名犯人・暗黒鞠音ちゃんの事件簿
「犯人は……貴女だったんですね! 暗黒鞠音さん!」
「ええ……そうよ……」
名前を呼ばれた少女が、無明の闇を思わせる漆黒の長髪を掻き揚げ、静かにそう呟いた。眉一つ動かさない彼女に、真正面から向かい合った鹿撃ち帽の男が、顔を歪ませる。男の名前は、明白某訓。探偵であった。
「一体どうして、あんなヒドイ事を……!?」
明白が鞠音に食ってかかった。
「明白にして下さい! 動機は一体何なんですか!?」
「動機……?」
勢い余る明白探偵に、暗黒少女は細い小首を傾げた。
「それは……」
「……!」
「それは……特に考えてなかった」
「は!?」
鞠音の答えに、明白は自らの顎を強引に捥ぎ取り、地面に叩きつけた。
「フォンな、ヴァカな!?」
「いやだって……本当に、特にないんだもん」
「理由もニャく、貴女はあんなフォトをしたって言うんでシュか!? そこんトコ、もっと明白にして下シャイ!」
「うーん……ホラ。好きなアーティストの曲って、一曲一曲違って聴こえるじゃない?」
「……!?」
「でもそうじゃないアーティストだと……全部同じ曲に聞こえちゃうって言うか……」
「はぁ……!?」
「だから、あんまり興味の湧かない事件の動機だと……全部同じに感じちゃうの」
「ダメだ……この子が何を言っチェるのか、シャっぱり分からない……!」
私だって分からないわ、と鞠音はほほ笑んで、明白の顎を拾った。明白は急いで自分の顎を付け直したので、顔面がちょっと歪んだ。
「事件の動機とアーティストの曲は、全然別なのでは!?」
「そう? 一緒じゃない? 『ムシャクシャしてやった』とか、『遊ぶ金欲しさ』とか……」
「一緒じゃないです〜! ひとつひとつ、全部違います〜!! 大体曲が聞き分けられないのは、貴女の感受性の問題でしょう!?」
「そうかな……」
「じゃあ、凶器は!? 凶器はどこに捨てたんです!?」
「凶器は……」
鞠音がふと空を見上げた。夕陽の赤が過ぎ去った空には、ほんのりと深い蒼が広がっていくところだった。
「凶器は……星になったのかも……」
明白は自分の両目を鷲掴みにし、そのまま天高く放り投げた。
「そんなバカな!?」
「どうしたの……? 貴方さっきから、おかしいわよ?」
「貴女に言われたくない!!」
見えなくなった目で、明白が喚いた。
「もうちょっとマシな嘘をついて下さい! 『川に捨てた』とか、『森の中で埋めた』とか、いくらでもあるでしょう!?」
「なんて言うか……ホラ……」
鞠音が伏し目がちに呟いた。
「難しい小説とか論文とか読んでると……意味の分からない単語とか読めない漢字に出会うじゃない?」
「またですか!?」
「そしたら、とりあえず前後の流れとかで何となく『こう言う意味だろう』とか『こんな意味なんだろうな』って推測して……」
「はぁ……」
「でも後でよくよく調べてみたら、全然違う意味だったって奴。凶器も……そんな感じ?」
「どんな感じ!?」
明白が叫んだ。
「見えない! 貴女の考えが見えない!!」
「目がないからよ」
鞠音は空から降ってきた明白の両目をキャッチして、彼の窪んだ二つの穴にジグソーパズルみたいに埋め込んだ。散々夜空に放り出されていたので、明白の目はちょっと赤く充血していた。
「じゃあ……じゃあアリバイは!? ちょっと待った!!」
「何よ?」
何も言ってないじゃない、と訝しむ鞠音に、明白は鹿撃ち帽をクイっと上げた。
「もうその、訳わかんねえ例えはいらないですから!」
「ヒドッ……」
「えっ……!?」
それまで感情の一欠片も見せようとしなかった鞠音が、急に目を潤ませた。
「せっかく、私が一所懸命説明しようとしてるのに……!」
「え……あの……」
「ヒドイよ……私の言ってること、そんなに訳分からなかった?」
「ちょ……えっ!?」
「『なんかこの曲似てるな〜』って思うこと、ない?」
「え? あ、ある……ありま、す……」
「『この漢字なんて読むんだろう?』って悩むこと、ない?」
「あるよそりゃ……あるある。全然ある!」
「じゃあ、『いざミステリーを書き始めたのはいいんだけど、動機がさっぱり思いつかなかった時』は?」
「めっちゃある!! そんなんばっか!!」
「『凶器って大体もうほとんど偉大な先駆者に網羅されてて、”意外な凶器!”って特になくない??』って悩む時は?」
「スッゲー分かる! もうお星様に頼りたいくらい! それこそ”隕石”とかでいいんじゃないもう。まぁそうしたら探偵も犯人も、全員死ぬけどォ!!」
「そう。まぁ……それは別にいいんだけど」
「いいんかい!!」
明白が勢いよく地面に頭を叩きつけ、その衝撃波は地底を伝わり、宇宙空間に波を生じさせ、やがて人類は数百年後滅亡の危機に晒されるのだが、それはまた別の話である。
「大体ねえ!」
明白が気を取り直した。
「興味の湧かない事件って……貴女、加害者でしょう!? 被害に遭われた方がいるんですよ!!」
「そうね……」
鞠音は少し悲しげに目を伏せた。
「それは……悪かったと思ってるわ……」
「……謝りに行きましょう」
鞠音が顔を上げると、明白がほほ笑んで、右手を差し出していた。
「私も一緒に行きますよ。ちゃんと謝ったら、向こうも許してくれるかもしれない。許してくれなくても、謝らないよりは、全然カッコいいと僕は思いますよ」
「探偵さん……」
「さあ……行きましょう。お菓子を勝手に食べたこと、謝らなくっちゃあ」
「ええ……」
鞠音は嘘泣きを止め、少し恥ずかしそうに頬を染め、明白の手を取った。
「ひとつだけ聞いていいかしら、探偵さん?」
「何ですか?」
「どうして、テーブルに置いてあった無料のお菓子を食べたくらいで……貴方に犯人だとか動機だとか凶器だとか、そこまで大げさに言われなくっちゃならないのかしら?」
「それは……」
……特に思いつかなかったので、明白は黙っていることにした。