64話 屋台の有用性(1
その日の夜のうちにケーナたちは悪魔の塔へ向けて出発した。エディスフより充分距離をとった所で戦艦ターフへ乗り換える。
「ご主人さまぁ~わふわふ」
とファングへ嬉しそうにまとわりつくターフに違和感しか感じない。
慕う矛先がファングに向いているからかリュノフがターフに喧嘩を売ることも無く、実にのんびりとした道中である。
ファングの胸の内に吹き荒れるブリザードさえなければの話だが。
その主原因は戦艦ターフの中央部分にいつの間にか換装されていた格納庫内の新生(とは知らない)白い牙であった。
「馴染むっちゃあ馴染むんだが、どっか違和感があるなあ……」
彼の図体ギリギリな操縦席の中でファングはひとり呟く。
以前は薄汚れていた操縦席内部は卸したての新品のようになり、一通り動かしてみたところで突っ掛かりや軋みなど見られない。
白い牙は貴婦人の姿をした機体であるが、その特徴的な下半身にはフリルを重ねたレイヤースカートのような形状の装甲を纏っている。
以前はただの装甲と緊急用のブースターが組み込まれているだけであった。
改良後(新生型)は前後左右に4分割され、左右は内側にアームが設置されたフレキシブルシールドに。前後は緊急用ブースターへ変更されていた。もちろん防御たる装甲の役目も充分にある。
武装を懸架するハードポイントも腰だけの1ヵ所から肩やシールドの内側に増設された。ミサイルランチャーや長距離砲などに換装可能だ。その武装も格納庫内にずらりとぶら下がっている。
材料さえあれば製造可能で、いざとなったらファングのインベントリ内に保管しておき、戦闘中に取っ替え引っ替えすることも出来るだろう。
「ここまで無料とか言われると、後々何か厳しい条件を押し付けられそうで怖いモンがあるな」
活動電源は太陽光充電と変わらないが、謎のエネルギー源表示が増えている。
ターフに聞いてみたが「お母さまのやることに間違いはないわん」と返答されるため、全く参考にならない。ケーナもSF系はさっぱり解らないので自爆装置でないのを祈るばかりだ。
何度か会ったがT・Sのケーナ以外を見る目はまるで感情を感じさせないものである。ファングに向ける視線などは、無機物や路傍の石ころと言ったほうが正しい。
そんな無関心を貫く相手の細々としたものをここまで揃えてくれるというのは、単にケーナの存在ありきである。後々無理難題をふっかけられやしないかと戦々恐々とするファングであった。
T・S側の事情から言えば只単にケーナからの命に従っただけなので、ファングの胃痛を圧迫している心配事は空回りに終ることとなる。
心痛がファングの胃にダメージを蓄積しつつ、白い牙の各種チェック行っている時である。不意につんのめる程度の衝撃が彼を襲う。金属の擦れる音も辺りに響き渡った。
「? なんだ?」
疑問に思ったファングが外へ出ると、戦艦ターフの周囲が視界不良になるほどの砂煙が立ち込めていた。
「なんじゃこりゃ!? 襲撃か!」
「ご主人さま、ごめんなさいだわん」
思わず臨戦態勢になるファングの元へ項垂れたターフが謝りながらやってくる。
「慌てるでない。只のブレーキじゃ」
艦橋の方に居たらしいオプスが上から降ってきた。
巨大なキャタピラで走行する陸上戦艦ターフは、巡行速度からの急停車に数百メートルも必要とする。その結果がこの砂煙という訳だ。
ここからだとアマツバシの柱は天まで伸びる黒い大木のようだ。まだまだ距離はあるものの、前方視界のほぼ5割を占めていた。地平線まで続く空と岩塊の山々を断ち切るように柱が視界を遮っている。
「ここから目的地までの中間地点に動力反応があるわん!」
自動機械が待ち構えているのかと思ったファングは、ターフに砲撃許可でも出そうかと思ったがオプスに止められる。
「待て待て。自動機械とは言っとらんじゃろうに」
「けどよう……」
警戒して悪いことはないだろうと続けようとしたが、艦首の方で何かをしていたケーナが戻ってきた。
「風精霊飛ばして見たけど、トレーラーと騎兵がいっぱいいて陣地作ってるみたいよ。砂賊かと思ったけど規模が違うわね」
「うげ……」
何かに思い当たったのか瞬時に嫌そうな顔をしたファングに視線が集まる。
「たぶんバルドル商傭兵団じゃねーかと思うが。この辺にきているのか、厄介な……」
「なにそれ?」
「限り無くグレーに近い商人と取り巻きの傭兵だよ」
うんざりした表情のファングに越後屋的な奴等かとケーナたちはタグを付ける。
バルドル商傭兵団は3都市周辺を回遊する商隊で、悪徳商人と言っていい程悪い噂の絶えない集団である。影でどれだけの人が泣いたか分からないが、傭兵団としては人類圏内で最大規模なため自動機械の脅威がある程度減る。という意味では助かっているのも確かだ。
お陰で各都市も強く出れないでいるらしい。
唯一の救いはバルドル商傭兵団が自動機械を狩りながら得たパーツで戦力の増強を繰り返し、食料の補給くらいでしか都市に寄らないところであろう。
風精霊による偵察で行動を観察してみたところ、柱より定期的に出撃してくる自動機械を駆逐&拿捕して自分たちの利益としているようだ。要は柱より距離をとった場所に陣地を構築している。
「ぬう。それだと突っ込んでって蹴散らすとか……」
「やめてやれ。あんなんでも街に攻め込む自動機械の数を減らす要因なんだからな!」
本気を出せば一個大隊程度なら敵にもならないオプスの呟きに焦ってブレーキを掛けるファングであった。確かに鼻持ちならない連中だが、あんなんでも今の世界には必要不可欠な存在である。
訳も解らないうちに駆逐していい理由にはならない。
「じゃあ、お願いして退いてもらう……」
「そこまで話が通じる相手でもねーって!」
のほほんとしたケーナの提案をもあっさり切り捨てられる。
「ぺっちゃんこにするよ~」
「このちびっこがいっちゃんこええよっ!」
路傍の石ころを排除するような気安さにファングは戦慄する。
「強襲も懇願も理不尽も駄目となると、どーやってここから排除したものかのう?」
「お前ら実は打ち合わせてやってんじゃねえのか!?」
ファングの突っ込みはスルーしてオプスは考えを巡らせる。
実際、中に進入するだけならば姿を隠してしまえば良いだけだ。様子を見ながら出入りを繰り返すなら、原住民の眼は無い方がいい。
生身で自動機械を駆逐するケーナらの姿は戦力を欲する者たちにとっては垂涎モノの存在であるだろう。
更にもしケーナが余計な騒動に巻き込まれた場合、彼女より先に怒ったリュノフに磨り潰される恐れがある。個人ならまだしも都市が絡んだ場合には、人類の絶対数を減らしてしまう可能性があるために、なるべくその方向性は潰しておきたい。
「穏便にどいてもらうしかないのう……」
「うわ、オプスにしては平凡極まりない提案?」
「勿論仕込みはさせてもらうに決まっておるじゃろう」
「あ、通常営業だった。ならいいや」
「……お前ら、普段はどういう基準で動いてんだよ……」
ファングの呆れた視線にニヤリと黒い笑みを浮かべたオプスであった。
その日その時までバルドル商傭兵団は都合の良い狩場を手に入れたとホクホク顔であった。
今までは砂漠を進みつつ、現れる自動機械を倒すしかなかった。が、この悪魔の塔と呼ばれる所の近辺に陣取っていれば、自動機械のパーツを手に入れることが出来る。
しかも自動機械の種類は多種多様で際限無く出現するので、彼等の商売にはうってつけだ。
現在は各都市で大規模襲撃後のためパーツ等は飽和状態だが、時期を見て手持ちを放出すれば良いだけだ。ありふれたモノは捨てても良いと言えるくらいにはパーツが充実している。
幹部たちが儲けのための取捨選択会議をしようとした時であった。その車輌が陣地へ飛び込んで来たのは。
それは荷台に屋台を載せたトレーラーであった。
隊長格が周辺の警備を担当している者たちに、仕事の怠慢を怒鳴ろうとした。だが荷台の上から此方へ向けてにこやかに手を振る目の覚めるような美女たちに、相好を崩して鼻の下をのばすのに時間は要らなかった。
女性に心を奪われる男たちの中でも古参の者が、仲間を制し前へ出る。
「なんだお前たちは!」と闖入者へ誰何を飛ばす。
それに応えたのは停車した車輌から降りた、背の曲がった小柄な老人であった。




