44話 前世紀の遺物
今年最後の更新です。
その場で野営。
といっても戦艦の中で料理スキルを使い、寝室で眠るだけの安全な寝泊まりだ。外敵は皆、戦艦ターフの迎撃システムにより自動的に排除される。
世の商会経営者が見たら、どれほどの金を積んでも手に入れておきたい逸品である。
朝食前にケーナが足を伸ばしてコンテナ後部扉の先を偵察してみたところ、そこには洞窟が続いていた。中へ少し進めば、やや緩く下り坂になっているのが確認出来た。
暗視と遠目スキルを使ってみたところ、まだまだ奥が続いているようである。
「という訳でこれ食べたら洞窟探検に行ってくる」
朝食時にそう切り出したケーナにファングは「はァ?」と素っ頓狂な声をあげて固まった。
オプスはキツネ色に焼けたトーストにたっぷりとピーナッツバターを塗りながら「おう」と返すだけだが、ファングはバターだけを塗ったトーストをくわえたままだ。
リュノフは昨日の醜態の名残も見当たらない笑顔でトーストをパクついている。乗っているジャムがトーストより厚いのは見て見ぬ振りをした方が健康には良さそうだ。
ターフは活力源を艦から供給されているので、食事は必要としない。食べること自体は可能らしいので、ケーナは千切ったパンを牛乳に浸して皿に出してやった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。今、洞窟に潜るっつったか?」
「そう言ったよ。なんか奥まで続いてそうだからね。行けるだけ行ってみる」
「ひへはははひふはは、あはひほひふ〜」
同じくいつも楽しそうなリュノフがトーストを口いっぱいに頬張りながら、それに同意する。ターフは皿に残った牛乳を舐めながら、外の外敵を取り除くために残ると宣言した。
実のところターフは艦から遠く離れることは可能だ。だがあまり離れすぎると、艦は自動機械からの支配波を受け付けないように休眠状態に入る。離れたターフが外傷により破損した場合も艦の起動に影響が出るため、2つはセットにしておく方が安全なのだ。
「我が同行するのは確定じゃ。ファングが残ったとしても誰も文句は言わんぞ?」
「いや、連れてってくれよ。スキルも何か得られるかもしんねーし」
トーストを急いで飲み込んだファングは、手持ちの銃器を取り出して点検を始めた。オプスは念の為と、作り貯めしておいた回復ポーションと毒消し薬をファングへ渡す。
「砂ばかりしかないと思ってたけど、ダンジョンも有ったんだねえ」
「まだダンジョンって決まったワケじゃねーだろうよ」
「まあ、不自然なものではあるがの」
簡単な身支度を終えたケーナたちは、コンテナの後部扉を通って洞窟探検へ出発した。
内部はカビ臭さと水気を含んだ空気が充満している。
もしもの時のため、空気の心配がないようにとケーナがLV2で風精霊を召喚した。人の上半身程の大きさで薄緑色の蝶が一行の頭上に浮いている。
先頭を進むのはオプス作のロックゴーレムだ。
これは大人3分の1くらいの背丈で、灯りの魔法を付与したために光る小人という都市伝説みたいなものになっている。それに距離を置いてケーナ、ファング、オプスの順で続く。
「変な洞窟じゃな……」
「そだねー」
「は? どこがだよ」
10数メートルほど進んだ所でオプスが眉をひそめた。ケーナも同意するが、ファングは分かってないようだ。
天井は所々から鍾乳石が氷柱状に突き出ているも、綺麗なアーチを描いている。壁も鍾乳石で出来ているようだが、元にある何かを覆ったように垂直だ。床も多少の凸凹はあるものの、全体的に平べったい。
通路として作ってあった所に鍾乳石が染み出して形成されたんじゃないかという結論に至った。実際にファングが半信半疑で壁を削ってみたところ、コンクリートらしき壁面が出て来たので間違いないようだ。
床も砂が吹き込んで来て、風雨で固まったようなものらしい。100メートルも進むと完全にアスファルトが露出していた。
「あ、焚き火の跡……」
「げっっ!?」
そこで見付けたのは野営していた痕跡と、散乱する携帯食料の空箱等。錆びた小型コンロを囲むボロボロになった衣服を纏ったミイラが3人分だった。
1人は壁に背を預け、2人はうつ伏せに倒れた状態である。
口を手で覆ったファングが後ずさりする中、近付いたオプスが検分する。ケーナは辺りを見回した後スキルウィンドウを開き、ある魔法が使用可能か確認した。
「どうやら餓死のようじゃな」
「不浄度ゼロ、魂魄残留率ゼロ。これじゃゴーストすら喚べないなあ」
色々とスキルや魔法に関する制限を取り払ったケーナたちでも、死霊系魔法で必要な不浄度を無視してゾンビやスケルトンを生成することはできない。此処で何かあったかの事情を聞ければとも思ったのだが、喚べそうな地縛霊もいないので諦めることにする。
ファングだけは別の危惧を抱いて遠巻きにケーナたちを見ていた。
「お、おい大丈夫かそれ! ゾンビになって襲いかかって来たりしねえか?」
「え、ゾンビ?」
「ああ、この世界じゃとウィルス系パンデミックの可能性があるかもじゃな」
「あー、SF系ゾンビ映画の方かあ……」
だいたいこの世界でそんなウィルスが作れる可能性がある所があるとも思えない。
有力的なのはT・Sの所ぐらいだろう。仮にも人類の救済を掲げている手前、疑わしくてもそんなことに手を染めないと思いたいところだ。
多少不安に思わなくもないが、彼女の信用度はオプスの中ではかなり低い。
埋葬は帰るときにでもとなり、3人はそのまま坂を下りって行く。
舗装された道路は片側1車線のようなラインが引かれていた。大型トラックが2台すれ違うには充分な幅はある。
てくてくと終わりの見えない坂を1キロメートルも下ったころにはファングがダレてきていた。
「なあ。せっかく舗装されてんだし、トラックで行かねえ?」
「構わんが、危険が迫った時には迷わずオヌシを盾にするべく、外にブン投げるが覚悟は出来てるのじゃろうな」
「なんでだよっ!?」
「そりゃあ前もって調査が入って危険が無いと確認出来ているならともかく、こんな未調査未確認なトコでトラックなんか乗れないよー。通路いっぱいの岩とか転がって来たら危ないじゃん」
「あははは〜。ごろごろ〜ごろごろ〜」
体を丸めて空中を器用に転がっているリュノフに微笑ましく思いつつ、ケーナは呆れた視線をファングに向ける。オプスの馬鹿者めがという侮蔑の視線も同時に受けたファングは縮こまる。
「分かったよ悪かったよどーせオレは考え無しだよ、だが……」
ぎらりんと目をつり上げたファングはインベントリからレストアした騎兵を取り出すと素早く乗り込み『考え無しを甘く見るんじゃねええええええっっ!!!!』と叫びつつ、ガッチャンガッチャン走り去って行った。
あっという間に暗闇の中に消えていく騎兵に、呆気にとられて見送るしかないケーナである。
「逆ギレじゃな」
「大丈夫かなあ、アレ……」
駆動音が通路に反響し、それなりの音量で響き渡る。
自動機械が聞きつけたなら、もう対応を取られて襲撃されてるだろう。
「ある意味、自動機械の探査が警戒せずに済んでラッキー。というところじゃな」
「笑い事じゃないってば」
ククククとか含み笑いで悪い表情を浮かべるオプスに突っ込みを入れたところで、反響音に変化が起こった。
「ひめさまー。もどってきたよー」
「早っ」
暗闇の中を指差したリュノフの言葉通り、しばらくすると騎兵の駆動音がドンドン大きくなって聞こえてくる。
暗視スキルでも見通せない先を見ていたであろうリュノフに感心し、ケーナは頭を撫でてやった。
『た、たたたっ大変だ――っ!!』
「いちいち騒がんと何にも出来んのか、あ奴は」
「何かに追っかけられてないだけマシなんだろうけど」
2人の前で急停止した騎兵のコクピットハッチを開け放ったファングが「早く来てみろよこの先がすげーよこれ!」と興奮した様子でまくし立てる。
光る小人ゴーレムをオプスが小脇に抱え、リュノフがケーナの肩にしがみついた状態で疾走スキルでファングの騎兵に併走する。
そうして入り口から2キロメートルの距離くらいまで進んだところで、巨大な地下空間が広がっていたのである。
「うっわー地下都市だ。SFだ」
「な! な! すげーだろ! 大発見だろう!」
「アナグラか。また厄介なものが出て来たもんじゃな……」
「「え?」」
推定でドーム球場4個分程度の広さの中にビル群が立ち並んでいた。
多少の動力はまだ生きているようで、道路の街灯が僅かに点灯している。見える範囲で建物に明かりは灯ってはいないようだ。
ドーム状の天井は最大高で80メートルぐらい。
必然的にビルも18〜20階の高さに限られている。地下都市を囲むドームの縁はぐるりと公園があったらしいが、街灯に照らされた木々だけが辛うじて生きている程度だ。それ以外の植物はほぼ枯れている。
3人は都市内に足を踏み入れてみた。
道路には乗り捨てられたのか放置されている車が目立つ。ドアが開けっ放しなものもあり、まるでつい最近慌てて逃げ出したような光景だった。道路にも朽ちた街路樹が倒れていて、まともに通行できない所だらけだ。
街灯も全てが機能している訳ではなく、全体の4割程度がかろうじて灯っている。その内過半数が点滅している有り様だ。道路にはうっすらと埃などが積もっているが、ゴミに相当するものは皆無である。
「掃除用の機械とかがおるんじゃろう」
「なんか見て来たように言うな。同じような所でもあんのか?」
「さっきアナグラがどうとか?」
2人が疑問符を浮かべたのを見て、オプスは「これはヤルイン奪還作戦のほんの2年前の事なのじゃが……」と話し始めた。
当時、ここと同じような地下都市がエディスフの南で発見されたことがあった。
調査の結果、動力部である地熱発電は辛うじて生きていることが判明した。
その時もヤルイン奪還の為に人員や資材が集められていたのだが、危険な作戦を実行するより安全な地下都市を確保すべしという意見が大多数を占めるようになってしまう。
とりあえず地下都市再生に向けて、半分程の人員をそちらに割くこととなった。
意図せずヤルイン奪還の方が予備となってしまったのだ。当然奪還に協力を約束していたテスタメント機関が地下都市への技術提供を渋り、陣営が真っ二つに割れるなどの問題が持ち上がる。
だが地下都市の動力復旧が難航している最中に、移動の痕跡を自動機械に察知されて大規模な襲撃を受けてしまう。なんとか襲撃を耐えきれることはできたが、出入り口がひとつしかなかったことなどが原因で多数の死傷者を出すこととなった。
地下都市再生計画は人々の意識に忌避感を植え付け、資源だけを採取するだけに留まった。
この襲撃により少なくない打撃を受けた人類は、再びヤルイン奪還へ至るまでに更に2年の月日を費やすことになったのだ。
「――と言う訳でな……。いやーあの時は大変じゃったのう……。誰の責任かでだいぶ揉めたもんじゃ……」
「「……」」
縁側でしみじみと昔を懐かしむ老人のようなオプスの様子に、なんとも言えない表情になるケーナとファング。
「んー。じゃあここってどうすればいいのかなあ?」
「証拠だけ取って報告。でいいんじゃねえの。あとは盗掘屋とか興味のあるハンターとかが勝手にくんだろ」
ファングの回答に「それもそうか」と頷いたケーナは辺りを見回し、近くに乗り捨ててあった車に手を触れてアイテムボックスの中に収納する。それからファングと手分けして、周辺にある車を片っ端から戴いてゆく。
この地下都市で使用されている車は、1~2人乗り用の小さなやつである。
街角のあちらこちらに置いてあり、移動した先で乗り降りできるシステムのようだ。小型の電気自動車ともいうべきものだが、エンジンや発電、充電に相当するものは全て4つのタイヤの中に組み込まれている。そのためタイヤは大きめだが車体はゴルフ場のカート車のようにコンパクトな造りになっていた。
ファングは5〜6台でインベントリの限界を感じたが、ケーナの方は目に付いたものをどんどん収納していく。
「火事場泥棒とはこのことか。よくそんなに大量に入るな……」
「色々と特別製なんだ」
ケーナやオプスのアイテムボックスには、かつてリアデイルでのスキルマスターとして担当していた塔に設置してあったアイテムボックスが格納してある。
これもオプスの能力で繋げてしまったが、出し入れするのにひと手順必要なため、緊急には使えない制限がある。
ケーナが「こんなもんかな」と満足する頃には、道路に乗り捨ててあった車は綺麗に無くなっていた。
「いっくらで売れるかなあ~♪」
「金目的かよっ!?」
それでは皆様良いお年を!




