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16話

「王…子」


 あの賑わいの中に私を断罪する人がいる。今日、この場を以て断罪される。私の貴族としての人生が終わる。

 そんな私の肩に、リアの手が添えられた。


「大丈夫。私も付いてるから」

「……うん」


 ……あれ?うんって言っちゃったけど、別にリアは関係ないよね?断罪イベント関係ないよね?そもそも断罪内容は私がシュバルツ王子の懇意の令嬢たちに嫌がらせをしたことに発端があるんだから、そこにリアが関わっている内容は全くない。

 ……ま、いいか。


 賑わいはまだ遠い。はて、これからどうしたものか。そもそも前世の記憶とやらはもう今は大分薄い。だから、断罪イベントのタイミングがいつなのかはもうわからない。普通なら舞踏会の終盤とか?そもそも本来のタイミングが1年前で、もう1年ずれているのだからいつだっていいんじゃない?とも思ってたりする。

 つまりここは……先手必敗!


「あれ、もう行くの?」


 一歩踏み出した私を見てリアが呟く。それに私は頷きだけを返した。


「そっか」


 踏み出し、賑わいに近づく私の背後からリアの気配は消えない。さっきはかかわりは無いとは言ったけど、それでもこうして誰かがいてくれるのは心強い。


 徐々に賑わいに近づいていく。私の後ろにリアが居てくれるおかげで自然と人の波が左右に別れていく。


 そして、ついにシュバルツ王子と1年ぶりに対面した。


 突然現れた私、そしてその私の背後にいるリアの存在に目を瞠るシュバルツ王子。リアとは異なる、金髪碧眼。横に並んでも一目では兄弟とは思わない。顔立ちも王妃似のリアに対し、シュバルツ王子は陛下似だ。恐ろしく整った容姿…そのイケメンぶりは1年経っても色あせず、いやそれどころか……なんか怖い…?

 何故か1年前とは異なる雰囲気を漂わせるシュバルツ王子に動揺し、言葉を紡げない私の横にリアが歩み出た。


「ジュリアンか。珍しいな、お前がこのような場にでるなど」

「そうですね。どうもこのような堅苦しい行事は苦手ですから」


 一見すると和やかな兄弟の会話。…なんだけど、やっぱりなんかピリピリするのは気のせい?


「ところで……」


 シュバルツ王子の目が私へと向く。その眼が細められると私は途端に背筋に悪寒を感じてしまった。えっ、何今の目?はっきり言って、今までシュバルツ王子の婚約者をやっていて今のような目で見られたことは無い。じゃあどんな目で?と聞かれたら……そもそも見られることすらなかったような気がする。うん、私も私で王妃狙いで王子のことアウトオブ眼中だったけど、王子も王子だったわ。うん、お互い様。…じゃなくて!


「お前の隣の令嬢は誰だ?」


 ですよねー。やっぱりシュバルツ王子も分かってませんよねー。ああうん、これどうしよ?誰か分からないってことは断罪しようがないよね?逃げられるってことよね?いやでもこの場は逃げても未だにシュバルツ王子の婚約者って立場は変わらないし…そう思っていたところで、ふとシュバルツ王子の背後にいる人…『達』に目が向いた。

 シュバルツ王子の背後にいたのは令嬢たち5人。しかし異様なのは、その全員がとてつもないほどのフリルを付けたドレスを身に纏っているということ。ん?何だろう?デジャブ?あ、そうだ。これ、私が1年前まで着てたドレスのデザインに似てる。身体のラインが分かりにくいよう、フリルでごってごてにしたドレス。しかし、彼女たちの顔を見る限り、そんな服が必要そうな体型…ではないと思う。体型と顔はある程度揃うから、顔だけ痩せてて身体は…ってパターンはないはずだし。そこで私は以前リアに聞いたことを思いだした。


『5人の令嬢を孕ませた』


 ……えっ、まさかそういうこと?この目の前にいる令嬢たちがまさか…その当人?何だろう、それが分かったら目の前の光景がとてつもなく異様に見えてくる。それに合わせてシュバルツ王子という人間も。5人もの令嬢を、孕ませ、侍らす王子。

 そう理解した瞬間、私の動きは速かった。


「お久しぶりです、シュバルツ王子。アリス・ハゲストでございます」

「……アリ、ス…?」


 シュバルツ王子は信じられないと言わんばかりに驚いていた。一方、隣に並んだリアからも息を呑む音が聞こえた。私の行動が意外だった?


「アリス、何も自分からいかなくても…」


 小声でそう囁かれる。確かにこのまま何もしなければ何も無しで済んだかもしれない。この場は。

 だけど、私の中に生まれた強烈な……拒否感。こんな人の『婚約者』であり続けることに、私はとてもじゃないけど耐えられる気がしなかった。1分1秒でも速く、この人との縁を切りたい。そうとしか考えられなかった。


「病気療養により、長きにわたって不在にしていたことまことに申し訳ございません」


 そう言って頭を下げた。それに周囲が息を呑んだのが分かった。それはそうでしょう、以前の私は頭を下げたことなど一度たりとてない。これも、リアの淑女教育の賜物ということで。

 顔を上げ、再度シュバルツ王子を見やると未だに驚愕の表情から抜け出せていない。おい王子、もうちょっと表情を取り繕いなさいよ?


「あ、ああ…」


 かろうじて返答したシュバルツ王子。動揺している様がよくわかるけれど、それが落ち着くのはもう待ちたくない。だからここからは即興だ。本当は断罪を待ち、婚約を破棄されるのだけれど、それすら待ちたくない。


「今回は無事完治いたしましたが、このように私の身体はあまり健康とは言えない様子…。つきましては、婚約の解消をお願いします」

「なっ!?」


 私の申し出にシュバルツ王子はひときわ高い声を上げた。周囲もざわめき始める。ここで、私はさらに一手を付け加えた。


「…それに、聞くところによれば既に王子には跡継ぎが居られるとか。であれば、跡継ぎを宿していない私が婚約者のままではむしろ不都合がございましょう?」


 そう言って背後の令嬢たちを見やる。彼女らも私の申し出を意外に思って驚きを浮かべているが、何人かは黒い笑みを浮かべている。当然ね、正式な婚約者である私が婚約者から退けば、このままでは側妃や愛妾といった地位になるしかなかった彼女たちに、正妃という座が見えてくるのだから。

 よし、はからずも彼女らの存在が婚約解消への後押しになるかもしれない。


 私の言葉にさらに周囲のざわめきが大きくなる。このまま婚約を解消すれば今度は誰が王妃になるのかと社交界は大混乱になるかもしれない。…が、私にはもう関係の無いことだ。そもそももうすでに混乱してますし?


「王子、この者の言う通りです。婚約を解消いたしましょう」


 予想通り、令嬢の一人が王子にそう話しかけてきた。そして、あわよくばそのまま自分が王妃に…と考えているでしょう。いいぞ、さぁどんどん押し込め!


「ふざけるな!」


 しかし、そこに予想外の怒声が響いた。

シュバルツ王子だ。えっ、ふざけるなって何がですか?


「アリスは私の婚約者だ。解消などしない!」


 そう言い、伸びてきた手が私の腕を掴んだ。


「いっ!」


 その力が思った以上に強く、掴まれた腕に痛みが走った。離して!と言おうとシュバルツ王子を見ると、その碧眼と目があった。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴が零れた。シュバルツ王子の眼。その眼が、今まで見たことがない眼をしていた。こんなにも私をまっすぐ見てきたことがあっただろうか?いやそんなものじゃない。その眼に込められた感情……熱。情動。そして……まさか、これは……劣情?

 いや、そんなわけない。シュバルツ王子が私をそういう対象として見るわけがない。けど頭ではどんなにそれを否定しようと、私の女としての本能がそれを肯定する。そう見られている。対象となっている。だから…恐怖したのだ、と。


 体が震え、思うように動かない。それが分かっているのかいないのか、シュバルツ王子は強くつかんだ私の腕を強引に引き寄せた。それに踏ん張ることもできず、思わずシュバルツ王子の胸に飛び込む形になってしまった。そしてすぐに顎に手を添えられ、無理やりに上を向かされる。そしてあの眼が、再びわたしの目に映る。


「俺の…ものだ…」


 そう、ぽつりと呟いたシュバルツ王子。その声が、どうしようもないほどに熱を帯びていて。その熱に、私は身を焦がされる恐怖を感じていた。

 そして、碧眼の瞳がゆっくりと近づいてくる。それ以上近づけばどうなるのか、分からないわけじゃないのに。それなのに体は動かない。動かしたいのに、離れたいのに、逃げたいのに…あの眼に見られているだけで何もできない。だから、私にできたのは…思うだけ。


(助けて……リア!)


「そこまでです、兄さま」


 寸でのところ、まさに私の唇とシュバルツ王子の唇が触れる直前。私の肩を掴んだリアの手で、シュバルツ王子以上の力でもって王子から引き剥がされた。今度はリアの胸に飛び込む形になってしまった。なのにどうしてだろう……どうしようもないほどに安心してしまったのは。


「リ……ア」


 安堵した気のゆるみが、愛称で呼んでしまった。けれどリアはそれに気を悪くした様子もなく、私を安堵させてくれる優しい笑みを向けてくれた。その笑みに、心が温かくなる。さっきは嫌なのに恐怖で身体が動かずもたれかかったままだった。けれど、今はもっとその温かさに浸っていたくて、自分の意思でもたれかかった。


「ジュリアン、何のつもりだ」


 邪魔をされたシュバルツ王子から険のある声が発せられる。しかし、その声を受けたリアは涼し気で、まるでシュバルツ王子から漂う陰険な気配をものともしない。


「何のつもりもなにも、嫌がる女性がいるなら助けてあげたい。ただそれだけですよ」

「嫌がるだと?何を言っている?」

「その程度のことにすら気づけないのですか?アリス嬢がどれほど嫌がっていたかわからないなんて……情けない兄さまだ」

「貴様!」


 ちょっと待ってねリア。助けてくれたのは嬉しいけど、なんでそんなに挑発してるの?あんまりやりすぎるとまずいんじゃない?

 そう思いもう一度リアの顔を見やると、笑顔は笑顔なんだけど背後に真っ黒な気配が漂っていた。……怒ってる?なんで?


「そもそも、兄さまとアリスの婚約は必要かい?既に兄さまには跡継ぎができてるんだろう?それとも、後ろの彼女たちは飾りかな?」

「それとこれとは別だ!」

「別ね……じゃあどうしてアリスと婚約するんだい?」

「アリスは俺のものだ。俺の女だ!」


 俺の女。

 その宣言に、どうしてか私はあの強烈な拒否感を再び感じていた。理由は分からない。シュバルツ王子に女として見られるのがそんなに嫌なの?それとも一方的だから?自分でも分からないその拒否感が気持ち悪くて、私はそっとリアの服の裾を握りしめていた。



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