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5話 キャラバンと金策

「剣で自動機械をバラバラですか……。結果が目の前にあっても信じられない所業ですねえ」


 眼鏡を掛けて柔和な笑みを絶やさない男性。ベルナー・ロシードは困惑した表情で呟いた。


 ケーナたちを拾ってくれたのはベルナー率いるロシードキャラバン。所有する車両は6台プラス、専属傭兵団2台の中堅どころだそうだ。


 ロシードの名前を聞いたオプスが肩の力を抜いたのにケーナは気付く。

 過去に何かしら世話になったのだろうと察し、彼等に対する警戒を解いた。


「ベニー翁はご存命かな?」

「え? ああ……、そうですね。祖父は10年も前にもう……」


 唐突にオプスが何かを懐かしむように聞く。

 それが突然の不意打ちだったのか、ベルナーは少し慌てながら尋ね人が鬼籍に入っていると答えた。


「……そうか。すまないな、いきなり」

「いえいえ。祖父のお知り合いでしたらこちらとしても無碍にできませんから。街に着いたらお墓をお教えしますよ」

「重ね重ね済まない。ありがとう」


 隣でただ会話を聞いているだけだったケーナは、礼を言って頭を下げたオプスを見て総毛立った。そして夢か(うつつ)か確かめるため、渾身の肘をオプスの脇腹へ打ち込んだ。


 いや、打ち込もうとした。

 しかしスキルに頼らないオプスの野生の勘は、寸でのところでケーナの攻撃を防ぐ。


「何を、しようと、しとるか?」

「オプスが、偽物かと、思って、確認っ」

「いい加減、肉体、言語は、止めよっ」


 「ぐぬぬぬぬ」とか「うぐぐぐぐ」とか言いながら、双方の頭と肘を押さえた男女が拮抗する。

 いきなり始まった2人の本気混じりのじゃれ合いに、他の人たちは置いてけぼりだ。




 微笑ましいか呆れてるかのどちらかな表情のキャラバンの主ベルナー。


 その弟で機械工(メカニック)のトカレは、ベルナーと同じ血が流れているのか疑うくらいに低い身長で童顔である。2人並ぶと兄弟というよりは親子に見えなくもない。


 その隣に腕組みしながら油断なくオプスとケーナの動向を見ているのがダン・ポール。ロシードキャラバン専属傭兵団(6人だけだが)を率いる髭面角刈り強面オヤジである。


 「あとでじゃな」とケーナを落ち着かせ、オプスが切り出したのは仕留めた自動機械の無償提供である。

 これにはベルナーたちも目を丸くして驚く。


 ついさっきオプスが倒した自動機械は通称『シャコワニ』という。

 全長9メートルに及ぶ巨躯の3分の2を占める裁断アーム付きの尾は根元からポッキリ折れ、前半分のシャコ型装甲はひしゃげている。腹部の中枢機構だけは比較的損傷が少ない。


 以前にこちらの世界で過ごしたオプスには、これを個人で倒すことがどれだけ異常なことか理解できる。本来ならば騎兵を2機以上揃えなければ倒すことは難しい相手なのだ。


 ケーナに自重を促したにも拘わらず、オプスがやってしまった訳だ。

 タイミングが悪かったのもあるが。


 ダンたちはケーナたちより早く自動機械を見つけたが、距離があったのでやり過ごす筈だったそうだ。しかしケーナたちがいるのに気付き、救助の意味で騎兵を出してくれたらしい。それをオプスがぶっ飛ばしてしまったのだから(ケーナの)罪悪感が半端ない。


「オイオイマジかよ。これハンター協会に売るだけでも結構な額になるぜ?」

「救助の手を差し伸べてくれたのに気付かなかったこちらにも非があるじゃろう。金策のアテは他にあるのでな。これは迷惑料と街までの乗車賃、プラス口止め料ということでどうじゃ?」


 オプスの知るロシードキャラバンであればこれくらいの支払い能力はあるだろう。

 どちらかというと支払って貰うならもうひとつの方だ。


「口止め料にしたってちょっと破格過ぎやしねえか?」

「俺たちは助かるがな。予備部品があるのと無いのでは仕事の幅が違う」


 トカレたちはオプスの戦闘能力について口外しないことに頷く。

 金額が多いというのは、キャラバンの車両や騎兵は基本的に同じ規格で流用が可能だ。その規格というのは自動機械にも適用している。つまり車両や騎兵は自動機械を捕獲し分解することで作成されているのだ。


 もちろん街の工場でも部品を製造することは出来るが、長期に砂漠を行き来するキャラバンであれば、街まで故障箇所を放置するよりは部品があった方がいいに決まっている。


「これほどの口止め料となると……。何かもうひとつあるのですね、オプスさん」


 静かに会話を聞いているだけだったベルナーは、オプスが交渉事の最後に回していた件を尋ねた。


「正直騒ぎのタネになることじゃと思うのじゃが、我々も路銀がいるのでな」


 最初は適当な食料用の砂漠生物を狩る予定であった。

 しかしそのあたりが無知なケーナによって、最大級の爆弾を手に入れてしまったのだ。放出したくはないが手元に置いておくのも胃が痛い、というのがオプスの本音である。


「え、これ出すの? うん、じゃあこれ換金して下さい」

「「「ぶふぅっっっ!?!?」」」


 背負っていた小さい袋からケーナが取り出した2メートルの黄色いトカゲ。

 どうやって入っていたのか突っ込むよりも3人は盛大に噴き出した。


 笑顔を絶やさないベルナーであっても、他の2人と一緒に目を白黒させて驚いている。


「……え、え、え」

「え、えええええっ」

「エルダードラゴンじゃねえかっ!!?」


 言葉に詰まるベルナーとトカレを代弁してダンが叫ぶ。

 「デスヨネー」と渋い顔のオプスも彼等の反応に頷いている。まったく分かってないのはケーナだけだ。


「は? これでエルダードラゴン? こんなちっこいのが?」


 リアデイルでエルダードラゴンというのは、イベント仕様のみの雲まで届く巨大なものだ。比べるのが間違っている。ついでに世界も。


 その疑問には額に青筋立てたトカレがケーナに詰め寄った。


「オイオイテメエはどこの田舎者だよ。こいつはエルダードラゴンだぞエルダードラゴン。テメエは分かってねえだろうがな高級品なんだよ高級品。隅から隅までお得に使用出来る優れもの。これ1匹売り払えば老後の心配もないくらい遊んで暮らせる金が手に入るんだぞ。どうやって仕留めたどこからくすねて来たサア吐け今すぐ吐けとっとと吐け!」


 返事どころか疑問を挟む暇もないトカレの猛口撃にタジタジとなるケーナ。

 それでも言い足りないのか口を開きかけたトカレは、ダンに羽交い締めにされてケーナより引き離された。


「オイ何すんだよダン。まだアイツに言わなきゃならんことが……」

「あの嬢ちゃんよりあっちのニイサンがアブねえ。よく見ろ」


 小声で耳打ちしたダンに従い、視線をオプスに向けたトカレは凍り付く。


 ベルナーとにこやかな表情で交渉をしていたオプスから、心臓を鷲掴みにされるような重圧がトカレに向けられていた。

 ベルナーはそれを受けているような感じはない。オプスの傍にいるケーナもダンたちの引きつった表情を見て首を傾げている。


「……一見兄妹かと思ったが気をつけろ。あれは主従だ」

「あ、ああ」


 自分たちにだけピンポイントで向けられている殺気。

 それを肌で感じているトカレ。とばっちりのダンは正確に2人の関係を把握した。


 それも何となく察したケーナが、オプスを小突くことで霧散する。


「ごめんなさいね。オプスが迷惑をかけちゃって」

「あ、いやこっちこそすまねえ。強請るようなこと言っちまったな。それよりホントにエルダードラゴン(こいつ)を知らねえのか?」

「うん。ま……棍で叩いて捕ったんだけど、マズかった?」


 魔法と言うわけにもいかないので適当に誤魔化すケーナ。

 実際に魔法を使わなければ、如意棒で殴り殺していたのでそんなに違いはない。


 しかしそれを聞いたダンとトカレの顔には「アリエネー」といった絶望感を匂わせる表情が浮かんでいた。


「??」


 さっきからのトカレの反応を見ればケーナとの認識の違いが明白である。

 改めてエルダードラゴンについて教えて貰うケーナ。


 エルダードラゴンというのは砂漠でも貴重な食料用生物であるらしい。

 食料用なら他にも砂羊やら養殖されている砂貝やらいるのだが、それを上回る高級品だとか。


 まず皮は装飾品の材料として使われるという。

 磨けば磨くほど7色に光り輝くらしく、宝石並みに珍重されているのだそうだ。

 骨は砕いて薬として利用され、主に滋養強壮等に使われるとか。

 特に肉は好事家たちの奪い合いにまで発展するらしく、ひと切れだけでも目の玉が飛び出るような値段になるという。


「なんだってまたそんな状況に……。これの養殖とかは出来ないの?」

「養殖をするには野生をとっ捕まえなきゃならねえ。こいつはな、砂漠の生物じゃあ最速なんだよ」

「最速?」


 確かに逃げ足は速かったなあ、と思い出すケーナ。

 あくまでケーナたちのように能力値がぶっ飛んでいる者であれば『速い』で済むが、こちらの人間ではそうもいかないらしい。


「目で追える速さじゃねえ。騎兵で当てずっぽうに撃ちゃあ仕留められるかもしんねぇが、それだって一発でもあんなもんが当たりゃあ木っ端微塵だ。売れるところを探すのが難しくなるってもんよ」


 騎兵は全高4~5メートル。それの持つ銃など2メートル前後のものばかり。そんなものから吐き出される弾が生物に当たればどうなるか、といったところだろう。


 ケーナがダンやトカレから砂漠の生物について教えて貰っていると、ベルナーとオプスの商談が終わっていたようだ。


「ではとりあえずこれを。100万ずつ入っています」


 ベルナーはカード2枚を、オプスにポンと手渡す。オプスはその1枚をケーナに投げて寄越した。


「おー、カードだ。文明の利器だー」

「いやだから、嬢ちゃんどこまで田舎モンなんだよ……。それにしても200万? 兄貴、前金にしちゃあ安くねえか」

「いえ、これで全部ですよ」

「「……は?」」


 苦笑したベルナーに目が点になるトカレとダン。


「騒ぎに巻き込まれたくはないのでな、我らはこれだけあればよい。押し付けるようでスマンが残りの金額はそちらでいかようにも。何かあったらお主等を頼るということで」

「こちらにばっかり利がありすぎるのですが。オプスさんもこれ以上譲ってくれませんのでこのようになりました。少々騒ぎになりますが、ダンもその辺よろしくお願いしますね」


 がっちり握手を交わす2人と、オプスの後ろで「ゴメンナサイゴメンナサイ」と頭を下げるケーナ。


 交渉という名の押し付けである。

 獲物はほぼ丸々キャラバンの取り分だが、出どころは明かせないので、捕獲したのは専属傭兵団であるダンたちの手によるものとされた。


 迷惑料と口止め料を取っても最上級の破格値になるが、どうやって無傷でエルダードラゴンを捕まえたかの言い訳はダンに委ねられたのである。



「「なんでじゃあああああっ!?!!」」


 頭を抱えたトカレとダンの叫びが砂漠に虚しく響き渡った。


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