6話 機関
「よぉーし。ねーちゃんは俺が案内してやるぜ! 任せときな!」
「それは期待しましょう」
胸を叩いて自信満々なのはトカレの息子ラグマ。
まだ9歳だがメカニック見習いだそうな。油汚れの目立つツナギは身の丈に合ってないのか、ずいぶんブカブカだ。
「ついてきなよ」
「お願いね、ラグマくん」
各車両の連結部分をひょいひょいと慣れた様子で渡るラグマ。
その後を事も無げについて行くケーナを見てトカレは口笛を吹く。
「へえ。あの嬢ちゃんずいぶん度胸があるな」
現在キャラバン全体は時速40キロメートルくらいの速度で砂漠を走行中である。
連結部分は砂地より10数センチメートル離れているが、砂煙で下は見えない。それなりに揺れもあって、慣れない者であれば落ちてキャタピラに巻き込まれる危険性も少なくない。
そんな所を特に気にした様子もなく渡っていけばトカレのように感心するものだ。
「まあ、道が悪いのには慣れておるからの」
オプスはそれまでいた環境故にと苦笑する。
リアデイル世界では舗装された道など、フェルスケイロかヘルシュペルの王都くらいしかない。ファンタジーではそんなものである。
「で、行き先はヤルインなのかの?」
「ええ。最近は新しい武器や機体の公開もありまして、自動機械の部品もそれなりに需要がありますね」
ヤルインは内陸部でも最大規模の大きさを誇る交易都市の名前だ。
城塞都市とも言われ、街の周囲を金属製の高い壁で囲まれている。
かつては自動機械に占領されていて、人類はその街を取り戻すのに多大な犠牲を払い、つい30年ほど前にそれを成し終えたばかりだ。
「ふむ、T・Sは健在か……」
「テスタメント機関の総帥の名前じゃねえか。知り合いか?」
「昔、色々あっての」
この世界での機械産業はテスタメント機関という所が管理している。
取り締まったり制限したりはしていないが、新しい武器や機体の設計図を時々公開する機関だ。
それには部品の製造法だけではなく、どの自動機械を倒せばどういった部品が手に入るかまでが記載されている。
そのため一部の人々からはマッチポンプ等、自動機械はテスタメント機関が放出しているのではないか。という噂まで飛び交っていた。
噂を増長させるのは問題の機関が否定も肯定もしないからだが。
その総帥は女性でT・Sという名前であることくらいしか知られていない。
それ以外の本拠地や構成人員や連絡方法などの情報は全て不明だ。
T・S女史にしたって30年前のヤルイン開放戦線に参加したという記録しか残っていない。
「なるほど。オプスさんは30年前のヤルイン戦に参加したのですね」
「まあ、ご想像にお任せするがの」
手持ちの情報からベルナーはそう指摘した。オプスはただニヤリと笑って言葉を濁すだけだ。
ベルナーたちの祖父もその戦いにおいて物資の運搬に参加したと聞いていたので可能性は充分にあるとふんだのだろう。
だがトカレの驚くポイントは別のところにあった。
「げっ。アンタ、そのナリで俺らの倍の歳なのかよ!?」
オプスもケーナも長命種なので外見的には何ら変化がない。オプスは20代後半、ケーナは10代後半にしか見えないだろう。オプスにしても、その時点でこちらの世界にいたのはまた別人の状態だったので、知り合いに合っても見破られるとは思わない。
「まさかあっちの嬢ちゃんもじゃあないだろうな?」
「ケーナは……。まあお主より年上には違いはないじゃろうな。あんまり精神的に成長したとは言い難いが……」
苦虫を噛み潰したような表情で遠い目をするオプス。
「トカレ。前にも言ったと思いますが、女性に歳の話は厳禁ですよ。パナライラに知られでもしたら……」
「待て待て兄貴。俺は何も話さなかった! そうだよなオプスさんっ。だからパナに言うのだけは勘弁してくれっ!」
真っ青になって両手を振り否定するトカレの滑稽さに、忍び笑いを漏らすベルナー。
パナライラとはトカレの妻でアマゾネスのような女傑だそうな。普段は積み荷のチェックや荷降ろし担当らしい。
「いいのか。影でそんなことを言っておって?」
「本人が自分のことをそう認めているのですから、陰口にはなりませんよ」
ずいぶんさっぱりした恐妻なのだなと呟いた声は、トカレがベルナーに許しを乞う騒ぎにかき消されていった。
◇
「わー、装甲車だー! キャタピラだー! スゴいスゴーい!」
「ねーちゃん……。ホントどこの出身だよ……」
装甲車を見てはしゃぎ、キャタピラを見てはしゃぎ、銃を見てはしゃぎまくるケーナの姿にラグマは心底呆れかえっていた。
ロシードキャラバンの保有する車両は6台。
先頭に車体より大きめな駆動輪をもつ装甲車。
地均しと襲撃があった場合の盾役も兼ねている。
2台目は各所に武装を内蔵した装甲車。
縦に戦車を重ねたような厚みのある車高の無人車両だ。先頭車両か3台目からの遠隔操作によって攻撃を行うらしい。
3台目は居住用。と言ってもキャンピングカーに毛が生えた程度の内装でしかない。
あっても壁に折り畳まれた人数分の簡易ベッドと小さなキッチンと折り畳み式のテーブルセットくらいだ。一応客用の小部屋もあるが人が2人入れる程度の空間である。
あとは全車両を管制するコントロールルームも併設してあるために、居住性はすこぶる悪い。
話によるとトカレ夫妻と息子は4~6台目のコンテナ車両(自走するだけの無人車)で寝泊まりしているとか。
その後方に傭兵団の所有する居住用車両とコンテナを改良した騎兵の格納車両が続く。
人員は6人だが騎兵は2台しかないらしい。
基本的に車両の足はキャタピラで動力は燃料電池と太陽光発電だそうだ。
各車両には枝葉のように伸びた数本のソーラーパネルが設置されている。夜間は動力を最小に落として動かないのが正解なのだとか。
「えへへ、ごめんねー。こんな近くで見るなんて初めてだったんでつい」
「ねーちゃんのいたところには車ってなかったのかよ?」
「えーっと……馬車くらいなら」
「なんだよその骨董品……。砂漠じゃ馬の方が珍しいぜ」
呆れを通り越したのか苦笑したラグマを前にして、はしゃぎようも落ち着いたケーナは赤面する。
病人だったころは戦車などは映像や写真で目にするくらいだった。
それよりも【騎士】や【戦士】の称号持ちの方が強かったのだから、地球世界では逆に不要品に成りかけていたというのが正しい。
実際に動くものを見て触ることは博物館にでも行かない限り不可能だったので、テンションが上がるのも当然であろう。
「なんつーか、こんなねーちゃんがエルダードラゴンを仕留められたのが信じらんねー」
一通りキャラバンの車両についての説明をしてくれたラグマは、ケーナにジト目を向けつつぼやいた。
「親子揃って同じコト言われたしー」
ガクリと肩を落としたケーナは大きなため息を零す。
こんなことならオプスから、この世界について詳しく聞いて行動すれば良かったと後悔していた。
実のところ、オプスはケーナにこの世界の情報をほとんど渡していない。オプスの主観の説明だと、ケーナの動きをほぼ制限することになるだろうと予測しているためだ。
実地経験で学んでいって貰おうと計画していたオプスでも、最初から地雷を踏むとは予想していなかった。この辺りはおそらくオプスより高位なケーナの魂源による予測不可能なところが関係している。