48話 悲鳴
その日、盗賊団の頭目は絶望を知った。
ヤルイン方面で最大規模にまで拡大したと自負出来る自らの団。だが崩壊の足音はすぐそこに迫っていたのだ。
彼は元々ヤルインに所属していたハンターであった。
小人数のチームを率いて、護衛に討伐にと日々を精一杯生きていた。
それが狂ったのは、偶然アナグラを見つけてしまった時からである。
最初はチームだけの秘密に留めておき、少しずつ機材を持ち出してはヤルインやバナハースで売りさばいていた。金が満たされれば欲も増大する。
彼らはもっと楽して儲ける道はないものかと考え始めた。そうした考えの先に辿り着いてしまったのが、騙し討ちとか誘い込みとかである。
彼らはまずバナハースからヤルインへ向かう小さな商隊の護衛依頼を受けた。
アナグラの近くまで誘導し、夕食に一服盛って眠らせてから殺害した。それから物資をアナグラへ運び込む。隊を2つに分けて、片方をいかにも砂賊に襲われました風を装い、ヤルインへ戻らせた。
組合は討伐に積極的に動くことはなく注意喚起だけなので、彼らが突き止められるようなことは無かった。その後はヤルインの仲間と連絡を取りつつ、小さい商隊を狙いながら物資を蓄積していく。
護衛依頼を組合に出す際に掛かる手数料は、小さい商隊であれば結構痛い出費である。
そこに付け込んだ彼らは組合を通さないよう、壁の外側で順番待ちをしている商隊へ声を掛けたのである。
慎重に獲物を見定めて、なるべく個人商人を狙う。
「格安で引き受ける」と持ちかければ、旨い話に警戒はするが飛びつかない者は少なくない。そうして罠にハメ、格安どころか根こそぎ奪う。
人員を増やす中で腹黒い商人とも手を組んで、獲物の選定を任せる。裏切られても困るので、分配についてはきっちり協議を重ねた。
慎重さについては不満を持つ部下が暴走しがちだ。そういった輩は賛同者と出掛けて行って、戻ってこないのが定石である。
メンバーを篩にかけるという意味では丁度良く、口封じはハンターに在籍したままの仲間が請け負っていた。
その日も新参者数人が勝手に出掛け、「ああ、またか」と溜め息を吐いた後だった。
始まりは妙な報告から。
『リーダー、侵入者だぜ。若い女。上物の部類だな』
「あアン? 見張りは何をしてやがった。まあいい、とっ捕まえて閉じ込めておけ」
『あいよー』
ハンター時代から続く仲間の飄々とした声で通信が切れる。
見張り役の怠慢にイラっとして舌打ちをした次の瞬間。何かの爆発音と共に地面がグラリと揺れた。
「なんだァ?」
馬鹿がはしゃいでミスったのかと思ったが、断続的に起きる地響きの振動が窓ガラスをビリビリと震わせる。一緒に聞こえる何かの遠吠えにタダゴトじゃないと悟った彼は、通信機をひったくった。
「おいっ!! 何が起きている!?」
『ば、ばば化けもんが化けもんがっ!! なんだよこれっなんなんだよっ!?!! ぎゃああああああっ……』
支離滅裂な怯えた声と断末魔の悲鳴とブツ切れる通信。それと同時に黒い光としか言えないようなものが窓を横切った。
通信機のマイクを投げ捨て、窓に駆け寄った彼は見た。隣のビルは、今の黒い光の通った部分より上が消失していたのを。
「っっ!!」
尋常ではない何かがアナグラに起きていると悟った彼は手早く荷物を纏めた。
自分の今居る部屋を引っ掻き回し、金や金目の物をザックに詰めて自室としていたビルから飛び出した。
「ゴガアアアアアアッッ!!」
飛び出したところで吠え声の正体と存在の非常識さに硬直する。
それは首と尾が長く、大きな羽根を持った巨大トカゲであった。全高だけでも足元でウロウロしている騎兵の5倍近い。しかも見える範囲に黒・赤・緑・青の4頭が並んでいた。
赤い大トカゲがその口からオレンジ色の炎を吐けば、騎兵数機が一瞬で溶けた金属のカタマリへと変わる。
黒い大トカゲが扇状に黒い光を放てば、浴びた建物が消え失せた。
緑のトカゲは何もしてはいないようだが、出入り口を背にして逃げ道を完全に塞いでいる。
青く山脈のような背びれが特徴的なトカゲも何もせず、ただそこにいるだけであるが、他のトカゲ同様とんでもない存在だというのは見ればわかる。手を出そうとは思わない。
「は、ははっ、なんだよアレ……」
的確な答えを返してくる者はいない。
誰もが見たことも聞いたこともない巨大生物を前に足が竦み、膝が震えている。
「どーやって逃げたらいーんだよ、どっからでてきたんだよ……」
ザックを取り落とした彼は力無く座り込み、今までの苦労が全て水の泡と消えたのを知った。今まで奪い尽くした奴らと同様に、自分にも破滅の手が伸びていると悟った。
◆
見張りを難なく眠らせたケーナは洞窟のような通路を進んでアナグラに辿り着いた。
「なんかアナグラに縁があるというか、砂賊が根城にするにはもってこいだよねえ。外からソーラパネルのコード引けば電気は確保出来るわけだし」
中身が丸ごと砂賊のアジトになっていて、あちこちにトレーラーやカーゴが停めてある。砂賊として恐ろしいのは保有している騎兵の数だろう。
「ひめさまぁ、どーするのー?」
「騎兵がいっぱいあるけど、まずは人質かなあ」
目に付く騎兵だけでも30機以上ある。
その中の歩哨と思われる騎兵が近付いて来たのを見て、慌てずに召喚魔法を発動させた。
彼女の頭上、天井スレスレに赤い魔法陣が広がる。
一拍の間を置いてズドーンとそこから落下して来たのは、全高20メートル以上のレッドドラゴンだ。999レベルの過剰戦力とも言える暴虐の化身である。
更に黒・緑・青の魔法陣が展開し、そこから同サイズのブラックドラゴンと、グリーンドラゴンと、ブルードラゴンが姿を現す。そのとんでもない顔ぶれに、近寄ってきていた騎兵が怯えたように後退る。
レッドドラゴンがペッと吐いた小さな炎を浴びた騎兵は、あっけなくじゅわっと溶けていった。
「えっと、じゃあレッドはあの人型のとか乗り物とかどんどん燃やしちゃって。あ、長いの1台は残しておいてね」
「グルゥ」
ケーナの命令に一鳴きし、レッドドラゴンは主を跨いで獲物に向かって進み始めた。
「ブルーは万が一火事になっちゃったら消し止めてね」
「グルルル」
この中で唯一四足歩行のブルードラゴンが喉を鳴らして頷く。
活動範囲が水中寄りのため、山なりに発達した背ビレとか水かきとかが目立つ。今回は消火要員として呼び出しただけである。高圧力のウォーターカッターなどが放てるので、相手にしてみればたまったものではない。
「グリーンは空気の換気よろしくぅ」
「キュウ!」
胴体より羽根の方が巨大なグリーンドラゴンの役目は、アナグラ内の淀んだ空気の換気役である。風を纏って飛ぶことに特化しているため、戦闘は苦手という変なドラゴン種だ。
「ブラックは……。建物の消去を頼みたいけど、人質が詰まってると面倒なことになるなあ」
「グルルっ?」
どーしようかと腕を組んだケーナにふよふよと進み出たリュノフがある方向を指差した。
「ひめさま〜。たぶんあっちー」
「あっちって……。分かるものなの?」
リュノフが指差したのは多目的ホールのような2階建ての建物だった。
半信半疑だが、仮にも将軍職についてるのだからそれなりの感知能力もあるんだろうなと、そちらへ向かうことにする。
「あ、ブラックは建物の消去を。砂賊が残ったらひとまとめにしておいて」
「グォッ!」
ブラックドラゴンは範囲攻撃に優れているので、吐き出された黒い光は放射状に広がり10階建てのビルを一撃で消し飛ばす。
更に彼は手持ち無沙汰に眺めているだけのブルードラゴンに指示を出した。
ブラックドラゴンの要請に従ったブルードラゴンは、足元で右往左往しているだけの砂賊を生み出した高波によって押し流した。
ついでとばかりに、水に浸かった砂賊を諸共凍らせて動きを封じる。ひっくり返ったまま氷に覆われている者もいたが、ドラゴンたちにとっては些末な出来事である。
多目的ホールへ向かう際に遮る者は居なかったので、ケーナたちは悠々と中に入ることは出来た。
建物の正面はガラス窓で整えられていたが、入り口側の自動ドアに当たる部分は車が突っ込んだようにグシャグシャだ。ほとんどのフレームはひしゃげ、ガラスの破片が散乱している。
ケーナは薄暗い中に【灯火】を幾つか撒いて視界を確保して行く。
建物中央で体育館のような板張りのホールには数人の女性がひとかたまりになって身を寄せ合っていた。ケーナが足を踏み入れると全員が怯えた表情で身を竦ませる。
「あー、助けに来ましたーって、大丈夫ではなさそうね……」
ホール内にはすえたような腐ったような臭いが充満していた。
ファンタジー世界ではオークやゴブリンに捕らわれた女性の行く末を嫌と云うほど見てきたので、怯むことはない。
女性たちはほぼ全裸で片足には鎖が繋がれ、髪や体にこびりついたものが彼女たちの此処での扱いを示している。鎖の先はあちこちの床に突き刺さった太い杭に固定されていた。
「た、助けて、くれるの? あいつら、は……?」
かすれた声で女性たちの中から1人が歩み寄ってくる。
歳は30くらい。体のそこかしこに青痣があり、見ていて痛々しいものがある。
「安心して下さい。あのゴミ共は私の仲間たちが排除しています。とりあえずあなた方の安全は保障しますよ」
「騒がないで下さいねー」と付け加えて、【森の魔女】を召喚する。
女性たちが目を丸くして絶句する中、杖を片手に深緑のローブを頭からすっぽり被ったワシ鼻の魔女が姿を現した。
「ヒェッヒェッヒェッ、このオババに何か用かいのう」
今にもヘ○ゼルとグ○ーテルをカニバリズムしそうな怪しい風体のお婆さんに、女性たちから悲鳴が漏れる。
「とりあえずいつものかな。桶とかタオルとかシーツとか出して」
「おやおや、またオークに襲われた娘さんたちを助けたのかい。お嬢ちゃんはいつも波乱万丈じゃのう」
「別にオークでもゴブリンでも……、まあ似たようなもんか。早く早く」
「まったく、年寄りを急かすでない」
【森の魔女】はあるクエスト受注時に強制取得される召喚獣扱いのユニットである。
魔女と名が付いているが、戦闘には全く役に立たない。特殊能力は1日に10種類の日用品を提供してくれるというものだ。もちろんゲームだった頃は、クエスト限りの烙印を押されていたユニットである。
どこからともなく取り出される人数分の桶やタオルやシーツや石鹸。
ケーナは桶に水を注ぎ込みお湯に変えた。魔女はタオルと石鹸をそれぞれに渡していく。幸いにも女性たちはぎこちなさはあるものの動けることは出来たので、行動に移すのも早かった。
1人虚空を見上げたままの者がいたが、他の者や魔女やケーナの手伝いで綺麗にされていった。一応、【清浄】の魔法を室内や女性にも掛けておく。
「オババ、ここをお願い。私は外を片付けてくるから」
「ヒェッヒェッヒェッ、行っておいで。ここは任せておき」
外ではドラゴンたちが氷漬けになっても辛うじて生きている砂賊をコンテナに放り込んでいるところだった。あれほどあった騎兵は溶解され、無惨な姿であちこちに転がっている。
扉を溶接したケーナはグリーンドラゴンにコンテナをヤルインまで持って行って、壁の外へ捨てて来るように指示した。グリーンドラゴンはコンテナをガランゴロンと蹴って転がしながら外へ出て行く。
「うーん、マズったなあ」
「どしたのひめさまぁ?」
辺りを見回したケーナが頭を悩ませていると、溶けた騎兵を突ついていたリュノフが首を傾げる。
「さっきの人たちをどーやって運ぼうかなあ、と」
リュノフも辺りを見回して見るが、グリーンドラゴンが持って行ったコンテナ以外の車両はひしゃげていたり、潰されていたりだ。マトモに人を運べそうな物が無い。
「とんでくとかー?」
「……。うん、まあそれしかないかな」
「へ……?」
提案はしたものの即採用されてしまいリュノフの目が点になる。
ケーナはドラゴンたちを送還すると多目的ホールまで戻った。
途中リュノフと寄り道をして、諸々を済ませた。ホールの中では魔女がポーションを女性たちに飲ませ、怪我を直しているところだった。ちなみにゲーム時代の魔女のポーションは、NPCには効くが、プレイヤーには効かない代物であった。
ケーナは「はい皆さんちゅーもーく」と手を叩いて視線を集めると、誤魔化すのもなんなので切り出した。
「賊たちは排除しました。これから皆さんをヤルインまで運びます。なおこの施設内には賊を除けば皆さん以外の人員は存在しません」
『!?』
何人かが目を見開いて崩れ落ちた。
魔女は杖でケーナをポカリと叩き「もう少し言い方を考えるものじゃぞ」とたしなめる。閉鎖空間の中ではケーナの俯瞰視覚が使えないので、リュノフに調べて貰った。
彼女の走査により、腐乱死体の押し込まれた地下部屋を発見したのである。おそらくはあれが賊がだまし討ちした商隊の者たちだろう。女性と離して、言うことを利かせるための脅しとして使っていたようだ。
部屋の中は怨念が発生しそうな程穢れていたので、上級の光魔法【聖炎】で綺麗さっぱり焼いてきたのである。
結果に関しては伝えないことも考えた。
しかしリアデイルの時に「なんで助けた時に教えてくれなかったの!?」と恨まれたこともあったので、正直に伝えることにした。
女性たちが悔しさや悲しみに落ち込んでいる中、闇鍋を作って配っておく。
一度オプスに連絡を取って、ヤルイン側の受け入れを整えて貰う。その日は魔女を送還してからホールで一泊した。
翌日には幾らか落ち着いた女性たちを連れて、オプスにホールとヤルインの受け入れ側を繋いで貰った。予め投下したコンテナの中に詰めてあった砂賊はオプスの方で行政側に引き渡していたという。
「見慣れないトカゲを見ただのなんだのと、一時は大騒ぎになっとったんじゃが……。出来れば送りつける前に連絡をくれ」
「はいはい、悪かったってば」
ぶちぶちと愚痴を垂れ流すオプスにケーナは手を振って謝る。
行政府に対しての口利きは、いつの間にか現れたT・Sがやってしまったのだそうな。
職員がオプスのスキルについての言及をしないのはT・Sが事前に手を回していたのだろう。ケーナが事情聴取を受けたが、拘束されるようなことはなかった。
女性たちもそれに含まれる手続きにより、行政府の方で保護をしてもらうことになっていた。
この後は賊の生き残りを尋問して市内に潜む関わった者たちを捕縛していくそうだ。
「ずいぶん暴れまわったようじゃな」
「ほぼドラゴンたちだよ。賊のアジトはもう2度と使えないようビル群消し飛ばしたし、騎兵やら車両やらは全部壊しちゃったもの」
「もったいねえ。売れば金になったのに……」
ファングだけは30機の騎兵が溶かされたと聞いて1人ショックを受けていた。




