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55話 不穏な先行き


 ぎゃあぎゃあと騒がしい屋台とは裏腹に、キャラバン側の車輌は穏やかな空気に包まれていた。

 トカレの妻子やベルナーはこちらへテーブルを設置し、ケーナが酔っぱらいたちとは別に取り分けたおでんをつついていた。

 オプスはこちらでベルナーと酒を汲み交わしながら、情報交換をしている。ファングは夜番を勤めるために仮眠中だ。


「襲撃については分かりました。エディスフにはその、しーるどましん? とやらが現れたというのは聞いていませんけれども」

「大規模襲撃自体はあったという訳じゃな。しかしあそこは鉄壁の防御力を誇ろう。事前察知さえ出来ておれば苦労はない筈じゃ」

「そちらはつつがなく。しかし今は街中お祭り騒ぎ状態ですね。騒乱ではなく混乱といった状態でしたが」


 熱燗をちびちびやる2人。

 オプスはひょうひょうとした感じだが、ベルナーの眉間にはシワが寄っている。


「お陰でこちらの取り引きも満足に行えない有り様でして。最低限だけ終えて、早々に引き返して来たといったところですよ」


 苦笑混じりの愚痴であった。後々まで続かないのは商売人の矜持なのか。


「部品という意味では先程の戦利品を譲って頂いたのは幸いです。しかしヤルインも飽和状態という話を聞いてしまうと頭の痛いところですね……」


 思案ぎみになりながらお猪口をぐいとあおる。

 半分自棄酒じみているあたり、これも愚痴に聞こえるのは気のせいか。


 邂逅時の戦闘で得た自動機械の残骸は、ほぼ全てをロシードキャラバンへ売却してある。

 バナハースやヤルインと同じく、エディスフにも自動機械のパーツは有り余っているそうだ。得た代金は以前の半分以下であったが、討伐数の多いファングへ代金を丸渡ししてある。

 オプスは生活に必要な金額は充分にあり、ケーナは水売りだけで既に小金持ちとなっているからだ。


「にしてもエディスフもお祭り騒ぎじゃと?」

「ご存知の通りあそこは工業都市ですからね。浄化水槽を作るとなれば、飲料水や生活廃水以外に必要な水量は膨大になりますよ。今現在は工業施設のほとんどがストップし、修理工場からも人員総出でそちらの製作に掛かりきりとなっています。作り終えるのは何時になることやら……」


 疲れ果てたため息とともに重ねられる盃。

 商人の苦労が分かるとは思わないが、こんな時くらいしか愚痴の吐き所はないであろう。時々相づちを返しながらベルナーの話に付き合うオプス。


 どうやらエディスフも、ヤルインやバナハースと同時期にテスタメント機関より技術提供がなされているようだ。

 街が一丸となって浄化水槽の開発に力を入れるのは構わないが、そのしわ寄せは流通の方にも多大な影響を与えているらしい。


 その根本的な原因がまさか『姫様と一緒に旅をするため、機関の縮小化を図っている』とは思うまい。先方の都合を考えないT・S(テッサ)の態度をケーナに報告するかどうかオプスは迷った。

 だが、今さら走り出してしまった都市プロジェクトに横槍を入れる訳にもいかないので、オプスはこの事案を綺麗さっぱり忘れることにした。


(しかしT・S(テッサ)も技術伝授を一緒くたにしすぎじゃろう。これではファングの部品発注もままならぬようじゃしの。ほっとくとあ奴に負荷が行き過ぎて、このまま暴発しかねんな……)


 ファングが嬉々として金を貯めながら自機の修理に想いを馳せる様を思い出し、その不憫さに憐れみを感じるオプスである。




「そういえばベニーの奴ともこうやって自棄酒に付き合ったものよのう」


 ぐだぐたと不毛な考えを繰り返すのも面倒になったオプスは、話題を切り替えることにした。


「お爺様が、ですか?」


 びっくりした顔でオプスを窺うベルナーの表情は意外といった感じである。


「なんじゃ。あ奴め、孫の前では猫を被っておったのじゃな。おーい、酒の追加を……」


 やれやれと呆れた顔のオプスは熱燗の追加をケーナに頼もうと声を上げる。

 間髪入れずに徳利が空中を滑るように移動してきた。リュノフの仕業なので、ベルナーには視認出来なかったようだ。酒は酔っぱらい共とは別に確保しておいた分である。


(ひめさまがほどほどにしとけーって)

(う、うむ……)


 逆らえない相手筆頭からの伝言に、オプスは冷や汗を浮かべながら頷く。

 興が乗れば飲み潰しても問題ないだろうと考えていただけに、気まずいものがあった。ベルナーはそんなオプスの様子には気付かず、ぽつぽつと祖父との思い出を語っている。


「お爺様は1人で飲むのが好きなようで、出掛けては酔って帰って来ましたね」

「寂しがり屋だったからのう。よく酒の席に引っ張り込まれたもんじゃ。『絡む相手になれー!』と言っておってなあ。打たれ弱くて口論に負けると泣きながら席を飛び出して行き、翌日になってからそうっと帰ってきたもんじゃ」

「……は、はあ。そんなことが……」


 昔を懐かしみ饒舌に語るオプスとは対照的に、祖父の知りたくもない生態を知ってしまったベルナーの顔色は悪い。


「なんというか物事を頼まれ易い奴でのう。本人もそれを安請け合いするものだから、無理難題を結構抱えておったな。皆で額にシワの寄った表情度合で、手を貸す時期を見極めとったものじゃ」

「は、はあ……」


 ベルナーの中の尊敬するお爺様像がガラガラと崩れていくのに気付かず、オプスは昔の笑い話を1つずつ語っていく。

 ベルナーが意気消沈する前に、空気を読んだリュノフが容赦なくオプスを強制的に黙らせた。


(なんかスゴい音がしたような?)

(あてみー)


 首が90度くらいに曲がったオプスはぐったりと机につっぷしている。

 「ズコォ!」とか「メギィッ!」とかいう音が野営地に響き渡った。その場の人々が首を傾げたが、酔い潰れただけだろうと判断されたようだ。

 リュノフが認識されないだけで出来事が適当に処理されていくのは仕様らしい。



「おい! 誰か俺の分食ったろう!」

「なにをいう! お前が食ったんだろっ!」

「おいおい正直に言えば許してやるぞ。白状しろって」


 頼んだおでんが一品消えたのなんだのと酔っぱらいたちがケンカを始める。


「むぐむぐ、うまうま」

「人のとこから取らない!」

「みう~~!?」


 人知れず皿からおでんを盗み食いしていたリュノフは、ケーナに頬をつねられて悲鳴を上げていた。


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