん……」


 その日の夜。私はどうしてもリアのことが気になってしょうがなかった。見覚えがあるのか?と自分に問うけど、答えはNO。全く何も出てこない。出てこないんだけど……何か気になる。

 そもそも彼は…じゃない、彼女は何をしに来たのか?どう見たってここは何もないところで、あるのは小さな屋敷と草原、そして断崖絶壁の崖。……自殺志願者?ないない。あの見た目で自殺なんてしたら世の女性の9割が泣いて悲しむわ。イケメンは至宝よ、大切に保護しなきゃ…って思うんでしょうね。まぁ私は思わないけど。

 昔からそうなのよね。イケメン耐性?があるのか、全然イケメンにドキッとしないのよねぇ。そのせいなのか、正直言えば王子本人にはたいして興味が無かったりする。いや王子本人はかなりイケメンなのよ?もうテンプレ的な金髪碧眼の超絶美貌を振り撒く、もはや歩く孕ませ機的な?公の場に出ればそれはもう令嬢どもが砂糖に群がるアリのごとく押しよせ、それを撃退する私はさながら殺虫剤…殺してないわよ?

 まぁそれはともかく。リアは何故ここに来たのか。直視したくない事実がすぐそこにあって直視したくないんだけど、でも直視しないと先には進めない。


「私に会いに来た……っていうのが無難な線なのよねぇ」


 私が病気で療養しているというのは舞踏会欠席をして、その欠席理由として既に知れ渡っていてもおかしくはない。一応立場が立場だし。ただし、残念ながら療養に移ってからこのひと月、私を訪ねてきたものは誰一人としていない。オトモダチ?そんなのおりませんが?

 まぁ私が病気療養してるなら、無闇に訪ねていくわけにもいかないと考えてくださる紳士淑女のような方がまぁ一人二人はいるでしょうけど?いるの!いるはずなの!…そういうことで、今まで誰も来なかったからもうそういうものだと思ってたけど。

 リアは、しっかりと私が誰だかを知っていた。しかもこんな僻地の場所で。侯爵家に勝るとも劣らない馬車に乗ってきただけあって、彼女も貴族なのは間違いない。そんな人が、何の目的もなくここを訪れる?ないない。ということは、十中八九、私に会いに来たと見ていい。

 ただそこで疑問が出てくる。何しに会いに来たのか?彼女の雰囲気からして、お見舞いという感じじゃなかった。何の手土産も無かったし。むしろ私のハーブ水を奪った極悪人。許すまじ!そういうわけで、見舞いという線は薄い。もちろん顔も知らなかったんだから、お見舞いの品が無くても気にしない間柄なんてこともない。

 つまるところ、彼の目的は『私に会いに来た』ただそれだけになる。


「ふぅ……罪な女ね、私も…」


 いつの間にあんなイケメン虜にしてしまったのかしら。ああ、自分の美貌が憎いわ……とか言ってみたい。いや言ってみたけど、猛烈な反省というか自己嫌悪というか、今この瞬間だけは絶対鏡見たくない。いろいろへし折れそう。というか粉みじんになりそう。むしろ屋敷中の鏡を割っておくべきかしら。私の精神衛生の為に。


 そんな盛大な自爆をかましたけど今日も私は瀕死です。でも大丈夫、あとはもう寝るだけだから。どんなに傷を負っても寝れば回復するんです。回復してね、私の精神!じゃないと明日は私があの自殺の名所の呼び声高い(私談)絶壁に飛び込んじゃうから!あ、ちなみにあの絶壁から飛び降りた人は未だ見たことないらしい(ロベルト談)。



 翌朝。無事に回復した精神のおかげで私が絶壁に向かいたいという意欲は無かった。良かった!

 今日も今日とて、美味しい朝食から朝が始まる。そしてそれをぺろりと平らげ、その少なさに徐々に慣れつつある胃袋に、でもまだ誤魔化しの大量の水を注ぎこんで空きスペースを埋めて、本日のミッション開始である。


「ご……ご……ぐぅぅおおお!!!」


 地獄の亡者もかくやという、怨嗟にも似た響きをさせて5のカウントを行う。めでたく私、腕立て伏せ5回目達成でございます!いやっほう!もう腕がぷるっぷるに震えて、余った皮とまだしぶとくついている脂肪もぶるぶる揺れてるけどそっちは見ない。5回!5回ですよ!始めた当初は1回やるのが精いっぱいで、その後三日筋肉痛が引かなかった私が5回できたんですよ!これもう快挙ですね!5倍ですよ5倍!

 その直後、床に寝そべり酷使した筋肉を休めていく。今日はこのあとスクワットの予定でございます。スクワットもひどかった。何がひどいって、膝が90度に曲がらないんですよ?そこまで下ろそうとすると、重心が後ろに傾いて支えきれなくて後ろに転ぶんです。転ぶって言っても全然可愛らしくなんかありません。ドッスン!という轟音を響かせます。ロベルトには床が抜けないかハラハラされております。ごめんね?抜いたらお父様に請求してね?でもお尻の脂肪が豊富だから、そんな轟音響かせても私は元気です。自前のクッション丈夫過ぎ。

 なので、私のスクワットは、まだ回数を数える段階ではなく如何に膝を90度になるまで下せるかという段階でございます。回数で言えば未だ0回です。でもこれ本当に慎重にやらないとまずいんです。前世でも、間違ったスクワットで膝を痛めて3週間はスクワット封印しました。その封印期間を経て膝、回復しました。その過ちを二度と繰り返してはならない。その所存で今日も私はスクワットに挑戦したいと思います。


「もうちょい……もうちょいいいぃぃぃいいい!!……あ」


 あと少し!あと少しで膝が90度になるのぉぉぉぉ!!……無理。

 足の裏が床から離れる感触が分かる。同時に感じるこの浮遊感。もう何度も味わったこの浮遊感は、その次の衝撃を感じる前に脳内に再現すらしてくれる。はい、床というオトモダチとのご対面でございます。


「はぁっ!はぁっ!……はぁ、今日もダメかぁ…」


 もうね、重くて支えられないんですマジで。でも、このスクワットが痩せるには一番効果的だから、これやれるようになればもう劇的に変わるはずなんです。その予定。予定は未定じゃない。予定は確定。

 ちなみに、ふくらはぎトレーニングもやってますよ。つま先立ちを繰り返すだけ。これももうすっごい効果あります。効きます。どのくらい効くかって言ったら、1回やった瞬間肉離れ起こしたくらいに効いた。涙溢れるくらい痛かったです。次から上げすぎないようにって誓いました。肉離れマジで辛い…


 日課である地獄の筋トレを終えた後は、疲労で動けない身体を大の字にして休める。今はこの瞬間一番愛おしい。もうね、自分の体よく頑張った!感動した!って褒めてあげてる。そりゃあね、まだスクワットが回数を重ねる段階ですらないですよ、まだ。でも、日々成長してるんです。90度は目前なんです。


「はぁ~………」


 大きく息を吸って吐いて~深呼吸~。ただ残念ながら、この時はお腹の脂肪が内臓を圧迫してるんでちょっと苦しかったりもします。なんとか腹式呼吸したいんですけど、それも厳しいくらいです。まだまだお腹の脂肪と縁が切れる見込みはありません。熨斗付けて返したいんですけど、返却先知りませんか?え、私?残念受け取り拒否です。


 筋トレの疲労から回復した後はお決まりのハーブ水で一息つきます。サーリアお手製のハーブ水はマジで命の水。ハーブの割合とレモン汁の割合が神がかってます。苦過ぎずすっぱ過ぎず。この爽やかさを生み出す絶妙な配合。ロベルトさん幸せでしょうね。こんな料理上手な奥さんいて。私?生まれてこの方包丁すら握ったことありません。でも握る予定です。握らないと生きていけない可能性大ですから。多分サーリアに教わることになるでしょう。シェフは未だに当てがついていません。そりゃあこんな辺境の地じゃ誰も来たがるわけないでしょう。そのシェフの条件も、病人()の私に合う料理が作れるのが条件なもので、ただ料理上手じゃだめ。病人にも優しくそれでいて栄養配分を考える必要があるわけで、その上で辺境の地勤務可となるとかなり厳しいようです。相場の倍以上で募集掛けてるけどさっぱり応募無いとか。でも私としてはサーリアの料理好きだからいなくてもいいんですけど、サーリアの負担がちょっと大きいとかでやっぱりシェフがいた方がいいみたいです。




 それから半月後。なんとついにシェフが見つかったとのこと。サーリアの食事とは離れ離れになってしまうのは苦しいけど、サーリアも大変だからしょうがない。これからはそのシェフにがんばってもらいましょ。これからそのシェフとの顔合わせということで、私も一応この屋敷では立場上雇い主みたいなものだから、参加することになった。

 ……そこで私は顎を外しかけてしまうのを、まだ知らない。


「始めまして。リア・フォングステンです。よろしくお願いします」

「…………」

「…お嬢様、そのように大口を開けるのはいささか…」


 顎を外すんじゃないかと大口を開けて呆ける私をロベルトが諫めてくるけどそんなの耳に入らない。目の前にいる男は、間違いなく半月前にこの屋敷…の近くにきたリアその人だったのだから。

 見間違えるはずがない、漆黒の艶やかな髪に黄金の瞳。整い過ぎて嫌味か?と言いたくなるほどのその美貌は、一度見たら忘れ……てはいない。まだ。もう半月経ったら怪しいけど、まだ覚えてます。

 にっこり微笑むリアの表情は、自然な微笑みというよりは……悪戯が成功したいたずらっ子のような笑みだ。決して純粋無垢な笑みじゃない。というかわけがわからないよ。えっ?この人シェフ?シェフなんだよね?シェフの募集で来た人だよね?扱い使用人なんだけど?どう見ても貴族っぽいのに料理できるの?というか使用人として扱っていいのこの人?

 その疑問はロベルトも同じらしく、少し疑わし気な眼でリアを見ている。


「ええと、そのリア様は…」

「リアでいいですよ、ロベルト様」


 いやどう見てもあなた、様付け無しで呼べる雰囲気漂わせてないんですけど。呼び捨てなんて尚更あり得ませんよ。私だって傲岸不遜傍若無人で通してて、半月前の一件があるからもう今更そんな振る舞いする気ないけど。まぁこれでも侯爵令嬢だし?私より上の立場って言ったら公爵家か王族の子息令嬢くらいなもので、呼び捨て上等ですわ。ええ、何の問題もありません。無いということにしておきましょう。…侯爵令嬢である私に対してすら超絶余裕を感じさせるその笑みが、絶対こいつやばいやつって脳内アラーム鳴り響いてるけどもう無視。


「……リア、当屋敷としてシェフを募集したわけですが、それで間違いないんですね?」

「はい。間違いなく、シェフとしてこの屋敷にやってまいりました。こちらが承諾書になります」


 差し出された承諾書をロベルトが受取り、中身を確認していく。一通り目を通していたロベルトだけど、途中で大きく目を瞠った。


「…確かに旦那様のサインもございます。フォングステン家…それはやはり…」

「はい、王妃様の実家の傍系にございます」


 ロベルトの言葉を拾う形でリアが補う。どこかで聞いたことがあると思ったら、フォングステン家は現王妃様のご実家だ。傍系ということは直系ではない。だけど、それでも貴族の家系の端くれなら彼も…じゃなくて彼女も貴族のはずなんだけど…


「あいにく私は妾の子でして、貴族ではないんです。ですが、当主である父はそんな私にも貴族の家で生きられるようマナーと教養を教えてくれました。なのですが、私としては料理の道にハマってしまいまして…」


 苦笑しながらリアは身の上を語ってくれた。なるほど、そういうことなら彼の雰囲気が貴族顔負けなのも納得……できる?いや無理でしょう。貴族の端くれどころかど真ん中です。そんな妾の子宣言しておきながら、遠慮というか恐縮というかそんな雰囲気欠片も無い。むしろこの場で一番立場が強いって雰囲気をバンバン出してますよ?もうちょっと抑えて?ほらロベルトも、ちょっと冷や汗かいてるし。本当に使用人として使っちゃっていいの?って顔に書いてある。

 承諾書を見せてもらえば、そこには確かにお父様のサインもあるし、紹介人としてのフォングステン家当主のサイン(多分)もある。いやさすがにフォングステン家当主のサインなんて知らないけど。

 彼の身元に関してはお父様がしっかりチェックしてくれているはず。なにせシェフは食べ物を取り扱う立場だ。だからこそ、その人物に一切の疑惑が無いことが証明されなければ、その人が手を掛けた料理を食べることなんてできない。いくらこの辺境の地で平和ボケしてたとしてもそのくらいの危機感は私にだってある。

 まして彼女はこうしてここにくる前に、私と会ってしまっている。もしあれが、本当に私がここにいるのかを確認するための事前調査で、これが本番だとすれば……いや、だとして、事前調査で対象の前に姿を見せる普通?いやそれこそあり得ないって言いたいし。というかそんな回りくどいことしなくたって、こんな僻地なんだから、もうその……暗殺者一人送られたら、もう完璧に死人に口なしにできるし、わざわざ自分で直接手を下すなんてことしなくていい。むしろ、わざわざお父様の承諾書なんて作って痕跡残す方が絶対無駄。もし彼がシェフとしてきて、そのわきに控えたカバンに包丁が入っていれば、もう今すぐでもこの首掻っ切れましてよ?いやでも案外脂肪の層で届かないことワンチャンあるかも?いやそれはそれで苦しみが長引きそうだから、いっそのこと一発で決めてほしい…ってそういうことじゃなくて!


「雇っていただけませんか?」


 戸惑うこちらに、リアは不安げな表情で問いかけてきた。そう思わせてしまうのも申し訳ない。けど私だって自分の命が掛かってる案件だから、そうはいわかりましたって言いたくないのよ。だって怖いし。

 もうどう見たって胡散臭い目の前のリアに、ロベルトも判断しかねている。とはいえ、ロベルトも雇われているだけで、その雇い主が承諾した使用人を、彼の判断で勝手に拒絶はできない。まして、シェフを希望したのがこちら側だから猶更強く言えない。ごめんなさいロベルト、余計な気苦労かけさせちゃって。


「…よろしいですか、お嬢様?」

「……ええ、よろしく、リア」


 最終判断、私。ここは頷くしかない。もし…もしもという思いはあるけれど、その時はその時よ!それに、確かに彼は…ああもう面倒…彼女は不審な点も多いし、結局前に会った理由も知らないけど、その時の感じで言えばとてもじゃないけど私を狙うような人には見えなかった。これはもうただの直感。女の勘。シックスセンス。間違ってたらその時は謝るしかない、私に。


(ごめんね私、もしか…のじょが暗殺者だったら存分に私を恨んで)




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