62話 アマツバシ
翌日、駐車場のキャンピングカー内でケーナは朝を迎えた。
身支度を終えたあと、屋台車輌の食材を確認してため息を漏らす。
「食材の減りが思ってたより早かったわねぇ」
「はむっはむっ。ひめさまあ~、それっておでん? おさけ?」
かろうじて開いていた屋台で買った砂アゴの串焼きを食べていたリュノフが、口回りをタレでベタベタにしながら首を傾げる。呆れながらもケーナは汚れを綺麗に拭き取ってやるのを忘れない。
元々はお試し程度でしか用意してなかった食材だが、それでも30人分くらいはあったのだ。
ロシードキャラバンまでは良かったが、昨晩あれほどの客が集まるとは思っていなかったため残量が少なくなっている。
「こりゃまたT・Sに魚を分けて貰わないとだめかなあ」
「お呼びに従い参上致しました」
「ってわあっ!?」
胸に手を当て、恭しく上半身を傾けたT・Sがすぐ真横に居た。
リュノフの食事姿にすっかり気を抜いていたため、ケーナは激しく暴れる鼓動に大きく深呼吸をして心を落ち着ける。
気配が分かるようになったといっても、やはり不意打ちのような感じなものはびっくりするのだ。気を抜き過ぎるのも不味いなとケーナは自分を戒める。
「……来るなら来るって言ってよ」
「失礼致しました」
「ひめさまびっくりさせたらだめなんだよ~」
胸を撫で下ろすケーナを背に庇うようにして前に出たリュノフが、両手をぶんぶんと振って抗議する。
見た目はコミカルで可愛い仕草だが、T・Sだけは顔面蒼白となって小さく震えていた。
「た、大変申し訳ありませんでした」
彼女の恐ろしさを知る者としては、土下座せんばかりに頭を下げて許しを乞う。
「むぅ~」
「はいはい、怒らないの」
リュノフを胸に抱き抱えたケーナは「どーどー」と彼女の背を撫でて怒りを静める。
ヒエラルキーとしてはT・Sの地位がこの中で1番下になる。その為に将軍職のリュノフには逆らえないのだ。
ケーナの位は上になるが、力量的なところは真ん中である。使用する力の階位と規模と質が全員てんでバラバラなため、上下は付け辛いのだが。
「それで今日はどうしたの?」
「はい。姫様用の食材の補給に参りました。現物はこちらでございます」
ケーナの腰の高さあたりの空中に正座したT・Sが頭を下げる。ついでにどこからともなく出現した40フィートコンテナが屋台車輌の隣にズドーんと着地した。
「でかっ!?」
「米、肉、魚、加工食品。色々取り揃えております」
再び恭しく頭を下げたT・Sに礼を言い、片手で触れたコンテナを丸ごとアイテムボックスの中へと放り込む。頭の中に表示された内容物で屋台が続けられそうな量を確認し、小さく微笑んだ。
「うんうん。これだけあればしばらくもちそうね」
元々野外で営むのを想定していたのだが、昨晩は宣伝の意味も込めて公開した。そこからクチコミで広がればいいなという思惑である。深い意味はない。
昨晩の客たちには好評ではあったが、都市内では基本営業しないということだけは伝えてある。
ただでさえ水の件で商人組合と問題になった前例があるのだ。
都市内での商売権で揉め事は御免である。
「ああ、そう言えばT・S」
「はい」
「アッチにあるでっかい柱知ってる?」
ケーナが指差したのはエディスフの西の方向。それだけで方角の確認もせずT・Sは頷いた。
「アマツバシに繋がる経路のことですね」
「……あまつばし?」
「はい。『天にも至るサービスが目白押し! ここでアナタも俗世間の毒を洗い流せ』という頭の悪いキャッチコピーがウリの衛星軌道上観光娯楽集合体施設略して『アマツバシ』です」
「……娯楽、施設?」
「ええ。遊園地やらショッピングモールやら映画館やら宇宙観測展望台やらカジノやらホテルやら人工海水浴場やら雪原の温泉やらありとあらゆる娯楽に関する施設がこれでもかと詰まった衛星軌道上コロニーに上がるための軌道エレベーターがあちらの方向にある巨大な柱ですね。同じものが惑星上に全部で10本あります」
「ええぇ……」
デカ過ぎる規模に言葉に詰まる。
頼んでもいないのにペラペラと解説を入れているT・Sの話を半分くらい聞き流す。途中から専門用語の混じる構造理論を追及し始めたからである。
惑星の赤道位置の衛星軌道上ををぐるりと取り囲むアマツバシは直径20キロメートルの管状コロニーである。
かつて地上に繁栄した文明は、住居区間と学術部門、衛生施設以外の設備を全てアマツバシへと上げてしまった。惑星上の自然を保存するためとも言われるが、本当のところは不明である。
それだけ大きければ多少は地上から視認できそうなものだが、地表側に空の映像を展開しているためにその心配は無用だ。
「なんか昨日、地元の人から悪魔の塔だかなんだかって聞いたんだけど。もしかして自動機械の巣になってたりは……?」
「お察しの通りでございます。全館AI制御でしたので、あっさり陥落致しました」
「うわぁ……」
「内部はそのまま残っていますので個性溢れるダンジョンと化し、出てくる敵も多種多様でございます」
想定内だが想定外な返答も混じったため、ケーナは天を仰ぐ。
SF世界でダンジョンアタックをせねばならないとは何の冗談だろうか。ゾンビ世界でないだけましなのか。
「だからT・Sも手を出しあぐねているの?」
「いえ。半分程度は取り返して畑やら牧場やらに改造してしまったのですが」
彼女に抜かりはないようだが、半分程度という部分が引っ掛かる。
それこそT・Sの手持ちの戦力であっても手も足も出ない対抗勢力があちらに揃っているか、手出しすること自体を封じられているかのどちらかか。
「ああ、第3勢力という可能性も!」
「いえ姫様。深読みするくらいでしたら自分に直接お尋ねください。第3勢力なんかありませんから」
「そうかも」などと確信を感じた意見は当人にあっさり却下されて肩透かしをくらうケーナであった。
「マザーが居るんですよ」
「えっ!?」
髪をかき上げつつ心底疲れた表情でT・Sはため息を吐く。実に希少な態度である。
「マザーって宇宙に居るの?」
「ええまあ」
ケーナはマザーをアナグラか何かに立て籠っているのだろうと予想していた。
T・Sの情報に嘘は無いと信用しているが、何故彼女がそこを攻めあぐねているのかが気になった。
「攻撃するだけの戦力が足りない、ってことは無いのよね?」
「問題は場所にあるのです」
T・Sも戦力に拘ってマザーに戦いを挑まない訳ではない。
問題はアマツバシにマザーが居を構えている方にあるのだ。
端的に言えばマザーを落とした瞬間に制御圏内が消失する可能性がある。
それが爆発するか、エリアが丸ごと地表に落下するかは不明なのだ。
半円が消失すれば残った部分も衛星軌道から外れてしまうのは明白である。各柱さえも崩壊に巻き込まれて倒壊する危険性があり、それはT・Sも望むことではない。
その際、人が犠牲になるのはどうでもいいが、地表が大災害で荒れるのは本意ではないらしい。
「人はどーでもいいんだ……」
「この辺りは砂漠が広がっていますが他はきちんと自然が回復しています。そこが失われては惑星全体の環境が維持できません」
らしいっちゃらしいT・Sの主張にケーナはとりあえず納得はした。
第一に問題はマザーの攻略方法だろう。
「空間から切り離してそこで殲滅?」
「理に叶ってはいますがサブのシステムが構築されていた場合マザーと連絡が繋がらなくなったところで自爆しそうではありますね。と言いますが空間をどの様に切り離すのですか姫様?」
ケーナの本来使えるスキルの詳細を知るT・Sの疑問点に「え、そりゃあ」と呟いたケーナの視線は自分の胸元へ。すやすやと寝るリュノフに注がれていた。
納得した顔でポンと手を叩いたT・Sは「なるほど。では将軍の手を借りる方向で作戦を幾つか構築して参ります」と言うが早いか光に包まれて消えていくT・Sであった。
きちんと頭を下げていくのも忘れない。
「……忙しい子だなあ」
自分の僕ながら個々に我が違いすぎるところに呆れ返るしかないケーナであった。