再会
新章です。
よろしくお願いします。
「もう、本当に、ほんっとーに! 大変だったんですから!」
言いつつ、少し前を歩いていたエレンが勢いよく振り返る。
両手を左右に広げつつの大げさな動作と口調だが、それらに反し表情に険はない。
彼女にしてみればそれなりに真面目? に怒っているのかもしれない。
が、口を尖らせたその表情は私から見るとまさに「ぷんぷん」と表現するような怒り顔で、むしろ可愛らしくさえ見える。
——私と彩は今、エレンに連れられてギルドの隣、冒険者ギルド総本部の中を歩いている。
目的地は当然、ギルド総帥であるミリアの執務室だ。
サイス冒険者ギルドの受付嬢に着任し間もないであるエレンだが、ミリア直属とも言える彼女はすでに総本部でも顔が知られているようだ。
不審がられ呼び止められるようなこともなく、すれ違う者たちは彼女に気づくと立ち止まり笑みを浮かべながら会釈してくる。
このスムーズさには、サイスに来てからのエレンの働きぶりはもちろん、彼女の美貌も少なからず影響しているのだろう。
むしろエレンの方がまだそれに戸惑っているような様子で、返す挨拶もぎこちないものになっているくらいだ。
その際、当然ながら私たちも彼ら彼女らの視界に入ることになる。
しかし、エレンが一緒にいるのでそのままミリアへ取り次ぐ来客だろうと見られるのか、特に何か言われたり余計な茶々が入ることはなかった。
独立した総本部なので冒険者の出入りはあまり多くないはずだが、私と彩の、いかにも冒険者然とした格好に渋面を作る者もいない。
もっとも、これにはエレンに加えて彩の容貌も幸いしているのかもしれない。
まずエレンの美貌に目を留めた者が、その後に続く彩に気づくと今度は彼女に見惚れ固まる——ということを幾度も繰り返せばそう思いたくなるのも仕方ないというものだ。
あるいは、もしも私たちが「例の依頼」の報告者だと知れば、もっと違う、はっきり言えば奇異の眼差しを向けられたかもしれないが。
と、そんな調子で長い廊下を歩き、ミリアの執務室に近づきすれ違う者もほぼいなくなった頃合いで、冒頭の言が飛び出した訳である。
たまりかねたように、あるいは我慢しきれなくなったかのように、エレンが言葉を吐き出す。
「もう……とにっかく! グランドマスターがはちゃめちゃで!」
勢いよく言い切った後、深いため息。
あー、なるほど……と、私は独り言ちる。
「ここにエレンがいる時点で、おおよそは理解できてしまうな……」
私と彩もこのサイスへの道のり、さほど急いだ訳でもないが、かといってそんなにのんびりしていた訳でもない。
なのに、エレンが先に此処にいるのだ。
つまりは、そういうことなのだろう。
……全く、あれにも困ったものだ。
確かに「ある程度」の迷惑をかけてしまうことは予想していたのだが、どうやらそれは、私の予想をはるかに超えるものだったようだ。
私はエレンに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「考えていた以上に大きな迷惑をかけてしまったようだ。す——」
「ストーップ、です。リュウさん」
私が口を開き話しかけたところで、エレンは私の言葉を遮った。
腕を前に差し出し、ちっちっちっ、とばかりに指を1本立てて振るという芝居掛かった動作までおまけについている。
「エレン?」
私は彼女に問いかける。
「今謝ろうとしましたよね?」
「ん? ああ」
「ダメです。確かに大変だったんですけど、無理やり拉致された訳じゃあないんです。ここに来るのを選んだのは私なんです。ですから、リュウさんに謝っていただく必要はないんです」
と、エレンは笑みを浮かべつつ言葉を繋いだ。
とはいえ、結果として私が原因でエレンに迷惑をかけたのは確かだと思うのだが。
「かといって、愚痴りたくても誰彼に言えることじゃないでしょう? というよりも、リュウさんたち以外にはとても話せないじゃないですか。だからどちらかと言えば、愚痴の矛先が向いちゃったリュウさんたちは私の被害者なんです」
「んー。しかしなあ……」
食い下がろう? とした私に、エレンが言葉を重ねる。
「悪いのはミリア様なんです。私が『わかりました、サイスに行きます』と返事したら、もうその場で『じゃあ行くぞ』って転移しようとするんですよ? 信じられます?」
……すまん、エレン。
私は、心の内で彼女に許されなかった謝罪の言葉を述べる。
なぜなら、私にはまるで実際に見ているかのように、頭の中にその場面が思い浮かんでしまったからだ。
その時のことを思い出しているのか、エレンの口調はヒートアップしていく。
「ちゃんと話をして、突然訪ねてきて無茶振りしたことについても真面目に頭を下げてくださって、『あぁ、やっぱりグランドマスターってさすがだな、筋を通す人なんだな』って見直した直後にですよ? 私の気持ちを返せ! て心の中で叫んじゃいましたよ」
「私にも引き継ぎだってあるし、引越しの準備だってあるのが当たり前じゃないですか。なのにそういったら、すぐにギルド長呼びつけて、『エレンをサイスに連れていく、あとは任せた』のひと言で済ませようとするんですよ?」
「そのあとも、今度は私の部屋まで案内させられて、部屋のもの全部消しちゃいますし! 私、部屋が空っぽになるまで呆然としちゃいましたよ。で、我に返って慌てて訊ねたら——収納空間? にしまった? とか。なんなんですかそれ? ですよ。もうやることなすこと、全部がはちゃめちゃなんですよ!」
「……まぁ? 結局、引き継ぎや冒険者の方達へのご挨拶も含めてなんとか2日は猶予いただきましたけど」
「あと、その2日間、空になった部屋の代わりにすっ——ごく豪華な宿もあてがっていただきましたけど。…………うん。あのお部屋に泊まれたのは良かったなぁ。王都でも最高級っていわれてる宿だったし。そのあたりはさすがギルド総帥よね……」
と、ことの経緯が終盤に差し掛かるにつれ、こみ上げていた怒りが自然に鎮火してきたようだ。
……先に落としておいて上げるのは懐柔の基本だぞ? などとは言うまい。
エレン、結果的に君は相当な無理を押し通されているぞ? などとも言うまい。
エレンは徐々に冷静さを取り戻し、そして、生温かい眼差しで自分を眺めている私たちに気づく。
ハッとしたように口を押さえ、顔を赤く染めるエレン。
「す、すみません……」
「いや、構わないさ」
私は彩と目を合わせ苦笑する。
恥ずかしさを隠すように目を逸らしたエレンは、ん、んん、と軽く咳払いをすると私たちに向き直り、再度口を開いた。
「まぁ、それはともかく、ですね」
「結果としては、私、本来ありえないくらいの栄転なんですよ。王都とはいっても一支部でしかないギルドの職員から総本部があるサイスのギルド職員に、しかも半分ギルド総帥の直属で総本部にも勤務ですし。お給料も上がりましたし、その上いいお部屋を借り上げていただいてます」
「ですから、まぁその、途中経過はアレでしたけど、結果には十分に満足しているんです。いえ、むしろ感謝しています」
「そのきっかけをリュウさんたちにもらった訳ですから、感謝こそすれ文句をいうなんて恩知らずって怒られちゃいます」
そう言い切り、エレンはにこりと笑う。
つられて私も笑い、エレンに応える。
「エレンがそう言ってくれるなら……そうだな。これからもよろしく、エレン。こちらにいるということは、そういうことなんだろう?」
「はい! これからも私がリュウさんと彩さんのパーティーのお世話をさせていただきます。よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします、エレンさん」
エレンと彩と私、3人で視線を交わし笑いあう。
「そういえば私、リュウさんとミリア様、Sランク冒険者とギルド総帥のふたりに頭を下げられた人間になってしまいました。ふふ。これってすごくないですか?」
可笑しそうに、エレンが冗談めかして言った、その時。
「そろそろいいかのう」
声の聞こえてきた方——私たちが立ち止まるまで進んでいた方向——を見ると、少し先にある扉が半分開いていた。
そして、そこから半身を覗かせつつ、じとりとした視線を向ける小さな影がひとつ。
ちょうどそちらに背中を向ける格好となっていたエレンの肩が、びくり、と震える。いや、縮み上がる。
そ〜……っと。
恐る恐る振り返るエレン。
「ミ、ミリア、さ、ま……?」
その影——ミリア——は、扉の陰から全身を現すと、にこやかな笑顔を浮かべつつ……彼女にこう応えたのだった。
「随分と楽しそうな話をしていたようじゃのう、エレン?」
「い、い、いいええ! こここれはその、ち違うんです! 久しぶりにお会いしたのでついお話が弾んでしまって…………て、あの、ミリア、様? ……どの辺りから……お聞きになられて……ました……?」
「ふむ。そうさのう——」
「『もう、本当に、ほんっとーに! 大変だったんですから!』のあたりからかのう」
「それいちばん最初っからじゃないですかぁ! 終わった! 今度こそ……私、終わった……」
がくりと膝をつき、両手を廊下についてエレンが項垂れる。
「うわ、本物の『 orz 』初めて見た……」
隣で彩が妙なことを呟いているが、それはともかく。
さすがにこれにはエレンに同情せざるをえない。
「あ〜。あまりエレンをいじめるな。元はと言えばお前のせい……いや、私のせいでもあるんだが……まぁ、とにかく」
私は姿を見せたミリアにしっかりと向き直る。
「——久しぶりだな、ミリア」
ぴくり、とミリアの全身が震える。
「…………」
何も応えず、うつむき震えるミリア。
「ミリア?」
私が再度彼女の名を呼んだ瞬間、だった。
「りゅうううううぅぅぅぅ〜〜〜〜!!」
身体強化を存分に効かせた、Aランクの冒険者をはるかに凌駕したスピードでミリアは私に抱きついてきた。
いや。
正確には、その小さな身体で、私の頭をそのお腹に抱え込むように飛びついてきたのだ。
あえて避けなかった私も私だが、結果としてそこには——
orzのポーズで項垂れるエレンと、私の頭を抱え込むようにしがみつき泣きじゃくるギルド総帥。
端から見る者には到底理解不能、奇々怪界な光景が展開されたのである。
————。
——。
短めのお話でした。
彩が空気……また後でしっかり目立ってもらうから……。
後半にあたる部分も同時に載せるべきでしたが、あまり間が空くのもどうかと思い更新しました。
ちなみに、その「後半」はまだ一文字も書けてません!だって、FGOイベのバルバトスさんとか……。




