20話
「…説明してほしいような、聞いたら面倒くさいことにしかならなさそうな、そんな気分だから聞かない」
「さっきは聞いたのに今度は聞かないんだ?」
「聞いたら承諾しないといけなくなる雰囲気漂わせてるもの」
もうさっきからビシビシと。聞いたら逃がさないぞばりの笑みを浮かべてるんだもの。…なんでこの人は笑顔のバリエーションがこんなに豊富なのかしら?
「一応、私王族なんだけどさ?」
「王位継ぐわけでもないでしょ?」
「それでも多少は王族の意向を汲むとかそういうのがあるんじゃない?」
「わかりました。ジュリアン王子殿下の意のままに」
「…ごめん。私が悪かった。だからその呼び方だけはやめて」
「いいえ、ジュリアン王子殿下、これまでの無礼をお許しください。私ごとき一貴族の令嬢ごときが…」
「頼む。君にだけはそんな態度を取られたくない」
ソファーから身を乗り出したリアは、これまでに見たことがないほどの真剣な表情だった。そんなに嫌かしら?しかも私にだけはって……
「…わかったわ、冗談よ」
「…本当に?なら…」
「本当よ、リア」
疑い深いリアの疑いを晴らすように、私は『リア』と呼んだ。たったそれだけでリアの顔に笑みが戻るから不思議なものね。
(…はぁ、どうしたものかしら)
で、話は戻る。どうしてリアと私が結婚するという話になっているのか。
普通に考えれば、リアと私が結婚する理由が思いつかない。
話を戻せば、リアが王族であることは事実。その王族に嫁ぐ令嬢が、何の価値もない存在では話にならない。そういった意味では、間違いなく私は価値がない令嬢。一応侯爵家の令嬢だけれど、相手が王族ともなればそれだけの存在価値で嫁ぐ理由にはならない。私のような、実家の後ろ盾のみで本人に何の価値も無い令嬢では、格上どころか格下の貴族家から婿を貰うくらい。
まして、リアは陛下に私のことを子供ができない身体だと紹介している。キズモノを通り越してもはや事故物件だ。そんな私との結婚を、陛下が認めるとは到底思えない。
……と、何故私とリアの結婚の話が上がっているのかの理由がさっぱり分からない。だから当人から聞くしかないんだろうけど…
ちらりとリアを見ればすっかりご機嫌なようでまぶしいばかりのニコニコ笑顔。聞きたくないわぁ~…
(でも、聞かなかったとしても、結婚が取りやめになるとも思えないし)
王族との結婚ともなれば、当人の一存だけで決まるとは思えない。いくらリアが王位を継がないという意思を表明しているとはいえ、王族は王族。ということは、本来であればその結婚には陛下の承諾が絶対条件のはず。…リアの場合、その条件を無視しててもおかしくないと思ってしまうけど、逆に言って陛下が承諾してしまっているようであれば、私に選択権など無い。
「……陛下はこの件はご存じなの?」
「アリスが認めたらいいよって」
はい来たー当人が認めたらいいよー。一番やなパターンじゃないのよー…
というか、それって陛下は別にリアと私の結婚を望んでいるわけではないってことよね?私が拒否してもいいって言ってるってことよね?
ん?………じゃあこの結婚て誰に望まれてるの?
陛下が望んでるわけでもない結婚。その結婚話の当人なのは、私と……リア。間違ってもこの話に婚約解消すると決定事項であるシュバルツ王子が絡んでるとは思えない。私は、リアと結婚したいなんて……誰かに話したことは無い。考えたことも……………無い。
なら、それって、つまり……?
「聞く気になった?」
「………ならない」
そうはいっても気にならないわけじゃないし、このままグダグダしていても埒が明かない。
「私がアリスと結婚したいって言ったからだよ」
「だから聞かないって言ったー!」
なんでこの人はこっちの都合お構いなしに言っちゃうかなぁ!?っていうかそうよね、それしかないわよね。リアが言いださなければ私とリアの結婚なんてありえないわよね… ただそうなれば、じゃあどうしてリアが私と結婚したい、なんて言いだしたのかってことになるんだけど… どうせこっちから聞かなきゃ自分から言い出すんでしょうね~…
「ナンデワタシトケッコンシタインデスカ?」
「…なんで片言なのかな?まぁいいや、それはね…」
そう言いながらリアはソファーから立ち上がり、こっちに歩み寄る。もちろん私も立ち上がり、ソファーから離れる。
さらにリアは近寄ってくる。私さらに離れる。
ますますリアは近寄ってくる。私もっと離れる。
「どうして逃げるのかな?」
「未婚男女の適切な距離を維持するため」
「大丈夫だよ、すぐに結婚するから」
「仮にそうだとしても今は違うし」
「予行練習は必要だと思わないかい?」
「まったくこれっぽっちも」
そんな会話の応酬をしつつも、リアは近づく私は逃げるの繰り返し。室内をぐるぐる回り始めた。しかも徐々にリアの近寄る速度が上がってる気がする。徐々に徐々に一歩の歩幅が大きくなっている。そのせいで徐々に早歩きになる私。
あ、これもう埒明かないわ。というわけで私はドアノブに手を掛け…
ドン!
「………」
一瞬とはいえ視線を外したのは失敗でした。ええ、その長~い足で瞬く間に距離を詰めてきたリアは見事な壁ドンでございます。普通と違うのは壁ドンじゃなくでドアドン。ついでに言えば私が向いてるのがリアの方じゃなくてドアの方だということ。背中に強烈な圧を感じてるんですけど、これ絶対振り向いたらあかんやつですね、わかります。
「………」
「………」
無言の時。何故かリアも何も言わない。その無言の中、そ~っとドアノブを回して…かちりと音がした。
「っ!!」
「逃がさないよ?」
ドアが開く瞬間、ドアノブを握る私の手に覆い被さるようにリアの手が伸びてきた。がっしりと掴まれ、回したドアノブはそっと戻された。
「じゃあ聞いてもらおうかな?」
ヒイイィィィ!近い!近すぎ!っていうか何でこの人、一々近寄ると耳元で囁くように喋るのよ!弱点?そこ私の弱点だから?弱点だから遠慮なく攻めますってか?このドS!
「もういい!聞かない!聞きたくない!だから離れて!」
「ダァ~メ。そんなに焦らされると、私がどうなっても知らないよ?」
焦らす?そんなつもりさらさらございませんが!?やっぱり失敗だったぁ!聞かなきゃよかったぁ!!ああもうやだこれぇ…
「愛してる」
「っ!!」
ゾクッとした。
皮膚が総毛立つっていうのはこういうことを言うのかと理解したくらいに。
耳元を、熱い吐息が撫でる。その声も、今まで聞いたことがないくらいに熱を帯びていた。
愛してる
たったその一言が、全身を強烈なまでに駆け巡った。同時に、思考がすべて吹き飛んだ。
うるさいくらいに高鳴る鼓動。全身が汗をかくほどの火照り。呼吸が落ち着かない。
全身の感覚だけにすべてが注がれ、頭では何も考えられない。言葉の意味を知っているのに、理解することができない。
違う。理解できないだけじゃない。言葉としての意味だけじゃない。その一言に込められたリアの想い。言葉を通して溢れんばかりの想いが、私の脳内を支配してしまった。
「おっと」
不意に力が抜けた。オーバーヒートした私の頭は、自身の身体を制御することすらできなくなった。手も足も、全身の力が抜けた。そうして崩れ落ちる直前、リアの腕が私のお腹に回され身体を支えた。…んだけど。
「あいたっ!?」
お腹は支えられても上半身はそのまま。崩れ落ちる勢いに任せたままの頭はそのまま目の前のドアに…激突。脳の支配はあっという間に痛みに塗り替えられ、思考が戻る。けど、今はまず痛む頭を手で押さえることだった。
「っ~~!」
「……ぷっ」
「笑うなぁ!」
リアが吹き出す音にイラッ。けど、手は頭を押さえて、まだ力が戻らない足のせいでお腹をリアが支えている状態。ちょっと苦しい。というかみっともない…
「やれやれ。よっと」
「ひゃっ!わっ!」
いきなりぐっとお腹を押され、後ろに倒れる!と思ったら背中が支えられる。すぐさまお腹を押さえていた腕が外れて、今度は膝の裏に差し込まれる。そしてとどめとばかりに抱えあげられてしまった。……うむ、世に言うお姫様だっこです。ってそうじゃない!
「ちょ、ちょちょちょちょちょお!?」
「はいはい、暴れないでね」
いや暴れるわ!なにいきなり抱き上げてるのよ!?未婚男女の適切な距離が!?
「愛する君を落としたくないからね」
ピタッ。固まる私。さすがに二度目ともなれば、思考停止まではしませんことよ?でも身体は停止しました。
「いい子だ」
いやそれなんか子ども扱いしてない?と思っても口は動かず。そのままリアはソファーに腰を下し、私をそのまま自分の膝の上に乗せた。うん、さらっと乗せるなこの野郎?
「下ろして」
「もう下ろしてるよ?」
「下ろしてない」
「ここがアリスの定位置だよ?」
「いつから!?」
「今から」
はい、話が通じてませんね。もうここまで一方通行だと清々しい……なんてわけがない!もうさっきからリアのやることなすこと全てがわけ分からん!いきなり結婚だとか愛してるとかそんな様子全然………ないわけでもなかったね……
普通に考えればドレス贈ってきた時点で察するところ?いや無理だと思うけど。今思えば思い当たるようなところが節々…
「愛してる。だから結婚してほしい」
だーかーらぁ!近い!耳元で囁くな!熱込めるな!




