54話 旅路と宴席
出発する直前に商人たちに囲まれるというアクシデントはあったが、ケーナたちはエディスフへ向けて旅立った。
「耳慣れない酒名を連呼してたせいで絡まれるとは思わなかったわ」
「まあ、日本酒なんかこの世界にはないからなあ」
酒造スキルを使いまくって突き詰めた末に、幾つかの派生に至っている。それでも作れるものは各種1種類だけだ。狙って○○という銘柄を造ることはできない。
修めているのはケーナだけなので、オプスのスキルは当てになら無い。食料関係のスキル派生に関してはケーナの方が優れているため、屋台は必然的に彼女の独壇場となる。
こちらの世界にある酒類は水っぽいビールのようなものと、果実酒(果実が高価なため高級品)。あとはラム酒に似た度数の高いものばかりだ。極端に度数が高い物か低い物しかないのが困りモノである。
過去の自動機械の反乱で、その辺りの文化が途絶えかけた経緯もあり、酒名に興味深そうな商人が寄って来るのも仕方がないことだろう。
「私は進んで酒を飲みたいと思わないしねー」
「かーっ! 酒飲みに厳しい環境だよなあ。オプスはうわばみみたいな奴だし」
嫌だ嫌だと首を振って愚痴るファングを、ケーナは更に真実で追い込む。
「そりゃそーでしょーよ。私らは毒耐性をひと通り持ってるもの。ほろ酔い程度にはなったとしても、酔っぱらうだなんてありはしないわ」
「なにぃぃぃっ!?」
自分から耐性外して酔っ払おうと思わない限り、飲み比べでファングがオプスに勝つことなどないだろう。
「ぐあああっ! あの野郎! それ黙って俺に飲み勝負持ち掛けやがったんか。許せねえっ!」
なにやら既に負けまくっているようだ。
頭を抱えて唸るファングに「御愁傷様」と声を掛けたケーナは、青筋を浮かべながら運転席へ突撃する彼を見送った。
『ご主人さまー』
「ターフ? どうしたの?」
運転席側から言い争う声が聞こえてくると同時に、ターフより通信が入る。
現在、戦艦ターフはケーナたちの車輌より距離をとって、目立たないように移動中だ。全周囲警戒はターフが受け持ち、何か異常が有り次第、連絡を入れて来ることになっている。
『西南西3Km、戦闘中、車輌8、騎兵2、自動機械10、だわん!』
西南西は進行方向である。
俯瞰視覚を使っていなかったケーナには詳しい状況は分からない。騎兵が混じっているということは人が襲撃されている筈だ。それが砂賊なのか商隊なのかは不明だが。
「分かったわ。ターフは砲撃準備のみ、まだ手は出さないで!」
『了解、だわん!』
ケーナの脳裏には、お座りをして尻尾を振りまくる子犬が浮かぶ。
クスリと微笑んで、運転席側で口論が続いているのに呆れつつ声を掛けた。
ちなみにリュノフは室内にいるが、朝から天井付近を漂っている。精神体を飛ばして報告に行ってくるらしい。何処まで行って何日掛かるかは全くの不明なので、とりあえずは放置の方向である。彼ら以外にリュノフは視認出来ないので、もし第3者が踏み込んできても見つかることはない。
「オプス! 前方で自動機械が何かを襲撃してるって!」
「なんじゃと!?」
口論が途絶えたと同時にファングが駆け戻って来た。
「おおっとぉ、出るんならいい加減俺にやらせろ!」
「え? ヒュドラ使うってこと?」
「ちげえよ。騎兵使うってことだよ。俺に経験値をよこせ! ギブミーEXP!」
ファングは両手を振って身体中でアピールする。
ガーランドのシステムはレベルアップして身体能力を上昇させる型とは違い、スキルの熟練度を上昇させるためなのでEXPは違うんじゃないかなあとケーナは思った。口に出しては言わないけれど。
「はい、じゃあ行ってらっしゃい」
ゆっくりと停止した車輌よりケーナは扉を開け、どうぞどうぞとファングを促す。
放逐されそうな言い方に、出番を喜んでいたファングの表情が曇る。
「げ……。俺だけ行ってこいってことか?」
「一応私も行くわ。オプスはリュノフとこっちよろしく」
「好きにせい。問題無いと思うが気をつけよ」
運転席から顔を出したオプスにケーナは言付け、ファングはインベントリから騎兵を取り出して乗り込む。
『よっしゃあ! 俺の出番だ!』
喜び勇んで駆け出し(ホバー走行)て行った騎兵を見て、ケーナは少々不安に思った。
彼の騎兵が携行している銃が1丁だけだったからだ。
今まで彼女が見てきた騎兵は、腰や背中のラックに何かしらの副武装を備え付けているのが一般的である。
「大丈夫かなあ、あれで……」
「そう思うのじゃったらとっとと追い付いて補助魔法でも掛けたらよかろう?」
「うん。じゃあ行ってくる」
これまた砂上を滑るように移動するケーナを見送り、欠伸を噛み殺すオプスだった。
「ひと眠りは出来そうにはないのう」
オプスは砂煙が立ち昇る遠方を眺めながら欠伸をもう1つし、車輌を発進させた。
⬛
オプスの予想通り、戦闘自体は20分と経たずに終了した。
撃墜の内訳は助けられた側が1機。ケーナが3機にファングが6機である。
ケーナの心配は杞憂に終わり、ファングはスキルを使用した射撃のみで敵を圧倒していた。
「おっしゃああっ! 射撃〔騎兵〕スキルが1アップしたぜ!」
「あー、良かったねー」
小躍りするように跳ねるという器用な喜び方をするファング。棒読みの祝福を投げるケーナは、頭の痛くなる状況にふかーいため息を吐いた。
「よう、嬢ちゃん。仲間が増えたみたいで何よりだが、そいつは白い牙じゃねえのか?」
「救援感謝しますケーナさん。早速ですが、そこの後ろの車輌について説明して貰っても宜しいですか?」
助けたのは馴染み深い商隊であった。
ベルナー・ロシード率いるロシードキャラバンと、専属護衛を勤めているダンの傭兵隊である。
「ご無沙汰していますベルナーさん、ダンさん。ファングに関しては数奇で奇妙な縁だとしか言えませんね……」
ダンは「そうなのか?」ぐらいで引き下がってくれたが、完全に納得には至っていない顔だ。ファングがそっぽを向いて視線を合わせないところをみるに『しつこく勧誘したが断った』ような関係だろう。
「あの水売りとはどのような商売ですか? 見たところ大容量タンクなどは積んでないようですが、いったい何処に隠し持っているのですか? そしてあの氷の文字! この砂漠のど真ん中でどのように……」
「近い近い‼ ベルナーさん近いですってば!」
ひと言ごとにズイズイと迫り寄るベルナーに恐怖を感じたケーナは慌てて逃げ出した。
オプスは背中に隠れるケーナに深いため息をこぼし、ベルナーへ「ならこれから実地で試してはどうじゃ?」と提案する。
「なるほど。それでしたらぜひ」
ポンと手を叩きにっこりとした笑顔のベルナーが頷いた。
━━1時間後、呑み屋台は酔っぱらいの巣窟と化した。
「よー、嬢ちゃん。白いのと穴の開いたやつー」
「酒の追加たのまぁ~」
「次はさっきのあ、あつかん? ってやつくれ~」
「みずわりぃー、もひとつー」
「まるいのおくれー。ひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「うわあ……」
調理を1人で切り盛りしていたケーナも引くくらいに、でれんでれんとなった酔っぱらいがカウンターにあごを並べている。
「だからそこにメニュー表書いてあるでしょう! ハンペンなり、チクワなり言って下さい!」
「嬢ちゃんに通じてんだからいーじゃねえか」
「清酒の方は終わりだってさっき言ったでしょう!」
「えー」
「飲み過ぎにくれてやる酒はありません!」
「「「おーぼーだぁ!!」」」
ぎゃーぎゃーと抗議する酔っぱらい共をはいはいとあしらう。
客の内訳はベルナーの弟トカレと、ダンを筆頭にした傭兵たちだ。
こんな所で野営となった訳だが、酒飲みを始めてしまった一同に配慮して、夜の見張りはケーナたちで請け負うと話は済んでいる。
戦艦ターフの広域探査に任せっきりとなるが、一応それらしくファングが立つ予定だ。あたりまえだがターフの存在は明らかにしていない。
屋台の方はやかましく騒がしい。酒のツマミはおでん一択でだ。
リアデイルの料理スキルには、ファンタジーMMOの物とは思えないメニューが幾つか登録されている。その1つがこのおでんだ。
材料を揃えてスキルを行使すれば、ちくわ・はんぺん・大根などの品目が数種類と汁がセットで完成するのである。今回は原材料の関係上、昆布だけが含まれていない。海産物をこの世界で手に入れるのは至難の業である。昆布以外の材料に関してはリアデイルからの持ち込みとT・Sからの供給によるところが大きい。
それを何セットか作り、屋台にぶち込めば準備完了である。念のため品目ごとに札を作ったのだが、見たこともない珍しい料理に目を輝かせた欠食児童には無用であった。
ガツガツと食い荒らし、ビールや熱燗をがばがばと飲めば、酔っぱらいズの完成である。