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3話

 別荘に避難してから一週間が経った。今のところ、私の周囲は穏やかだ。両親が心配して別荘に押しかけてきたり、私不在でも断罪イベントが実行されたりするかとも思ったけど、それも無い。

 いたって平和な一週間が過ぎた。当面の危機は去ったことにほっとしながらも、だけど断罪イベントそのものが消失したわけではないと思う。しかし、何度考えても断罪イベントを回避する手段は思いつかない。

 思いつかない日々を過ごしていると、徐々に気が滅入ってきた。ついでに食べる量が少なくていつも空腹気味。それを心配したロベルトの奥さん…サーリアが心配し、外の散策を提案してきた。療養とはいえ、こもりっぱなしは良くないとのことで、その提案に乗ることにした。


「ん~…いい風ね」


 別荘の前の草原に出ると、爽やかな風が吹き抜け、身体を包み込んでくれる。別荘が僻地にあるおかげで人目を気にすることも無く、のびのびとしていられるのもよかった。

 けれど、その爽快な気分もふとした瞬間に陰に落ちる。どうしても断罪イベントのことが頭から離れない。


(いっそのこともうずっとここで生きていこうかしら…)


 舞踏会どころか社交界から完全に逃げてしまえばいいんじゃないか、そんなことも考えてしまう。一生病気療養。それもあり………いや、それは流石に無い。


「はぁ………」


 誰も聞いていないことをいいことに、大きなため息が漏れる。はしたないと分かっていても、草原の上にそのまま腰を下した。柔らかな草の感触が気持ちいい。

 あまりに僻地に建てられたこの屋敷は、周辺には全く建物が無い。近くの村まで馬車で1時間はかかるという。そんな人気のなさゆえに、周囲にはもちろん人影なんかない。それは治安が大丈夫なのかと不安にもなったけど、使用人たち曰く『たまに道に迷った旅人が来るくらいです』とのこと。

 侯爵家の別荘である屋敷だけど、さすがに数年に一度しか訪れない屋敷をそこまで豪華にする気はお父様には無かったらしく、こじんまりとしている。内装にもあまりお金は掛けられてない。ぶっちゃけ金目のものが無い。盗みに入っても得は無いし、むしろここまで来ることに損がありすぎる。

 そんなわけで一応侯爵令嬢である私だけど、周囲には護衛を含めて誰もいない。使用人は最低限の人数しかいないので、みな持ち場の仕事がある。私専属の世話係を置く余裕はない。けれど、今ばかりはそれが都合よかった。


「後悔先に立たず、かぁ~…」


 どうしてあんなことをしてしまったんだといくら悔やんでも、時間は元に戻らない。それが分かっているのに、どうしても後悔の念が消えない。やってしまったのだからしょうがないと一つ打ち消しても、また別の実行した嫌がらせが蘇る。ひたすらそれの繰り返しだ。

 よく見ると屋敷の裏手には海が広がっていた。とはいえ、断崖絶壁なので海に入ることはできない。あまり近づきすぎて万が一足を滑らせたりしたら怖いので、崖から10m以内には近づかない。

 遠くの波を見つめ、手前の風で揺れる草原を見つめ、ぼんやりとしていた。


 どれくらいそうしていただろう。ぼ~っと眺めていた私は、こんなにも悩んでいる私がいる一方で、そんなことを露とも気にしない波と風、流れる雲、降り注ぐ太陽の光を受けて自分のちっぽけさを感じていた。

 どんなに悩んでも、私の目の前の景色は何も変わらない。そうしていると、ぽつりと私の口から言葉が滑り落ちた。


「断罪……されないとダメよね…」


 諦めとは違う。なんだろうか、受け入れようという気持ちになってきた。

 どんなに悔やんだって嫌がらせをした事実は消えない。その事実を受け入れなければ、前に進めないんだと思い始めた。断罪されれば、私はどうなってしまうか。婚約者の地位は間違いなく追われる。もしかしたら家から追い出されるかもしれない。…そうなったとしても、私はそれを受け入れなくちゃならない。そうなるだけのことをしてきたんだもん。…せめて、命だけは見逃してほしいけど。


「よし!断罪されよう!」


 一度心が決まると、逆に俄然気持ちが湧いてきた。断罪されようだなんて偉そうだけど、もうそういう気持ちになってしまったんだからしょうがない。


「よっ…こいせ…」


 立ち上がって海に向かって誓いの言葉を投げようとして……地面に下ろしたお尻が重くてたまらない。手をついてやっとの思いで立ち上がった。

 海を前に仁王立ちをし、その海に向かって大きく息を吸い込むと…


「断罪されてやるぞー!」


 大声で叫んだ。

 なお、この叫びは屋敷で働く使用人たちの耳にも届き、お嬢様の病気が悪化したのではないかとかなり心配されたのはこの後すぐの話。


 さて、断罪されようと腹は決まったものの、じゃあこれからどうするのか、だ。そう、どうせ断罪されると分かっているんだから、断罪された後の生活にスムーズに行けるようにしておきたい。一番最悪となるであろうパターンは、家から追い出され、庶民堕ちすること。そうなると、貴族として何不自由ない生活を送っていたところから一転、何もかも自分でやらなくちゃいけなくなる。つまり、自分で稼ぎ、自分で家事をしなくてはならない。

 いつかは断罪されるとして、断罪自体は今すぐでなくてもいいはず。自分勝手な都合だけど、今断罪されて家を追い出されるとかなりまずい。やばい。一週間後には飢え死にしそうな予感がする。

 なにせ経済力ゼロ、生活力ゼロ、生きていける見込み…ゼロ。

 だから、断罪されるのは準備ができてからにしよう。庶民として生きていく準備が整ってから断罪されるのだ。そう決めた。

 なので、早速稼ぐことと家事、この二つをできるようにしなくちゃならないので…


「お嬢様、お昼ご飯の時間でございまーす!」

「はーい!」


 お昼ご飯を食べてから考えることにした。腹が減っては戦はできぬってね!




 お昼を食べ終え、しっかりとお昼寝も済ませた午後。意気揚々と(でも慎重に)ベッドから抜け出た後、私は早速これから何をしていこうかと考えることにした。


(家事と言えば、炊事洗濯掃除…ってところかしら。その辺は使用人にくっつけばできるようになるでしょう)


 前世庶民の感覚が根付いたおかげで、自分で家事をすると決めたことには抵抗感が無かった。これが思い出す前の私なら、『家事なんて使用人の仕事でしょ!ほらそこのあなた、さぼってないでさっさとやりなさい!』と唾を飛ばして命令していたでしょうね。いや、唾は飛ばさない。だって乙女だから。

 となると問題は稼ぐ力。なんだけど、悲しいかなこのアリス・ハゲスト。……取り柄が何もない。いやだってもう、勉強は嫌、マナーも嫌い、教養なんて大嫌い、ダンスなんか親の仇。好きなのは食べることだけ。得意なことは他人への嫌がらせ。

 ……どうやってお父様、私を王子の婚約者にしたの?


「……泣いていい?」


 自分の状況を確認したら本当に泣きたくなってきた。部屋に誰もいないけど聞きたいくらいに泣きたい気持ちになった。


(しかーし!今の私に前世の記憶がある!これさえあれば…!)


 ついでといってはなんだけど、今の私みたいな状況を題材にした小説のことも思い出した。その小説では、私みたいな前世の記憶持ちはいわゆる『ちーと』という状態であり、その世界には無い知識で王族すらひれ伏すほどの存在に駆け上がるのだ!

 早速とばかりに、私は紙とペンを用意し、その『ちーと』である前世の記憶を呼び覚ましてみた。


「………………」



(ちょっと待って?何にも思い浮かばないんだけど?えっ?)


 びっくりするくらいに何も思い浮かばない。というか今気づいたけど、そういう『ちーと』は、結局何か作れること…作り方を知っていたということになる。それが料理とか化粧品とかまぁいろいろなんだけど。問題は、それらが私…というか前世の記憶に全くないということだ。

 つまり、私には『ちーと』は無かった。完。


(完じゃない!いや、もしかしたら私には特別な力が!こう特別な魔法とか、精霊がなついているとか!)


 脳内で新たな『ちーと』の可能性を見出し、一人喜びに浸る私。でも、すぐさまそんな私にセルフツッコミが入った。


「……そんなの聞いたことないわね」


 魔法も精霊も、それが元々ある世界のお話。この世界で、そんな話は聞いたことが無い。なので、私に特別な力という『ちーと』も無い。

 

「なんでよー…異世界転生とかって『ちーと』がお約束じゃない。なんで私には何もないのよー…」


 一人途方に暮れるも、そんな私を見かねて神様が声を掛けてくれるとかそんな展開も無い。どんだけ異世界転生もの読んでたんだ、前世の私。パターン多すぎ。


(もうこの際『ちーと』は諦めましょう。そうなると、もう地道にいくしかないわよね…)


 はぁと大きくため息をつくも、これが現実。何もできない、ただのデブの自分を受け入れるしかないのだ。

 ならばもうあとは行動あるのみ!その最初の行動は!


「…………ダイエット、よねぇ」


 数えるのも嫌なくらいの段腹をつまみつつ、さっきよりもずっと長い溜息を吐いたのであった。

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