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リュウという名の男  作者: あき
第2章 アヤ
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訪問者

 住宅が道路に沿って並んでいる。

 道路はアスファルトで覆われ、地面に土が見えるような場所はほとんど見当たらない。


 都市、とまでもいかない戸建ての多い郊外の町。

 それなりに人が集まっていて、それなりに便利な町。


 「日本」の町は、多くがこのようなものだろう。


 今はその街並みを照らす橙の光が次第に弱まり、藍の色を濃くしてくる時間帯。

 それは、まもなく各家庭から食欲をそそる夕餉の匂いが漂いはじめる頃でもあり、誰かを訪ねるには少々微妙な時間ともいえる。


 ――そんな町の、そんな時間。

 そこに、とある一軒の住宅があった。

 化粧されたブロック塀で庭を囲んだ、大きくはなくとも瀟洒な家だ。


 一組の男女が、その家の前で、門柱に埋め込まれた表札を、そこに刻まれた苗字を見つめていた。


 ふたりは寄り添うように手を繋いでいるのだが――それは恋人同士というよりも、まるで、女の子が不安や恐れを紛らわすために男の手に縋っているようでもあった。


 そのふたりが見入っていた表札を掲げた家の玄関から、にぎやかな声とともに一組の家族が出てくる。


 夫婦であろう男女と、その子供であろう男の子がひとり。

 自宅の表札を見ていた男女に、玄関から出てきた男性が気づき話しかける。


「うちに何か御用ですか?」


 かけられた声に、女の子がびくりと身をすくませる。

 女の子の手にはさらに力が入り、男の手をぎゅう、ときつく握りしめる。

 そんな女の子の挙動をごまかすように、男は男性に声をかける。


「すみません。妹の同級生の家に行く約束をしてるんですが、この辺りと聞いてて。表札で苗字が同じだったんでここかな、と思ったんです。恐れ入りますが、『アヤ』さんって……」


 遠慮がちに尋ねる男の問いかけに、男性が答える。

 ――側に立つ女性と男の子のふたりと顔を見合わせ。

 そして、質問を発した男の隣にいる女の子に視線を移しながら――


「アヤさん、ですか。ごめんね、うちには彼女と同い年くらいの女の子はいないんだ」


 と。


「この辺りにうちと同じ苗字ってあったかなぁ……覚えにないなぁ」

「そうですか。……すみません、失礼しました」

「いえいえ、力になれず申し訳ない。じゃあ失礼するよ」

 当たり障りのない会話を終え、男は頭を下げる。


 3人で食事にでも出かけるのだろうか。

 彼らはにぎやかに話し合いながら、連れだって庭のガレージに停めた車に向かっていく。


 ――――。

 やがて車がガレージから出てくる。

 すれ違いざま、男は車の中の3人に頭を下げる。

 3人もまた、ふたりに視線を向けながら軽く頭を下げる。


 自分たちが去っていなかったことに多少の違和感、不信感は抱かれるかもしれない――と男は考えるが、迷って調べ物をしているとでも考えてくれれば、と割り切ることにした。


 ……夜の帳が下りてくる。


「……リュウ、さん……お願いします……」

「…………いいのか?」

「…………はい」


 言葉少ない会話。

 ふたつの影は、車が見えなくなるまで見送るようにその場に佇んでいたが、やがて――

 すぅ、と消えるように闇の中へ溶け込んでいった。


「ありがとう……ばいばい」


 小さくも確かな言葉と、雫のあとをその場に残して。


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