47話 轟く声
てくてくと砂漠を歩く。
時折、肩を並べて空中を泳ぐリュノフと目が合う。彼女はにぱーと満面の笑みでそれに返す。
何度か繰り返すと飽きたのか、ケーナからあまり離れないようにふらふらと蛇行し始めた。
「ねーねーひめさまぁ。びゅーっていかないのー? びゅーって」
「急ぐ訳でもないし。それに偶にはオプスに息抜きの時間とかあげないとね」
「ふーん」
砂漠を1人で徒歩移動というのは、一般的に自殺行為だと言われている。あくまでこちらの世界の一般論では、だ。
「じゃあ、おふねさんはー?」
「ターフなら、後ろのずーっと離れたところにいるでしょ」
「えー。……あ、ほんとだ」
リュノフはケーナの指差した方向を見て頷いた。
彼女は空間迷彩で見えなくなっている戦艦ターフを、何らかの術によって視認出来ているようだ。疑問はそれだけで解消されたらしい。
ケーナのマントを摘み、空中を引きずられるようにして付いて来る。
その途中何かを見つけては手を出して歓声をあげていた。
「きゃー! くもだー!」
「きゃー! むかでだー!」
「さそりだー! ちくちくだー!」
実に騒がしいことこの上ない。
ちなみに「ちくちく」とはさそりのハサミを両手で持って、毒の尾で自分を突っつかせる遊びである。何も知らない人が見たら、蒼白になって悲鳴をあげそうな光景だ。
当人はケロッとしているが、最初に見た時はケーナも仰天したものである。
慣れって恐ろしい。
しばらくそんな遊びをしながら着いてくるリュノフの様子をケーナは観察し、苦笑していた。
雲行きが怪しくなってきたのは、ヤルインが砂平線の向こうに1センチくらいの大きさで見えて来た頃だ。
真っ先にキーが雨雲の到来を知らせてくれたので、対処を考える時間も出来た。
「地精霊、お願いできる?」
砂漠の必需品。いつものように肩に乗っていた地精霊(チェス駒歩兵)に頼み、砂で避難所を作って貰う。
ザザザザーッと砂が軟体質のような動きで形造ったものは、ピラミッドだった。
高さ4メートルもあるピラミッド型のテント内部は、元が砂だとは思えない柔らかい床が張ってある。特に細部まで指示した覚えもないのにこれだけの物を作り上げた地精霊に驚く。
「ひめさまー。おさかなとったー」
「魚? ってきゃ―――っ!?」
後ろからのくぐもっていながらの楽しそうな呼び掛けに「砂漠に魚なんていたかなぁ」と振り返ったケーナは、その光景につい悲鳴をあげてしまう。
そこにあったのは空中に下を向いて浮かぶ砂アゴ。その口からはみ出しているリュノフの下半身だ。
捕ったというか穫られた?
「ちょっ!? リュノフっ!!」
慌てたケーナより咄嗟に放たれた力が、数十のカマイタチとなって砂アゴを襲う。
一瞬でバラバラに刻まれ、肉片となる砂アゴ。残骸がぼとぼとと砂地に落ちる中、リュノフはケラケラ笑いながら腹に引っかかっていた顎の部分を外した。
幾つかのカマイタチが直撃したようだが、問題なく無傷である。
「おもしろかったー」
「ああ、びっくりしたわ、もう……」
胸を撫で下ろしたケーナはため息をこぼす。
「おさかなばらばら〜」
「魚じゃないわよ。トカゲよ」
「そーなんだぁ」
砂アゴはチョウチンの無いアンコウのような姿をしているが、腹側に4本の足を持つれっきとしたトカゲである。最大で4〜5メートルにも育ち、砂に潜んで通り掛かる物を貪欲に食らう。人の行き交う都市近辺にもいたりするので、小遣い稼ぎの砂貝狩りをしに外へ出た子供が食われたりする事件が後を絶たない。大人でも手足を食いちぎられたりすることがあるので、砂漠の危険生物のひとつに数えられている。
「皮は……、使えるって聞いたけど、肉は美味しく無いって言ってたなぁ」
とはいってもバラバラにしてしまったので、有効利用も何もない。
急速に迫る黒雲を見たケーナは、リュノフを胸に抱いてピラミッドの中へ避難した。
入り口はケーナが入ると同時に閉じるが、息苦しくなるようなことはない。
中はほんのりと床が光るだけの空間である。
目をこすりつつうとうとしかけたリュノフを胸に抱いて横になる。
マントをリュノフの上に掛けてやりながら、外から微かに聞こえる雨の音に耳を傾けていたケーナはいつの間にか眠ってしまった。
◆
目覚めは爽快とはほど遠い、振動と爆音によるものだった。
目を開けると、焦ったように床でぴょんぴょん跳ねる地精霊が見える。ケーナの腕の中にリュノフの姿は無く、空中で座った状態で上を見上げていた。
「んーっ。何の音?」
「あ、ひめさまぁ」
頭を軽く振って立ち上がる。
服装を整えてから外の音に耳をすますと、何かの駆動音と罵声のようなものも聞こえるようだ。
(襲撃ヲ受ケテイルヨウデス)
キーの報告に「そうかも」と頷く。
砂漠にいきなりピラミッド(小)なんか見つければ、気になる人もいるだろうと。
「よくもねむりをじゃましおって〜♪」
何かのセリフなのか、楽しそうにリュノフが壁を通り抜けて外へ出て行った。
途端に音が聞こえなくなる。どうにかしたのだろうと察したケーナは、地精霊に頼んで入り口を開けて貰った。
外にはピラミッドテントを囲むように2機の騎兵と1両の戦車がいた。
効果を試しながらこちらに攻撃をしているようだ。リュノフが張った透明な壁らしきものによって阻まれ、弾丸などはピラミッドテントまで届いていない。
ケーナが姿を現したことで、攻撃は一旦止まる。
離れた所で様子を窺っていた戦車が近付いて来た。透明壁にぶつかって強制的に停止したところでハッチが跳ね上がり、中からチンピラっぽい男が顔を出す。どう見ても通りすがりのハンターなどではなく、砂賊で間違いないだろう。
「よおっ、嬢ちゃん!」
「どなたですか? ずいぶんと荒っぽいノックでしたけれども」
「そいつァすまねえなあ。砂漠ん中に妙な家を見つけちまったんでなぁ。慎重にもなるってもんだぜ」
「そうですか。こちらには用はありませんのでとっととお引き取りなさってください」
にべもなく言い放てば、チンピラの表情がニヤニヤ笑いから、粘着質そうなニタアといったものに変わる。戦車の隣で銃を構えていた騎兵のハッチが開き、年若い男が顔を出した。
「兄貴! 久しぶりの上玉なんですから、ぐだぐだ言ってないでとっととヤっちまいましょうよ!」
「ああ、そうだな。運良くそこに家もあることだし。嬢ちゃんにも良い思いをさせてやるぜ。俺たちに可愛がられるって形になるけどなあっ!!」
抵抗は無意味とばかりに撃鉄を起こした銃を三方から向けてくる。
無言でその場に立っているケーナを、恐怖で何も出来ない哀れな獲物だと本気で思っているようだ。
『ギャハハハハッ! どっちが獲物か分からないなんて可哀想な奴らだぜ! ギャハハハッ!』
「「っ!?!?」」
突如、その場に砂賊たちのものとは違う男の声が響く。
スコンと軽めな音を立てて、戦車の砲身が半分あたりから切り落とされた。
やったのはケーナで、その右手には円月刀が握られている。その刀身には鋭い眼が浮き出ていて、鍔の飾りにある鮫のような顎模様がパクパク動き、そこからチンピラに勝るとも劣らない汚い言葉が飛び出している。
「なっ砲がっ!! なんだこりゃっ!?」
斬られた箇所から瞬時に錆が浮き、ボロボロと崩れ落ちて砲身が本来の4分の1程度の長さになってしまう。
『マッズイマッズイ! なんだこりゃーはオレサマのセリフだボケェ! テメェらちゃんと焼きを入れてねぇだろうアホンダラァ! そんな生っちょろい武器をオレサマに喰わせるなんてイイ度胸してるじゃねえか。ええっ!』
「な、ななな、なんだそりゃ!? け、剣が喋って、戦車だぞっ! なんで切れるんだよおっ!!」
ケーナの持っている円月刀は餓狼の剣。
通称噛み付き注意と呼ばれるイベントクエスト配布武器である。攻撃力はそこそこで、戦った相手の武器等を腐らせる特殊能力付き。しかし幾つかの会話パターンに従い、抜いた時からずーっと喋りまくるのでプレイヤーには敬遠されていた。
しかも、譲渡不可、売買不可、廃棄不可というシロモノなので嫌われるのも当然だろう。
利点としては必要筋力が1なのでゲームを始めたばかりのぺーぺーにも持てる事。そして防具を一つ喰うごとに攻撃力が1上がる、という事くらいだ。
いい具合にパニックになって目を白黒させるチンピラたち。
騎兵が後退しながら銃を乱射するが、全てケーナに到達する前に空中で停止してしまう。キーの障壁があるからいいが、それでも数センチ前まで弾が迫ってくるのは心臓によろしくない。
踏み込んで、こちらに乱射を繰り返す騎兵のスネを断ち切る。
ペーパーナイフで紙を斬るような手軽さで寸断された騎兵の足は、錆び落ちて膝まで無くなってしまう。もちろんバランスを取れなくなり、無様にひっくり返る。
「なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけれど。私の前の上玉とやらはどーしたのかしら?」
逃亡しないようにもう一つの騎兵の腰を叩き斬り、戦車の前面装甲とキャタピラもちぎっておく。
泡を噴いて絶望を噛み締めているチンピラの兄貴分と、操縦していた残りの2人を戦車から引きずり出す。騎兵に乗っていた者は剣をチラつかせると自主的に手を上げて出てきた。
そのままロープで縛り上げて、数珠繋ぎにしておく。
ついでに“目を瞑ってはならない”という制約も掛けておいた。
『さあ、テメエら! 楽しい尋問のお時間だぜえ。素直に話さない場合、この凶暴女がどんな処断を下すか分からねえぜ』
「誰が凶暴女か」
真っ先に口を開き、チンピラたちを脅しにかかる餓狼の剣。
それに突っ込みを入れてからケーナは砂賊たちに向き直った。
「アナタたちのアジトはどこ?」
全員が視線をあちこちに泳がせる。
それは想定済みなので、ケーナは横でニコニコと待っていたリュノフへ合図を送った。にぱーと笑みを浮かべたリュノフが空を指差した瞬間、砂賊たちの姿が地上より消えた。
「「「「「うえええっ!?」」」」」
彼らは瞬時に砂漠を遥か遠くまで見通せるような高度へ運ばれていた。
雲とほぼ同等の高さくらい。そうして後に来るものは、パラシュート無しの自由落下である。
「ぎゃあああっ」とか「ひいいいっ」とか「おかあちゃーんっ」とか言う悲鳴とともに耳元でゴウゴウ鳴る風切り音が恐怖を誘う。
目を閉じることも出来ず、視界の中ではみるみるうちに地表が近付いて来る。涙と鼻水といろんな体液と垂れ流しながら、自分が何を叫んでいたのかも分からぬまま。だが鼻先1センチというところで、彼らの体はピタリと停止した。
強張った視界いっぱいに砂粒の詳細まで見てとれる光景が広がっている。そうして元いた砂地へ投げ出されたが、5人ともショック症状で我を失っていた。白目をむいて泡を吹いてる者。乾いた笑いをこぼしながら股間を濡らしている者。顔をくしゃくしゃにして泣きながら生きてる喜びを味わっている者。
「ありゃ、ちょっとショックが強すぎたかな?」
『おお、怖い怖い。やはり凶暴女健在だったじゃねえか』
「だから凶暴言うな」
魔法で作り出した氷水をぶっかけて砂賊たちに正気を取り戻させる。
もう一度同じ質問を投げかけると、全員が泣き笑いの表情で素直に全てを吐いてくれた。
アジトの場所と、砂賊の人数と、保有騎兵や戦車の数や、捕虜になっている人数まで全てである。
「コンテナキャリーも持たずに移動してたから、近場にあると思ってたけど。ホントに近いとこにあったし……」
聞き出したアジトの場所は、アテネスたちを護衛した岩場の反対側だったという。
あまりのご近所にびっくりである。
「どーするの、ひめさまぁ?」
『このまま乗り込んで行ってオレサマの錆にしてやろうぜ!』
ケーナの周囲をくるくる回りながら楽しそうなリュノフ(普通の人間には見えない)と、鍔の歯をガチガチ鳴らしながら好戦的な餓狼の剣。
ヤルインに行ってから、また向かうのも面倒くさいと考えたケーナはこのまま強襲することにした。
さしあたって小便を垂れ流して腰の抜けている砂賊共はここに放置しておく。
「じょっ、冗談だろっ!?」
「た、助けてくれっおいっ!!」
「せめて縄を解いてってくれよおっ!!」
泣き叫びながら許しを乞う砂賊たちに冷たい一瞥をくれてやる。威圧のプレッシャーをまともに受けて震え上がる砂賊たち。
人類の人口が減少傾向にあるこの世界では、砂賊といえども都市奴隷になれば立派な労働力である。真面目に従事すれば数年で解放されることもあって、犯罪者はそこに望みをかけているようなものだ。
リアデイルでは捕獲しても死ぬまで鉱山労働とかだっただけに、ケーナの認識では悪人に人権無しやサーチ&デストロイが妥当である。
『なーに言ってやがる。むしろこの場でぶっ殺された挙げ句、ゾンビにされて死体が擦り切れるまでこき使われないだけありがたいと思え糞共!』
「あんたの中の私はどんだけ外道なのよ……」
剣にまで鬼畜扱いをされてケーナは肩を落とすのだった。




