17話
「兄さま……私はあなたをとても優秀だと思っていた。あなたこそ王に相応しい、そう思っていたよ。ねぇ兄さま…あなたの行為が今どれほどの混乱をもたらしているのか、分かっているのかい?」
「貴様のような政務もせずに遊びまわっている奴に言われたくない!」
「そう言われるときついけど、兄さまも最近滞ってるよね?ずいぶん夜街に出歩いていると報告を受けているよ?」
「私にとって必要なことだ。貴様にとやかく言われる筋合いはない!」
……あの~、なんだか私そっちのけで兄弟げんかが勃発してるんですが、これどうしたらいいんですかね?私のことも周囲も完全に置いてけぼりで言い争いを続ける王子兄弟に、もう収拾なんてつかない。
いや、このままじゃダメでしょう。というかまずは私とシュバルツ王子の婚約はなんとしても解消しないと。もうあれだ、この男、生理的に無理。
「お二方、そういった争いは後にしていただけますか?まず私とシュバルツ王子との婚約を解消…」
「解消はしない!」
「いや、生理的に無理なんで嫌です」
あ、言っちゃった。
「………」
「………」
「あ、こっち見ないでいただけます?鳥肌がすごいので」
うわ、自分の肌ながら鳥肌スゴイ。なんとか収めようと腕を擦ってみる。ちょっと収まった。
「アリス……そこまで私が嫌だと?」
「嫌です」
これ、あれだ。シュバルツ王子を見ないほうがいい。見られてるのは分かるからまだ鳥肌立つけど、あの眼を直視しなければ少しマシになる。私はシュバルツ王子から目線を外して…いや顔ごと背けて受け答えだけしていた。出来れば名前も呼んでほしくないなぁ~…
「…アリス嬢、容赦ないね」
ちょっと引いてるようなリアの声。そうかしら?けれど、こうしてリアの服の裾を握っているおかげか、大分落ち着けてきた。
うん、なんというか、あれだ。私、一夫多妻無理。一夫一妻が良い。自分以外を見ていることが許せないっぽい。今まで誰かを好きになったことなんてなかったし…まぁリアのことはちょっと…シュバルツ王子に対してもそうだったから気づかなかったけど、今回の件ではっきりしたわ。あんな風に他の女性を侍らせて、手も出して、孕ませておきながらまだ他の女性に手を出そうとする…そんな節操なしに向ける心は一欠けらたりとも無いってね。
「…ジュリアン、どういうことだ」
矛先がリアに向いた。あれ、これは私がリアの裾を握ってるから?私のせい?
「私に聞かないでください。」
その矛をさらっと流すリア。そりゃそうよね。私自身今気づいたことなんだし。
「いいや貴様は知っている…いや、仕向けたんだろう!そもそも何故アリスを貴様がエスコートしたんだ!?」
あら、後から来たはずなのにそのことしっかりばれてる。誰か告げ口した?あ~…こうなるから嫌だったのに。エスコートされたこと自体は嬉しかったのは黙っておこう。
が、しかしこれはチャ~ンス。
「申し訳ありません。婚約者にエスコートされる価値もない私を、わざわざジュリアン王子がエスコートしてくださったのです」
はい、ここぞとばかりに食いついた内容で反撃でございます。エスコートすらしない相手なのに婚約は解消しないと噛みつく有様。しっかり皆さんに見ていただきましょう。
「ぐっ…」
案の定、言葉に詰まったシュバルツ王子。…というかこの人、なんで今更私に固執するの?エスコートしなかったの、今日だけの話じゃないし。
驚愕の真実!実は私のことが好きだった?!…あ、やばい鳥肌復活。これは無し。もう想像するだけでアウト。
「アリス嬢、寒い?」
「あ、ありがと」
鳥肌が立ちに立ちまくった私の肌を見てリアがそう声を掛けてくる。と思えば、いつの間にかジャケットを脱ぎ、さらっと私の肩にかけてくれた。ついさきほどまでリアが着ていたジャケットにはリアの温もりが残っている。けれど、それだけじゃない、何かが私の鳥肌を静めてくれた。…静まるのが鳥肌って、なんだか…うん、まぁ、気にしないでおこう。
とにかく、そんなリアの行動がさらにシュバルツ王子を逆撫でした。
「ジュリアン!それ以上アリスに近寄るな!」
そう言ったシュバルツ王子は掛けられたリアのジャケットを投げ捨ててしまった。何も考えず、私はそのジャケットを拾いに足を向けた。
「拾うな!」
しかし、それすら気に食わないのかシュバルツ王子から怒号が上がった。怒号に一瞬身体がビクッとしたけれど、それを振り払ってジャケットを拾い上げた。
(…拾っちゃったけどどうしよう?)
何も考えていなかったから、ジャケットを手にしてそのまま立ち竦んでしまった。自分からまた肩にかけ直すのは何か違うし、仮にも床に落ちてしまったジャケットをリアに戻すのも違う。…なお、その私の様子を、今にも射殺さんとばかりに見つめるシュバルツ王子の視線からは身体ごと背けて見ないようにしている。一瞬だけ見てしまったから鳥肌は絶賛復活中。
「ありがとう、アリス嬢」
どうしようと考えていると、いつの間にか近くにいたリアが、持っていたジャケットをさらっと自分の手に取り、鮮やかに羽織った。その動きがあまりにも様になっていたせいで少し見惚れました、はい。このジャケットをバサッと着る仕草って、格好いいのよね…ってそうじゃなくて!
「そんな、床に落ちたものを…」
「アリス嬢が拾い上げてくれたものだよ?」
いやだからそれが何なのよ?一応後ろに回り、ジャケットに埃がついていないか確認してみる。あ、ちょっと裾に埃付いてる。パパっと払っておく。
…そしてジャケットから顔を上げた瞬間、まさに鬼と呼ぶに相応しい形相のシュバルツ王子と目が合った。身体が…凍った…
(あ、これマジ無理…)
もう鳥肌どころじゃなかった。私は急速に意識が落ちていくのに気付いた。気づいたけれどどうしようもなくて、崩れ落ちる自分の身体を誰かが受け止めてくれたことだけを確認しつつ、意識を失った。
「………んん?」
ふと、目が覚めた。最初に目に入ったのは真っ白な天井。ついで顔を横に向ければ、テーブルにソファーに化粧台。部屋の大きさは私の私室よりは小さい。けれど、備え付けられている家具は簡素ながら丁寧な作りで、高級品であることは分かる。ここは…私の部屋じゃない?
むっくりと身体を起こすと、着ているのはリアから贈られたドレスそのままだ。そこでようやく私は、眠る前…というか気を失う前のことを思いだした。
(そうだ、シュバルツ王子にスゴイ眼で見られて…それでもうなんか意識が遠くなって…)
そうだ、私は会場の真っただ中で気を失ったんだ。それで…じゃあここは王宮の一室?窓から外を見るとまだ夜の帳が落ちている。耳を澄ませばまだ舞踏会の音楽が聞こえてくる。そんなに長い間気を失ってたわけじゃないっぽい?
とにかく今の状況が知りたい。私はテーブルに置かれたベルを鳴らした。するとすぐに部屋のドアが開いた。
「お目覚めかい?アリス嬢」
そこには気を失う前と同様、白いスーツに身を包んだ王子様然としたリアがいた。
「…ごめんなさいね、気を失って」
「いいよ。いろいろちょうどよかったし」
いろいろ?ちょうどよかった?なんか気になるけど、今はそれよりも今の状況を聞いておかないと。
「誕生会はまだ続いているの?」
「そうだね。主賓もちゃんとそっちにいるよ」
主賓…シュバルツ王子のことよね。ん?あれ、そういえば婚約解消を願い出たけど、結局あれってどうなったのかしら?
「…あの、ジュリアン王子」
「リアでいいよ」
いいわけないでしょー!?ここ王宮でどこに人の目があるか分からないのに王子を愛称で呼んでたら余計に拗れるじゃない!なのでリアの言葉はスルー。
「私が願い出た婚約解消の件は…」
「…ああ、うん、それね。それはまだちょっとね…」
そのリアの反応に、まだ婚約が解消されてはいないのだということを悟った。
「はぁ…何でかしら」
心底不思議に思う。今まで婚約者であった数年間、まともに婚約者として扱われた記憶はない。全く。ちっとも。これっぽっちも。もちろんそれは私も同じで、だからこそ何のためらいもなく婚約解消を願い出た。前世の記憶の影響か王妃の椅子にも全く興味はない。個人的にもシュバルツ王子への好意など存在しない。欠片も。髪の毛一本たりとも。爪の垢ほども。
「単純な話だよ。君が美しくなりすぎたからさ」
「…なにそれ。すっごいやな理由なんですが」
見た目が良くなったから解消しない?なにそれふざけてるの?と思ったけど、さもありなん。侍らせていた令嬢は全員美しい女性ばかりだった。それにゲームの都合上、幅広いニーズに応えるために彼女らの容姿はみなパターン違い。明らかに高慢ちきな強気な令嬢もいれば、見た目マイナス年齢補正が掛かるロリ娘や明らかに令嬢よりも婦人と呼んで差し支え無さそうな者まで。
それら全てが守備範囲のシュバルツ王子には別の意味で驚きだけど、そこに加えられるのは死んでも嫌だ。婚約者なんてやめてもいいし、貴族をやめてもいい。あの集団の一人にさせられるのだけは何が何でも御免だわ。
「ふふっ、ほんとアリスはすぐに顔に出るよね。それが面白いんだけど」
「面白がってないでなんとか解消してください」
「私に言われてもねぇ…じゃあ本人に確認してみるかい?」
「本人?」
本人って、あの本人よね?シュバルツ王子よね?あ、やだまた鳥肌。
「多分君の考えてるほうじゃないよ。君と兄さまの婚約を決めた本人。つまり…」
「国王陛下…?」
「正解」
いや正解、じゃなくて。確認してみるって国王様に?いやいやできるわけないでしょ?いくら自分が王子で国王が自分の父親だからって何をそんな軽々しく…
「実は父上も今日の件…と今まで兄さまのやらかしてくれたことも含めて、君との婚約を見直す考えでいるんだよ」
「あ、そうなの?」
なら是非見直してほしい。切実に。見直してそのまま解消まで一直線に突っ走ってもらいたい。というか確認できるくらいなら、もう心底解消したいと願うこの心の胸の内をどこまでも届けたい、訴えたいです、はい。
「じゃ、行こうか」
そう言ってリアが手を差し出してきた。思わず手を乗せてしまい、そのままベッドを降りることになってしまったけど、頭には疑問符が浮かぶ。
「行くってどこへ?」
「父上のところ」