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7話 ヤルイン市

「いい人たちだね」


 夜。

 使い勝手のすこぶる悪い来客用部屋で、ケーナはオプスに笑顔でキャラバンの感想を述べた。


「商売の一環であろう」


 オプスはあくまでも客に対するサービスと言いたいらしい。


「それでも、だよ」


 ケーナはマントを床に敷いて座り、毛布にくるまって壁に背を預けている。

 対するオプスは立ったまま反対側の壁に寄りかかり、腕を組んでケーナの話に耳を傾けていた。


 壁一枚隔てた向こう側からは数人の人の気配と、微かなモーター音がする。小部屋の小さな窓からは、たくさんの星が瞬く夜空が見えていた。


「経験者には分かるんでしょうね。こーんな砂漠慣れしてない怪しい小娘にさ、自分の息子を付けるなんて。相手の良心を試すってところの度胸じゃ済まないと思うよ?」

「……お主が愚痴を零すとは珍しいの。何かまた余計な心配を抱え込んではおらんじゃろうな」


 ついと視線を逸らしたケーナに、やっぱりあるのかよと呆れたため息を吐くオプス。


「さっきね……。エルダードラゴンって名前を聞いた時にね……」

「あのトカゲの売却に不満があったのか? 今からでも変更してくることは可能じゃぞ」

「いえ、その辺りの交渉事はオプスに任せるわ。私はこちらの事まだよく知らないし」


 ケーナは深呼吸をひとつして爆弾を落とす。


「……名前を聞いたら取得できたの」

「は?」

「ファンファーレが鳴って『エルダードラゴンが召喚可能になりました』っていう脳内アナウンスが……」


「…………」

「…………」


 静まり返る室内。

 外から聞こえて来る音が、先ほどより大きくなったような錯覚を感じるほど、重苦しい静寂であった。


 ケーナの魂源(ルーツ)に馴染んだリアデイルのシステムが別の世界にまて応用が可能だとは、とかなんとか呟きつつ戦慄するオプス。その動揺具合を見て、喚んで金に替えるってレベルの話じゃすまない爆弾だから、絶対使わないようにしようと心に決めたケーナであった。


「うん。も、もう寝るね!」

「あ、ああ。そうじゃな」


 もそもそと毛布を被り直し、ケーナは眠りにつく。

 オプスは壁に寄りかかったまま目を閉じるだけで寝ることはない。

 魔人族には種族デメリットの反面、【不眠不休】というスキルがある。初めての場所でケーナが安心して寝れる環境を作るため、オプスはそのスキルを使う。


 とはいってもただの寝ずの番をするだけだが。

 程なくしてケーナの寝息が聞こえてきてからオプスは目を開け、星の瞬く小さな窓を見る。


「あ奴は何処にいるのやら……。行方を捜索するよりあちらから接触して来るのを待った方が早いかもしれんの」


 その為には噂になるのが早い道だろう。

 キャラバンには口止めはしたが、放っておけばケーナがまた何かやらかすかもしれない予感の方が強いオプスであった。



 翌日の昼近く。キャラバンの砂漠行軍はあっさり終わりになる。

 メンバーの誰かが「見えて来たぞー!」と声を上げて目的地が近いことを皆に知らせる。


 熱波の陽炎の向こうに横幅の巨大な建造物が見え隠れしていたと思ったら、到着まで1時間と掛からなかった。



 20メートルはあるんじゃないかと思うくらいの高い金属製の壁。左右の端は霞んでいて終わりは見えない。


「確か直径が11キロあるんじゃったか」

「広っ!?」


 壁の上には所々に戦車の砲塔のような武装が設置されていて、外敵の接近に目を光らせていた。

 自動機械の他、巨大な原生生物も襲って来たりするので、気が抜けないらしい。


 壁もあちこちがコンクリートで修復されていたり、今も修理の真っ最中だったり、部品が足りないのかパイプで埋めてある穴もあったりで、見た目にも満身創痍と言ったところだ。


 その周囲にはロシードキャラバンと同じような車両が大量に密集している。

 コンテナ車両やキャンピングカーや装甲車がそれこそ数え切れないくらいに雑多に並んでいた。


「市内の車両が通れる道は限定されているために、ああして待機しているんですよ」 


 目を輝かせて車両の群れを眺めるケーナに、ベルナーたちが解説を入れてくれる。


「受付けがおざなりに終わるのはいーんだが、搬入するまでに数日掛かるのがめんどくせーんだよなあ」


 周辺を警戒するのに、2門の砲を持つ戦車や完全武装した騎兵の姿もある。機銃を備えたジープで走り回ってる人たちもいた。

 そちらの方の説明はダンがしてくれた。


「騎兵とかは出入りに制限は無いんだが、持ち回りでヤルインの警備が義務化してんだ。まあ、ここが落ちると流石にマズいんで率先してやる奴も多いけどな」

「大変そうですね……」


 ただでさえ広いところな上、門があるところだけを守ればいいものでもない。

 守るための労力はヤルインに住む全ての人々の義務であると、ダンは語ってくれた。


 それを聞いて「よし」と気合いを入れ、(こぶし)を握り締めたケーナの頭をオプスはひっぱたく。


「痛っ」

「またお主は……。あんまり決意を変な方向に向けるな。フォローする我の身にもなれ」


 その場に小さな笑いが漏れる。


「ははは。エルダードラゴンを仕留める嬢ちゃんなら心強いかもな」


 皆が同意して頷く中、勘弁してくれとオプスが目元を揉む仕草にどっと笑いが広がった。


 キャラバンの車両が受付に指定された待機場に移動すれば、ケーナたちのお客様としての時間は終わりだ。


 キャラバンのスタッフ全員と笑顔で握手を交わし、車両から降りる。市内の案内はオプスが出来るというので、ラグマは残念そうだった。


「じゃーな嬢ちゃん。次は変な厄介事持ってくんじゃねーぞ」


 ヒラヒラと手を振って背を向けたトカレは名残惜しそうな息子の襟首を掴み、他のメカニックがいる所へ引きずって行く。


「ほれラグマもさっさと来い。今のうちに足まわりを徹底的にやっとくぞ」

「ちぇーっ、わーってるよ親父。じゃーなーねーちゃんっ!」


 ぶんぶんと大きく手を振るラグマがトカレに殴られる姿に苦笑いをこぼすケーナ。


「それではお二方とも。ご縁があればまた一緒に旅をしましょう。あとこれをどうぞ」


 にこやかなベルナーに別れの挨拶とともに渡されたのは1枚の名刺であった。


「『宿屋マルマール』?」


 ひっくり返した裏面には簡単な地図が描いてあり、ケーナの脳裏には何故か丸まったイズナエが浮かぶ。

 確認の意味を込めてベルナーに視線を向けると「おすすめです」という答えが返ってくるばかりである。


「何から何までありがとうございます。行ってみます」

「はい、それではまた。お元気で」


 一礼して自分の仕事へ戻るベルナーの背を見送ってから、他のスタッフにも手を振ってその場を後にする。


 門番にいた係員にはオプスの角に不思議そうな顔をされたが、呼び止められることなく通過出来た。


「角つけた人なんていないからどーしようかと思ったけど」

「たまーに妙なアクセサリー付けた奴はいるからの。それと同系列に思われたんじゃろう」


 門をくぐれば舗装された地面があり、なんとなくホッとする気分になった。

 出入り口付近の左右には駐機している無数の騎兵やバギーなどが置いてある。そこを過ぎれば商店が入り混じった住宅街が広がっていた。


 見える範囲で主な材質はレンガとコンクリートだと思われる。見た目は産業革命直後の街並みのように見えるが、所々に掘っ建て小屋みたいなのやら、ガレージに家具ぶち込んで住んでる人もいて統一感はあまりない。


 服装はもっとバラバラで、現代風な人もいればケーナたちのような少し文明の遅れた洋装な者もいる。共通点は砂塵防護用コートを着ている者が多いところだろうか。


 名刺の裏に描かれた地図と街並みを確認しながら、ケーナは聞き忘れたことをオプスに尋ねた。


「ここの貨幣ってどんなの?」

「あちらと変わらん。ギルで大丈夫じゃ。流石に貨幣までは使えんがの。銅、銀、金、札じゃ。銅10が10枚で銀。銀100で金。金10で札じゃ。昨日貰ったカードで100万ギル、10札じゃな。あとで両替しに行くかの」

「ふーん」


 ところによってはカードのままでも買い物は可能だが、そんな場所は限られているので小銭はあった方がいい。という補足説明も受けて頷いておく。


 地図の場所は大通りより1本奥の、こぢんまりとした商店が並ぶ一角にあった。

 外からでも見通せる大きなガラス越しの店内には、3~4人が座れる小さなカウンターがある。


 特徴的なのは店員らしき妙齢の女性の前にあるショーケース、その中身はケーキの並ぶ皿が幾つか。

 看板に書かれた店名には『喫茶マルマール』となっていた。


「…………きっさてん??」

「のようじゃな……」


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