15話
「…リス。アリス」
耳に響く自分の名を呼ぶ声。その声がこの1年でずいぶんと聞きなれてしまった声だと気付き、私は少しずつ眠りの世界からの脱出を始めた。
(もう…少し…)
どれくらい寝ていたのかはわからないけれど、タイミングが悪いのかまだ起きたくなかった。もう少し寝ていたい。そう思い、開きかけた瞼を再び閉じて…
「起きないならキスしちゃうよ?」
リアの言葉ではね起きた。
「おはようアリス」
「……………」
とんでもない言葉でたたき起こされたせいで頭が痛い。寝ている頭に、無理やり水をぶっかけられて目を覚まさせられればそこに穏やかな気持ちなどあるわけがない。というか眠い。その眠気に抗うことなく、私は再び瞼を閉じて…
「やっぱりキスが欲しいのかな?」
その言葉が耳元で囁かれたせいで今度こそ跳ね起きた。言葉だけじゃない、完全に油断しきった状態で耳を吐息でくすぐられると頭どころか全身が目を覚ました。咄嗟に声とは反対の方向に体が動く。だが、やはりそこは寝起きの頭。自分が今どんな状態だったのかまでは気がまわっていなかった。
「いたぁ!?」
いくら広い馬車とはいえ馬車は馬車。その車内のスペースは限られている。そのスペースに今まで横になっていたのに、そんな状態で下がれば頭をどこかにぶつけるのは必至。
「ぷっ。くくく……」
「っ~~!笑うなぁ!」
あ~もう寝起きから最悪なんですけど!?
最悪な起こされ方をしたから何事かと思えば、もう馬車は屋敷に着いていた。ああそりゃあ起こされるわね…起こし方は許さないけど。
リアのエスコートで馬車を降りれば、1年ぶりに見る家族や使用人たち。……その顔全てが「誰!?」という驚愕の表情に染まってる。
それからあの専属医に再度診てもらい、病気が完治した(という形の)お墨付きも貰った。聞いたところでは、専属医は両親には私が死に瀕する感染症の病を発症したとうそぶき、絶対に近づかないようにと吹聴していたようだ。だから両親含め誰も見舞いに来なかった。その機転には感謝しよう。痩せたのはその病気の副作用ということになっている。
診断も済んだ後は改めて両親との対面。…思い返せば、前世の記憶を取り戻してから両親と会うのはこれが初めて。まずは、突然の病気発症とそれによる王子の誕生会欠席の謝罪をすると、仕方がないことだと許してくれた。私の病気が完治したことを心から喜んでくれているその表情に良心がグサッと痛むけど、その表情は辛うじて抑え込んだ。
そして話は、今もって私の隣にいるリアの事。っていうか何で今もいるのよ?
当然ながら両親はリアが第二王子ジュリアンであることを知っている。その第二王子が、病気帰りの娘と一緒の馬車で来たもんだから、どうしたものかと困惑している。
するとリアは…
「アリス嬢の症例は極めてまれでして、助からないのがほとんどです。私は医学にも興味ありまして、父王に許可を頂き、死を覚悟して彼女の治療に当たらせてもらいました。結果として彼女は完治し、私もまた感染することなく治療を終えました。この事例は今後同じ病気に罹ったものたちの大きな助けとなるでしょう。このような機会を得られたことに感謝します」
わーお……よくもまぁそんな出まかせをペラペラと。いや、ある意味合ってる?病気というところを肥満に、治療を食事管理に変換すれば間違ってはいない。
無事にリアが一緒にいることの説明も終えたところで、その場は解散。と思ったら、私だけ部屋に戻っていいとのことで、リアと両親はそのまま話をすることになった。何の話?とも思ったけど、まぁリアは第二王子だし、両親も侯爵家だ。何か話があるのだろう。…近々断罪されて平民になる私には関係ない。そう思い込んで私は部屋に戻ることにした。
久々に顔を合わせる侍女の面々。今もって『これがあの?』と思ってる顔がありありと出てますけど。まぁ心情は理解できる。1年ぶりのクローゼットの中から出てきたドレス、全部もう着れないからね。もはや同一人物が着ていたとは思えないほどに。
そんなわけで早速始まるドレスの手直し。手持ちにはサーリアが調整してくれたのが何着かあるけど、それでは足りないだろうからと侍女の面々は大忙しだ。…でもまぁあと二週間で私、ここからいなくなるし、不要じゃない?とも思ったけど、新しく作るよりはマシだと思うことにした。
そしていよいよ運命の日。シュバルツ王子の誕生日を迎えた。その誕生を祝う、豪華な宴が催される。
1年前には逃げた断罪の日がついに訪れた。今日が私が令嬢としての人生を終える日…その日になれば、今後への不安から緊張がピークに達する。そう思っていたのに。
私はある一着のドレスを前に困惑を隠せずにいた。
「……ごめんなさい、もう一度言ってもらえるかしら?…これは、どなたから?」
「ジュリアン王子からでございます」
告げられたその名に口元が引きつった。
リアから贈られたというそのドレスは、淡い水色の生地を基調に、上半身部分はワンピースのように華美な装飾を押さえつつ、スカート部分はタップリのフリルで彩られている。しかしながらところどころに金の装飾が施され、それ自体が目立つよりも光を反射し、あたかも白波を立てる海のきらめきを思わせる。 ワンピース部分は肩から先はむき出しだが他は首元まで覆っている。胸元や背中をむき出しにするドレスが流行っている中で、ある意味そういったところを隠すデザインは嫌いじゃない。
いろいろと言いたいことはある。だけど、今一番言いたいことは一つ。
「なんでピッタリなのかしら…?」
念のためにと試着してみれば、これ以上ないほどにぴったりだった。ワンピース部分はかつてないほどフィットし、私の身体のラインをそのまま映し出している。あまりにそのままなのはちょっと恥ずかしい。
わずかな生地の余りも不足も無い。まさしく『今の』私のサイズ…いや体型にあつらえたドレス。だからこそおかしい。
何故なら私はこの1年、身体のサイズを計らせたことがないのだから。サーリアが服の手直しをしてくれていたというのは後から知ったことだけど、何故後からなのかと言えば計られたことがないから。つまり、サーリアは目測で服の手直しをしていたというのだ。スゴイ。
まぁそれはそれとして、つまり今の私の身体のサイズは誰も知らない。知るはずがない。なのに、この用意されたドレスはその私にピッタリなのである。疑問に思わないわけがない。
それが、よりにもよってリアから贈られたドレスだからたちが悪い。そこから導き出される一つの結論は、いろんな意味で私を絶望の底へと叩き落とした。
(バレ…てる…!)
直接計られたことが無い以上、何かしら間接的に知られたはず。例えばサーリアが手直ししたワンピースからとか?それならこのドレスのメイン部分がワンピースタイプなのもうなずける。手直しされたワンピースから私の今の身体のサイズを間接的に測定し、それを元にドレスを作成。それならありえる。ありえるんだけど……いややっぱありえちゃいけないのよ!
そして、まだ言いたいこともある。
「…何故ジュリアン王子から私に?」
「それはなんとも…」
侍女にも分からないという風に首を傾げられた。まぁそりゃそうよね。今もって私の婚約者はシュバルツ王子であってジュリアン王子じゃない。…この状況下でこのドレス。このタイミングで、ということはまさしくこのドレスをいつ着るのかは決まり切っている。…断罪イベント。
いやダメでしょ!?いくら相手が婚約者の弟でも、ダメに決まってるから!生地のメインは私の髪色だとしても、この金の刺繍はリアの金の瞳を連想させかねない。絶対に着てはいけないやつだ。これを着て誕生会に現れようものなら、どんな糾弾をされるかわかったものじゃない。…と理性の声がささやく一方。
ドレスの生地に指を這わせ、スカートを指先でつまみ上げる。最高級品であろう生地の滑らかさは驚くほど。華美ではない装飾も、その細かさはまさしく職人芸だ。このドレスは、間違いなく私が今まで着てきたドレスの中でも最上級品と言ってもいい。それも、自分が望んだドレスじゃない。人から贈られたドレス。目を閉じればいつも笑みを絶やさない、リアの顔が浮かんだ。
その瞬間、何故か温まるものを感じた。どうしてかしら?リアには散々小ばかにされて弄ばれてきた記憶しかないのに、彼からの贈り物だと聞いてどうしてしまったんだろう?
脳裏に浮かぶのは、このドレスを着て彼にエスコートされる自分。どうせあと数日でシュバルツ王子の婚約は破棄され、貴族でもなくなる。リアと会うこともなくなるだろう。だったら、今だけこの温かい何かに浸るのもいい。想い、浸るだけならだれにも咎められない。その想いが本当は何なのかは、見ないことにする。
…とっくに分かってる。私がリアにどんな想いを抱いているかなんて。なんとも想わない相手にあれだけべたべた触れられて、不快に思わないわけがないのだから。だからこそ、想いは置いていく。私の立場とともに。断罪イベントですべてが終わる。
そう、終わるのだ。終わる…………
「…お嬢様、本当にそれを着ていかれるのですか?」
断罪イベント。という名のシュバルツ王子の誕生会。その誕生会に現婚約者である私は、屋敷で着々と準備を進めていた。そしてその会に参加するために私が着ているのは…リアが贈ってくれたドレス。
「ええ、いいのよ」
侍女は知っている。このドレスがジュリアン王子から贈られたものだと。だからこそ確認してくる。本当にそれを着るのか、と。私はためらいなく頷いた。何故か?
開き直ったからだ!
どうせ終わるんだから最後くらい好き勝手してやる!いや今までも結構散々好き勝手してきた気がするけど、だったら最後まで好き勝手すると決めた!
そうだ、ちょっと考えればそもそもシュバルツ王子の方が他の令嬢に手を出し(しかも5人)、孕ませてすらいる。そんな状況で私がその王子の弟から贈られたドレスを着ている。もはやカオスに混沌を混ぜ込んだ、とんでも状況。ここまで収集付かなくなれば、たとえ断罪イベントがあろうとも、一方的に糾弾されることはないはずだ。いやむしろ利は私にあるくらい?あれ、そう言えば私ってまだ婚約者だし、その状態で王子が他の令嬢に浮気しているわけだし、むしろ断罪をするのがこっち?
…うん、まぁ、それはいいや。それはそれで面倒になりそうだし、素直に断罪だけされましょ。
着替え終えた私は早速とばかりに馬車に乗り込む。シュバルツ王子?迎えになんて来たことありませんが何か?
そう、シュバルツ王子はただの一度でも私を迎えに来たことは無い。大抵舞踏会会場の入り口で私が待っているのが大半。というかほとんど。いや、そうじゃなかったときなんて…無かったわ。今更だけど、私も私で大概だったけど、王子も王子で大概よね。このままじゃ最悪の国王夫妻になりかねなかったし、むしろ断罪イベントは必然だった…?
そんなことを考えつつ、馬車は舞踏会会場である王宮に着いた。なにせ今日は王子の誕生会。当然場所は王宮である。相変わらず見事な装飾が施された門をくぐり、馬車が止まる。馭者がドアを開け、そこから一歩降り…ようとして差し出された手に体が止まった。
えっ、この手誰?馭者の手じゃないわよね?確か御者は紺のジャケットを着てたはず。けれど今見える手の袖は白。わずかに織り込まれた金糸が夜を照らすランプの光を受けて輝いている。その手の主を確認しようと顔を上げて…再び凍り付いた。
「待ってましたよ、アリス嬢」
そこには白いスーツを着こなし、一分の隙も無い完璧な貴公子然とした笑みを浮かべるリアがいた。これまで見てきた使用人としての態度や服装から一転、本来の王子としての態度と服装に切り換えたリアは、誰がどう見ても王子としての姿をしていた。
そのあまりの変貌ぶりに、あれこれ本当にあのリア?と疑いたくなってしまったのはしょうがないと思う。服が白いとか金糸が織り込んであるからとかじゃなくて、イメージ映像的にキラキラしてるんですけど?なにこれオーラ?やたらまぶしいはずなのに目を背けなくてもいいまぶしさって実在するのね。
「アリス嬢?」
いつまでも手を取らず、凍りっぱなしの私を不思議に思ってかリアは再度声を掛けてきた。その声に凍結が溶けた私は、リアの手に自分の手を……載せる前に現状確認することにした。
「…なぜジュリアン王子が?」
さすがにここは王宮。そこで『リア』などと愛称のような呼び名で呼んだら何が起きるか分からない。開き直ってはいるけど、だからといって余計な問題まで起こしたいわけじゃないのだ!…いや、リアから贈られたドレス着てる時点で大分問題なのはキニシナーイ。
「ドレス、着てくれたんですね」
私の問いを無視してリアは私の身に着けているドレスに視線を映した。その顔が、完璧な笑みから少し眉尻を下げた微笑みに変わる。本当に心から嬉しそうに。その微笑みに何故か私は顔が赤くなるのを感じた。
どうしてか顔の火照りが収まらず、私はつい顔を横に逸らした。すると、フフッと笑い声が聞こえてくる。くそう、笑いやがってぇ…!
そうしてまごまごしていると、不意にぐっと引き寄せられた。
「きゃっ!?」
転ぶ!と思ったのも一瞬、相変わらずの細くも逞しい腕が私をしっかりと抱き上げている。そしてすぐさま地面へと下した。
「な、何するのよ!」
「あれ、違った?てっきりこうして降ろしてほしいのかと思ったんだけど」
「そんなわけないでしょ!」
「だってすぐに私の手を取らないから、ね」
今度は悪戯っ子のような笑みを浮かべて私を見やる。絶対わざとですねわかります。会うたびこうして揶揄ってくるのだから、ほんとやってられないわ。
「それじゃあお姫様」
再びリアが手を差し出す。その手を見て…私はその手を払いのけた。
「アリス?」
「…私は、シュバルツ王子の婚約者よ」
それは、例えその王子の弟であっても同じ。婚約者以外の異性の手をとってはならない。いや、どうせ断罪されるだけな私には今更醜聞も何もあったもんじゃない。開き直ったのだからもっと好き勝手してもいいのかもしれない。でも…その好き勝手に、リアを巻き込みたくなかった。
リアは第二王子。断罪され、貴族としての生命が絶たれる私と違い、彼にはこれからがある。そのこれからに、私という醜聞の塊との関わりをわざわざ知らしめる必要はないはず。
私とこれ以上関わらない方がいい。まして、これから断罪という一大イベントが控えているこの時は。そう思い、私はリアの手は取らず、一人舞踏会会場へと向かう。…が、いきなり掴まれた腕につんのめり、危うく転びかけてしまいそうになった。
「何す…!」
「アリス」
腕を掴んだであろう犯人を睨みつけようと振り向いたら、そこには間近に迫ったリアの顔があった。それも真顔。微笑みのほの字も無い、かつて見たことがないほどに真面目な顔。
綺麗な顔が真面目顔してるとプレッシャーがすごいんだけど!?えっ、なに、今って私が怒るところじゃないの?怒っていいところよね?転びかけたんだしいいはずよね?なのにどうして私が怒られてるような気分にならなくちゃいけないの?っていうか顔が近い!リアの黄金の瞳に私が映ってるのがわかるくらい近いんだけど!
いきなりのリアの変貌についていけない。今のやり取りのどこに彼がこんな表情をする原因があったのか、それすら分からない。
「私がいる」
「えっ?」
「君は…一人じゃない」
「………」
リアの言葉に疑問符を浮かべる私。えっ、いや……えっ?言ってる意味がよくわかりません。一人じゃないって?どういうこと?
きょとんとしてしまった私に、リアは真顔を解いて苦笑を浮かべた。
「ほんと君って、余計な気を遣う割には鈍いよね」
うん、さっきのはよくわからなかったけど今のはよく分かったわ。けなしてるわよね?馬鹿にしてるわよね?ええ、そうに違いないわ。というわけで仕返し決行!
「いひゃいんひゃへほ」
「痛くしてるのよ」
リアのほっぺをつまんで引っ張ってみた。ナニコレすっごい肌すべすべ。なんかむかつく。男のくせに。
ぐにぐに引っ張ってたら手を叩き落とされた。痛くは無かったけど。そしたら今度は私のほっぺたがリアに摘ままれた。
「いひゃい」
「おあいこだよ」
いやおあいこじゃないし!私のは正当な仕返しだし!理不尽なおあいこにリアを睨みつけてやるも、全然堪えてない様子。というかこれ以上摘まんだままだとほっぺた赤くなる!
「はなへ!」
「うん、私の気が済んだからいいよ」
ようやく解放されたほっぺたをさする。赤くなってないわよね?
「じゃあ行こうか」
さっきまで私のほっぺたをいじめてた手が、今度は私の手を取り、強引に引っ張っていく。
「はなっ」
「さないよ?」
言葉通り、私の手を掴むリアの手は、優しく掴まれているはずなのにその実全然外せそうになかった。強い力で掴まれてるわけじゃないのに、抜けだす隙はどこにもない。
このままではリアと一緒に舞踏会会場に入ってしまう…!そうなればもう言い逃れはできない。だから道すがら何度も手を振って振り放そうとするのに、リアは決して放そうとしてくれない。
そうして私の抵抗むなしく、リアにエスコートされた状態で会場入りしてしまった。
既に会場には沢山の貴族たちが入り乱れ、女たちは美しい色とりどりのドレスで着飾り、男たちはスタイルのいいスーツをピシッと着こなしている。夜のはずなのに昼のごとき明るさを提供するシャンデリアは爛々と輝き、会場のわずかな闇も許さないと光を放つ。テーブルに並べられた立食用の料理はどれもが贅沢。
そんな中、第二王子が会場入りしたということもあって、周囲の貴族たちの視線が一気に集まってくる。
(終わった……いや終わるのはこれからなんだけど…)
まだ婚約者がいる状態なのに、リアのエスコートでの会場入り。これじゃあもう何も言い逃れはできない。そう思い顔を俯かせていると、自然と周囲の声も耳に入ってくる。
「ジュリアン王子だわ。それに……あれは誰?」
「初めてみる顔だな。……美しい」
「あんな方いたかしら?しかもジュリアン王子にエスコートされて…まさかジュリアン王
子の婚約者?」
いろいろな声が耳に入ってくるんだけれど、そのどれもに言えることがあった。
……皆さん、私が誰だか忘れてらっしゃいますね?1年社交界から遠ざかっていただけでこれですか。一応は王子の婚約者なのにこんなに存在感薄かったんですねー、アハハ…
と、聞こえる声にがっくり項垂れていると、頭の上からくすくすと笑い声が聞こえてきた。誰の笑い声かはすぐわかりますけど…
「…何笑ってるんですか」
「なんだかがっかりしてる君の様子が可笑しくて」
「………ええそうですよ。1年いなかっただけで忘れ去られるほど存在感無かったんだなって落ち込んでるんです。ほっといて…」
「それは違うよ?」
「はい?」
違うって何が?顔を上げると、これまたリアのまぶしい笑顔。あ、なんか(私にとって)嫌なことを考えてますね?
「アリスが変わり過ぎて誰だか気づいてないってことだよ」
「えっ?ああ、そう……」
「あれ、なんだかご不満?」
いや、そう言われてもですね?変わりすぎて気づかれないってのもなんだか微妙なんですよ?
「ふふっ、これは楽しみだね」
何を楽しそうにしてるんですかねこの人は。リアが楽しそうにしてると私には碌な事が起きないってのはこの1年で学習済みですから。ああ、早く逃げたい…断罪されてこの場からさよならしたいわ~…
そうしてリアに付き添われた状態のまま、その時を待つ。リアの知り合いと思われる貴族の令息たちに何人か話しかけられ、誰なんだ?と問われる。しかしリアが先んじて「秘密だよ」と言ってしまい、私はことごとく自己紹介する機会を失った。…絶対にこの男、ろくなこと考えてない。
そうしているうちに入り口が俄かに騒がしくなった。来た時よりも混んでいたため、私の位置からは誰が来たのかは見えない。しかしリアは察したようで、顔に浮かべていた笑みにどす黒さが滲み始めていた。うん、この顔は見るのやめよう。精神衛生上よろしくない。
「来たよ。君の待ち人が」
「…私の、待ち人…」
私の待ち人。それに該当するのは一人しかいない。ついに来たんだと体が強張る。その時が近づいているのが分かる。覚悟は決めてきた。開き直ったつもりだ。それでもいざその時が近づくと、緊張が走る。
「兄さま…シュバルツ王子の登場だ」
※誤字報告ありがとうございます。