開花
よろしくお願いします。
「俺、吹奏楽部やります」
そう決断するまではあまり長い時間を要さなかった。衝撃的なパフォーマンスに魅せられ、一瞬にして憧れを抱いてしまったのだ。
「本当!?まぁ時間もあるし、ほかの楽器も体験してってよ」
シュンヤ先輩がそう言ってほかの楽器へと誘導しようとする。
しかし、俺の足はそんなものに興味を示さなかった。
「あの、すごかったです、お名前は」
俺が向かったのは、紛れもない、その楽器を演奏したもののところ。その人を追いかけたいと思った。
「おっ、体験入部の子かな?俺はアキラだ、よろしくな」
「アキラさん、ですか...」
靴を見ると、緑色のそれを履いていた。つまりこの人は三年生だ。
「ドラムに興味あるの?やってみる?」
「えっ、いいんですか?」
「おう、ものは試しって言うしな。まずはなんでもやってみろ」
「は、はい」
アキラといった名前のその人は、俺にスティックと席を譲った。
「どうだ、なかなかいいだろう?」
その人は、自分の体の一部を見るような目でそういった。
黒く妖艶に輝くバスドラム。アルミ製の輝くスネアドラム。バスドラムに呼応するように黒く輝くタムたち。豪快な光を放つシンバルたち。そのどれもが、圧倒的な存在感を示していた。
「はい、とても...」
その筐体の内側に込められたものを知りたくてしょうがない。そんな思いが先輩の説明を聞く暇もなく腕を動かす。
周囲の音が耳に入らなくなる。目の前の箱から奏でられる音がとても心地よい。まるで俺の心臓と箱の音色が共鳴しているようだ。
もっと、もっと、もっと知りたい。
違う、こんな遅い速度ではこの箱は答えをくれない気がする。
もっと、もっとはやく。
もっと、もっとだ。
もっと、
もっと、もっともっともっと。
気が付くと、体は勝手にその箱に吸い込まれた。
金属にも手が伸びる。
すると心地の良い、爽快な音色が響き渡る。
気づくとそこは、深い暗闇だった。
ただ暗く、その中で自分が何かに繋がれている。
「俺をここから出してくれ!!」
そんな叫びも届かない。
「ッ!!!!」
次に気がついたときには、そこはもといた音楽室だった。しかし、そこにいるすべての生徒がこちらを見ていた。
驚きを隠せないような顔だ。どうしたのだろう。
「ちょっとダイスケ君、もしかしてドラムやってた...?」
シュンヤ先輩が駆け寄ってくる。あぁ、そういえば俺は、ドラムを体験しようと...
「君、窮屈そうだったよ」
そういったのはアキラ先輩だった。
「俺、もしかしてドラム叩いて...」
「え、覚えてないの?君、ものすごい形相ですごいことしてたよ!?!?」
「は、はぁ...そ、それよりアキラ先輩、窮屈そうだったって」
俺はその一言が気になっていた。さっきの何かに繋がれた状態と何か関係があるのだろうか。
「あぁ、君はまだ技術を知らないからね。君は俺が教える。だから明日からでもうちで練習しに来てくれよ」
「は、はい分かりました...お願いします」
その時、音楽室から拍手が巻き起こっていた。
「これでDr.のパートは安泰だね~」
「アキラ先輩の後継者だ!」
「これはすごいことになるぞ...」
色々なつぶやきが聞こえたが、言っている意味がよくわからなかった。
「まぁ何はともあれ、明日からよろしくな、ダイスケくん」
「あぁ、よろしくお願いします」
これが、俺の人生の先輩との出会いだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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