第3章 運命の選択事件 後編
安堂宗は、長谷川尚紀、唐橋知亜子の三人と並んで、古町商店街を抜けた大通りに面するバス停前に立っていた。宗の手には封筒が握られている。
「しかし、宗、『C』が『当たり』だと、どうして分かった?」
尚紀が訊くと、宗を挟んだ反対側に立つ知亜子も興味深そうに顔を向けた。
「あの、ネコカガミモチ――」
「ネコカガミモチ?」
「ああ、いや、着ぐるみの司会者」宗は尚紀の突っ込みに答えて、「最後に俺のことを『安堂くん』って呼んだだろ」
「……そういえば」
「うん」
知亜子も頷く。
「それで、もしかしてと思ったんだ」
「どういうことだ?」
「だって、唐橋は、あの着ぐるみ司会者の前に来てから、俺のことを『安堂』って一度も呼ばなかっただろ。尚紀は俺のことを『宗』ってファーストネームで呼ぶしな。当然、俺自身も自分の名字を名乗ったりしていなかった。なのに、あいつは俺のことを『安堂』と名指しした」
「いや、ちょっと待った」知亜子が待ったをかけて、「私、一度だけ『安堂くん』って呼んだよ。ほら、私が札を選ぼうとして、長谷川くんが『何か秘策でもあるのか?』って訊いてきたとき。私、『たとえ『ハズレ』を引いたとしても、とんでもない目に遭うのは安堂くんと長谷川くんだから』って、二人の名前を言ってた」
「……そうだったな」
尚紀もそのことを思い出したのか、うんうんと頷いた。だが、宗は、
「いや。その状況だけじゃ、俺と尚紀のどちらが『安堂』かまでは分からないはずだ。唐橋は、俺と尚紀の二人を引っくるめて『安堂くんと長谷川くん』って呼んだんだからな。唐橋が尚紀のことを『長谷川くん』って一度でも呼んでいたら、二択の消去法で俺が『安堂』だということは判明したけれど、そういうこともなかった。それに、前後の状況も思い出してみてくれ。そのとき、唐橋と絡んでいたのは尚紀のほうだった。尚紀が『秘策でもあるのか』って訊いて、唐橋が俺たち二人の名字を呼んで、そのあと、突っ込みを入れたのも尚紀のほうが早かった。だから、その状況で『安堂くんと長谷川くん』って言ったら、むしろ、先に名前の出た『安堂』のほうが、現在絡んでいる男子――すなわち尚紀――の名字だと思うのが普通なんじゃないか?」
「……確かに」
「……そうかもな」
知亜子とともに、尚紀も納得した顔をしたが、
「じゃあ、あの司会者は、どうやって宗のほうが『安堂』だと見抜いたんだ?」
「見抜いたんじゃない。最初から知っていたんだ。あの『中の人』は俺の知り合いだったから」
「なに?」
「誰なの?」
「……知り合いだとだけ言っておく。俺の敵ではないことは確かな」それに、その人物がいかにもやりそうな遊技だし、と宗は心の中で呟いて、「だから、俺はあの司会者の思惑は『俺たちに当たりを引かせたがっている』ことだと思った」
「そこで『モンティ・ホール・ジレンマ』の正攻法そのままに則って、選択を『C』に変えたってわけか」
「なるほどね……」唐橋は感心した顔を見せたが、それもいっときだけのことだった。「ねえねえ、誰なの? その『中の人』って?」
「俺も気になる」
尚紀も話題に乗ってくる。
「だ、だから、知り合いだよ……そ、それよりも……」と宗は、封筒から四枚のチケットを引き抜いて、「いやー、温泉旅行。楽しみだなー」
「おい! それも当然俺たち三人で等分だぞ!」
「当たりを引いたのは俺だぞ」
「みんなで集めた補助券でだろうが」
「この景品が、運否天賦に任せたくじで得たものなら、確かにそうするべきだろう。だが、これは違う。俺が、あのネコカガミモチとの戦いに見事勝利したうえで得た、いわば戦利品だ」
「ふざけるなよ!」
「安堂くん」と知亜子が割って入り、「補助券の分担割合、憶えてる?」
「うっ……」
それを言われると、宗は言葉を返せなかった。一回福引きをするために必要な五枚の補助券。三人で持ち寄ったのは、宗と尚紀が一枚ずつ、知亜子が三枚という内訳だったのだ。
「ふふ」知亜子は含むような笑みを見せると、「だから、この温泉旅行は、私たちみんなで一緒に行こうよ」
「それは無茶だろ」と宗は、「高校生だけで泊まり掛けの温泉旅行なんて、親が許すはずがない」
「うん。だから……残りの一枚を『保護者枠』に使うの」
「保護者?」
「そう……ねえ、安堂くん」と知亜子は宗に顔を近づけて、「お姉さんを誘おうよ」
「なにっ?」
「お姉さんが保護者代わりになってくれれば大丈夫でしょ。どう? 長谷川くん」
「あ、ああ。宗の姉ちゃんなら、うちの親も何も言わないだろうな」
「よし、決まり」
知亜子は満足そうに、にやりと笑みを浮かべた。
「待て待て!」
「あ、バス来た」
「乗るぞ、宗」
「ちょっと、待てって!」
停留所に到着したバスのドアが開くと、すぐに知亜子と尚紀は乗り込み、宗も急いでそのあとを追った。
「宗くん、さすがだったね。考えなしに『モンティ・ホール・ジレンマ』に飛び付いたりしないで、こちらの思惑を推察したうえで答えを導き出した」
「まあ、あれだけヒントを出せばね」
宗たちの姿が消えた福引き会場で、私たち二人は会話の声を交した。
「やっぱり、血は争えないのかな?」
「関係ないって」
私の言葉に、表面上はそっけなく、しかし、満更でもなさそうな声を返すと、
「ふう……」
鏡餅に猫の面という恐ろしくおかしな出で立ちをしている怪人は、自分の頭の側面に手を当てると、真上に持ち上げて『面』を引き抜いた。
「真冬とはいえ、これはさすがに暑いね」
続いて、私も自らのウサギの面を取り外したことにより、二体の怪人は「中の人」という正体を現わした。
「こんなおかしな真似しないで、普通に券をあげればいいのに」
「だってさ、事件が解決した直後のタイミングで、お母さんから『宗が福引きをしに、長谷川くんたちと古町に行くよ』って連絡もらったんだもん。これは天啓でしょ。何かやらないともったいないでしょ」
「やるならひとりでやってよ。何で私まで、こんなことを……」
「だって、私ひとりだけだと恥ずかしいし」
「おい」
私は、胴体を巨大な鏡餅の着ぐるみに包んだままの、安堂理真に対して突っ込んだ。
「由宇、それ似合ってるよ」
彼女は、ふくよかなサンタという格好をしている私を指さして笑った。
「そっくりそのまま返す」
「でもさ」と理真は、「歳末にサンタと鏡餅なんて、どっちも微妙に時期がずれてて、面白いね」
「面白いかぁ?」
私がため息を吐く間に、理真は携帯電話を取りだして、「……はい、もう終わりましたから」と、本来の福引き会場係の人と交代してもらうよう手配をしていた。
参考文献
『絵解きパラドックス 思考の迷宮―奥深き逆説の世界』
ニュートンプレス 刊