余話 其の2 とある受付嬢の憂鬱
やっぱり、潤いって大事ですよね。
私は、この仕事に誇りを持っています。
王都ということもあり新人さんが多いギルドなので、錚々たる上位ランクの冒険者が居並ぶ、なんてことはありません。
軍によって安全が確保された王都周辺には危険な魔物の襲来なんてほとんどなく、新人さんたちが思い描くような血湧き肉躍る冒険譚になる——そんな依頼からは縁遠いのが実情です。
だから私の仕事の多くは、冒険者になりたいとギルドを訪れた新人さんの登録だったり、王都の外に出るといってもせいぜい食肉用の獣を狩ってくる依頼の受諾手続きだったりで、魔物の跋扈する辺境のギルドに比べればお気楽だと誹られても仕方ないかな、というものばかりです。
それでも、いえ、だからこそ、私は私の仕事がとても大切なものだと信じています。
冒険者は、基本的に魔力を持った平民がほとんどです。
だからというわけではありませんが、やはりその魔力量にはかなりの個人差があります。
それこそ少ない人になると、普通の魔力を持たない人より少しだけ力が強い、程度。
当然、魔法なんて使えません。
はっきり言ってしまうと、このような人たちが冒険者になったとしても、相手がどんな小物と言われる魔物でも決して楽に討伐はできません。
例えば、ゴブリン。
魔物としてはほぼ最下級とされています。
小さく、汚らしく、愚かで、欲望のまま生きる魔物。
人間の、特に女性にとっては最悪の結末をもたらす忌むべき魔物。
多くの人に嫌われ、また馬鹿にもされる魔物です。
そんなゴブリンでも、やつらは「魔物」なんです。
魔物が魔物と呼ばれる所以。魔力を持っているんです。
それが微々たるものであっても、そう在る以上、魔力を持たない人にとっては手強い相手なんです。
そのゴブリンと、魔力を持つ者としてようやく「同等」に相対し戦える。
潤沢な魔力を持って身体強化を行える、あるいは強力な魔法を軽々と矢継ぎ早に放てる冒険者にとっては一山いくらの雑魚にしか過ぎない相手と、ようやく同等。
それがランクF、Eで足踏みする冒険者、微々たる魔力しか持たない多くの冒険者の現実です。
それでも。
魔物が出ても自分たちではろくに抵抗もできない、そしてその危険が常につきまとうような辺境の村に住んでいるような人たちとって、冒険者は希望なんです。
それに、人は知恵を持つ生き物です。
たとえ保有する魔力量がEランクの水準であっても、戦い方を学び、工夫すればDランクに値する力を得ることも十分に可能です。
そんな冒険者たちがパーティーを組んで力を合わせれば、Cランクの依頼を達成することも決して不可能ではありません。
将来、英雄と賞賛される自分を欠片も疑っていない表情で冒険者になろうとギルドを訪れる若者たち。
そのうちの4割は、一人前といわれるDランクに辿り着けないのが現実です。
早々にその現実に打ちのめされるかもしれません。
でも、才能には恵まれなくとも、厳しい現実に折れることなく経験を重ね、前に進むことのできる冒険者も必ず現れます。
そして、そんな冒険者が、魔物に襲われ悲嘆に暮れるしかない人を救えるんです。
王都中の、町中の人たちに賞賛されることはなくても。
救ってもらえた人にとって、その冒険者は間違いなく「英雄」なんです。
そんな英雄が、ひとりでも多く。
新人、初心者と言われながらも、ひとりでも多く、たったひとりのための英雄となれる冒険者が生まれてくれれば。
私はそう考えます。
だから、私は、私が関わった冒険者に、何よりも「戻ってきて」欲しい。
生きて戻ってきて欲しい。
どんなに見苦しく足掻いたっていい。
生きて冒険者を続けていれば、必ず、誰かに感謝され報われたと感じられる瞬間が来ると信じているから。
その瞬間が、冒険者がさらに一歩前に進むための勇気を与えてくれると信じているから。
そして、それこそが、冒険者として生きることの醍醐味だと信じているから。
あなたもきっと——誰かの「英雄」になれるから。
私は、そんな冒険者の手助けをしたい。
——私は、この仕事に誇りを持っています。
だから、私はいつもギルドを出て行く冒険者にこう声をかけるんです。
「行ってらっしゃい」
……なぁ〜んて、柄にもなく語ってみたけれど。
だってさぁ。
語りたくもなっちゃうわよ。
おセンチな気分にもなっちゃうわよ。
え?そんな上等なもんじゃない、単に情緒不安定なだけだろって?
はいはい、もーいーわよそれで。
なんでそんなになってるのかって?
そんなの決まってるじゃない。
リュウさんとアヤさんデスヨ。
お か し く な い ?
まずリュウさん。
Sランク。
Sランクて。
Sランクってあーた、正気ですか?
Sランクは本当にあったんだ!? てなもんですよ。
ギルドに勤める者にとっちゃ、まさに伝説、文字通り雲の上の天井人ですよ。
ギルド総帥もおんなじようなもんとか言われるかもしれないけど、こっちはまだ想像できるじゃない? 私たちのトップ、て感じで。
でもね?
Sランク。
Sランクよ?
確かにランクそのものは存在してますけどもそれが何か?
実際に会うことになるなんて考える受付嬢いないっての!
そもそもSランク認定自体、私がギルドに入ってウン年(自主規制)、一度も聞いたことないし!
てゆーか、ええ、調べました、調べましたとも。
そこはそれ、ギルド職員ですから? そんなの簡単だし。
で、これまでにSランク認定されてるのが何人で何ていう名前かって?
——これまでのSランク認定者、1名。リュウ。以上。
お ま え っか〜〜〜い!
ぶっちゃけ、お前のために作られたランクやないか〜〜〜〜い!
…………はぁ、はぁ……。
で、そのSランクのリュウさんですよ。
ちょっと頼みたい、で白金貨ですよ。
はい、白金貨入りましたー!
安酒場の注文じゃないんだからさぁ!
そんな気軽に渡さないでよ!
そりゃあ、白金貨1枚あれば? 欲しかった服とか? 綺麗なアクセサリーとか? お貴族様御用達、みたいなお高い店でのディナーとか? 贅沢&豪遊できちゃうなー、うへへ……なんてちょっとは思っちゃいましたけども?
その代償がギルド総帥のお相手!
しかも確実に尋問レベルの根掘り葉掘り問いただされる幸せな時間へご招待!(強制)とか!
…………ないわ〜〜。
まぢないわ〜〜〜〜。
てゆーかさぁ。
考えたら、あの依頼も、あんなの、確実に達成できるの、本人だけでしょー。
実質ギルド総帥からのお呼び出しと一緒じゃない?
むっちゃラブコールじゃない?
ギルド総帥を「あいつ」とか「アレ」とかいってたし。「うっとうしい時もあるが可愛いところもある」とかいってたし。
なんかもうめっちゃ親しそうじゃない。
……いや、待って。
そんな親しい相手からのお呼び出しを30年ほったらかしてたってこと?
そんなギルド総帥様からの糾弾を受けるってこと?
…………カンベンシテクダサイ。
あ、胃が…………。
——それに、デスヨ。
あ、話題を変えるのは逃げてるんじゃないのよ?
逃げてるんじゃないから。大事なことだから2回言ったわよ?ええ。
リュウさんが衝撃的過ぎたのであまり話せなかったんだけど、アヤさんも一体何者なんだろう。
あのギルド証登録の時の魔力登録の速さ。
よくよく考えると、あんな一瞬で終わるなんて絶対おかしい。
新人の多い王都でそれなりに受付嬢やってきて、私が登録した人の中にもCランクになったとわざわざ報告しに訪ねてきてれた冒険者が数人はいる。
そういう人でも、あんなに「手を乗せた瞬間」じゃなかった。
もしそうだったら絶対覚えてる。少なくとも、10秒かもっとくらいはかかったはず。
魔力量の少ない人だと、色が変わるまで3、4分かかることもある。
それが、あの一瞬。
アヤさんも、言葉は悪いけれど「異常」な能力の持ち主だったり?
ていうか、間違いなくそうよね。
加えて、王都でもほとんど見かけない艶々とした黒髪に、王都の受付嬢になってもやっていけるどころか、あっという間に大人気になること間違いなしの容姿。
あ。
もしかして、特殊な事情のある貴族の子女とか?
…………ないわ〜〜。
まぢないわ〜〜〜〜。
…………ないよね?
ていうかホントにやめてよね? やめようよ。ね?
かむばぁ〜〜っく! 私の常識ィ!
…………だめだめ、逃げちゃだめよ。
前向きに考えなきゃ!
ということでぇ。
テイク1、スタート!
——でも。
今までのギルドでの仕事、自身の生活に何か不満があったわけではないけれど。
新しい何かが起こりそうな予感とともに、わくわくと逸る心を押さえきれないエレンであった。
なんちゃって。
でもってでもって。
そして、それが現実に、そして現実が予想をはるかに超えたものになることを、今のエレンは知る由もなかった。
なんちゃって。
…………やぁ〜めぇ〜てぇ〜!!
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——。
翌朝。
エレンはひとりで呑み散らかした部屋の惨状に呆然とするとともに、二日酔いにガンガン痛む頭を抱え出勤する羽目になるのであった。合掌。
注ぎ足していたストックがついさっき出来た次のお話でなくなります……。




