第13章 蝙蝠作戦(宗パート)
「どういうこと? 安堂くん」
「それはな……」
宗は、昨日のサービスエリアで須仁田ミーシャと出会ったときのことを話して聞かせた。
「……なるほど、さすが名探偵ね」
「そこまで行くと、ちょっと引くわ」
知亜子と尚紀は、宗が推理によってSUVのドライバーが須仁田ミーシャだと見破った顛末について、それぞれ短く感想を述べた。
「ということは、あのとき助手席に乗った人、あの人はマネージャーだったんだな。須仁田ミーシャのことを『先生』って呼んでたから。まさか、死んでしまうなんて……」
宗は表情をゆがめた。
「でも、安堂くん、その二人がこの旅館に泊まっていることは、どうして知ったの?」
さらなる知亜子の疑問に、宗は、
「昨日の夕食会場で見かけたんだ。向こうでは俺には気づいてないみたいだったけど」
「何で教えてくれなかったのよ。サインもらいたかった!」
知亜子は宗を睨み付けた。
「さっき言ったように、自分に会ったことは誰にも内緒にしておいてくれって頼まれたんだから、仕方ないだろ。だから、俺も夕食会場では声をかけなかったんだ」
「うーん、それはまあ、しょうがないか」
「おい、宗」
と今度は尚紀が声を掛ける。
「何だよ、お前もサイン欲しかったのか?」
「何で『マジコ(魔法使い)』の異名を取った、かつてのセレソン(サッカーブラジル代表のことを差す)が日本にいたんだよ」
「それはロナウジーニョだろうが! 須仁田ミーシャだ! 五音目の長音しか合ってないだろ! お前はどういう耳をしてんだ!」
宗は叫び、知亜子は頭を押さえた。
「あ、お前、さては、『作家』を『サッカー』と聞き間違えた、とか苦しいボケをかますつもりだったな」
「……」
「黙るな」
「さ、作家か」と尚紀は気を取り直したように、「じゃあ、宗のお姉さんの同業者になるのか」
「ああ、確かに大分類では同じ『作家』にカテゴライズされるが、姉ちゃんとは小分類で違うな。須仁田ミーシャが書いてるのは児童文学だ」
「そのジャンルではヒットメーカーだよ」と知亜子も、「『ロック探偵団シリーズ』とか、知らない?」
「ああ、名前くらいは聞いたことある」
「それに」と再び宗は、「知名度も、本の売り上げも、姉ちゃんとは段違いだろうな。もちろん須仁田ミーシャのほうが遙かに上だぞ」
「なるほどな。で、その、大仁田厚は――」
「須仁田! 須仁田ミーシャ! どうして『涙のカリスマ』と呼ばれた往年のプロレスラーが児童文学を書くんだよ! お前、この状況でよくボケを繰り出せるな。人が死んでんねんで」
「どんなときも平常心を失うな、というのが俺のじいちゃんの教えだ」
「立派なお爺さまだな。孫にその血はほとんど受け継がれなかったみたいだけど。で、これからどうする?」
「捜査を続行するに決まってるじゃない」
当然でしょ、とばかりに知亜子は胸を張る。
「でもさ」と尚紀は、「これ以上は難しいんじゃないか? 従業員への聞き込みで入手できる情報ってのも限界があるし、かといって現場に潜り込んだり、警察に話を訊くことも不可能だろ。いち高校生の立場じゃ」
「だよな」
宗も同意した。が、
「私にいい考えがあるわ」
にやりと口角を上げた知亜子のメガネに、窓から差す陽光がキラリと反射した。
「猛烈に悪い予感がしてきたぞ……」
「二人とも」知亜子は宗の不安をよそに、「ちょっと後ろ向いてて」
「はあ?」
「なんで?」
「いいから!」
有無を言わせぬ剣幕の知亜子に、
「わ、分かったよ……」
宗と尚紀は素直に言うことを聞いて廻れ右をした。二人の背後で、ごそごそと音がして、数十秒も経ったところに、
「いいわよ」
知亜子の声が聞こえ、二人は再び体を半回転させてもとの向きに直った。すると、そこには、
「あっ!」
「唐橋、お前!」
知亜子が変わらず立っていたが、その扮装が違っていた。掛けていた眼鏡は外され、髪は後頭部で結ばれている。羽織っていた上着を脱いでシャツ姿となっており、下半身もそれまでのデニムパンツから、膝上十センチ程度のスカートに着替えられていた。
「どう?」知亜子は二人を見て、「ちょっと見だと私だって分からないでしょ」
「た、確かに」
「眼鏡と髪型だけで、見た目って結構変わるもんだな」
「ふふふ」
二人の感想を聞いて知亜子は、腕組みをして満足そうに頷いた。
「で、唐橋、お前のいい考えって、何だ?」
「この格好が答えよ。名付けて『蝙蝠作戦』」
「こうもり?」
「……どうやら読めてきたぞ」
疑問顔の尚紀の横で、宗はあごに手をあてた。言ってみて、とばかりに知亜子は宗の目を見る。
「唐橋、お前、蝙蝠になるつもりだな」
「さすが名探偵、ご名答」
「どういうことだ?」
ひとり蚊帳の外の尚紀が、二人の顔を交互に見ながら訊くと、宗は、
「尚紀、イソップ物語の蝙蝠の話、知らないか? 獣と鳥が戦争になったとき、蝙蝠は、牙と羽という獣にも鳥にもどちらにも所属できる自分の身体的特徴を活かして、出会う相手すべてに自分が味方だと思わせて、戦いに巻き込まれることなく戦場を切り抜けたっていう」
「それが?」
「つまり、唐橋は、姉ちゃんと江嶋さんという、素人探偵チームが捜査に加わっているのをいいことに、旅館の従業員には自分が探偵の仲間だと、姉ちゃんたちには旅館の関係者だと、それぞれ思わせて、ちゃっかり現場に潜り込むつもりなんだ。そうだろ」
「当たり」知亜子は笑みを浮かべると、「理真さんと江嶋さんとは昨日が初対面だから、これで十分ごまかせるわ。どこかで旅館従業員の法被も調達すれば完璧でしょ。で、従業員には理真さんの仲間だと思わせる。警察官にはどちらの立場でも対応できるしね。まさに蝙蝠のように、自由自在にあらゆる場所に潜り込めるわけよ。どやっ」
知亜子は宗に向かってVサインを突きだした。
「そんなに上手いこといくかなぁ」
だが宗は懐疑的な意見を述べる。
「だったら、安堂くんがやる?」
「何で俺が」
「でしょ。安堂くんはこういう行動的な捜査は苦手そうだもんね。いざ従業員の人に声を掛けられたら、しどろもどろになって一発で正体がばれそう」
「悔しいがそのとおりだな」
「おい尚紀、間違っちゃいないけど、何でお前に言われなきゃならないんだよ」
「ということで、私は行ってくる。もし理真さんから電話でも掛かってきたら、適当にごまかしておいて」
「――あっ! おい!」
宗の声をよそに知亜子は、筆記用具や携帯電話を詰めたポーチを肩から提げ、ドアを細めに開けて廊下の様子を窺うと、素早く外へと抜け出した。




