63話 毒薬にもならない
「あー……あったまいってえ……」
マザー攻略について考えてみたが、ケーナには現場を見ないことには対策も何もないと思い当たった。T・Sが対策を考えてくれると言うのだから、現状は横に置いといても良いだろう。
気持ちを切り替えたそこに、オプスたちが帰って来る。
オプスの清々しく飄々とした態度はいつもの通り。
ファングだけは顔面に縦線を張り付けた青い顔をしていた。
「なに? 二日酔いかなんか?」
「さっきまで飲んでたんじゃがのう」
「朝まで飲んでたの!?」
「飲んでたら、朝に、なってた、っつーか。デカイ声出さねえで、くれ……」
蚊が鳴くようにボソボソっと喋るファングは額を押さえながら、車内のテーブルに突っ伏した。結構重症のようだ。
どうやら夜半過ぎくらいには飲み潰したガーディを孤児院へ送り届けて、そこから更に飲み続けたらしい。おそらく、ガーディの方も似たような状態だろう。
オプスが備え付けの飲料水用のタンクから紙コップに水を汲み、ファングの前へ置く。
アイテムボックスから薬瓶を取り出してそれも彼の前へ。
水を飲み干したファングは胡乱な瞳をしながら、流れ作業のような手付きで薬瓶を取った。飲む直前にチラリとそれを鑑定して見たケーナが目を丸くして声をかけるより早く薬はなくなってしまう。
「あっ!?」
「ぅえ? ……ぼぶぁふっっ!?」
薬を飲み干した後、一拍の間を置いたファングが黒い煙を吹き出し崩れ落ちた。
「ふむ、こうなったか」
「何を飲ませたの、何を!」
チラ見した程度だったが鑑定した結果には『そこはかとなく成功した万能薬みたいなもの』とあった。効果自体は問題なかったらしく、ファングのステータスからは二日酔いのバッドステータスが消えていた。代わりに気絶となってはいるが。
「なに、作成に関して細かいところまで数値化させていたらこうなったというだけじゃな」
「自分で実験せーいっ!」
オプスをヤクザキックで壁に張り付けたケーナは最上級の状態回復魔法を行使する。
程なくしてゆっくりと目覚めたファングは不思議そうな顔で辺りを見回す。
「えーと? あれ?」
「ちょっと大丈夫?」
「は? 何かあったか?」
「……おいおい」
かくかくしかじかと説明を入れると漸く自覚したようだが、壁にひっくり返った状態で埋まるオプスを見ると上げかけた腰を下ろした。
「頭にきたが溜飲は下がったからいいや」
「そう」
「我の状態を見て言うことはそれだけか……」
恨みがましい視線は飛んできた。もちろん誰も気にしない。
難なく惨状から脱出したオプスの背後では、リュノフが人型に凹んだ壁をなぞって線を書いていた。
「べこべこ~。あはははは~」
「殺人事件かい」
一通り書き込んで満足したのか、凹んだ壁はリュノフの手のひと振りで元に戻っていた。
1番の理不尽はやはりアレだとファングが認識したとかしないとか。
全員で簡単な朝食を済ませてからT・Sから聞いた話を大まかに伝えておく。ファングにはマザーの事は伏せて、アマツバシとそこへ続く柱の概要を。
「ああ、悪魔の塔な。それなら知ってるぜ」
「ええー、何で知ってるの? もしかして行った、とか?」
「行った行った。無限沸きハメみたいな感じでいい金策になったぜ」
どうやら噂だけ聞いて事実確認もせず好奇心のままに特攻したらしい。出入口のゲートからワラワラと沸き出す自動機械を延々と狩って稼ぎにしていたとのこと。
「流石に通いすぎて白い牙にガタきた時はまずったと思ったけどな」
「修理の当ても無いというのになにをやっておるんじゃ? 補給をせねば立ち行かなくなる装備じゃというのを理解しておらんじゃろう。馬鹿なのか? アホ以下馬鹿以下じゃろう。ゲームとは違うのだと何故理解せぬ? もちろん墓に刻むのは馬鹿で構わぬようじゃろう。まったくこれだから馬鹿というの度し難い。なぜなら後先考えぬ馬鹿というのは何を言おうが人の忠告を聞き入れぬからじゃ。この助言も「小言なんか聞きたくねえ」と右から左へ通り抜けようとしておるな……━━━」
途中からファングがそっぽを向いたため、彼の脳内へ直接繋げたようで、頭を抱えたファングが苦しみだした。
くどくどと説教3分の1、本気で馬鹿にした態度3分の2でオプスがファングを煽り始める。
最初は反論しようと睨んでいたファングだが、今はザックザックと目に見えない矢が針鼠のように突き刺さり、メチャクチャ気落ちしている。
(珍しい。オプスってばファングが危なっかしいから本気で心配してるみたいね)
『珍シイコトデスネ』
普通なら相手の頭をペシペシ叩きつつ馬鹿にした態度を崩さないオプスである。態度に変化はないものの、言い聞かせるような説教の形をとっているところから、余程ファングを飲み友として気に入ったのだろう。
「ひめさまぁ~」
目の前の説教光景を眺めているのが暇になったのか、リュノフがケーナにまとわりつき始めた。邪魔とはならないが、髪を弄ったり、腕にしがみついたりと少なくない接触が少々くすぐったい。
オプスたちに一声掛けて外へ出る。
じゅわっとした熱気を感じ、慌てて耐熱装備を整えた。キーも太陽光の威力を弱める防御壁をケーナの周りに展開する。
「ありがとう、キー」
『ドウイタシマシテ』
周辺を自在に飛び回るリュノフを連れながら、ケーナはなんとなく孤児院に足を向けた。
昨日施した緑地化はさすがに持たなかったようで、生えていた雑草の類いはくったりと萎れてしまっている。
近辺に地脈や水脈も無く、魔力で持たせていただけなので仕方ない。
このようにスキルや魔法で生み出した植物は、自然界のモノとは違い意思などは感じられないのだ。大地に根付いて半年程度経たないといけないらしい。
お陰で今目の前で萎れている草地には何の感慨も湧いてこないケーナであった。
ところが孤児院の子供たちにとってはそうでもないようで、雑草と同じように項垂れていた。映像以外では初めて目にしたと思われる草地であればなおさらだろう。
中には再度草地の復活を懇願してくる子供もいたが、世話が困難なため諦めざるを得なかった。
維持に水が必要なためである。これから此処の者たちは自力で水の供給や浄化を行わねばならないのだ。雑草畑に回す分まで孤児が確保するのは難しいだろう。
子供たちが鬼ごっこなどで遊んでいる様子を眺めていると、気まずそうな顔をしたディランと目があった。挨拶を交わすと直ぐにディランから頭を下げてくる。
「昨日は申し訳ない。柄にもなく熱くなってしまったようだ」
「いえいえ、気にしてませんから。こんな小娘が危険だと言われる悪魔の巣に飛び込もうとすれば当然の反応でしょう」
ケーナがにこやかに対応したことでディランの気まずさは晴れたようだ。が、次のケーナの言葉に表情が固まる。
「見た目で誤解されがちでしょうが私にとっては自動機械だろーが騎兵だろーがスクラップにするのに然程手間がかかりませんよ。その辺りを理解していただければ幸いですわ」
「青猫団の方から聞いてません?」と問い掛ければ、ディランは首を横に振った。
小娘の異常な戦力については情報は伝えられて無いようだ。
「貴女は……」
「?」
会う前より強張った顔のディランにケーナは不思議そうな目を向ける。
「それだけの力を何に使う気ですか?」
にこやかな表情のケーナだがその周りだけ妙に静寂になっている錯覚に襲われるディランである。笑っているのに恐ろしいと、自分より年下に見える女性に感じていた。
「私はただ自分の部下を迎えに来たんですよ。ちょっとその子が世話を焼きすぎたせいで人々が独り立ちできないようになってるみたいでしてね。今になって順次その手を離すようにしてるみたいですけど」
引っ掛かる部分はあるものの比喩的でディランには何の事かは分からなかった。
理解できたのは彼女がとてつもない恐ろしい事を喋っているというだけだ。
「ではこれで」と会釈をして去る彼女を追うことも出来ずにディランは見送るだけであった。




