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13話

 家庭教師となるべく、特訓の日々が続いた。


「はい、ワンツー、ワンツー」

「わん、つー…わん、つー…」

「…もうちょっと軽やかに踊ってくれない?」

「分かってるわよ!私が一番そんなの分かってるのよ!」


 リアの容赦ないツッコミに私、涙目。そんな簡単に出来たら苦労しないわよ。しかも履きなれてないハイヒールだからただでさえ歩きづらいのに、それに慣れてない動きをしようものなら尚更。これで涙目になるなという方が無理だ。というか、踊る以前の、ステップすらまだ満足にできてないっての。


「じゃあもう一度見せるよ?」


 そう言ってリアは軽やかにステップを刻む。……というか今更の疑問。


「…なんであなた、女性のマナーを熟知してるの?」


 そもそもリアが教えると言った時点で疑問に思うべきことだった。当たり前のようにリアが教えるといったから疑問の余地を挟む暇すらなかったけど、改めて思えば奇妙な話だ。少なくとも、自分が振舞う性別とは異なるマナーを熟知している…ということが当たり前とは思えない。

 しかしそこで私は思い出した。そう、リアには何らかの事情がある。そして、今もまた女性用のドレスを颯爽と着こなしている。…かつてリアは否定したけれど、あれは実は対外向けのポーズで実は…


「やっぱりあなた!実は心は乙女…」

「それ以上はいけないよ?」


 あれ?いつの間にかリアが目の前に。しかも笑顔を浮かべているのに背後は黒い…を通り越してどす黒い。プレッシャーがやばいです。笑顔の圧力ってすごい。今度は別の意味で涙目です私。正直言います怖いです。ハイヒール履いて少し視点は高くなったはずなのに見下ろされてる感が半端ない。そういえばリアもハイヒール履いてるし、身長差は変わってないか。

 いつの間にか顎に手を添えられて上向かされてます。おかしいな、こういうことされるのって結構ときめく状況だと思うんだけど、このドキドキ、絶対別の意味になってるよね?心ときめく状況では断じてないね。むしろ心メキメキ?あ、ダメそれ以上近づかないで。触れちゃダメなとこ触れそうで怖いけど、純粋に恐怖です本当にごめんなさい。


「アリス、改めて聞こう。私の性別は?」

「ミモココロモオトコデース」

「よろしい」


 私の答えに満足したのか、顎から手は離れ、あのどす黒いプレッシャーも消えていた。

 リアが離れた途端、脚にも腰にも力が入らずハイヒールのバランスもとれなくなった私は床に座り込んでしまった。


「ごめん、少し怖がらせてしまったね」


 そう言ってリアは手を差し出してきた。その背後に黒いものは無い。それが分かって一安心した私は、その手に自分の手を乗せた。

 載せた手が掴まれ、そのまま引っ張り上げ…られる前に反対の手がさらっと私の腰に回される。そのまま腰を掴む手にグッと力が入り、同時に手も引っ張られ、持ち上げるように立たされた。


「ひゃっ!」

「おっと」


 そんな強引な立ち上げられ方をされて、慣れないハイヒールですぐにバランスが取れるはずもなく、そのまま私はリアの胸に飛び込む形になってしまった。見た目にはドレスを着ている女装野郎…だとしても、そのドレスの下にはしっかり男の身体があるわけで…。あ、またドキドキしてきた。もちろんさっきとは別の意味で、ですよ?というかこのドキドキは私が感じちゃまずいドキドキなわけで。


「大丈夫?ちゃんと立てるかな?」


 リアの胸の中に収まる形になってしまったこの状況で、リアが喋ればその声はもう間近で聞こえるわけですよ。というか耳元。あ、なんか脳内に響いてこれはやばいですわ。別の意味で力抜ける。離れないとまずいのに離れる力が抜けてくんですけどどうしてくれるんですか!?


「え、ええ、た、たたた立てるわ!」

「…どう聞いても立てそうには聞こえないけど、じゃあはい立って」


 少し呆れ気味にリアに言われたけど、言われなくたって立って見せるわ!

 ふんすと気合を入れて二本の脚で立って見せた。どうだ!と言わんばかりにリアの顔を見やれば、とてもかわいそうな子を見るような目で見られた。何故?



 そうしてその後も続くマナーと教養とダンスのレッスン。

 そして、戻る期限…王子の誕生日まであと一月となったころ。

 その頃になると、徐々にリアの顔が険しいものに変わっていった。とはいえそれは表情だけで、私や使用人と接するときは何も変わらない。言葉遣いも口調も。

 しかしそんな表情で教えを受ける側としては精神にひびが入りそう。っていうか入りかけてる。いやー、普段にこやかな人が途端に顔を険しくさせると破壊力抜群ね。もちろん悪い意味で。順調なはずのレッスンなのに、どこか悪いところが、気になるところがあるんじゃないかって勝手に気にしてしまう。そうなると、やっぱりいつもの成果が出せなくて…


「っつ!」

「あ、ご、ごめん…なさい」


 今はダンスのレッスンの最中。それも佳境に入って実際にペアを組んでの実践中だ。

 リアは今はちゃんと男性の衣装として白いシャツに黒のスラックスとジャケットを着ている。もちろん踊るのも男性のパートだ。私もそれに合わせて、少し盛装に近いドレスを着ている。本当は動きやすいワンピースにしたいのに、「少しは本番の気持ちで練習しないと」とリアに押し切られてしまった。

 最初こそ、初めて異性と手をつないだせいで変な汗と動悸がして、それをリアに散々からかわれてさらに汗を掻くという悪循環だった。少なくとも、その時はリアは笑顔だった。

 にもかかわらず、今は目の前に険しい顔のリアがいるせいで余計な汗と動悸がする。そうして落ち着かない心は、踏み慣れたはずのステップを簡単に間違ってしまった。間違えた足がリアの足を踏んづけてしまった。


「いや、大丈夫だよ」


 そうはいっても険しい顔はそのまま。どうみても大丈夫とはいいがたいし、そんな表情で見られっぱなしではこっちが大丈夫じゃない。というか無理。

 私はダンスの途中だったけどステップを踏むのをやめて、つないだ手を離した。


「アリス?」


 訝し気にこちらを見るリアは変わらず険しい顔のまま。正直怖いけど、このままじゃいけないと思った。だから、私は意を決して口を開いた。


「無理」

「えっ?」

「そんな顔されて……ダンスなんて踊れない」


 私の言葉に驚いたのか、リアは自分の顔をぺたぺたと触り始めた。


「……そんな顔って。私はどんな顔してた?」


 まさかの自覚無し?そのまま顔の皮膚を引っ張ってぐにぐに弄り始める。険しい顔のままそんなことをするものだから結構変な顔になってるけど、元が険しいままで怖いから笑うに笑えない。あの顔で本気で怒られたら再起不能になりそうです、はい。


「こーんな顔よ」


 それでもなんとかリアにそんな表情をしてほしくなくて、私は精一杯自分の顔でリアの顔を表現してみた。私の顔を見たリアは、突然プッと噴き出し、笑い始めた。


「ちょっと!何で笑うのよ!?」

「いやごめん。私がそんな顔してたんだ、って思うよりアリスのその顔の方が面白くて」


 ああそうですか、私の顔が変で面白いですか。フンだ!

 でも、リアの顔からはやっとあの険しさが消えていた。うん、やっぱりリアは微笑んでいる方が……微笑んでいる方が、何?

 自分の思考の答えに体が強張りかけたとき、いつもの微笑みに戻ったリアは勝手に私の手を取った。


「じゃあこの顔で……一緒にダンスを踊っていただけますか、お嬢様?」

「…ええ、いいわ」





「…で、なんであんな顔をしていたの?」


 ダンスのレッスンも終わり、ソファーで並んで座って休憩中。そんな時に私は思い切って聞いてみた。正直リアのことは未だに謎が多すぎて全く予想がつかない。今も最初に木の下で出会ったことは聞けずにいるし、使用人らしからぬ振る舞いに突っ込むこともできないでいる。そこに何らかの事情があるのは仕方ないとしても、せめてあんな表情をしている理由くらいは知りたかった。


「そう……だね」


 ハーブ水を一口含んだリアはそのまま考え込んでしまった。おそらく、何を話していいのか考えているのだろう。以前リアは、私の記憶含めた話をしたときすら自分のことは語らなかった。けれど今はその時と違って何かを話そうとはしてくれている。ただそれだけでも嬉しかった。


「…もうすでに社交界でも広まっている話だし、このくらいはいいかな」


 社交界で広まっている?もう有名な話ってことよね?でも、いずれ断罪されて庶民堕ちする私にはあまり社交界のことは関係あるとは思えない。貴族と庶民は住む世界が違う。関わるということはもうないと思う。

 とはいえ、それがリアを険しい顔にさせている一因だとしたら気になる。私は続きを促した。


「うん、教えて頂戴」

「…………じゃあ言うね」


 あえて一拍置いたリアは、その口を重そうに開いた。それだけで、実はとんでもない話なのかと身構えてしまう。


「シュバルツ王子が……アリス以外の女性を妊娠させたんだ」

「………はぁ?」


 その話の中身が、あまりにぶっ飛んでいたせいで変な声が出た。えっ?シュバルツ王子が?私以外…つまり婚約者以外の女性を妊娠…?それってとんでもなさすぎない?

 完全に思考停止で頭が真っ白になっている私に、更なる爆弾が投下された。


「しかも……複数」

「…………」


 驚き過ぎると口がふさがらないって聞くけど、まさか自分がそうなるとは思わなかった。

 

 シュバルツ王子。この国の次代の国王にして、私の婚約者。断罪イベントにて私を断罪する人だ。品行方正で優秀ではあるみたいだけど、はっきりいえば本当にそうなのかは私は知らない。私は本当に王妃の座にしか興味が無かったから、王子がどんな人間なのかなんて全然知らない。それこそ、王子なんて私が王妃になるための踏み台程度にしか考えていない屑っぷりを発揮してたから。

 まぁそんな屑とはいえ家同士で決めた婚約。簡単に王子が屑を拒否できるわけでもなく…あ、自分で屑って言ってて悲しくなった…、婚約を決めてから今に至っている。

 あれ?そう言えば断罪後ってどうなったかしら?断罪後に私がどうなるのかしか考えていなかったから、王子やそれ以外の人たちのことなんてまるで考えていなかった。

 ちょっと待って、これ大丈夫かしら?このままで大丈夫?なんか私の予想とはとんでもない方向になってるようですごい怖いんだけど。別の意味で断罪イベント行きたくない。いやむしろ断罪イベントなんかなくていいからこのまま庶民暮らしに移行したい。そんなとんでもない状況になってる社交界に一時でも戻りたくないです。


「それって……どうなの?」


 ものすごい曖昧に聞いてしまったけど、もうどこから突っ込めばいいのかすら分からない。むしろ聞いたことを若干後悔してる。知らずに断罪イベント実行されて、何も知らないまま庶民堕ちした方がずっと平和だったに違いない。

 いやまだ大丈夫。断罪イベントさえ行われれば庶民堕ちが確定。しかも、既に王子が他の令嬢に手を出してるって、見方によってはむしろ好都合じゃないかしら?だって、王妃の役目の一つである、世継ぎを生むことが半ば達成されてむしろ私お役御免って感じ?逆にこの状況で私を王妃にする流れのままにしようとすれば、既に王子の子を宿した家との諍いが起きるのが目に見える。…それも複数。この状況では、婚約者とは名ばかりで王子の子を宿していない私の存在価値なんて不要だといってもいいはずだわ。


「…はっきり言えば、どの令嬢が王妃になるのかで社交界は荒れに荒れている。一番有力視されているのはガスト公爵家のリリィ嬢だね」


 うわぁ…公爵家のご令嬢に手を出したんかい王子。あ、もちろんもともとリリィ様は王子の婚約者になろうとあれこれ仕掛けていた方だったんで、私しっかり嫌がらせしておりました。……あ、これやばいやつやん。未来の王妃に嫌がらせしてたってすっごいやばい。変な汗出てきた。あ、やっぱり断罪イベント行きたくない。


「他にメギド伯爵家のシルビア嬢」


 あれ?リリィ様とシルビア様って、確かとんでもない犬猿の仲だったような。家格としてはリリィ様の方が上だけど、能力や美しさだとシルビア様の方が人気が高いのよね。そのせいで余計に面倒くさくなってた気がするけど。ただその二人も、共通の敵である私を前にすればお互いへの矛を収め、団結して私に牙をむいていた。ええ、もちろんシルビア様にもしっかり嫌がらせはしておりましたとも。ああ、ますますやばい…


「他に…」

「まだいるの!?」


 リアが指折り数え始めたのを見て、声を上げるのは仕方ないと思う。その後も出るわ出るわご令嬢の名前が。

 結果、シュバルツ王子は5人の令嬢を孕ませていたことが判明した。しかも最悪なことにほぼ同時期に。このままでは、5人の跡継ぎが一斉に生まれかねないという事態。……そもそもまだシュバルツ王子、王太子に任命されてませんけどね。ないとは思いますが…というか思いたくないけど、国王にならなかったらもっととんでもないことに…

 

「うわぁ……」


 想像するだけで恐ろしく、頭を抱えてしまう。なるほど、これはリアが険しい顔になるのもうなずける。未だ婚約者がいる状態で余所の令嬢に手を出し、あまつさえ孕ませる。それも5人。さらに面倒なのがどの令嬢の家もそれなりの家格と権威があるというところ。

 次代の国王の世継ぎを輩出した名家という栄誉が掛かっている。どの家もそう簡単に引き下がるとは思えない。それぞれの家も派閥を持っている…多分。よく知らないけど。となれば、派閥同士の争い…それはもはや内乱というのでは…。

 えっ、ナニコレ、私が逃げたせい?私が逃げて状況が変わったからこんなことになったの?


「アリスのせいじゃないよ。あ……王子の節操のなさが招いた自業自得さ」

「……ありがとう」


 リアの慰めが心に響く。確かに私が逃げて本来のゲームの状況と変わった気はするけど、だからといって5人もの令嬢に手を出すというのはそもそも人の倫理からずれている。ずれまくってる。っていうかお盛んですね。スゴイスゴイ…。万が一…いや、億が一でもそのまま王妃となってたら、5人もの令嬢に手を出すような王子の愛を受け止めなくちゃならなかったってこと?うん、無理。むしろその愛が他に向かってくれたことに今は感謝しておこう。

 …そして、ふと私はあることを思いだした。その思い出したことを整理していると、つい隣にいる存在が気になった。記憶の端の端っこにわずかに残るそれ。その面影が、今の彼には良く重なる。


「身内としては大変ね」

「そうだね。でもこれをなんとかしないと国が…」


 そこまで言ってリアが固まった。

 ありがとう、引っ掛かってくれて。でも、これは普段のリアなら絶対出さないボロ。こんな簡単な誘導尋問に引っ掛かるくらい、今の彼……ジュリアン第二王子は悩んでいるということだから。


「そういうこと…なのね?」


 私が問えば、リア…ジュリアン王子は乾いた笑いを浮かべながらうなずいた。

 ジュリアン第二王子。私の婚約者であるシュバルツ王子の実弟。この国の王位継承権第二位であり、れっきとした王族だ。シュバルツ王子と違い、ジュリアン王子は王妃似。髪の色も瞳の色も違う。ただ顔の輪郭は陛下似。だからどこかで見たような印象があった。

 ジュリアン王子との邂逅は一度あるかないか。そもそも婚約者であるシュバルツ王子とすらまともに交流をしていなかったのに、その弟であるジュリアン王子と交流があるわけがない。だから、私は今に至るまで目の前にいるのはジュリアン王子とは気づかなかった。もちろん、屋敷の使用人のみんなも、こんな僻地で王都にでることはないから、ジュリアン王子の容貌を知らない。だから、誰もジュリアン王子とは気づかなかった。


「…君って結構馬鹿っぽいから気づかないと思ってたのに」

「さらっと馬鹿って言った!ひどい!」


 勝手にバカ扱いしないでよ!まぁ気づいたのは今だからバカ扱いされても仕方ないかもだけど。というか、目の前にいるのが王子だと分かると、疑問が山のように出てくる。どうやってここのシェフ募集に応募したの?とか。そもそも王子がこんなところにいていいの?とか。なんで料理できるの?とか。ここに王子がいるって一体誰が知ってるの?とか。

 ……まぁそれら疑問は今は置いておこう。今は……


「…だって、兄さまの婚約者なんだよ?その弟ってすぐ気づくと思わない?なのに全然気づかないからさ。それじゃあ馬鹿って思っても仕方なくない?」

「……そうね。全然気づかなかったわ」


 それを言われるとぐうの音も出ないわぁ… だって王位継承権第二位なんて興味なかったし?第一位であるシュバルツ王子以外は眼中になかった。……のが過去の私。

 ああ、だから王妃の家系の出であると最初に紹介したのね。なるほど納得。


「あ、ここにアリスがいることを知ってるのは母様…王妃だけだよ。陛下も兄さまも知らないから安心していいよ」

「王妃様は知ってるのね」


 王妃様は知ってるのか。でも、シュバルツ王子はともかく陛下も知らない?それっていいの?


「…そもそもあなた、ここにいていいの?」


 今更王子と分かったところで、色々変えるのも面倒だしで今まで通り話しかける。それにジュリアン王子…いや、リアは気にせず答えてくれる。


「いいのさ。元々私は王位に興味はないし、政務にも関わってない。そのおかげで兄さまにも陛下にも白い目で見られてるからね。王族の生まれではあるけれど、正直王族であることに誇りを持ったことは無い。ただの変わり者だよ」


 まぁ確かに変わり者でもなければ、ただの使用人に扮するなんてできるはずもない。それも腕利きのシェフなんて相当な変わり者だ。

 でも、そんな変わり者の彼ですらも、自分の兄の作った状況はさすがにまずいと感じている。王位に興味は無くても、このままではとんでもない事態になるという予測を立てる程度には危惧している。


「変わり者でも心配はするのね」

「兄さまが優秀だからね。アリス一人を婚約者として迎えて何も問題なく王位を継ぐと思っていたから。でも、最近そんな自分の見方が間違っていたのかなって後悔してる」


 確かにシュバルツ王子は優秀だ。政治にもしっかり携わり、内容次第では自らが指揮を執る。民からの意見を吸い上げる度量の深さもあるし、だからこそ私はこの人が王になると疑わなかった。疑わなかったけど…いや、これこそまさしく『英雄色を好む』ってやつかしら?優秀でできる人だけど、同時に女性にも節操が無いって言うのは…


「その状況でシュバルツ王子はどうしてるの?」


 聞いた限りでは令嬢側に一服盛られたとか、そういう事態ではないっぽい。となれば、王子自らが手を出したということになる。…優秀なはずのシュバルツ王子が、複数の令嬢に手を出した。まさか孕むとは思っていなかった?いや、その程度の予測すらできないほど愚かではない…と思いたい。いや、そもそもシュバルツ王子はどうして今になってそんなことを仕出かしてしまったの?それが分からない。


「それが……」


 リアの表情が苦悩に歪み、言葉に詰まっている。えっ、ナニコレ相当やばいってことかしら?


「『問題ない』の一点張り……」


 どう考えたって問題あるでしょー!?問題ない!?大ありだわあのポンコツ!

 未婚の王子が、婚約者がいるのに、5人もの令嬢に手を出し、全員孕んだ。うん、問題しかない。



 ……ああ、もう、うん、あれね。私、関わらない方がいいわね。これ。むしろ関わるととんでもないことになる未来しか見えない。よし、切り替えて断罪後の人生を考えましょう。国の将来?ワタシワカンナーイ。


「ガンバッテネ、リア」

「何言ってるの?君も十分関係者だからね?」

「ワタシ、ダンザイサレテショミンデスカラ」

「まだ断罪されてないし、むしろ社交界は君を王妃にした方がマシという世論だからね?」


 リアの言葉に私は目を見開いた。えっ、うそでしょ?貴族の教養の欠片も無い私を王妃にした方がマシって、そんなにやばいの?


「仮に5人の跡継ぎが生まれたとして、そのうちの誰かが国王になればその家は王を輩出した家になる。それを狙い、5人の王子で血で血を洗う争いになるだろうね。でも、その5人とは無関係の君が王妃となり、さらに子を作らず全員をアリスの養子にして実母と家との関係を切れば、すくなくともそこまで血みどろの関係にはならない…そうしたほうがまだましだって考えさ」


 なんだか私の扱いがいろいろひどい気がするけど、このままだともっとひどくなりそうなのは目に見えてるのねー。あははー……はぁ。こんなことならさっさと断罪されておけば、まだマシな将来だったかも…


「でも……多分それはもう無理だね」

「うん?」


 何、無理って?


「だって…」


 そう言うとリアは私の方を見つめる。その瞳はなんだか熱を帯びているようで…


「アリスがこんなにも魅力的になってしまったからね。兄さまが手を出さないはずがない」

「えっ」


 リアの言葉に色々な意味で固まる私。魅力的?手を出さないはずがない?いやちょっと待って。なんだかこう……言いようのない悪寒が走ったんだけどこれ何?

 記憶にあるシュバルツ王子。その王子の背後には、王子の子を宿した令嬢たちが膨らんだお腹を大事そうにさすっている。その王子が、今度は私に手を……


「アリス、大丈夫?」

「えっ?」

「顔、真っ青だよ?」


 いつの間にかリアの手が背に回り、背中をさすってくれていた。…寒い訳じゃないのに、身体の震えが止まらない。なんで?どうして?震えを押さえたくて両腕で自分の身体を抱きしめるけれど、それでも震えは収まらない。


「やだ……」

「…アリス?」


 私は何を…恐れているの?次代の国王で、優秀で、政務もこなす。王妃になるために利用するはずだったシュバルツ王子。その王子が、私に手を出す…そう考えただけで震えが止まらない。これは恐れているの?それとも… 震えの理由が分からない。けれど、これだけははっきり言えた。


「シュバルツ王子に…抱かれたくない」


 それだけが、今出せる唯一の答え。何故なのかは分からない。けど、はっきりと、シュバルツ王子に触れてほしくない。


「そう…か」


 それを聞いたリアはそれだけ答えた。すると、リアはいきなり立ち上がり、それまでの空気を吹き飛ばすような明るい声で話した。


「じゃあ確実に断罪されるよう、『悪役令嬢』になろうね」


 『悪役令嬢』。それは私のことであり、前世のことを話した折に少しだけリアに語ったものだ。それをあえてリアは口にした。

 そうだ、私は悪役令嬢なんだ。だから断罪されなくちゃならない。そして思い出した。悪役令嬢は、ただの無作法者じゃない。傲慢で、我がままで、でも令嬢としては完ぺきであると。今までの私は、ただの悪役だ。悪役『令嬢』じゃない。5人にも手を出したのならむしろ好都合。断罪されるための材料は数えきれないくらいに積みあがっている。その材料全てを見事に調理しきって断罪されてやるわ!そのために…


「ええ、悪役令嬢になってみせるわ。さぁリア、続きよ!」


 悪役令嬢たるもの、マナーも教養も完璧に。身体の震えは収まっていた。逆に今はやる気がみなぎっている。完璧な悪役令嬢になり、完璧に断罪され、完璧に庶民堕ちしてやる!練習再開よ!


「うんうん、その調子だ。そのほうがずっとアリスらしいよ」

「さぁ続きよ!レッスン再開だわ」


 そう言って私はリアに手を差し出した。

 

「それでいいよ。誰にも…兄さまにもアリスを渡す気は無いからね」

「リア?何か言った?」

「いや、何も?」


 何かリアが言った気がするけど…まぁ大したことじゃないんでしょうね。

 私はリアと手を取り、リアの口ずさむリズムに合わせてダンスの練習を再開した。



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