1.人が恋に落ちる瞬間
僕は今、恋に落ちた。
夕暮れ時。沈んでいく赤に伸び上がる黒、そのちらちらとした薄明かりの中で、ぎょっとするような恰好の化け物がいる。
手足はすらりと長く、顔はきりりと整っているやや勝気に見える少女。軍服に身を纏い、儚げで綺麗。いや違う。綺麗というだけじゃない。どこかこう、現実ではない何かがその少女をすっぽりと覆っている。
そして僕が化け物だと思った原因は、その神々しさとは対照的な、胸から生えた深紅の刃にあった。
何者かに剣で貫かれたように見えるその恰好は、通常なら駆け寄って誰か助けを呼ばなければならない状況に見える。だけど、負傷しているはずのその少女は、何事もないかのようにきりりとその視線を一点に集中させていた。
その視線の先を追えば、そこには何もない。何もないからこそ一層と僕は、何か異様なものがこの空間を支配していると思ったのだった。
そうこうしているうちに、その少女は忽然といなくなってしまった。容姿が整っていたというのもある。ただその血に濡れた姿が脳裏に焼き付いて離れなくなった。モノクロな現実を透かしたかのようなその汚れた姿に、僕は共感して、焦がれたのだった。
「ヘッセ君、授業中に居眠りはだめだよ」
あれから、僕は何か変わっただろうか。
「ヘッセ君、聞いてるのかな?」
いや、あの後何日もかけて町中を探したし、僕が好きな街の高台のヒビの数を数えたり、あの時少女がいた場所で何度も飛び跳ねて何か起きるか試したりもした。なんとなくしたくなったことを忠実にこなしてきたと言える。
「起きなさい、ヘッセ君! 隣の席のノールさん、起こしてあげて」
「あ、はい」
「だめです、ただの屍のようです」
少なくとも、これまでの僕とは違う。だって、今までの僕はただ無気力だった。何かをしたいと自分から思ったことなんて無かったんだから。
「おおおおおおおぃい!!! ヘッセ」
「うわああああああああぁぁあ」
「起きたか?」
「いきなり耳元で叫ばないでください先生。普通にしゃべれないんですか、だから婚期を逃すんじゃないんd「あん?」」
「何か言った?」
「いえ、すみません、僕が悪かったです、すみません」
「授業中に居眠りはだめだよヘッセ君、さぁ皆つづきをやるよ~」
別に寝てたつもりはないのに。最近は事あるごとに、意識の世界? に飛んでしまっている自分がいる。これはラノベで言うところの並列思考っていうやつじゃないか? 僕の時代きたな。
「はいじゃあこの問題を~…ヘッセ君、黒板で解いてみて」
「わかりません!」
それから平凡な日々が過ぎていった。最近じゃ自分の意識が飛ぶ現象もより多くなったし、どうやらあの血濡れの少女も妄想だったのかもしれない。だってよく考えたらあり得ないし。
そう思っていたから僕はまた驚く。
今度は正面から、その少女が僕に会いに来たのだから。
「やあ、少年」
あの日の記憶と違わず、剣に貫かれてはいないものの、綺麗でどこか勝気な姿だった。