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1話

(まずいまずいまずいまずいどうしよどうしよどうしよ……)


 金に物を言わせ、贅の限りを尽くした私室。高級な家具に高価なアクセサリー。それらを余すことなく見せつける部屋はまさしく成金の様相を呈し、悪趣味極まりない。その部屋の中央で、天蓋付きの特大のキングサイズのベッドで眠っていた私-アリス・ハゲスト-は、たった今見た夢の内容に絶望し、頭を抱えていた。

 

 夢の内容はこうだ。とある王子には婚約者がいた。しかしその婚約者は非常に嫉妬深く、王子に近づく令嬢たちに悉く嫌がらせのかぎりを尽くしてきた。そして、王子はそんな婚約者の振る舞いを極悪非道と言い放つ。婚約者は婚約を破棄され、断罪される。


 …話だけなら、よくある悪役令嬢もの。そんなひどいことしてたんだから自業自得でしょ?そう思うでしょ?………それが自分のことじゃなきゃね!


 そう、たった今見た夢の内容はとあるゲームの内容。それも前世でプレイしたゲーム。そしてその断罪される婚約者が……この私だった。

 私は思い出した。夢に見た内容から自分の前世を。詳しいこと…自分がどこの誰だったのかとかそういうことは思い出せないけど、ゲームの内容はよく思い出せる。あと庶民だったのは間違いない。

 今なら分かる。第三者の視点で見た自分の振る舞いが、どれだけ悪逆非道かを。でも、それを昨日までの私は全然わからなかった。王子に近づく令嬢は全て敵。敵なんだから排除しなくちゃならない。ただその一心だった。

 

 私こと、アリス・ハゲストは、ハゲスト侯爵家の長女として生まれた。ハゲスト侯爵家は広大な領地と資産を併せ持ち、宰相でもあるお父様は王宮内での権力も強い。お母様も社交界の華と称され、彼女に気に入られない夫人や令嬢はその後の末路が決まるほどに影響力も強い。そんな男の世界と女の世界、両方を牛耳る両親の下育った私は、恐ろしく傲慢に育った。お母様譲りの青い髪と瞳で、子供の頃はまさしくお母様の幼いころそっくりとも言われ、美人間違いなしとも。そんな私の他人への価値観は使用人など奴隷以下。格下の子息令嬢は子分。そんな振る舞いでも、両親の影響力が強すぎて、誰も私を諫めることなどできなかった。その環境はさらに傲慢さを増長させていく。そして自ら王子の婚約者を両親に願い、その地位を得た。ちなみに王子自体はどうでもよかった。未来の王妃という地位、ただそれだけが欲しかった。

 王子の婚約者の地位を狙う令嬢は多い。しかし、そんな両親を持つ私に直接婚約者の地位を降りろと言える令嬢はいなかった。そんな事を言えば、家ごと取り潰される。そんな状況で彼女らがとった行動が、王子に直談判し、王子から婚約を解消するというもの。

 当然私も、それを知らないわけじゃない。事前にその動きを察知し、王子に近づく令嬢全てを地獄に落としてきた。ありとあらゆる嫌がらせを繰り返し、とにかく王子に近づくのを許さなかった。

 しかし、王子の耳についに私の悪行の数々が伝わり、その証拠が揃ったとき、私は舞踏会でこれまでの振る舞いの数々を暴露され、断罪される。

 

 …その断罪される日が。


「あ、あああ、ああ、あ、あ……明日じゃないのーーーーー!!」


 思わず絶叫した。日付を見て絶望した。思い出した小説では、その断罪される舞踏会は、王子の誕生日祝いの会なのだ。王子の誕生日ということで、小説の中の私は悪趣味を通り越して悪と言っていいくらいの豪華絢爛なドレスを身に着けて舞踏会に現れる。両手の指全てに特大の宝石が付いた指輪をはめ、自信をみなぎらせた真っ赤なドレスを着ていた。幾重にもフリルが施されたそれは、明らかに趣味が悪いというところだけど、肝心のアリスは自信満々に着こなしていた。そのドレスにも小粒のダイヤがいくつも飾られ、やたらと光を反射してまぶしい。ただただ豪華で手を掛けましたという装いは、バランスや慎ましやかさとは対極の、趣味の悪いものでしかない。…そのドレスは昨日完成し、部屋にこれ見よがしに飾ってある。そのドレスへと、まるでさび付いた機械のようにギギギと顔を向ける。


(ある!あの挿絵で絶対こんなドレスはあり得ないと嗤ったドレスが目の前にある!)


 断罪の象徴でもあった性悪ドレスが目に映った。その存在が、断罪の時が近いことを語りかけてくるようですぐに視線を外した。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい…)


 あまりの危機的状況に語彙力もやばい。もうそれ以外何も思いつかない。

 頭を抱え込むと、何段にもなった段腹がつかえた。この腹もやばい。お相撲さんか!と突っ込みたくなるくらいの脂肪を溜め込んだこの身体。動くのが大嫌いで、ダンスは絶対にやらなかった。でも食べるのは大好き。おかげで顔は吹き出物だらけで、手足のむくみもひどい。いやこれ脂肪?むくみ?まぁどっちでもいいや。

 寝る前にしっかりと侍女たちに洗われた髪も、起き抜けだというのに既に脂ぎっている。頭を抱えた手がぬるぬるで気持ち悪い。

 もう色んな意味でやばい。人間としても女としてもやばい。人生もやばい。明日がやばい。

 断罪された後が思い出せなかった。断罪された悪役令嬢…つまり私がその後どうなったかは語られていない。まぁこんな見た目も中身も最悪な女のその後なんて、小説の読者だって興味ないでしょうから書かれてなかったのも当然なんだけど。でもだからこそ怖い。もしかしたら、本当に明日が人生最後の日になる可能性も……


(今から謝罪して回る?いや謝罪だけじゃどうにもならなくなってるのもあるし、もうほんとどうしようも……)


 もう明日までじゃどうにもできない事例が多すぎて泣きたくなった。いや全部自業自得だし、私がやったことだし、今更謝ったからって許してもらえるわけ絶対ないし……


「思い出さなきゃよかった……」


 知らなきゃよかった。自分の未来なんて。知らなければ今日は明日着るドレスを前に、装飾品は何を身に着けようかと楽しい気分でいられたのに。しかも思い出すのが遅すぎる。いやこれが、断罪直後で思い出したとかならもっと最悪だったかもしれないけど。


 でももう遅い。思い出しちゃったし、絶対に断罪イベントなんて起こしたくないと思ってる。散々私があれこれやらかしたツケだと分かっていても、だからって素直に断罪なんかされたくない。

 でも、もう断罪イベントは明日に迫ってる。今日だけでそれを起こさせないようにすることなんて絶対無理。

 ならどうするか……




「…………逃げよう」






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