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12話

「……あ!」


 ドスンという音が響く。またしても本は私の頭から滑り落ちてしまった。もうすぐお昼。既にリアは昼食の準備のために部屋からは出ていってしまっている。…あの恰好で行ったのかしら?いくら使用人のみんながおおらかでもリアのあの恰好を見たら絶句すると思うけど。いや今はそこを気にしてる場合じゃない!


「も、もう一回…」

「アリス、できた?」


 今ノックも無しに扉開けたわね?遠慮なく扉を開けて顔をのぞかせたリア。……その恰好は部屋を出ていったときのまま。この人、ドレスのままで料理してきたの?


「…あなた、その恰好のままで行ったの?」

「ああうん、一人だと脱ぐの結構面倒だし。その代わりメニューは簡単なものだけど」


 そう言ってリアが持ってきたのはサンドイッチだった。何を挟んであるのか気になるけど、それどころじゃないのよ。頭に本を載せて歩けなかったらあれが食べられないんだから!


「じゃあ最終チェックと行こうか。頭に本を載せて部屋を一周。それができたらこのサンドイッチはアリスのものだよ」


 そんな餌に釣られる私じゃないわよ!と言いたいけれど、サンドイッチからいい匂いがしてきて否応なしに食欲を掻き立てられる。


(なんとしても部屋を一周して見せて、サンドイッチをゲットして見せるわ!)



 ドスン!

 …部屋に無情な音が響く。部屋の最初の角に差し掛かったところで、身体の向きを変えた直後、載せていた本が傾くのがわかった。とっさに手で押さえようとしたけどもう遅い。

 呆然と落ちた本を見つめるしかなかった。


(私の…お昼ご飯が……落ちた)


 落ちた本の示す先。それは……昼食抜き。

 ギギギとリアの方をそっと見上げると、難しい顔をして顎に手を当てていた。何かを考えてる?いや、もしかしたら今の瞬間を見ていなかったとか!?見ていなかったらセーフとか!?そんな一縷の望みに掛けて私は落ちた本を拾おうとして…


「一度落としたからもうアウトだよ」


 …しっかり見られてました。アウトだそうです。

 昼・食・抜・き・確・定。

 絶望のあまり膝から崩れ落ちた。食べられないサンドイッチからの匂いがこの時ばかりは恨めしい。ああ、スパイスのいい香りがぁ…


 キュルル~


 香りに刺激されたお腹は正直で…淑女にあるまじき音を響かせた私は羞恥で顔が真っ赤です。


「プッ」

「~~~~っ!!」


 当然それもしっかり聞かれてましたぁ!なに、なんなのこの拷問!私の食欲と羞恥を徹底的にいじめようとでもしてるの!?とんでもないいじめっ子じゃないの!

 もう恥ずかしさに恥ずかしさを掛け算したような気分を味あわされて私最悪。お昼ご飯抜きも確定して気分も最悪。そんな私の心情を表すかのように、再びお腹が鳴く。…もうやめて…


「…ふふっ。それじゃあお昼にしようかな」


 リアの言葉に、私はまさか?という思いで顔を上げた。テーブルにはリアの持ってきたサンドイッチが一皿分。ちょうど一人分だ。そのサンドイッチを一枚手に取ったリアは…


 自分で食べた。


「……ん、おいしいなぁ」


 ですよねー!!自分の分よねぇ!もしかしたらと思った私が馬鹿だったわよ!

 最大限の憎しみを込めて睨みつけてもリアは全然気にすることなく、一枚を食べ終えた。そして自分用に紅茶を淹れると、そのまま口を付ける。ここで私の我慢爆発。


「ここで食べるんじゃないわよ!なになんなの嫌がらせ!?最悪よ!あんたそれでも人の子!?情けが無いの?!人のお腹の音聞いといて平然と食べるんじゃないわよこの鬼畜!」


キュル~


 思いつく限りの罵声を投げかけた。その締めがまたお腹の音だっただけにほんとに泣きたい気分。


「ごめんごめん。ちょっとくらいは反省してほしかったんだけど」


 反省?いいえ、いじめです。


「分かったよ。ほら、こっちにおいで」

「えっ?」


 リアの言葉の意味が分からない。しかしリアの方は、自分の分とは別のカップに紅茶を淹れ始めた。それって……そういうこと?

 半信半疑のまま立ち上がった私は、テーブルへと歩み寄っていく。手招きするリアに誘われ、そのままソファーに座る。というか淑女を手招きするな。


「はい、アリス」


 そう言ってリアがサンドイッチをわざわざ手に取って渡してくる。別にわざわざ手渡しなんかしなくても…そう思ったけど、その好意は受け取っておくことにした。そのサンドイッチに手を伸ばし……サンドイッチが逃げた。リアがサンドイッチを上に上げたから。


「ちょっと」

「おいで、とは言ったけど食べていいとは言ってないよ?」

「………」


 うん、確かに言ってないわね。いや、じゃあ……何?今度は目の前で食べるつもり?今度こそ鬼畜の所業だわ!


「はい、あ~ん」

「………」


 一体何をやってるのかしらこの男は?何故そうなるのかしら?あ~んって…

 差し出された…いや、突き出されたサンドイッチを前に私の顔が引きつる。いやそうなってもおかしくないでしょ?こんなこと誰かにされた覚えなんかないっていうのに…

 ちらりとリアを見上げれば満面の笑み。……のようで、ちょっと黒いのが見えた。


「ちょっと歩けたけど、一周は歩けなかった。だから、これは罰ゲームだよ」


 ああそういうことですか。その黒いのはそういうことなのね。私を辱める罰ゲームなのね。わかったわよ、乗ってやろうじゃないその罰ゲームに。


「はい、あ~ん」

「あ~…隙あり!」


 突き出されたサンドイッチに口を開けて…と見せかけてテーブルに残るサンドイッチを奪取!あ~んに気を取られていたリアは私の真の狙いに気付かず、まんまと出し抜かれたというわけである。

 ニヤリと笑う私に、リアは唖然としていた。ふっ、油断大敵よ。


「ん~、美味しいわ」


 一口噛めばパンの柔らかでかつ小麦の芳醇な香り。さらに深く噛み締めると具材の肉汁があふれ、さらに野菜のシャキシャキした食感。一緒に挟まれたソースがそれらをうまくまとめ上げている。相変わらず、料理の腕は確かね。

 さぁもう一口…と思った横から何かの影がいきなり覆い被さってきた。思わず仰け反るとその影の目的はサンドイッチだった。


「………」

「………」


 その影-リア-が引いた後には大きくえぐれたサンドイッチの哀れな姿。一番美味しい部分はもうすでにそこになく、横を見れば大きく口を膨らませたリアがそこに。今度は私が唖然とする番だった。


「…んく。うん、美味しかったね」


 口の中の物を紅茶で流し込んだリアが満足げに言い放つ。もう一度サンドイッチを見下ろす。端の部分をわずかに残すだけとなった哀れな姿。


「食べないの?なら私が」

「はぐっ!」


 この哀れな残骸すらリアに奪われてはたまらない!私は急いでそれを口に放り込んだ。一番美味しい部分を食べられたその憤りは、口中の残骸をかみ砕くように叩きつける。


「間接キス」

「ぶほぉ!!」


 なんてこと言いやがりますかこの男はぁ!?

 おかげでびっくりして口に入れてた分ほとんど噴き出しちゃったよ!淑女としてあるまじき光景だよ!もうお嫁にいけないよ!…行く予定無いけどな!


「ああもうこんなに汚して」


 甲斐甲斐しく世話してくれてるけど原因あなたですからね!?汚した原因あなたですから、呆れていい権利はありませんことよ!そんなリアに口元を拭われ、噴き出した物もリアが丁寧に掃除していく。

 その姿を睨みつけていたけど、ふとテーブルにサンドイッチがまだあったことに気付いた。この分はリアがあ~んしようと持っていた分だ。まだ誰も手を付けていない。結局さっきの分は最初の一口以外はお腹に入ってない。まだまだ空腹だ。だからこの分のサンドイッチは私が食べていい権利がある!…という謎理論を展開して、そのサンドイッチに手を伸ばした。が、それを目ざとくリアが見つけてきた。


「………」

「………」


 手を伸ばした状態で固まる私。それを見咎めるようにするリア。見つめ合うこと数秒。先に目を逸らしたのはリアだった。勝った!


「はぁ…もういいよ。好きに食べて!」


 いよっしゃぁー!ついにゲットだぜ!めでたくリアの許可ももらえたから、今度こそ誰かに奪われる心配もなく、ゆっくりとサンドイッチを頬張っていく。


「はぁ…おいしい」

「午後も特訓だからね?」

「はーい」

「一周できなかったら晩御飯抜きだからね?」

「はーい」

「…分かってるのかなぁ」


 ふふーん、さっきは失敗したけどもうコツは掴み始めてるもんね!この後は颯爽と一周して、リアに目に物を見せてあげるわ!




「どうだ!」

「うん、よくできました。……言葉遣いは最低だけど」


 見事に私は部屋を一周してみせた!フラグかと思った?残念!

 無事晩御飯抜きは避けられた。これで私の安眠は守られたわ!だってお腹すいたら眠れないじゃない?

 リアは笑みを浮かべてはいるけどなんだか納得していない様子。課題は達成したんだから素直に喜べばいいのに、何か難点を付けるつもりなのね、この小姑!


「リア!今夜の晩御飯、楽しみにしてるわよ!」

「お昼食べたばっかりなのになぁ…」


 お昼はお昼、夜は夜よ!

 リアにビシッと指を向けると呆れたような顔になった。


「まぁいいや。ここまで頑張るとは思わなかったし、今夜は腕を振るわせてもらおうかな」

「よし!」


 リアの宣言を聞いて俄然テンション上がってきたわ!この調子でどんどんいくわよ!


「さぁリア、次は何かしら?」

「次は…ダンスにしようか」


 ビシリ。

 リアのセリフを聞いて私は凍り付いた。ダンス……それは私が絶対にやりたくないとマナー以上に拒否反応を示したもの。


「じゃあまずは、こっちに履き替えてね」


 そう言ってリアが(勝手に衣装ケースから)取り出したのはハイヒール。


「…こっちじゃダメ?」


 そう言いつつ私が床をトントン叩いたのは、動きやすいヒールが低い…というか無い靴。ヒールが高い靴はこの屋敷に来てからは一度も履いていない。だって動きづらいし。足痛いし。


「ダメ。実際の舞踏会でもこっちで踊るんだから、慣れておいてもらわないと」

「私踊らないし」

「踊れないと教えられないだろ?」

「いやそれは…」

「はい文句はそこまで。さっ、ステップから始めるよ!これが終わらないと…」

「お、終わらないと…?」


 何故か不安が押し寄せてくる。おかしくない?もう私の晩御飯は確定しているはずなのに。


「私が料理しに行けないよね?」

「頑張るわ!」



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