56話 救護措置①
翌日はヤルインへ向かうロシードキャラバンと別れ、ケーナたちはエディスフへ。
「そういえば言い忘れてたんだけど」
「なんら?」
昼夜逆転しかけているが、体内サイクルを戻すため無理矢理起きているファングが寝惚けまなこで振り返った。オプスは運転手なのでここにはいない。
「姫様になってるときに鉄塊傭兵団とリンク切れたっぽい」
「なんだなんだァ?」
「あ、意味が通ってなかったわ」
「リアデイル専門用語だされてもわからねえよ……むにゃ」
頭上にハテナマークを浮かべるファングの様子に肩を落とす。
話の分かるオプスは運転中だし。居住性を優先したキャリアカーの運転席部分はかなり手狭で、話をするために割り込むのは無理だ。この距離でメールを飛ばすのもアレなので、後回しにしようと決めた。
「デカイ車輌は運転席と離れているのがめんどくさいなあ」
昨晩にまとめて話しておけば良かったと嘆息する。
スクロールでとは言え、召喚したものと術者はリンクが繋がっているものの、せいぜい存在の有無程度がわかるくらいである。鉄塊傭兵団の存在が感じられなくなったのは、姫様が顕現した直後であった。
自動機械の勢力の全貌が判明している訳ではないので、あちらがどれだけの戦力を有しているのかは不明だ。リアデイルでいうところの300LVを倒すのに、どれくらいの重火器が揃うのだろうかと思い悩む。
「ねえファング」
「あぁン?」
「ゴーレム倒すのにガーランドだとどれくらいの戦力が必要かな?」
「あー? ゴーレムってえとアレか。岩だか石だかで出来てて、Eの文字を削れば動きが止まるという?」
「認識でいうならばそんなもんかな。リアデイルのは文字削り関係ないけど」
重火器を専門とするガーランドならばと聞いてみるが、ファングも実際に相対したことがないので具体的な答えに窮していた。
「じゃあ実際にやってみるしかないんじゃね?」
「ここでっ!?」
「おう!」
ファングからの提案でそういうことになった。
いきなりPVPじみたことを了承してくれるファングに、せめて騎兵は壊さないようにしようとケーナは誓うのだった。
車輌を砂漠の真っ只中で停止させる。
インベントリからファングが騎兵を出して準備する中、オプスだけは顔に困惑を張り付けた状態で呆れていた。
「どーしてこーなっていたのだ?」
「寝不足のファングに聞いた私が間違っていました」
多少の反省を織り交ぜながら、ゴーレム消失云々の情報は伝えておく。
「ふむ。分かっているのは?」
「方角だけかな。エディスフの西北西」
「ぬ……」
何か心当たりがあったようで難しい表情のオプスが押し黙ってしまう。
「まあ、あとで聞かせてよ」
オプスに手をひらひらと降って、準備完了したファングと相対する。
まだ騎兵には乗っておらず、ファングはバズーカと手榴弾を構えていた。
「よっしゃこーい!」
「では遠慮なく」
【魔法技能:load:作製サンドゴーレムLv3:ready set】
唐突に噴き上がった砂が瞬く間に人型を形成する。
背丈は3メートルもあり、ほっそりした痩せ型で表皮は砂が常に流動している。頭は首が無く瘤のような出っ張りがある程度で、目となるものはない。かろうじて半円状の口らしきものがあるだけだ。
310レベルに相当する強さを持つサンドゴーレムの出来上がりである。
「ファングを博愛固めするのよ砂ゴレちゃん!」
「指示が酷すぎるっ!?」
呼称も酷いが誰も突っ込まない。
「Za!」とか声をあげたサンドゴーレムが、両手を前に出してファングへと迫る。跳び跳ねてないだけで、滑るように移動するキョンシーのように。
ファングはそれの挙動に顔をしかめたくらいで、慌てず騒がず冷静に手榴弾の安全ピンを口で引き抜き投擲した。
放物線を描いて飛んでった手榴弾はサンドゴーレムが胸部まで広げた口にあっさり飲み込まれた。直後、胸部が内部から爆破されるが、足元から上がってきた砂に覆われて穴の開いた胸は即座に復元する。
「1割も減らないなあ」
今のでケーナの視界の端に表示されているサンドゴーレムのHPバーは1ドット削れたくらいだ。
「にゃろう!」
片膝立ちになったファングがバズーカを撃つ。サンドゴーレムの頭と胸部の上側を丸く吹き飛ばすが、これも足元からの砂が供給されて即復元された。
肩をすくめて首を振るケーナの様子が効果の程を物語っている。
ならばとファングは騎兵に飛び乗り、「これならどうだ!」と腰の後ろから騎兵用の短刀を引き抜いた。
長さ1メートル程の多少なりとも錆の浮いた刃のひと振りは、サンドゴーレムの上半身を消し飛ばした。残っていた下半身は崩れるように形を失い、砂地に同化する。
「よっしゃやったー‼」
操縦席で歓声を上げたファングだったが、召喚者のケーナが残念がる様子も見せずにニヤニヤと笑みを浮かべているのに気付く。
嫌な予感を感じてその場から動こうとした時、足元からの衝撃とともにガクンと騎兵が傾いたのが分かった。
「なっ……あアッ!?」
砂だ。足元から昇って来た砂が、大蛇の形状をとって右足から胴体に絡み付いている。
しかも真下にはすり鉢状のアリジゴクの巣が機体を呑み込み始めていた。腰まで沈み込み身動きが取れなくなり、最後に前方から盛り上がった砂が人型をとって機体に抱きつきファングのターンは終了である。
「負けたっ……!?」
両手と膝を付いて項垂れるファングに可哀想な目を向けるオプス。
「砂漠でサンドゴーレムと戦うとか、自業自得を通り越して馬鹿じゃろ。馬鹿2頭分じゃな」
「ぐふっ……」
ダメ出しを告げてやるとべちゃりと砂地に突っ伏した。
ケーナはサンドゴーレムのHPをチェックしながらブツブツと呟いている。
「ここはまだ砂の供給があるからダメージはこんなもんで済んでるけど、周りがコンクリートだったりアスファルトだったりすると手榴弾200個も使われたらもうアウトかな。ミサイルなんかってレギアランスと威力の差はあるのかな? 1回どっかで直にぶつけてみるしか……」
陰のある表情で虚空を見詰めて考え込むケーナに男2人は背中にうすら寒いものを感じた。
「おい、なんかおっかねえことをぶちぶち言ってるぞ」
「とりあえず聞き流しておけ! 迂闊に突っ込むととばっちりを食らうぞ」
ちなみにレギアランスというのは、丸太みたいに長く太い火炎系槍型魔法の芯に、ダマスカス製の杭が潜んでいる極めて凶悪なレイド用魔法系物理攻撃だ。
1発で燃焼→溶解→貫通のコンボを繋ぎ、城門やアイアンゴーレム等の胸板をブチ抜くのに重宝された。
雪玉に石を詰め込む発想で作製されたが、手掛けたのがオプスだというところが納得の一品である。
実験がどーのこーのと呟くケーナと、リュノフが楽しそうな笑顔で周囲を踊り回っている異様な空間はさて置いて、オプスは言いにくいことを今のうちに伝えておくことにした。
「ファングよ」
「おう?」
「悪いことと希望観測的に悪いことがあるが、どっちから聞きたいかの?」
「どっちも悪いじゃねえかっ!?」
「具体的な選択肢を寄越せ!」と吠えるファングの要望には耳を貸さず、オプスはベルナーから聞いたエディスフの現状を話していく。
街で使用する大量の水を確保するために、技術者総出で浄水施設の製作に関わっている事。そんな状況のため街の機能がほぼ止まっていて、オーダーメイド部品を発注しても受けて貰えるか怪しい事である。
「ぐふうっ……」
ファングはいっそ殺せと訴えるように脱力する。
今まさに命を失った死体の如くパッタリと倒れた。淡い希望すらもここでは打ち砕かれる仕様なの、なんなの? と滂沱の涙を流しながら撃沈した。
話しておいて「やりすぎたっ!?」とオプスが後悔するくらいには燃え尽きた死体となっている。
「まっしろになってる」
リュノフが唖然と呟くことすら稀だというのに、ファングから漂う悲壮感が半端ない。危険な考え事をしていたケーナも口をつぐんでしまうレベルである。
「ううっ……こ、ここまで、コツコツと、……金貯めて、来たのにぃ……ぐすっ」
突っ伏したままプルプル震えているファング。
さすがに不運まみれ過ぎるんじゃないだろうかと、お節介に終わるかもしれないがケーナは助け船を出すことにした。
「やれやれ……。まあ私自身が原因の大半に掛かってることだし手助けをするのは当然かな」
と言いながら足元にマンホール大の魔法陣を展開。
淡い金の光を放つ法陣の真ん中に手を突っ込んだ。そこから引き抜かれたのは猫のように襟首掴まれて、四肢をぶらんと垂れ下げたT・Sであった。普段は無表情か取って付けたような笑顔なのに、珍しく唖然としているように見える。
キョロキョロと辺りを見回し、自分を掴んでいるのがケーナと知って目を丸くした。
「姫、さま……? 一体何時からこのような高等空間術をお使いに?」
「この前過去の残滓が表に出た時かな。幾つかはまだ手探り中だけど、このくらいはなんとかね」
借りてきた猫みたいな体勢から砂地に降ろされ、T・Sは改めてケーナに向かって頭を垂れた。
「ひと言言って下されば御前に馳せ参じましたのに。このような手段で呼び出したのは緊急の要件でしょうか。姫様の望むものかあればご用意致します。何なりとお申し付け下さい」
「うん。じゃあね、ファングの騎兵の修理を頼めるかな。あと戦艦ターフにそれ専用のメンテナンスベッドを備え付けてくれるかな。それと副主人の登録を彼でお願いするわ」
「はい……は?」
「……え゛?」
何か空間ごと凍り付いた音が2つ聞こえた気がした。




