天敵との対決と大人な同級生ー高校生
高校のときの話をするね。
もう女子校が嫌だった私は共学っていうのを第一に志望校を決めました。面接のときに‘なんでこの学校を選んだか’って質問に真っ先に‘共学だったから’と答えたあほの子は私です。男あさりに行くんかいっつーの。
そこでは大好きな部活メンバーと出会えたんだ。すごく楽しかった。
私は結局公立の高校は入れず、私立のマンモス校に行ったんだ。一学年16クラスくらいあるの。同級生の名前なんて覚えてられないよね。
私は昔からスタジオジブリの作品が好きで、トトロの腕時計をしてたのね。今でもその腕時計なんだけど。それがきっかけでクラスの子と仲良くなれた。ちなみに私の感覚だと、耳をすませばが一番好きな男子はチャラい。
校則が結構厳しくて、私たちが入る前までは肩より長いと髪を結ばなくちゃいけなくて、髪型も決まってた。私たちのときは髪型は何でもよかったんだ。月に一度検査があって、爪の長さ、男の子は髪の長さ、スカートの長さ、ピアスなどを見られてた。マンモス校で生徒が真面目、っていうイメージを保つためには必要だったんだろうね。
検査のとき以外でも教師がしょっちゅう生徒を注意してた。
校則厳しい学校あるあるがうちにも当てはまってさ。やっぱりここでも出てくるのがアラサー女教師。
あるとき学校の外、5分くらい歩いたところまで女子生徒を追いかけてる教師がいた。
<あなたの格好はすごく不愉快。今すぐ消えて>
こういう風に生徒に話してるの。スカート丈が5センチ短かったから何なのよ。すごい言い方だよね。
いいか、消えてっていうのは捉えようによったら死ねっていうことだからな。今すぐ目の前から去ろうとしてたところを5分も追いかけてきたのはあんただわ。
こんなに生徒数が多い高校だったらそりゃ変な教師もいっぱいいたよね。校則だって変だった。
私が教師につかまることがあったのは、髪ゴムの色と靴下。
またまたくっだらない事なんだけどね。
学校の校則で、髪ゴムの色は黒または茶色、っていう指定があったの。
普段は守ってたんだ。こんなんどうだっていいだろって思ってたんだけどさ。
ただ練習試合とか、文化祭とか、模試とか、気合を入れたいときってあるじゃん。そんなときは、小学校からのときの友達からもらったオレンジの髪ゴムをつけてたんだ。ポニーテールでばっちり結んで。
そしたら登下校のときに注意されるの。当たり前だけど。
私としてはくだらない髪ゴムの色を守るより、自分の中のジンクスとか気合の方が大事だったんだよね。注意されたその場でバサッと髪を解いて、教室に入ってからまた結びなおしてた。
そんなことである教師に目をつけられた私は、登下校の服装チェックがめちゃくちゃ厳しくなった。
髪ゴムは必ず見落とさずにうるさく言ってくるし。その度に私は髪を解くんだけど。なにこれ漫才か。
そいつは英語の男教師だったんだけど、本当にねちねちした性格でね。すごく嫌いだった。だいたい言うことが小さいんだよ。そこ注意するよりやることは他にあるだろって思ってた。
それで目をつけられた私が、次に注意されてたのが靴下だった。
高校の指定のマークがついてる靴下だったんだけど、1足800円くらいしたの。当時お小遣いもらってる高校生にとってはめちゃくちゃ高かったんだよ。しかもすごく弱かったんだ。5回履いたら、かかとやつま先に穴が開くんだよ。ひどくない?
私はかかとにしょっちゅう穴が開いちゃって、2回くらいは縫って履いてたんだよ。それ以上はボロボロになっちゃうから捨ててたんだけど。
だから市販の真っ黒の靴下履いたりしてたんだ。そしたらそいつが必ず私を見つけるんだよ。もう、本当に嫌になるよね。3年生のときなんか‘成績やらないぞ’とか言われてた。
穴の開いた靴下履くよりずっとましだと思うんだけど。お前は穴の開いた靴下履いてた方がいいと思うのかって。みっともないとは思わないのか。いちゃもんつけたかっただけじゃない?
だから毎回、
『学校着いたら購買で買うんで』
って話してた。ああ、私のお小遣いが、、、
買うって言っても‘家にあるのを履いてくればよかっただろう’って責められたけどね。穴あきは履きたくなかったんだっつーの。
あまりにも腹立ったから当時の担任にめちゃくちゃ文句言ってた。
だったらもっと強度のある靴下つくれ!!
担任は苦笑いしてたけどね。いや、笑うんじゃなく対応してくれよ。メーカーにクレームとか。
1回、靴下のエンブレムを市販の靴下に縫い付けて行ったんだけど、それでもだめだった。よく見てんな、このやろう。何があかんねん。お前履いてみろって。
仕方がないから真っ黒の足首の長さの靴下の上から指定の靴下履いてたよね。
試行錯誤の日々。あれは理不尽だったな。
そういうのが重なって、そのネチネチ気質が授業中にも出たの。本当に面倒な奴だったわ。
あるとき英語の授業が15分くらい自習になったの。進めるのが下手だから。
私はあと20ページで終わる文庫をいそいそと取り出して読んでたの。めちゃくちゃ続きが気になってたんだから。
そしたら私の席の隣で本をのぞき込んで
<ずいぶん余裕ですねえ>
『、、、っさいなあ』
<その本は面白いんでしょうか>
『・・・』
<今居はずいぶん余裕なんですね>
『・・・』
<余裕だなあ>
こんなやり取りよ。本当に5分くらい隣に立たれた。お前は暇人か。
たかが15分本読んでたって勉強に支障は出ないわ。20ページ読むのに15分もいらないんだけど。というより自習にしなければならないような授業の進め方したそっちの責任っしょ。あんたに紹介する本なんかないわ、見んな。めちゃくちゃ面白いから読んでんだろうよ。
嫌なやつでしょ。あと20ページ残して授業きちんと出てた私の我慢強さをほめるべきよ。
私の顔、真面目そうだから第一印象はすごくいいの。なめられることも多いんだけどね。
与しやすそうだから教師から文句を言われやすくて、私はむっとして反抗する、と。で、反抗された教師はまたムカついて私に対して当たりがきつくなる。こういうことだったんだろうね。人を見かけで判断してはいけません。
人の行動には理由があるんだって。
髪ゴムは気合を入れたかったからだし、靴下は穴あきを履きたくなかったからだし、小説は佳境で気になって仕方がなかったから最優先事項だったんだよ。
こういうのをガン無視で唾吐きかけるような態度が腹立つんだよな。
こんな感じで、私に文句垂れてくる教師の一人目だよね。あと二人ほどいるんだけど聞いてくれる?
次にもめたのは政経の男教師。聞いてますか、中1の副担任。政経ですって。
もうね、こいつは自分の信念みたいのがゼロなのよ。同じ学年にこの人が憧れてる教師がいたのね。数学の教師で新さんっていうんだけど。
新さんは私も好きだった。口癖が
<君たちの成績が悪くても俺の給料は変わらないから>
だったの。あとは、
<俺の心情は悪・即・斬だから>
るろけーん!!大好きです!!面白い人だったな。私たちが修学旅行でおみくじ引いてると、後ろからニヤニヤしながら
<そういうので恋占いとかしたって当たんないよー。そんなんで浮かれるより勉強した方がいいんじゃなーい?>
『たかがおみくじ引いたくらいで言われる筋合いないですぅ』
とかきゃっきゃいいながら答えてたけどね。
新さんに憧れるのはすごくわかるんだけどね。
<新先生がFFおもしろいよって言ってたから僕もやってみました>
<新先生は学生時代硬式テニス部だったそうで、今度誘ってみようと思います>
<新先生がこの部分面白いと言ってたんですけど、僕もそう思います>
とりあえず始まりの言葉が新先生っていうのね。びっくりした。大好きすぎでしょ。その情報いらん。新さんが言ったことはすべて正しいのか。
他人が言っていたからそうだと思う、って集団心理の一歩だと思うんだよね。自分で考えるのを放棄してる。私はそういうのが嫌いだからめちゃくちゃ嫌だったんだよね。
あと、異常に字が汚かった。そして書き間違いも多かった。黒板でバージニアって書くところがバージミアになってたり。あと一般常識がないんだよね。
<女子更衣室は教室から遠くて不憫ですよね>
不憫ではねえよ、憐れまれるほど嫌な思いはしてねえわ。言うなら不便だろ。
あとは
<鼓舞させる>
最初何言ってるか分からなかったよね。それを“こまい”と読むのか。舞踊とかはきっと“まいおどり”なんでしょう。
あっきれた。しかも鼓舞は“する”ものであって、“される”ことはあっても“させる”ことは決してありません。高校生に突っ込まれるなよ。
文系なんですよね。教える立場で言葉の読みとか、誤用はやめてほしい。難しい言葉(とは思わないが)を使いたいのであれば、きっちり読み、意味を理解してからにしてください。
そんな感じで嫌いが積もってきたときに事件よ。
あるとき好きな作家がHPに小説をあげてくれたんだ。すごいよ。その話は本になってなかったからHPでしか読めなかったんだ。だから家で印刷して授業中読んでたの。そしたらさ、何も言わずにそれを取り上げて、内容を読んでから
<しまいなさい>
こういう風に話すんだよね。私が書いたとでも思ったんじゃないのかな。あの人にとっても意外なものだったに違いない。めっちゃ驚いてた。最初に一言よこせって。読んでた私が悪いのは承知の上で、もうちょいやり方あっただろうって思う。もしそれが本当に私の書いてた小説だったらどうしてたのか。仮に他の教科の勉強だったらそれを捨てたのか。クラス全員の前で。もうね、散々嫌な思いしてきて慣れたつもりでしたけど、やっぱりそういう横柄な態度が嫌いだった。
一回目をつけられるとだめね。私が何をしていても授業中監視される感じだった。
それでも隠しながら他の授業の宿題とかやってたけど。
授業で“尊属殺人事件”っていうのがあったんだ。実父から性虐待受けてた娘が結婚することになって、それを知った実父が結婚に猛反対・激怒して、娘が父親を殺しちゃうっていう胸糞悪い事件なんだけどさ。
そのときにそいつが言った一言が忘れられない。
<まあ、よく娘の結婚相手も了解してくれたと思いますけど>
ありえない。教師以前に人としてだめだろ。この人を訴えてやろうかと思ったよね。私が女だから余計に事件の娘に感情移入しちゃったんだけどさ。
一番初めに出てくる言葉がそれか。本当にその言葉は口に出して良かったのか。いやあ、信じられないくらいクズでしょ。二度とこいつの授業なんか聞くかって思ったよね。お前に教わることなんかねえ。
それからは授業中ずっと小説読んでた。HPの小説を印刷して、それをまた縮小印刷して目立たないようにして。そこで意地張るんかい、って思うけどね。ばれてもいいや、って。あんたの授業に関心はありません、って態度でいたなあ。もちろんテストは90点以上取ってたんだけど。高校生もやっぱりガキなんだよね。そんなんやっても教師は変わらないんだけどね。
次の教師が私の学生史上最大の敵よ。英語の教師だったんだけどね。一番最初の印象から最悪だったんだ。
まず見た目が不潔なんだよ。ハゲでデブで、いつも汗かきながらそれを拭きもせず唾飛ばして話すのね。生徒の前立つときくらい清潔感持とうよ。
それで最初の自己紹介で
<僕は自分のクラスの生徒の名前も、授業を受け持ってる生徒の名前も覚えません!!でも!でもね!!生徒のことを見てないわけじゃないんだ!!部活とか、生徒会で活躍してるのを見てるから!!名前じゃなくて得意なことを教えて欲しい!!>
終始大声で唾吐きながら話すこいつに、私は嫌悪感しか抱かなかった。今までそういうことを大声でいえる環境だったんだろうね。感心しちゃった。
私の高校はマンモス校って言ったじゃん。生徒会に入ってる子なんか数えるほどしかいないし、部活入らない子もたくさんいたんだけどね。そういう子はどうする気だったんだろう。
私は中学のときに部活で嫌な思いしたからさ。部活辞めちゃった子にはどうするんだろう、嫌な思いするとか考えないのかって一番初めに思った。
自分の気分で部活が分かる子を探して、そこのあなた、って指名して回答させるの。指名された子が坊主だと
<君、野球部の子だよね?いつも声聞こえてるよ>
『・・・卓球部です』
<ごめんごめん!他の子と間違えた!!ごめんね、悪気はなかったんだ!!>
坊主しか見てないのまる分かりだわ。そうやって指名したあと暫くは部活の話をしながら進めていくのね。私、その態度が本当に嫌いだった。
また違うときには
<君、野球部の子だよね。頑張ってるの見てるよ>
『辞めました』
<あ、そうか事情があったんだね!!ごめんね!!今は他の部活に入ってるのかな>
『陸上部です』
<そうかそうか、頑張ってるの見てるよ!!>
そこで突っ込んで違う部活に入ってるのかどうか突っ込む意味が分かんない。しかも頑張ってるの見てねえじゃねーか。二か月くらいたったときに同じ子を指名して、
<陸上部だよね、大会とか出るのかな>
『出ません』
<あ、そうかそうか。ごめんね、この間も野球部辞めたって聞いて、事情があったんだもんね。ごめんね、本当に悪気はなかったんだ>
なら聞くな。事情があるとしてもないとしても部活なんて生徒のやりたいようにすればいいだけじゃん。それをほじくり返してクラス全員の前でさらすなって。私も何回かソフト部の子だよねって指名が入った。外で部活やってるとこういう風に目を付けられるんだもん、嫌になる。吹奏楽部とか、体操部とかの子はわかってなかったしね。
そいつの会話を見てて思ったかもしれないんだけど、‘悪気はなかったんだ’がそいつの口癖だったんだ。私はこの言葉が大嫌い。悪気がなかったら何言ってもいいのか、その言葉を免罪符にしていれば生徒がどんだけ嫌な思いをしても許されるとでも思ってるのか。心の傷は一生の傷だって知らないのか、発した言葉は消しゴムで消せないって知らないのか。そいつの口癖は少なくとも私が在学中の3年間は治らなかったな。誰にも言われなかったんだろうね、これも注意する教師のいない弊害よ。
そのうちクレームが入ったのか知らないけど、日付けで出席番号~番の人、って指名するようになった。どうせ出席番号も名前も覚える気がないんだ、私も返事する必要ないよね。休みの人がいないときでも出席番号28番はいつも不在だった。
周りは私がその教師大嫌いなこと承知だからクスクス笑ってたよ。最初に失礼な態度取ったのは向こうなんだから、私が真面目にやる必要なかったって今でも思ってる。
<里美また今日も授業指されてたね、いなかったけど>
『まあね、幻の28番よ』
こんな風に茶化してくれる子たちが周りにいたから私は私のままでいられた。みんなが大人だったんだよね。そして教師が一番のガキ。
そいつにはことあるごとに自分がオリンパスで働いてたことをひけらかされたんだよね。小学校のときの恩師の水田先生は銀行で働いて、それでも先生になりたくて大学入りなおしたっていう人だったんだ。だから、社会を経験して教師になった人は違うなあ、って思ってたんだけど、そんなことはなかった。クズはどこいってもクズだ。
会社で3億を動かしてたとか自慢するんだけど、そんなん会社のお金だしね。私だって社会人2年目のときに3億くらいの仕事をしてたわ。なんの自慢にもならない。オリンパス縮小でリストラにでもあわれたんじゃないでしょうか、ばっきゃろう。
自分がサッカー部の顧問だったから、サッカー部の子の挨拶に覇気がないって5回くらいみんなでやらされたりね。自分の筆記用具を絶対に持ってこなくて、勝手に一番前に座ってる生徒のペンを勝手に借りたり。教科書も持ってこないから、断られなさそうな、気の弱そうな子を狙って借りてたよ。
教師として、っていうより社会人としてそれはあり得ないことでしょ。何のためにワイシャツに胸ポケットがあるのか。ハンカチとペンはいつも持ち歩こうな、社会の常識だろ。教科書を毎回持ってこないで授業ってありえないよね、よく今まで大事にならなかったよね。
やたらと名言を言いたがるタイプだったそいつは、あるとき“Sky is the limit”って言葉を見つけてきて、それを端の席から一人ずつ当てて意味を答えさせたんだ。
“限界は空の色”
<違う違う!!次>
“空には限界がある”
<あなたも違う!!>
っていうのを20分くらい続けたんだ。もう、自己満足の為にどこまで人の時間を使えるのか。私は他の教科の宿題をしながらその話を聞いてたんだけどね。あいつの言いそうなこと、なんでみんなわかんないのよ。くだらない中二病患者なんだから、一人目で答えろよ。私の番は30人目くらいだったの。
『限界はない』
そう、ぼそっと答えると目をキラキラさせた。私がどんだけ嫌いオーラ出しても気付かなったことだけあるよ。
<そう!!そうなんだよ!!空が限界、つまり限界はないってことだよ!!あなた分かってるよ、放課後学校の近くのカフェでスイーツ御馳走してあげる。>
鳥肌立った。全力で拒否させていただきます。セクハラです。気持ち悪いです。ガン無視で宿題の続きしてたけど。答えなきゃよかった。私としては早くこの話を終わらせたかっただけなのに。
私が個人的にそいつに目をつけられて結構大きい事件になっちゃったのがあってさ。
あいつのこと話すのにめっちゃページ使っちゃった、すごい。そんだけ嫌いだったんだけど。
私が2年のときなんだけど、2クラス合同でやって、成績上のクラスがそいつ、下のクラスがもう一人の教師だったのね。私はそんな奴に文句言わせたくないから英語の成績は85点以下取ったことなかったんだ。そしたらまんまと上のクラスになっちゃって。それ知ってたら成績下げたのにね。
英語の単語テストが週に1回あったんだけど、そのとき私は単語帳を家に忘れちゃったんだ。英語の丸つけは自分でやって提出だった。そいつは私が丸つけ一つもしてないのを目敏く見つけてさ。いつもは誰がどんな点数だろうが気にしなかったのに、このときだけ
<あなた丸つけは?単語帳は?>
『今ここにはなかったので採点しませんでした』
そしたらいきなり大きな声で
<だめだよそれじゃあ!!>
だから唾飛ばすなって、汚いな。
<じゃああなたどうするの>
『中間までには完璧にします』
<だめだよそれじゃあ!!週末頑張るんで月曜日にもう一回テスト受けさせてくださいくらい言えないの!?>
『言わないですね』
<そんなんじゃ授業受けさせないとよ、そんなんじゃ!!>
『それは私への授業妨害になりますがいいですね』
<もういいよ!週末頑張るんで月曜日にもう一度受けさせてくださいくらい言えないの!!>
『だから中間までに完璧にすると言っているじゃないですか』
<そんなんじゃなくてさ!!もういいよ!!俺に教えられたくないんだろ!!もうさ、いいよ!!>
『じゃあ、先生が授業を受けさせないとおっしゃったので、私は仕方がなく退出することにします』
こう言い捨てて荷物を持って教室を出たよね。
この会話本当にこのままだったの。あいつは何回も同じことを言って、私を恐喝したわけ。まあ怯えなかったけど。ここで私が折れてもよかったんだけどね。今までの積み重ねがもう耐えられなかったんだよ。“単語帳は?”なんて教科書すら持ってこないやつに言われたくないよね。
同じ言葉しか出てこない、怒鳴りつけて生徒を言いなりにしようとするやつに、なんで私が従わなきゃいけない。だいたいお金を払って授業受ける権利がある私に向かって受けさせないとは何事か。まあ親に払ってもらってたんだけど。
この日から私は英語の授業には一切参加しなかった。担任には
『私に向かって授業を受けさせない、とおっしゃったのでそれに従っているだけです。私に対して英語の授業に参加するようにおっしゃるのであれば、あの人からの謝罪、あるいは私のクラス替えが必要です。もし謝罪があったとしても私がそれを受け入れるかは別問題ですが』
生意気にこう言い放ったよね。だてに喧嘩してきてないっての。だいたい100%あいつが悪いのに、なんで私が説教されなきゃいけないのよ。担任には
<こういうので逃げたらどこに行ってもやってけないよ>
こんな風に言われたんですが。どこ行ってもやってけてますぅ。社会人になっても陰険ないじめっ子もいましたが、そいつにもそれなりの対処をしましたぁ。閉鎖社会しか知らない教師に文句言われる筋合いないですぅ。
中間はもちろん完璧にしましたよ。あんたの授業なんて必要ないことを証明しなきゃいけなかったから。人生初100点を取った。全く嬉しくなかったけど。
授業サボってた時間は屋上で本読んで、って憧れてたんだけど、それはできなかった。屋上の鍵があったんだけど、それは教員室で管理されてたから持っていけなかったんだ。外から回りこんで上がることもできたんだけど、そこまではやらなくていいかなって思った。今思えばやっておけばよかったんだけど。もっぱら女子更衣室で読書か、昼寝の時間だった。ひんやりして静かでさ、すごく充実してた。
結局そいつからの謝罪はなし。予想はしてたけどね。あいつが自分の間違い認めるわけないじゃん。まあ、されても許す気はさらさらなかったけど。
テストの成績に関係なく英語は下のクラスになる今居は問題児扱いよ。それまではおとなしい、髪ゴムがオレンジの生徒だったのに。私はクラスに仲のいい子がいなかったからさ、浮きまくってた。教師も私をいびるか、関わらないようにしてた。悔しいぜ。そりゃ彼氏もできなかったわけだよね、ちくしょう・・・
・・・気を取り直して。
そんな学校でも好きな先生、私の恩師の4人目がいるのよ。
それは1年生のときに数学を教えてくれたおじいちゃん先生。すごく温和な先生で、授業はすごくスパルタだったんだけど、空いた時間に沢山の面白い話をしてくれたんだ。
インターネット囲碁で試合数1位になり損ねた話。娘さんが洋服を気にしない性格で、制服のセーターに穴が開いたのを鞄で隠して、脇から下まで解けてしまったこと。登山をしてて、カロリーメイトをポケットの中に入れて歩いてたらポロポロこぼれてヘンゼルとグレーテルになってしまったこと。
こういうくだらない話が大好きだった。ただ、私が2年生になったときに校長先生になっちゃって、授業は教われなくなっちゃったんだ。だから、1年生のときに教われたのはすごく貴重だった。月に一度の朝会でもいろいろ話してくれた。面倒そうにしてた子もたくさんいたけどね。私は子の朝会がすごく楽しみだった。
私が覚えてる範囲で先生の話してたことを書いていくね。
【中国で“知・情・意”と言った人がいる。知識・感情・意志。例えば誰かと友達になるとき。まず相手の性格・考え方を知って、それから自分と友達になれそうとか、面白い人だなと感じる。そして友達になろう、と思ってから友達になる。逆に自分とは合わなそうって思ったら友達にはならない。大学を決めるのもそう。まず大学が相手にしている人・事柄を知って、自分の感情を見つけて、意志をもつ。意志をもったとき、目標と実力の差があったら、それを埋める努力を目いっぱい頑張った方がいい。頑張る人は目標に近づけるし、周りも助けてくれようとする。楽をしようとしてはだめ】
こんなことを言われちゃったら頑張ろうかなって思うよね。
【人生を終えるときに初めてどういう人生だったのか気付く。3年生の人たちはあと半年で卒業する。卒業式のときに初めて自分の高校生活がどうだったか気付く。1・2年生のときは何となく過ぎていく。3年生で特に推薦で大学が決まった人たちはちょっと落ち着く。高校生活があと半年ってなったときに、初めて1日1日を惜しむようになる。だから、日々を大切に過ごしてほしい】
はい、大切に、後悔のないよう過ごします。
【なんでも、どんなことでもいい。1番になりなさい。1番になるくらい頑張れることを見つけて、それを達成できたとき自信が生まれる。こんなに頑張れたんだから、と思って他のことも頑張れるようになっている】
だめだ、三つしか思い出せない。もっとメモっておけばよかった。
先生は私のことを覚えてないだろうけど、私は本当に好きだった。校長先生になってからは話す機会が減っちゃったから、しょっちゅう友達と校長室に遊びに行ってた。ジュースおごってもらったりして。問題児だったのに味方につけた先生は一番偉い人だったんだ。そのために仲良くしてたわけじゃないよ、たまたま。
先生は私が英語で問題起こしたこと知らないはずないのに、今まで通り接してくれたよ。私も先生の前では悪口は言わなかったんだ。言っても楽しい気分にならないからさ。
本当に、猫被らないでおとなしい素直な子だった。バレンタインでお菓子を渡すと、ホワイトデーにあなたの好きな本を選びなさい、っておすすめの本を5種類くらい用意してくれたの。素敵すぎるでしょ。修学旅行についてきてくれたから、友達と先生の3人で撮ったんだ。写真立てに入れて大切な宝物になってる。
人生で一人でも信頼できる人、尊敬する人がいたら前向きになれる。どんなにムカつくことがあっても高校生活が楽しかったって思えるのは、先生がいたからだよ。あとは最高の部活メンバーがいたから。
部活の話をしようと思う。
高校では弓道をやりたかったんだけど、面倒くさい慣習があって嫌になっちゃった。
成り行きで、やったこともないソフトボールをやることになったんだ。それまで野球のルールもよく分かってなかったの。せっかく共学に行ったのに女子しかいねー。でもソフト部に入ってよかった。
高校に入りたてのときに数・国・英の全国テストがあったの。私は中高一貫だったから進んでて、中3の段階で高1の範囲は終わってたんだ。だからすごく成績がよかったの。三教科とも全国で20位以内だった。国語なんて9位だったから、部活で自慢したんだ。そしたら国語1位の子がいました。しかも公立校出身。塾なんか行ってなかったんだって。参りました。
最初こそ今までの学歴貯金で成績は学年でもトップクラスだったんだけど(先取りしてたからね)、高校で勉強は本当にしなかったからどんどんと落ちぶれまして。必死に赤点と戦ってたよ。大学のときにも何回か部活メンバーと会う機会があったんだけど、それを見てたあいつらには、里美はグレたって言われました。いや、元々こんなんですって。
部活メンバー、っていうかクラスのメンバーに私の性格がばれたきっかけはあるノートだったの。
授業中にノートにしょっちゅう落書きしてたんだけど、あまりにも絵のセンスがなさすぎた私は早々に諦めたのね。そこで授業中の暇つぶしに何かないかなって思った私が書きだしたのが“お助けノート”。授業中のみの日記みたいなものだね。授業つまんない―、とかお腹すいたーとかそんなんばっかだったけど。日記なんか1週間で辞めちゃう私が唯一3年間、ほぼ毎日続いたものだよ。授業聞いてろよって話なんだけどね。自分の本音しか書いてなかった。
例えばクラスの女子みんなで集まって食堂行こう、って話になったときも、私は笑顔でいながらそのノートには
『みんなで一緒なんて気持ち悪い』
とか書いてたり、部活に入る子が苦手そうな子だったら
『あの子と一緒かあ、難しいなあ』
とか、他の人に見せたら人間関係壊れそうなことも結構書いてたのよ。
文化祭でやる劇の練習をしていたときに、同じ役の子がノート貸してって言ってきたの。劇の練習だけだったから授業がなくて劇で使うノートが無かったんだよね。だから何気なくノート貸したんだけど。それが“お助けノート”だったっていう。まさか読まれるなんて思ってなかったからさ、パラパラって読むふりだけするのかと思ってたから。次の練習のときにまたノート貸してって言われて、自分だって持ってるんだろうに、なんでかなって思って聞いてみたら、
【あのノート面白いんだもん】
って返って来たときの私の顔を見せてあげたい。本当に驚いてそのノートで頭はたいたよね。私も私で、なんでそんなに‘読んでないだろう’って思えたのか分からないんだけど。
私は自分の外見がおとなしめなことと、中学のときに散々嫌な思いをしたから、自分の本音を話すのが極端に苦手なんだ。内弁慶になりがちなの。だから“お助けノート”を読んだ子たちは私がどんなバカなことを言っても、口調が荒くって“ふざけんなクソが、いっぺん引っ込んでろアホ”みたいな言葉で話してても引かずにいてくれた。
それからクラスの半分くらいに回し読みされた私の“お助けノート”は、私の本音をみんなに知らせてくれた。みんなが大人だったから特に怒ることなく、笑ってそのノートを読んでくれてたんだ。
この件は、本当に一生分の恥をかいたくらいに恥ずかしい事だったんだけど、そのおかげでみんなと打ち解けられたから、そのノートには感謝だよね。過去の私グッジョブ。
ソフトボール部のメンバーの半分はクラスの子たちだったから(偶然流れで)、部活のメンバー全員に私の“お助けノート”は読まれました。私の鞄からノート漁ったやつには拳骨を入れてやった。
最初から本音で話せる部活は本当に楽だった。一学年10人前後でワイワイやってた。雨の日は階段6階分を5往復ダッシュとか、トレーニングは一生懸命やってたんだけどな。全然強くなかった。それでも自分たちなりに一生懸命やってたよ。今は高校野球のファンになるくらいソフト自体楽しかったけど、やっぱり私はメンバーと一緒にいれることが楽しかった。
私と部長の柚葉がセットになることが多くて、いつも漫才みたいなことをやってたな。私が髪を切ったら
【里美髪切ったの似合うね】
『でしょ、知ってる。元がいいからさ』
【は?別に髪型が可愛いってだけだし。里美はどうでもいいし】
『いやいや、照れんなって』
こんなやり取りを毎日してて。周りはうわぁ、って引きながら見守る感じ。
部活始まるまでの間は、遊び時間。漫画の回し読み、トランプ、DS、ウノ、人狼、色々やったよ。人数がある程度いたから何やっても面白かった。
そのときに流行ってたのが漢気じゃんけんっていって、勝った人が罰ゲームする奴だったんだけど、それでしょっちゅうイタズラしてた。数学の新さんが歩いてるとこを後ろからそっと追いかけてバックをひったくったり。休み時間にコンビニにアイス買いに行ったり(基本高校の外に買い物行くのはだめだった)。扉に黒板消しを挟んでみたり。教室の前だけをピッカピカにワックスかけて教師を転がしたり。くっだんないことが楽しかったな。
私が2・3年のときにクラスで仲のいい子がいなかったからさ、部活メンバーといるときが一番だった。卒業アルバム見ても1割くらいの子しか分かんないくらい交友関係が狭かったんだよな。
夏休みは練習漬けで真っ黒に日焼けをしながらやってた。私と副部長の陽奈子はメガネでやってたから夏になるたびメガネ焼けのあとがひどくて、美容室行ってメガネ外すのがめちゃくちゃ恥ずかしかったぁ。走り込みやソフトの練習ももちろん頑張った。でも休み時間にやる水遊びとか、練習試合の後の食べ放題での打ち上げとか、合宿の花火とかばかりが想い出に残ってる。そんなんだから弱いままだったんだけどね。
先輩が引退するときに
【後輩も可愛くて、メンバーもみんな真面目で、部活が楽しくて】
って言いながら泣いてた。そう言ってくれる先輩が大好きだったな。一個しか違わないのに、すごく大人で、尊敬してた。私たちが3年生のときも後輩にそう思ってもらえたかは分かんないな。多分うるせーやつらって印象じゃないのかな。後輩より同学年とばかり仲良かったからな。ごめんよ、後輩たち。
私たちが引退するときに一人の子が、
【学校行くのが嫌な日も、部活があるから行こうかなって思ったり。勉強が嫌だったときもあるけど、みんなで頑張ってるって思えたから頑張れた】
こういう風に言ってくれたんだ。私は本当にその通りだと思った。部活があるから毎日学校に行ってたな。それがなかったら保健室登校ならぬ校長室登校だったよ。人間関係って生活していくうえで本当に大切だし、その環境での支えって大事だと思う。何か一つでも、これがあるから頑張れるってことを見つけられたら、すごく楽になると思う。
メンバーは最高だったんだけど、顧問は微妙だったんだよな。練習は出てくれて、ノックとかやってくれたんだけど。ことあるごとに部長と副部長を呼び出して、練習のこういうところが悪かった、試合のとき移動が遅かった、って30分くらい説教をしてたの。
もうさ、そういうパワハラくさい事大嫌いだから。あるとき練習の後2人が呼び出されたときに、私たちがみんな集まって2人をかばったんだよね。
『なんで2人だけを責めるんですか、直接私たちに言えばいいじゃないですか』
『2人に説教を30分する時間があるなら練習もう少し長めにできたんじゃないですか』
『毎回毎回、2人だけいじめて楽しいですか』
『先輩が胃潰瘍になったのは先生のせいじゃないんですか』
『柚葉と陽奈子が胃潰瘍になったらどう責任取ってくれるんですか、どんだけストレス与えるんですか』
こんな感じのことを言い返してたらさ、あいつあろうことか
<ここまで反抗的な生徒は初めてだ、俺は休日に来てやってんだぞ>
こういう風に言い返すから、
『だったら顧問を降りたらいいじゃないですか。副顧問が2人もいるんだからどちらかに任せたらいいんじゃないですか』
『私たちがしたいのは部活動です。そこに顧問がいなければいけないので仕方なく教師が必要なだけです。あなたでなくてはならない理由はありません。どうぞ他のかたと代わっていただいて結構です』
なんせ国語の模試の全国1位がいたしね。口の減らないクソガキだった自覚はある。私が何人の教師相手に喧嘩してきたと思ってる、なめんなって話だよね。
顧問がいいもんじゃないことは私もわかってる。拘束時間が長いのにロクに顧問料もらえないしね。だから顧問がいる体裁を整えてくれればこっちもよかったんだよ。練習も自分たちだけでもできてたし、講師で来てた先生がいろいろ教えてくれてたしさ。‘来てやってる’って言われるくらいならいない方がマシだったんだよね。柚葉も陽奈子も限界だったしさ。憂さ晴らしでこっちに当たられたらたまったもんじゃない。私はガキだからいまだにあの言葉は忘れられないけどな。優しい他の子はみんな許してくれてた。すごい。
これが教師に歯向かった最後かな。最後まで反抗的な生徒だったよね。最後の方は教師に希望を持つのは諦めておとなしくしてたつもりなんだけどね。私の根幹にあるのは常に人と人が対等にあるべきってことなんだよね。今でも教師は嫌いだ。基本大人が好きになれないんだと思うなあ。
私がここまで書いてきたのは私の中で昇華するためと、現在、子どもだったり、子どものときに嫌な思いをしてきた人たちに、大人だって間違えるってわかって欲しかったからなんだ。小さい頃、大人は間違えなんかしないもんだと思ってたけど、そんなことないって途中で分かって。でも、大人になって誰も注意してくれないと、自分は正しいんだって思いがち。
そのとき、子どものときにどう感じたかってのを思い出してほしい。少なくとも私は大人になっても子どもの頃の気持ちは忘れないように心がけてる。だから大人になってから人間関係築くのが面倒くさくなっちゃってるんだけどね。
大人になるにつれて、建前がどんどん上手くなる。腹の中で何考えてるのか本当に分からない。私は大学にも行ったけど、大学で仲良くなった子で今も付き合える子いない。なかなか本音で話してくれなくなる。だから上辺だけの付き合いになっちゃうんだよね。私は人の言うことそのまま受け取っちゃう傾向があって、建前がなかなか見分けられない。だから傷つくことが多いんだ。だったら“もういいよ“って付き合うのやめちゃう。
友達でも家族でも恋人でも、だれか一人でもいいから本音で話し合える人ができたら。この人は絶対嘘つかない、って信頼のおける人がつくれたらすごく楽になると思う。だから私は、一回目は本音で話すようにしてる。もしかしたら友達になれるかもしれない。裏切られちゃうかもしれないけど、そのときは付き合いをやめればいい。
人間関係の問題はいつまでたってもついて来るものなんだよね。今回の話しは私が高校生のときで終わってるけど、大学でも、バイト先でも、会社入ってからも、何回も泣いた。大人になってもたかが無視されただけで泣くよ。ちょっと意地悪言われただけで泣くよ。
だからこの話は、今傷ついてる人へのエールになっていればいいなと思ってる。こんなクソガキがいたんだよ、って笑ってもらえたら嬉しい。もし、一人でも続きあったら読んでやるよー、って人がいたら、大学生活とバイトの話、就活、社会人編頑張りたいと思います。
ここまで読んでくれた人にいいことがありますように。
ありがとうございました。