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2話

「そうだ、逃げよう」


 京○に行こう的なノリで。なんだか前世思い出してから、やたらと前世の影響が強い。本来のアリスの性格どこ行った?それともあまりの絶望で本気でやばいと感じてアリス本来の性格が今は鳴りを潜めてる?でもそれなら正直好都合だ。

 傲慢なままのアリスの性格じゃ、明日の断罪イベントやり返す算段を立てていたかもしれない。でも、王子直々の断罪イベントだ。しかも何日も前から入念に証拠集めをして固めた絶対に覆すことを許さないイベント。たった一日でどうにかできるものじゃないし、王子相手ではお父様の宰相としての権力も、お母様の華としての影響力も微妙。

 …となれば、私ができる手段はたった一つ。


 三十六計逃げるに如かず。


 そうと決めてからの私の動きは早かった。普段から傲慢な性格のせいで、私に逆らえない使用人たちはこの時ばかりは都合がよかった。

 明日の舞踏会は出ない。それが私の逃げ。舞踏会に出るから断罪されるなら、舞踏会に出なければいいのだ。私頭いい!断罪イベントが舞踏会でお決まりなのも、それが多くの貴族たちの目に晒されるからだ。これが個人的な集まりの中だけでは効果半減。公衆の面前で晒すからこそ、そのダメージは計り知れない。だからこそ、その舞踏会を避ければ断罪イベントは回避されるはずだ。

 そこで、私は領地の端の端にある、年に一度…いや、数年に一度しか使われていない避暑地の別荘を思い出した。そこに逃げ込もう。名目は病気療養で。

 今日に限って、両親不在なのもよかった。いくら私には甘い両親とはいえ、明日の舞踏会はこの国の次代を担う王子の誕生日パーティー。その大切な行事に婚約者の私がドタキャンするのは絶対に許さなかっただろう。鬼の居ぬ間になんとやら。

 私は屋敷の専属医を呼び出し、二人きりになった。この専属医、腕はいいけど金に弱いということを知っている。何故なら、本来は王宮勤めだったのに、お父様が金で引き抜いて屋敷の専属医にしたのだから。

 呼び出された専属医は、恰幅の良い身体で、人好きな笑顔を浮かべて部屋に入ってきた。如何にも好々爺といった感じだけど、金にはがめつい。


「なんでございましょうか、お嬢様?」

「手短に話すわ。偽の診断書を書いて頂戴」

「…ふむ、どんな症例がようございますか?それとおいくらで?」


(ほんと金で動く悪党ね。でも今は都合がいいわ)


 偽の診断書を要求されたのに顔色一つ変えず、それでいてしっかり対価を要求してくる。だけど、今はそれのほうが都合がいい。


「症例はなんでもいいわ。そうね…今すぐ避暑地で長期療養しないと命に係わる病気ってことにして。対価はこれでどう?」


 とにかくのんびりしてられない。緊急性の高い症例だと診断してもらわないといけない。対価には、以前買ってもらった特大のエメラルドのネックレスを差し出した。


「ほう、これはこれは……では、お嬢様には肥満による各種内臓系の不調、それに伴う各種病気の前兆あり、質素な生活が必要であるため避暑地での療養が最適…こんなところでどうでしょう?」


 この野郎、即デブであることを利用した症例を口にしてくれた。でもそれもいい。いきなり訳の分からない病名を並べられるよりも説得力がある。


「それでいいわ。お父様方にもそう説明して」

「…旦那様方にも秘密ですか?」

「そう、私とあなただけでの契約よ」


 そう言って、私はさらにルビーの指輪を専属医の手に乗せた。雇い主に嘘をつくという対価分だ。指輪を確認した専属医は、それはもう嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ええ、ようございます。わかりました。ではこれはお嬢様と私だけの秘密ということで。ほかには何かございますか?」


 奮発した報酬のおかげか、専属医にしては珍しく自分から何かあるかと声を掛けてきた。そこで私は考え……特にないなと考えをまとめた。


「特にないわ」

「わかりました。では旦那様方にはそう説明しておきます」


 こうして専属医のお墨付きをもらった私は、如何にも具合が悪い風を装いつつ、馬車に乗り込んだ。行き先は避暑地の別荘。それも、一年に一度、いや数年に一度利用すればいい方という僻地だ。ここなら滅多に人はこないし、誰かの目も無い。

 病気療養ということであれば、舞踏会に出れないのもしょうがないこととして片付くはず。あとは避暑地でこの後どうするかを考えることとしましょう。


「ふぅ~……」


 一先ずの危機が去ったことに安心した私は大きく息を吐いた。そして馬車の心地よい揺れに眠気を誘われ、完全に眠り込んでしまった。



「ふえっ!?」


 突如大きく馬車が揺れ、その揺れで目を覚ましてしまった。


(どのくらい寝てたのかしら…ここはどこ?)


 馬車はまだ進んでいる。窓を開けて外を見てみると、見慣れない景色が飛び込んできた。車道の脇に広大な草原が広がっている。王都周辺ではなかなかお目に掛かれない景色だ。そのかわり、人工物の類も遠くにぽつぽつと建っている程度でしかない。馬車の先の方に目を向けると、道の終点にこじんまりとした屋敷があった。どうやらあれが別荘のようだ。


 別荘に辿り着き、重たい身体を引きずりながらなんとかタラップを降りると、そこで使用人の出迎えを受けた。どうやら誰かが先ぶれを届けてくれたらしい。しかし、出迎えた使用人はわずか4人。しかもその誰もが高齢だ。


「ようこそおいでくださいました、お嬢様」


 一番高齢と思われる、しっかりとスーツを着こなした男性の執事が最初に声を掛けてきた。


「急で悪かったわね、ええと……」

「ロベルトにございます」

「ロベルト、しばらくよろしくね」

「はい。お嬢様にはご不便のないよう、誠心誠意尽くさせていただきます。しかしながら、急であったために十分に使用人が足りておらず…」


 ロベルト曰く、ここにいるのはあくまでも別荘の管理及び保全のために最低人員のみ。急なためにシェフもいない状態らしく、普段の食事はロベルトの奥さんが賄っているとのこと。当然医者もいないので、病気療養のために来た私の為に医者の手配もこれから行うとのこと。


(本当の医者を連れてこられるのもまずいのよねぇ)


 仮病で来たのだから、本当に診断されたら困る。もし健康に問題が無いと診断されたら逃げる理由が無くなってしまう。医者の手配は断固阻止しないといけない。


「ロベルト、医者の手配はいいわ。不要だから」

「えっ?ですが、お嬢様は病気ということで療養に…」

「屋敷の専属医は、避暑地でゆっくり休めば治っていくとのことよ。下手に医者が近くにいて病気であることを自覚すると逆に治りにくいと仰っていたわ」

「…なるほど。わかりました。では医者の手配は行わないでおきます」

「ええよろしく」


 早速別荘の中を案内される。だけど、病気療養だからこそ最初の案内はすぐに知っておいた方がいい部屋や施設のみにとどめ、案内が終わった後は宛がわれた部屋で休むこととなった。


 もうすぐ陽が沈む。今頃両親は屋敷に帰っているころだ。二人には専属医から説明がされているはず。専属医がうまく説明してくれていることを望むしかない。これで万が一、私の仮病がバレて連れ戻されることになれば、断罪イベントを回避できなくなってしまう。私の明日は専属医が握っていた。


(それはそれとして、これから…よねぇ)


 明日の王子の誕生会を回避すれば、ひとまず断罪イベントは回避されるはず。だけど、だからといって私の悪行が消えるわけじゃない。今の私にとって舞踏会そのものが断罪されるイベントでしかない。今回の誕生会を回避したからといって、断罪イベントが消えたわけじゃないのだから。


「ふー……んが!?」


 大きく息を吐き、ベッドに倒れ込んだら……凄まじい音を立ててベッドが壊れた。受け止めてくれるマットのクッションがあったから怪我はしなかったけど、一瞬息が詰まるような衝撃が身体を襲った。ベッドの破壊音を聞きつけた使用人たちが続々と部屋に入ってくる。


「お嬢様!?大変申し訳ありません。ベッドの管理を怠っておりました!」


 別荘にあるベッドは普通のシングルサイズだった。実家のキングサイズとは全然サイズが違う。…ついでに耐久性も違った。

 急ぎ別の部屋が用意されている間、私は破壊してしまったベッドを調べていた。


(まさか…とは思うけど)


 嫌な予感がしたから、せめて自分の目で確かめたいと思った。マットを剥ぎ、折れた骨組みの部分を見てみる。どうやらはめ込みの継ぎ手部分が折れていた。その継ぎ手には、特に切れ目も、腐食している様子もない。

 ……ベッドに落ち度はない。落ち度があるのは……私の、体重。


「ベッドも支えきれない程……おも…い…のね」


 別の部屋に用意されたベッドには慎重に乗った。さすがに二台目を壊したら精神的ショックが大きくてしばらく立ち直れなさそう。それでもベッドに乗った瞬間、ギシッと音が響いたときにはドキッとしてしまった。

 直視しがたい現実に涙がこぼれそうになった。というか零れた。乙女としては決して認めたくない問題。今はこの問題には目を瞑ろう。最優先は断罪イベント回避だから。


 夕食はロベルトの奥さんが作った手料理が振舞われた。「お口に合うかどうか…」と気づかわしげに言われた。確かに屋敷のシェフには劣るけど、味付けとしてはむしろこちらの方が好みだった。塩とお酢をメインに、あまり砂糖が使われていない料理の方が好きっぽい。が、量が全然足りない。そこを突っ込んだら、「病気療養ということで控えめにしたのですが、明日からは増やしますね」と言われた。…そうだ、病気療養できたんだ。普段通りに食べてたら疑われてしまう。私はすぐさま「いいえ、この量でいいわよ」と訂正しておいた。


 部屋に戻った私は、再び慎重にベッドに乗った。…慎重に乗らないとベッドを壊すこの体が恨めしいわ。


「これからどうしましょう…」


 なんとかして断罪イベントを回避したい。だけど、積もり積もった悪行の数々はもう私の断罪をもってでしか清算できないものばかり。というか、そもそも自分で悪行だと思ってなかったものもあるから、たとえ謝罪したり賠償したりするにしても、たぶん私が思い出せる範囲では清算しきれないと思う。一つ悪行を思い出すと、芋づる式にあれもこれもと思い出してしまう。それが何年分もある。


「回避……無理なのかしら」



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